デジモンカイザーとの戦いの後、デジタルワールドからキャンプ場に帰還した子供たちは、一様に疲れ果てていた。早々に帰宅を決めて、皆が車に乗り込んだのはよかったが。
「ヤマト、おまえバスで帰れ」
満員状態の車内を見て、父が言った。
「ええっ、バスかよ〜 しょうがねえな」
仕方なく承諾したものの、後からそのヤマトを追いかけてきた本宮ジュンに、嬉々としてその腕にしがみつかれ面食らう。
「あたしも、ヤマトくんとバスで帰ろーvっと」
「え、ちょ、ちょっと、なんでそうなるんだ〜!!」
慌てふためくヤマトを尻目に、無情にもドアが閉められようとした時。ヤマトの上に何かが車から転がり落ちてきた。目の前を、少し甘い香りのする金色がよぎっていく。
「え・・?タケル?」
降りてきたというより本当に落ちてきたという感じで、兄の首にしがみついているタケルは半分眠っているようにも見える。驚いてその顔を覗き込もうとしたヤマトに、眠そうだけれどはっきりした口調で言った。
「僕も・・バスで帰る・・・」
「おいおい・・おまえは無理だろう。そんなじゃあ」
父が運転席から降りてきて、兄にしがみついているタケルにあきれたように言う。そんな父をチラリと見て、それでも“やだ”と首を振ってタケルはそこから離れようとしない。
普段は皆といる時は、照れくさいのか努めてあまり甘えてこないタケルが、眠くて頭がぼうっとしている状態とはいえ、駄々っ子のように甘えてきてくれるのが、ヤマトにとってはくすぐったくて心地よくもある。
「しょうがねえな。じゃ、俺、こいつ連れて帰るから」
父に言って、それからまだ片腕にひっついているジュンにもひきつった笑みを浮かべつつ言う。
「本宮サンは、だから車で・・・」
「じゃあ3人で帰ろっかvヤマトくん、一人じゃ大変そうだし」
なおも寄り添うジュンに、車内から大輔が“姉貴!もういい加減にしろって!!”と眠さに不機嫌に咎めるように言うと、さすがのジュンも渋々ヤマトの腕を離し、ふてくされたような顔で車に乗り込んだ。
車内では壮絶な姉弟喧嘩が勃発しているが、この際いたしかたない。
「ヤマト、本当におまえ大丈夫か?」
ほとんど寝ているタケルを見て、重そうだぞと父が言う。大丈夫だ、こう見えても、こいつ結構軽いんだぜと笑うヤマトとタケルを見比べ、滅多に見せないタケルの小さなわがままに“いつまでもお兄ちゃんっ子だな”と、父はポンとタケルの頭に手を置いた。
そして車は発車され、見送ったヤマトは一息つくと、さて、どうでもいいけどおまえ本当に大丈夫か?と弟に声をかけた。とりあえずバス停までの移動を考える。
「ちょっとだけ自分で立てるか?」
「うん」
ほら、と背を向けられて、タケルがちょっと恥ずかしそうにその背中におぶさる。自分で歩けるよと言いたいけれど、そんな意地を張ることもできないほど疲れ果てているのだ。
「おまえ、よくがんばったな」
「うん・・」
「無事でよかったよ」
「心配した?」
「あったりまえだろ」
「・・・・・お兄ちゃん」
「ん?」
「僕・・お兄ちゃんを困らせてる・・?」
「全然。どっちかっていうと、困ってるところを助けられたって感じかな」
「そ・・・なら、よかった・・」
ホッとしたように言って、甘えるように兄の首にしがみつく。
しばらく歩くとバス停が見え、タケルをベンチに腰掛けさせると、ヤマトは時刻表を見た。
「行った所だな。次のバスまで30分・・・か」
そう呟いてタケルの隣に坐り“ゆっくりだから、おまえ寝てていいぞ”とやさしく言って、タケルの頭を自分の肩へと寄り掛からせる。心地よい重みに微笑んで、そっとその肩を抱き寄せた。眠くてたまらないという顔で目を擦りつつ、タケルが寝言のように言う。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「もしも、もしもさ。お兄ちゃんが恋人と居る時に、僕がこんな風に邪魔してきたら・・どうする?」
「どうするって・・・別に」
「別にって・・!じゃあ、お兄ちゃんは僕と居る時、誰かが邪魔してきても、別に何とも思わないの?」
「え・・???」
「お兄ちゃんの馬鹿・・」
「タケル、それなんか、つじつまが合ってなくないか?おい・・?」
「もーいい・・」
「あのな」
言いかけたヤマトの答えを遮るように、スーッと小さな寝息が漏れる。とりあえずは、よくわからないが、やきもちをやいてくれたらしい。という事だけはわかった。
「邪魔する方がおまえでも、邪魔される方がおまえでも、どっちでも答えは一緒だろ? 俺がおまえを、タケルを優先しないわけねえだろ・・・?」」
眠っているタケルに“聞いてんのかオイ”と笑いながら頬を軽くつつく。タケルが少しだけ微笑んだ。
山の間を吹き抜けていく風が、頬に心地よい。ヤマトの髪を揺らして、タケルのやわらかい髪に絡みつく。それを指で撫で付けてやりながら、何ともいえない幸福感を胸に感じた。
ふいにバスがやってきて、2人の前で停車した。どうやら行ってしまったと思ったバスは、時間より遅れていたらしい。ヤマトは眠っているタケルを見下ろすと、バスの運転手に乗らない旨を手で示し、バスはゆっくり発車した。
もうしばらくはこのままで。
疲れて眠るやきもちやきの弟を、ゆっくり寝かせてやりたかった。
■ Bus Stop
HalcyonさまのSS掲示板に書かせて頂いた
お話です。もう掲示板外される(淋しい・・;)
ということでお持ち帰りさせて頂きました
この回を見た時、「嘘〜っ!」と喚いたのを
覚えています。ええ、トシがいもなく!
どうせバスで帰るならタケルと帰ろうよ〜と
いうわけで、こんなお話になっちゃいました;
(風太)