■ DOUBLE DESTINY 3












蛮ちゃん…





伝えたいことがあるんだ。


オレね、
蛮ちゃんといて、すごくすごくしあわせだった。
蛮ちゃんのことが、大好きで、大好きで…。
ありがとうって、いつも思っていた。
オレと出会ってくれて、オレを選んでくれて、相棒だって言ってくれて。
いっぱいいっぱい、愛してもくれて。
毎日毎日が、きらきらしてて、とてもとても楽しかった。
ずっと一緒にいられるって、そう信じて疑わなかったほど。

オレ、ありがとうって、ずっといつも、
いつも心の中で思っていたんだ。

オレのそばに、蛮ちゃんがいてくれることを―。
ありがとう、って。



だけど。
ダイスキも、
シアワセ、も、
アリガトウも、

それから、
サヨナラも――。



伝えたいけれど。

でも、今は、まだ言えない。
言っちゃいけない。


だって、ヤクソクしたんだ。
ずっと一緒にいるって。
どこにも行かないって。



絶対に、

絶対に、
絶対に、
蛮ちゃんを、1人にしないって――



約束、したんだ、だから――





………まだ死ねない―――のに……!





「銀次! 銀次!!」
悲鳴のように呼ばれて、銀次がうっすらと目を開いた。


まだ、息がある。
だけども、もう……。
もうそれは……。


「ば…んちゃ…ん」
口を開くなり、ごぽっと鮮血がそこから溢れ、既に血にぐっしょりとなった真っ赤なTシャツとジャケットの上を更に流れた。
「なんで、なんでこんな無茶しやがる…! アホウが!」
「だ…って… ゲホッ…」
咽せると同時にまたしても大量の血を吐き出し、蛮が強くその肩を抱き寄せた。
「しゃべるな…!」
「ばんちゃ…んが……ぶじ……」
「しゃべるなッ!」
シャツを脱ぎ捨て引き裂いて、そんなことをしてももう無駄だと頭のどこかでわかってはいるのに、必死で止血をしようと傷口に当てる。
「ごめ…」
「しゃべるなっつってんだろうが! このボケが!」
怒鳴る声が震えた。
唇も蒼ざめ、ぶるぶると震えている。
動揺している自分を感じる。
動揺どころではない、まさに恐慌状態と呼ぶに等しい。
どうすればいいのかという考えすら動かず、腕の中にある誰よりもかけがえのない者を失うのかもしれないという予感だけに支配され、ただ、震える腕で力強く抱きしめた。


差し伸べた銀次の指先が、ピシ…と、か弱く放電した。
もう、これが最期のチカラだろう…。


銀次の瞳に涙が滲む。

大好きで、大好きで、誰よりもどんな人よりも大好きな人に、
永遠にサヨナラをしなくてはいけないかもしれないこの時に、
何一つも遺せないことが、こんなにつらいこととは思わなかった。

涙が、ぽろぽろと血まみれの頬に流れ落ちる。
鮮血に染まった手をゆるゆると伸ばし、蛮の蒼ざめた頬にそっとふれた。

口の端から血が流れていく。
腕にその身体を抱いている、蛮のシャツもズボンも、銀次の流した血に既にぐっしょりと濡れている。


「銀次…!」


激しく狼狽し、恐怖に震えるその頬を銀次の手がやさしく撫でる。
哀しんではだめ、というように。

「そ…んな顔……しない……で…」

消え入るようにそう言って、蛮を安心させようと懸命に懸命に笑顔をつくろうとする。
そんな姿が、いじらしい。


そしてふいに、奇跡のようにふわっとやわらかく微笑んだ。



「ば……んちゃ…ん……オレ……し…ん………て!」



「銀次…?」
瞠目したまま、絞り出すような声が呼び、銀次がそれににこっとする。


そして。

懸命の微笑みと、懸命の言葉を遺して、ゆっくりと琥珀が閉じられる。
睫毛が、ゆっくりと降りていきながら、濃い影を落としていく。
最期の涙が、一筋、血まみれの頬をこぼれ落ちた。

瞳が伏せられるのと同時に、蛮の頬にあった手が、力を失った。
羽毛が落ちていくように、ふわ…と曲線を描いて落ちていく手を、引き止める如く蛮の手が、パシッとその手首を掴む。



だが、もう、その手に力が込められることはない。

だらりと腕が重くなり、顎が流れた。










…オレ、蛮ちゃんと出会って初めて、

『生まれてきて、よかった』って、

そう思えるようになったんだ…











「ぎんじ…?」




カッ!と空が光を放った。



「……銀次イィイイィィイイィイ―――――!」






”イベント”が起こった巨大なステージの外から、茫然とその光景を見つめていた月子の手から、もう一枚のカードが滑り落ち、ひらりと舞う。
まるで、それ自体が意志のある生き物のように。

『終の落雷』のカードが、ステージの中央に落ちた。



次の瞬間――


――ドドドォオォオォ……………ン!!と脳が破壊されるほどの轟音が響
き渡り、天の怒りのように、その場に雷が落とされた。





震える唇で息を吸い込む、喉がひりつく。
だけども、呼ばずにはいられない。
呼び戻したくて、連れていかれたくはなくて、叫ばずにはいられない。


「銀次…!? 銀次、銀次―! 銀次!! 銀次!!」


蛮が銀次の身体を揺さぶる。
乱暴ともいえるほど、強く強く。


「銀次! 冗談だろ…? ふざけてんじゃねえよ、オラ! 起きろ!
 起きろよ!! 目ェ開けろや! 銀次!
 起きやがれってんだ、銀次!! 銀次イィィ―――!」


フザケロよ?と、半分笑いを含んだような声が、次第に荒げられ、泣き声のような悲鳴のような沈痛な叫びに変わる。
揺さぶって、名を呼んで、もう銀次以外の何もかもを放棄したかのように、二度と戻らないかもしれない大切な存在に、ただ逝くなと、何度も何度も何度も唱える。
オレを置いて、逝くな、と。
だけども、蛮の腕の中の愛おしい者は徐々に重みを増し、頬も唇も色を彩を失っていく。
急速に失われていく体温にびくっと肩を震わせ、目を剥くように見開くと、蛮はやおら、ガッと自分の唇を咬みちぎった。
肉が裂け、鮮血が溢れる。
かつて、高位現実の中で死んだ男を救った、魔女の血。
もしや、と思う。
儀式がなければ、その魔力は効力を発揮できないのかもしれないが、そんなことは考えにはない。
与えられるものがあるなら、銀次のためにすべて与えてやりたい。
己が与えられるものは、すべて。
銀次のために。


「死ぬな、銀次…!」


どくどくと溢れ出して来た鮮血を、銀次の唇に運ぶ。
開かせて、流し込む。
いつもふれる度、その唇のやわらかさと甘さを存分に味わい、口中を味わった甘美なくちびる。
かなしいほど、今は冷たい。
差し入れる自分の舌を、いつもおずおずと迎えにくる可愛い舌も、冷たく今は動かない。


「銀次…! 死ぬな、銀次… 銀次…っ!」


何度も何度も唇に血を運ぶ。
ずっと呪わしいものだと思い続けてきたこの魔女の血だが、人の生命を甦らせる力があるのだと知った時は、少なからず喜んだ。
呪わしい運命すらも、血液と共にその生命に流し込んでしまうかもしれないと、少しばかりの恐れも同時に抱いたが。
今は、それでも構わない。
銀次が背負うものなら、己がそばにいる限り、ずっと一緒に背負ってやることも出来る。
コイツのそばを、決して離れない。
ずっと背負う。


銀次だけでいい。
銀次さえいれば。














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スミマセン。DD3はこういうお話でございます…。
ちょっとお話の都合上、台詞の順番入れ替えてますが。
いや、でもラブラブもいっぱいありますしー。大丈夫ですv(何がだよ)
なんせ104Pの本ですのでー。色々つめこんでます。
でも最後は、ちゃんとハッピーエンドになるから!!! 本当に!!! (汗)