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「Winter Love」
〜2006.12.17 蛮ちゃんお誕生日SS〜






海は好きだ。


波の音を聞いていると、
わけもなくざわついてた心が、
少しずつ、自然と落ちついてく。
そんな気がするから。


海は、蛮ちゃんと少し似てる。
寄せては返す波の音は、
急かせることなく、
何度も何度も、繰り返し、
俺を静かに、根気強くなだめてくれる。


強くて、広くて、とてもやさしい。
そういうとこが似てると思う。






夏の海も、春も秋もいいけど。
とりわけ、俺は冬の海が好き。


蛮ちゃんは凍死しそうだと言うけれど。
身を切るように冷たい海風は、
俺を厳しく戒めてくれる。
気が引き締まる想いがするから。










ねえ、蛮ちゃん。
俺は、大丈夫?

弱くなったりしてない?
蛮ちゃんに甘えてばかりじゃない?


蛮ちゃんの隣に並ぶ資格は、ちゃんとあるかな。
















「うわー、寒い!!」
「あったり前だ。寒いのワカってて来てんだからよ」
「顔凍りそうー、耳ちぎれそー、うがががが…」
車を降りて、波打ち際まで来たものの。
もこもこのセーター一枚とマフラーだけの銀次の顔は、海からの冷たい風に早くもひきつり気味。
両手で自分の身体を抱くようにしながら、歯をがちがちと鳴らしている。
「あぁ、まったく。クソ寒ぃだけだってのによ! いったいどこぞの物好きが、冬の海なんぞ行きてえとか抜かしやがったんだろうな!」
「だーって、蛮ちゃんのお誕生日だし!」
「何がだってだ! 関係ねえだろ。だいたい、なんでよりにもよって1年に1回の誕生日に、我慢大会させられなきゃなんねえんだよ。いい迷惑だっての」
「だって、蛮ちゃんも海好きじゃん」
「だからって、誰が冬の海なんぞ好んで来るか」
「ええ〜?! でもさ。気持ちいいよ?」
「はあ?」
「寒いのとか、冷たいの我慢してるとさ。なんか気持ちいいじゃん!」
両手を広げて笑顔でそういう銀次に、蛮がいかにも怪しむような顔つきになる。
「…テメエ。前から思ってたんだがよ。もしや、Mの気があるんじゃねえか?」
そういや心当たりが…などと言い出す蛮に、銀次がけらけらと笑いながら返す。
「もー、やだなあ、蛮ちゃんったら!」
笑っている銀次の顔は、すでに冷たい風に煽られて真っ赤。 
それでも、その顔は実に楽しげだ。
「ねえ、遊んで来ていい?」
走り出しながら訊ねられ、今更だろうがと蛮が肩を落とし、眉も下げる。
「――あんま、長くは付き合わねえぞ」
嘆息混じりの返事にも、笑顔と元気な声が返ってくる。
「うん! わかってる!」
答えるなり走り出す銀次は、海風に負けまいと、顔にむむっと力をこめて波を追いかける。
すぐさま反対に追いかけられる側になり、今度は這う這うの体で慌てて逃げる。
夏なら大抵靴は脱ぎ捨てている所だが、さすがに今の季節に裸足になれるほど銀次もチャレンジャーではないらしい。
スニーカーが砂浜に囚われ、波を避けつつ、わたわたしながらそれを抜き取る。
「うわー、あぶなかったぁ」
はしゃぐ声は、子供みたいだ。
蛮が、そんな様に目を細める。




空は、どんよりとした曇空。
まだせめて快晴ならば許せるものを、と思いつつ。
買ってきた缶コーヒーを呑みながら、蛮が空を仰ぐ。
雨はともかく、雪の心配はどうやら当たりそうだ。
痛いほど、大気が冷たい。




が、しかし。
そんな中をよくもまあ。
波とあんな風に遊べるもんだぜと、完全に呆れながら、蛮の視線が銀次を見つめる。




それでも。
この極寒の中。
そこに、あの笑顔がある。それだけで。
周囲がほのあたたかく感じられる。
不思議極まりないが、それも事実だ。







年の瀬を前にして、今年(たぶん)最後の仕事は、内容の割には珍しく実入りが良かった。
その奪還料も昨日無事手にし、懐のあたたかくなった蛮は、たまにはどこか連れてってやるのも悪くないかという思いにかられ、傍らの相棒に『行きたい先』はないかと訊ねたのだが。
数秒の驚きの後。
あろうことか、銀次が満面の笑顔で答えたのは、なんと『海〜!』だったのだ。
あまりな返答に、聞き間違いか、もしくは無限城育ちのコイツにゃ季節の概念がないのか?などと。
蛮が茫然としているうちに、大はしゃぎの銀次によって、それは着々と決定に向かい。
結果。今に至るというわけである。




いや、まあ別にいいがよ。
コイツの発想が突飛なのは、今に始まったことじゃなし。
半ば諦めたように蛮が思う。
そもそも。
ここのところ、精神的にハードな仕事が続いていたし、そろそろ参ってるんじゃないかと心配になっていたところだった。
だから。
喜ぶ顔が見られるのなら、それが何処だって、まあ良いんじゃねえか―と。
つい思ってしまったのだ。




しかし、それにしても。
なぜ夏、いや、せめて春まで待てないものか。
海風に晒されながら、蛮が心中で落とす嘆息は、脱力気味でかなり長め。






そして。
一人愚痴愚痴言う蛮に、銀次が用意して渡したもの。
フリマに立ち寄った際に(銀次が好きなのだ)見つけた黒のコート。
値切り倒して交渉の末、500円の安価でゲット。
『蛮ちゃんのお誕生日プレゼント、ゲットしたよ〜!』と、無邪気な笑顔で蛮の元に駆け戻ってきた銀次に手渡されたそれは。
外側は水しぶきに負けない防水加工、内側は冷たい海風から身を守るぬくぬくフリース。
お子様の冬の海遊びの付き添いには、うってつけのスグレモノ。
しかも、なぜか2サイズは大きめ。

『これを…。俺に着ろってか』
『うん! これ、すっごくあったかいんだよ! 1500円のを500円にまけてもらっちゃった!』

って。
三分の一じゃねえかよ。オイ。

ちなみに一緒にゲットしたマフラーは、黒と白の色違い。
2本でこれは300円也。
さらに格安。
"あのヒトから買ったんだよ"と指し示された方を見れば、関取のような大きな男が、まん丸い顔をくしゃくしゃにして銀次に手を振っている。
親しげに手を振り返す銀次の笑顔に、破顔する関取。
(いや、どっちかといえば○田大サーカスか)
…やれやれ。まったく。
また新たなファン層を開拓しやがったのか、このヤロウは。
そう内心でこぼして歩き出す蛮に、屈託ない笑みを向け、銀次が嬉しそうについてくる。
それを早く来いと急かしながら、首に腕を引っ掛け、引き寄せる。
何がそんなに楽しいのか、けたけたと声をたてて笑う銀次に、それにつられるようにして蛮の目元も自然と綻んだ。
だから、思わずにはいられない。

そりゃあ、まあ、なあ。
この笑顔に勝てるものなど、何処にもいないだろうが、と。






そして。
確かに、『安田○サーカス』のコートは、身を切るような低温の中にいても、さして寒さを感じないほど、あったかくはあった。
ビジュアル的にどうよという問題は、最後まで残ったが。
それでも銀次に、『うわー、蛮ちゃん渋いっ!すんごいカッコいいっ!』とか言われると。
まあ良いかという気になるから、どうにも困ったものである。
いや、単に背に腹は返られないという意味だが。
…無論。決しておだてにのってやっているわけではなく。






風がきつすぎて、ジッポも役に立たず、煙草も吸えない。
火が点いたところで、たぶん、紙もすぐに湿ってしまうのだろうが。




思いつつ、かなり冷めてしまったコーヒーを胃に流し込み、波と遊ぶ銀次を見つめる。
春や夏に来てもそうなのだが。
銀次にとって海は、泳ぐよりも、こうして波と遊ぶのがいいらしい。
そして。
さんざん遊び疲れた後で、砂浜に膝を抱えてしゃがみ込んで、波を向こうを見つめるのがいいらしい。
その隣に蛮が来て、ゆったりと煙を吐き出してくれたりすると、尚良いらしい。



おだやかな時間。
おだやかな構図。



初めて海につれてきた時は。
生まれた初めて目の当たりにする自然の脅威と、広さと青さに、ただ驚いて。
恐怖さえ覚えて、怯えて蛮の背に隠れるようにしたものだが。
それがなんだか、蛮にはひどくいじらしく、愛おしく思えて。



あれから、いったい何度こうして、一緒に海に来ただろう。



時計を見れば、1時間はゆうに経っていた。
その間、遊びつづけている銀次の、両の頬は、すでに真っ赤。
息は、真っ白。
だのに、一生懸命波と戯れるその笑顔は、まるで寒さなど感じていないように眩しい。
何があんなに楽しいのやら。
蛮が思わず、苦笑を漏らす。




お日さま銀次。
まぶしくて、あたたかい。
傍にいるものまで、こんな風に、芯からあたためる力を持ってる。
それがお前の強さなんだぜ、と胸中で蛮が呟く。
何処を探すこともない。
生まれながらに持っている、それがお前のチカラなんだ。








「ああッ、寒い〜〜っ!」
喚きながら、銀次がぱたぱたと蛮の元に駆け寄ってくる。
「寒いのは、つっ立って待ってるコッチだってえの」
「蛮ちゃんは、コート着てんだからいいじゃん。俺、セーター一枚だもん」
「テメエも同じようなの買えばよかったんじゃねえか。金、もたせてただろうが」
「んー。でも、ぶ厚いコートばっかだったし。遊ぶのに邪魔だから! それにてんとう虫くんに帰ったら、毛布にくるまるから平気!」
何を子供みたいな事をとぶつくさ言いつつ、蛮が預かっていたココアの缶をコートのポケットから出し、銀次の冷たい頬にぺたりと当てる。
「おら、飲め」
「んわー、あったか! ありがと、蛮ちゃん」
「大分冷めちまったがな」
「ううん、大丈夫。まだ充分あったかいよ」
言いながら、それでも、かじかんだ手ではうまくプルトップが引けず。
うーんうーんと苦戦している銀次の手から、ひょいと缶を取り上げると、蛮が缶を開けてやり、またその手に戻す。
「素直に、最初から頼めっての」
「あ、ありがと」
ぶっきらぼうに言われ、それでも充分に嬉しそうに、銀次がココアに口をつける。
少しぬるくなった分、なおさら甘さを感じられて、にこりとした。
「あまーい。おいしい」
「そりゃ、良かったな」
「うん。あ、蛮ちゃん、もう飲んじゃったの?」
「ああ。暇だしよ」
「一緒に飲む?」
「いらねぇよ。んな甘ったりいの」
「おいしいのになあ。俺、冬はさ。あったかくて甘いもんが飲みたくなっちゃうんだよねー」
「へえ。俺は、特に嗜好に変わりはねえけどな」
「冷酒が熱燗になるくらい?」
「あぁ、そーだな」
微笑されて、つい微笑んで返す。
缶のココアをすべて飲み干すと、銀次がぐずぐず言い出した鼻の頭にその缶をあて、はあと白い息を吐き出した。
「んあー、ちょっとあったまったかな」
「嘘つきやがれ。鼻も頬も真っ赤じゃねえかよ」
「だって、そりゃあ、寒いもん! でも平気だよ、俺。やっぱ、この寒さに向かっていってこそオトコの子ってもん… ふ…ふ…ふえっくしょん!」
「ぁあ、唾飛ばすなっ! つーか、んな気合いの入ってねえくしゃみするヤロウが、男がどーだの語るにゃ100万年早えっての」
「う〜っ、それ、くしゃみ関係ないじゃんっ」
「うるせえ」
言いながらも、鼻をずずっといわせ震え出す銀次を見て、蛮がやれやれと肩を竦め、コートの袖を抜く。
動いて少しでも汗をかいた後は、どうしたって寒い。
震え出したのは、急速に身体が冷え始めたせいだろう。
口ではいくら悪態をつきながらも、実はそうしてやるタイミングを見計らっていたらしい蛮に、銀次が慌てたように言った。
「んあ、蛮ちゃん、脱がないでっ!」
着せかけようとしたコートをいきなり押し返されて、蛮がなんだ?という顔で銀次を見る。
「あ?」
「俺、いいからっ」
とは言っても、それを止める手も氷のように冷たい。
「駄目だよ、蛮ちゃん」
「何がだよ」
「だってそれ、蛮ちゃんのだもん。それに蛮ちゃんのが寒そうだし」
「は? 関係ねえだろ。だいたい、今はオメエのが相当寒そうだろうが。どう見ても」
呆れたように言われて、銀次がうーむと困った顔になる。
「いいから。とにかく、蛮ちゃんが着てて!」
言って、強引にもう一度蛮にコートを着せる銀次に、蛮の眉間にいぶかしむような深い皺が刻まれる。
俺がコートを脱ぐと何か困ることでもあんのかよ?(もしや、誰かと賭けてるとか? 北風とか太陽とか)と言いかけた蛮を再び制して、銀次がにっこりと微笑むと、かじかんだ手にふうと息を吹きかけ、それを合わせた。
「じゃあ。ね、手だけ入れさせてv」
「手?」
「うん! コートのポケット。手袋代わりに貸してv」
「別に構わねえが?」
「じゃあ、失礼して。あ、ポケットの中もフリースなんだ。あったかーv」
言いながら、蛮のコートのポケットに、それぞれ手を入れ、銀次が嬉しそうに接近する。
足元がもたつくが、蛮の足の間に右足を置かせてもらって落ち着いた。


しかし。
接近というには、何というか。
あまりに近すぎな。
遠目にはきっと、波打ち際で抱き合っている恋人同士のように見えるだろう。
(真冬の海に来ようなんて物好きは、二人の他にはいないから良いが。心中でもする気かと誤解されかねないシチュエーションだ)


目前にきた金の髪と白い項に、蛮の目がすうっと細められる。
耳もとにかかる息。
甘えるように蛮の肩口に頬を寄せる銀次の、マフラーのずれた冷たい項が蛮の頬に微かにふれる。
布越しの体温。
ポケットの中の手は、そこにあってさえわかるほど、氷みたいに凍えきっている。

「手だけじゃ、余計寒いだろうが」
「え…?」
呟いて、蛮がポケットに自分の手を突っ込み、銀次の手をそれぞれ掌に包み込む。
「蛮ちゃん…?」
「このバカヤロウが。身体冷え切っちまってるじゃねえかよ」
「だって、それはさ。さっきまで遊んで…」
「おら、手出せ」
「え?」
言うなり、そこから銀次の手を強引にひっぱり出して、前のボタンが開いたままになっていたコートを、一度バサリと翼のように大きく広げた。
そのまま銀次を、身体ごとその中へとくるみ込む。
背で大きな布が閉じられ、銀次の身体はコートと一緒に、ぎゅっと蛮の腕の中に抱き竦められた。


「ば、蛮ちゃ…!」


驚いて、銀次が琥珀を大きく見開く。
その耳の傍で囁かれた声は、さらにびっくりするくらい低音でやさしかった。


「どうよ。この方があったけえだろうが」
「……うん」


大きな掌が髪の先まで冷え切った金の頭を、自分の肩へと抱き寄せる。
腕の中で、銀次がゆっくりと身体の緊張を解いていきながら目を閉じた。
嬉しそうに、しみじみと呟く。

「うん、あったかいよ。すごく…」
「…な?」
「うん。蛮ちゃんは、あったかい…」
「……そっか」
「ありがとう」
「…おう」

照れたような声が耳元で返され、銀次が蛮の腕の中でにっこりと微笑んだ。
同じ布越しでも、こうしていると、ずっと近くに互いの体温を感じる。
銀次もまた、蛮の身体を抱くように、コートの中で黒いセーターの背に腕を回した。
ぎゅっと抱きしめる。


もっともっと近くにいって、
もっともっと互いを温め合えるように。
そのぬくもりが何より愛おしいと、
もっともっと感じ合えるように。


ぎゅ…。
と、互いを抱く腕にチカラを込めると、少しだけ、胸の奥が切なく疼いた。


「もっと大きなコートだったら良かったかな。ちょっと窮屈?」
「俺はいいが。お前、背中寒くねえか」
「うん。蛮ちゃんがぎゅってしてくれてるから、全然あったかいよ」
それに答えて、"…アホ"と照れ臭そうに耳元でぽつり。
照れ隠しが高じると、蛮はやけに饒舌になる。
今も、たぶんそんな風。
「あぁ、けど。テメエが、もっと小さくて華奢だったら、ちょうどコートん中にすっぽり納まって良かったんだろうがよ。ここんとこ、冬眠する熊みてえに、またがつがつ食ってやがったからなあ」
毒づかれて、銀次がむむっと口を結ぶ。
『小さくて華奢』と言われ、銀次の脳裏に浮かんだのは、つい卑弥呼の顔で。
それがなんとなく、ちょっぴりかなしかったりもしたけど。
でも、蛮から貰う温もりは、逆に、銀次に反撃の勇気も与えたようで。
「ふーんだ。それを言うんだったら、蛮ちゃんがさ。士度くらい背が高かったら、俺の頭がちょうど肩くらいの位置にきてさ。コートの中にすっぽり納まれると思うんですけどっ」
ぷーんと膨れながら返され、蛮の目がみるみる逆三角形になる。
「あぁ!? テメエ、俺様と、よりにもよって猿を比べやがるのかよ?!」
「べ、別に比べてるワケじゃないけどっ。蛮ちゃんだって、俺と卑弥…」
「あぁ?!」
「い、いえっ、何でもないですっ」
「ったく、何だってえの。そんなに猿が良けりゃよ、猿と一緒に海に来て、猿にこうしてもらやいいじゃねえか!」
「…え?」
銀次の目が、ぱちぱちとしばたたかれた。
無論、蛮は嫉妬心から言っているのだが(そして勿論認めないだろうが)、気づけない銀次は怪訝そうな顔になる。
「…士度と?」
「ああ!」
「…こういう、コト?」
「…おうよ」
「そんなの…」
「何だよ」
「いいの? 蛮ちゃん」
「……何が」
「俺が。士度とこういうことしても」
「…………いいも悪いも」
「しないけど」
「あ?」
「しないけどさ」
銀次の頬が、ぶうと膨れた。
「だって。士度とこんな事したって、俺、楽しくないもん」
ふてくされたように言う。
今度は蛮の方が、あっけにとられた。
腕の中の銀次と、思わず顔を見合わせる。
「…お前。そういうトコ。いっそ、残酷なぐれえハッキリしてんな」
「うん? ぁああ!? そ、そういう意味じゃなくてですね…! 俺はですね! だ、第一、士度にはマドカちゃんがいるんだし、士度だって俺とじゃあ、きっと全然楽しいワケはないと思うしででですね…!」
焦る銀次を尻目に、蛮が"いや。マドカがいようと、ヤロウはわからねえぞ…"と内心でこぼす。
元VOLTS四天王にとって、銀次は破格なのだ。決まった相手がいようが、安心できない。
蛮が、面白くなさげに顔を顰める。
が、そんな蛮の懸念を一掃するかのように、銀次が言った。
「ともかく、ですね!」
「…あ?」
「俺は、蛮ちゃんがいいのっ!」
言うなり、さっと横を向いたふっくらした頬が、真っ赤に染まる。



「蛮ちゃんと、こうしたかったのっ!!」



海の向こうまで届きそうな、半分やけくそ気味の宣言は、いっそ清々しいほどの大声。
「銀次…」
真っ赤な頬と、真っ赤な耳と、真っ赤な項を見下ろしながら、蛮が低く呼ぶ。
だが、続いた声は、少々意地悪なニュアンスを含んでいた。



「へーえ」



「…ん?」
「そーか、なるほど」
「はい?」
「てめぇ、もしかして」
「は、はい??」
「確信犯か?」
「………え、ええっと?」
「もしかして、『コレがしたかっただけ』、とか言いやがるんじゃねえだろうな?」
「あ…。えへへへへ…」
「あぁあ!? こ〜〜ンのヤロが〜! ヒトの誕生日に、んなクソ寒い海まで付き合わせやがって、挙句がソレか、あぁ!?」
「んががが、ごめんなさい〜〜! 痛いっ、痛いよ、蛮ちゃん! あだだだだ…!!!」
銀次のこめかみを両の拳でぐりぐりやりながら、それでも何となく、途中でもしやと思いながらも敢えて突っ込まなかった、自分もまた自分なのだがと蛮が思う。
それを知ってか知らずか、痛い痛いと喚きつつも、えへへと銀次が笑った。
「んだよ、テメエ! 何笑ってやがるっ!」
「いたたた、だって、蛮ちゃんだってさぁ… ――あ…?」



言葉を止めてふいに、銀次がヘッドロックされた腕の中で、空を見上げる。
そんな銀次の鼻先に。


ふわり、ふわりと、白い小さな結晶が舞い降りてくる。
琥珀が天を仰いだまま、大きく見開かれた。




「……わー。雪だぁ…」




見上げた空は、灰色に、粉雪の白がはらはらと混じって。
次第にその灰色が、純白に塗り替えられていく、その真っ最中で。


蛮の腕が緩み、やっとそこから解放されて、銀次が真直ぐ立ってそれを見つめる。
両の琥珀は、上空に向って、夢を見ているようにうっとりとなった。
白い息が、大気に溶ける。
それを見ると、蛮は再び銀次の身体をコートの中へと包み込んだ。


「蛮ちゃん…」
「ん?」
「きれいだね……」
「ああ…」


寄り添うようにして見上げれば、純白の結晶は、余計にきらきらと輝いて見えて。
銀次がコートの中から手を差し伸ばして、指先でそれにふれる。
瞬く間に銀次の体温で溶かされる小さな雪を見つめ、銀次がゆっくりと琥珀を細めると嬉しそうに微笑んだ。

「初雪かな」
「あぁ、そうだな」
「新宿では、まだ降りそうにないけど」
「そりゃあ、まだ早えだろ」
「ここで見られて、ちょっぴり得しちゃった気分」
呟いて、蛮を見つめてにっこりする。
それに微笑み返して、蛮が伸ばした銀次の腕をそっと掴んだ。
「手、中入れろ。またかじかむぞ」
「うん」
銀次が頷き、言われた通りに素直にコートの中に手を引っ込める。
そして、蛮の肩に甘えるように顎をのせて、感嘆の溜息をつきながら、雪が静かに落ちて行く海を見つめた。



「ねー。すごい…。きれい…」



「あぁ」
「…ねえ」
「ん?」
「もうちょっと、このままでいい?」
「…銀次?」
「こうさせて。今だけ」
言って、蛮の腕の中で、ぴったりとその身体に身を寄せる。
「お願い、蛮ちゃん…」
とっておきの甘え声に勝てるはずもなく、蛮が腕の中に銀次を抱きしめ、やさしい目で静かに返す。
「…ああ、いいぜ…」
「…ん。ありがと」





「銀次…」





ややあって。
愛おしげに呼ばれた声に、銀次がふ…っと視線を上げる。
包み込むような紫紺と逢った。

やさしい指が、粉雪のとまる金の前髪をそっと梳く。
微かに濡れて金色が少し濃くなる髪に、蛮が唇を寄せた。




それから。
額と、こめかみとに、一つずつ。




「テメエ。…デコ、冷てえ」
「わ、くすぐったい…よ」






「頬も、冷え切ってるじゃねえか」
「…うん。凍りそー」






銀次の言葉に、蛮が笑って、両手の中に頬を包む。
「えへ。蛮ちゃんの掌あったかい…」
呟くと、ご褒美のように、瞼の上にもやわらかいキスが落ちてきた。
銀次が嬉しげに微笑む。




「…ねえ、あの」
「ん?」




「…ええっと」
「ん? 何だ」




「えっと、その…。く、くちびるも…」
「…あ?」



「つ、冷たい、です…?」




真っ赤になって上目使いで告げられ、蛮が苦笑する。





「バーカ」
「だ、だって…」




「何だよ、誘ってんのかよ?」
「そ、そんなんじゃない、けど…っ」




「ちっと待て」
「え…」




「物にゃ、順序ってもんがあらぁな」
「蛮ちゃん…?」





くくっと低く笑いながら、蛮が、紅潮した頬と、鼻筋にも口付ける。









それから……。
恥じらうように、ゆるく結ばれた唇に。

一度、やさしくふれた後。








啄むように。
幾度も、幾度も。









そして。

あとは、
銀次の琥珀が、とろんと甘く蕩け出すまで。
しっとりと長く――。





















…好きだよ、蛮ちゃん。


大好きだよ。












はにかむように、そっと。
銀次が、呟く。










このまま。
この真っ白な世界に
ふたり閉じ込められても。


それでもいい。
蛮ちゃんと、一緒なら。












告白は、白い吐息といっしょに。
大事そうに包んでくれるその腕の中で、夢見心地に。













ねえ、蛮ちゃん。

俺は、まだまだ強くなるよ。
もっともっと、強くなる。








そして。
いつか、もしも。








たとえば、
この世界中を敵にする日がきたとしても。
この世のすべての災いが、もし蛮ちゃんに振りかかっても。





それを光の剣で、すべて薙ぎ払う。
そんな強い勇者に俺はなるんだ。
蛮ちゃんを護れるくらい、強くなる。
きっと、きっと。












だって。










蛮ちゃんと生きる未来しか。

俺は、いらない。










そう、思うから。




















――――と、告げれば。



テメエごときで俺を護ろうなんざ、一億年早え!! 
と、思いきり殴られたケド(涙)





ううう、でも頑張るもん!
俺、本当に、頑張るんだからっ!
ねえ、聞いてる? 蛮ちゃん!
俺、絶対絶対、頑張るっ!!!






そう言うと。
蛮ちゃんは、紫紺のきれいな瞳をすうっと細めて。
何だか、少しだけ泣きそうな顔をして、
俺の冷たい頬をそっと撫で、ひどくやさしく微笑んだ。






あぁ、いつまでも待っててやるからよ。
せいぜい、俺の隣で頑張れや――。




その間は、
俺がテメエを護っててやるからよ。
ずっと、こうして。







と。
最後の一言だけは、付け足しみたいに。
呟くみたいに、小声で言った。















告白は、粉雪の降りしきる海岸で。
冷え切った身体を寄せ合えば、そこから生まれてくる温もりが、互いにどうにも愛おしくて。
俺たちは、そこで、随分と長い時間。
ただ、そうして、抱き合っていた。



海からくる風に、凍えちゃいそうだったけど。





でも。
泣きたいくらいに、あったかくて。
泣きたいくらいに、しあわせだった。





















ねえ、蛮ちゃん。
俺、蛮ちゃんが大好きだよ。












蛮ちゃんのことが、
ずっと、ずっと大好きだよ…。





















忘れないでね。
ずっと。



ずっと、おぼえていて。




















END









今週の原作を読んでから仕上げたので。
何度か切なくなって、うっ…とかなってしまいましたが(涙)
それでも、この二人は、このあと旅館にでも泊まって。
ゆっくり温泉であったまって、でかいコートで"二人羽織ごっこ"を楽しんだようです。ごちそうさま(笑)
やっぱ、しあわせが一番だよね!

感想や、蛮ちゃんおめでとーメッセージなどありましたら、この機会にぜひぜひvv
原作の愚痴などもついでにぜひぜひ(笑)