<追憶の途切れ>
「まるで最初から無かったかのように。ある日を境にして私の記憶は途切れている。
それは幸なのか、不幸なのか。
有るべき幼少の過ちも、両親の暖かい温もりも、私には存在しない」
クルクルと日常は 流転(ナガレ)
それはモルモットの籠と同じ
モルモット(ひと)は歯車を回し 世の中(はぐるま)は回され続ける
私は籠の中で生きていた
籠の外へと 出ることは無く……
盲いた人(ネズミ)や病んだ人(ネズミ)と同じ
五体という糧さえあればいい
世界(かご)の中で歯車を回せればいい
我が記憶の有無など関係なく
世界は回り続けるのだから……
私は誰だ?
→神に問うが答えは無い
私は誰だ?
→問うて答える人は無い
私は誰だ?
→そう、答えなど初めから存在しない
「呆気なく流れる日々は本物の様でも、偽物の様でもある。
偽物でもいい。
私は飢えず苦まず暮らせる今の生活を受け入れていた、いや愛していた。
親友がいた、恋人がいた、記憶など無くても努力次第でいくらでも見返り(こうふく)は訪れる。
だが、世界は回されるだけの歯車ではなかった。
それは、時に平穏という名の幸を運ぶ天使であり、時に運命という名の鎌をふり翳す堕天使だった。
来なければ、来なければ、アンナモノは来なければ良かったのだ。
……あんな、神(りょうしゅ)など来なければ……!!」
――― ダーツの矢が刺さった ―――
――― だから神はやってきた ―――
――― ただ其だけの理由、其故の不幸 ―――
――― 嗚呼、無い筈の記憶が疼く ―――
――― その男から逃げろと ―――
ガタガタと日常は 崩壊(クズレ)
神を名乗る男は村を焼き払う
人は歯車を回し 世の中(はぐるま)は回され続ける
その中心には何がある? 「神か?」
だが歯車の恩柄を受ける神もまた、人……
気に入らない積み木を崩すのと同じ
神は住処を定め村(ざっそう)を引き抜いた
その偉大な軍隊(て)によって立派な城を建てた
立ち尽くす私に 記憶は警鐘を鳴らす
これで、2度目だと……
――― 嫌だぁぁぁぁぁっ!!! ―――
幾度となく辿ろうとした
→しかし追憶の糸は途切れていた
幾度となく辿ろうとした
→しかし帰り道は知らない道
幾度となく辿ろうとした
→しかし、思い出せば今の私は消える
「そうだ、思い出した。
私は奴に奪われた奴隷(あかご)、奴に作り出された奴隷(おもちゃ)。
おもしろ半分に生かされ、肉体の限界など無視して働かされ、そしてほんの些細なミスで神罰(しけい)に処せられた。
そうだ、……思い、出した。
そのとき私は死にたくなど無かった、何一つ幸せを知らぬまま消されるのが耐え切れなかったのだ。
だから私は身代わりを立てた。
背格好の似ていた唯一の親友を騙し、神(りょうしゅ)に捧げたのだ。
私は逃げた、神(りょうしゅ)から。そして記憶(つみ)から。
気付けば、全てを忘れていた」
その場所はとても紅い
きっと本物の神が偽者の神を遣わしたのだ
だからこれは真なる神罰
立ち尽くす私の背後にいつの間にか神が立つ
気付けば甲冑が取り囲んでいた
――― 殺れ ―――
我が身を貫く鋼の味 それは罪の味
美しく咲いた虚構の幸せは 現実(りある)において残酷に散る
恋人(アリーゼ)はどうなっただろうか?
親友(ブラウン)は生きているだろうか?
いまだ罪深く慟哭する口を鉄靴が砕いた
懺悔を言い切らぬままに……
「フン、友を売った男が他人の為に泣いて死ぬか」
「或いは、この涙はただ自らの痛みに対して流した物なのかもしれません」
「どちらでも良いわ、人(ゴミ)の心など神の気に留める価値も無い」
――― 敢えて最期の一言を残すならば ―――
――― 「生とは、何物にも代え難き物。そして最も、罪深き物」 ―――