『月の無い月見』



月は消え星も無く その日は真っ暗だった。
やっと二人で来れた月見 それはあんまりな夜。

小高い丘の上 車のエンジンを切る。
無風無光無暖の中 ライター(あかり)を灯し。
僕らは月のない空を……。


「寒いね」と語る背中に、
「これならどう?」とイタズラな背中が合さる。
楽しもうよ 月のないこの月見。
The dark is a black wing.――暗闇は心羽ばたける翼。



やがて空は濁り 罪のように降り注ぐ雨音。
やっと二人で来れた月見 それは濡れ落ちた夜。

防水コートを羽織り まだ空を見上げる。
ザァザァザァその身は冷えて コップ(飲みかけのコーヒー)に雨水が溜まる。
身を寄せ合って月を……。


「帰る?」と聞く背中に、
「あと少し…」とお替りのコーヒーを。
終わらないで 月のないこの月見。
The resignation is a deep chain.――時に我侭に生きる事。



雨は残酷に連鎖 独りでは耐えかねる寒さ。
濡れたスニーカーその膝の上 いつしか重なる手の平。

雨の中の闇 そっと口付けを。
甘く暖かくしょっぱくて 月のない夜に約束(ほうよう)を。
中秋の名月にありがとう……


「残念だったね」と嘯く背中に
「嘘つかないの」と繋がれた手の平。
Thank you for the moon. ――コーヒーカップの底に映る名月