<恋わずらい>



「ムフフフ〜〜♪」

 青い空、白い雲、どこまでも続く平原に日の光を浴びて輝く湖。んー、気持ちいです!
 思わずPCをスキップさせながら上機嫌に草原を走らせたり。
 小さな影がクルクルとエリアを進み、その後ろからすこし背の高いお姉ちゃんのPCがついてきます。

「未来……」

 今日はお姉ちゃんと一緒にThe worldにログインしてるんですけど、お姉ちゃんは休みの日しかログインしな
いのでもうテンションあがりっぱなしです!

「ンフフフ〜〜♪」
「未来ってば」
「アヒャン!?」

 リアルで脇腹をつつかれて我に返ります。
 脇腹は反則です。
 H2Dのせいで全然見えないし、ものっそいビックリしました。

「こっちじゃチェリーですよ。なんですかお姉ちゃん?」

 わたしがちょっとむくれながら言うと。お姉ちゃんはなんだか呆れた顔で言いました。

「メカグランディ踏んでるわよ」

 ハイ?
 そういえば『バキッ』って音がしてたような。
 と、高々と足元を見てみます。
 ……足の下で小動物っぽいのがピクピクしてました。

「ってあわぁっ!? ご、ごごごめんなさいっ!」

 慌てて飛び退くと、草原に横たわるメカグランティはギギ、ガガ、って変な音を立てて震えてました。いつ
もより症状がひどい感じです。
 スキップで踏んじゃったから…… ダメージ、大きかったんでしょうか? あ、煙吹いた。
 も、もの凄く罪悪感が……

「これって踏めたのね」

 お姉ちゃんのPC、魔導士のユニコーンはふむ、と軽くメカグランティを観察して。

「この状態でチムダマ入れたらどうなるかしら? なんか爆発しそうよね」

 やる気満々でバッグを漁ってました。

「お、お姉ちゃん待ってっ!? なんでそこでナチュラルにチムダマ入れようとするんですかっ!」
「え、だって爆発するところ…… 見たいじゃない?」

 お姉ちゃんのPCは薄ぅーく笑みを浮かべてます。リアルもそうです、怖いです。

「か、可哀想ですよ」
「んー、でもギャグキャラにオチが付かないってのもそれはそれで可哀想だと思うけど。ねぇ?」

 本人に問いかけるように目線をそっちに向けるお姉ちゃんのPC。
 それに反応してなのか、メカグランティも真っ黒な煙を上げながら「チ、ム・チムダ……」っていってます。
 まるで何かを求めてるような。
 そういうものなんでしょうか……

「投入、と」
「え、ちょっとまああぁぁっ!?」

 危ない!
 そう思った瞬間ピカッて視界が真っ白になりました。
 そして……
 


 チュドーーン



 ……
 …

 

「うう、師匠ならこんなことしないです…… ケホッ」
「ケホッ。いいじゃない、こーゆうのも面白くて」

 周りはいい具合にクレーターが出来てました。新緑の草原はこの周囲だけ跡形もなく、パラパラと煤けた灰
が降ってます。
 せっかく春の草原っぽいエリアで気持ちよかったのになぁ。
 お姉ちゃんはその中心で満足そうに笑ってます。
 この人、面白そうと思ったことには命まで掛ける人なんです。
 お互いアニメみたいに真っ黒な顔になってるのを見て…… 一緒になって笑いました。

「やれやれ、酷い顔。女の子2人で見れたものじゃないわね」
「お姉ちゃんがやったんですよー。というか、お姉ちゃんも子に含まれるんですか?」

 たぶん、大学三年生はもう……
 そう思った瞬間お姉ちゃんはこっちに向いてニコッて。

「それ以上言うとSS取ってあなたのお師匠様に送るわよ」

 死刑宣告。

「わっ!? だめ、だめですよっ!?」
「冗談よ、あたしが未来の嫌がることするわけないでしょう?」
「本当かなぁ……」
「やっぱり送ろっかなぁ」
「あーダメダメダメ! 信じる信じますっ! だからヤメテーっ!」

 お姉ちゃんは必死になって慌てるわたしを見てクスリと笑いうと。
 体についた煤を払いながら空を見上げます。
 透き通るような青空に溶かすように、髪をかきあげて、空を見ながら大人っぽい仕草で笑みを浮かべるお姉
ちゃんのPC。リアルでもたまにそうしてます。
 女のわたしでもお姉ちゃんは綺麗だなって思う。
 容姿もそうだけど、そんな仕草が出来る心の在り方が…… とても。
 わたしも釣られて空を見上げると、そこにはさっきのメカグランディが雲の尾を引きながら飛んでました。
 良かった、飛べたんだ。
 ……あ、落ちた。

「やっぱりギャグキャラよね」
「うん」

 遠い海で水柱が上がってるのを確認してから、お姉ちゃんはこっちに振り返ります。

「ところで未来、例のお師匠様とはどうなのよ」
「え、なにが?」
「だから、どこまで行ったのかって話よ。初詣も一緒に行ったんでしょ? それなら、ねぇ。A? B? C?」

 ギャグキャラの話題からUターンし過ぎだと思います。
 それにABCって…… 
 えーと、ABCって……? 何の略でしたっけ。

「因みにAがキスBが――(※調べましょう!)――」

 あ、あうわっ。

「どうしたのかなー? 赤くなってるぞー?」

 お姉ちゃんは困ってるわたしを見て楽しんでるのか、悪戯っぽい笑みをしてます。

「お、お姉ちゃん、破廉恥ですっ」
「フフフ、未来のその反応が見れるならちょっとぐらいはしたなくなるのも許容範囲よ。で、どうなの?」

 わたしで遊んでますね、絶対。
 でも、ああはいってるけど心配もしてくれてるんですよね。
 だから、正直に答えることにしました。
 どの道お弁護士を目指してる姉ちゃんに嘘は通じませんし。

「べ、べつに、進んだとか…… そんなことは…… フツーですよ。お参りしたりおみくじ引いたりして、ち
ょっとお喋りして帰ってきただけです」
「だけ? 襲われたりしなかった?」
「それはない、です!」
「ああ、そういえば相手はあの大正時代の生き残りかってぐらい頭の堅い鶴群君だったわね。いくら未来が可
愛くてもそりゃないか」

 なにを期待してたのか、溜息ついて残念そうです。
 師匠はそんな人じゃないですよ…… というか、わたしも可愛いわけじゃないです。
 とにかく、この話題は恥ずかしいから変えないと!

「あ、そういえばおみくじで大吉ひきましたよ大吉! 探し物が出てくるみたいです! 去年なくしたお姉ち
ゃんのmicroSDが出てくるかも知れませんね! あれは大変でしたよね、大事なレポートのマスターデータが入
ってたんでしたっけ。もう家中引っ掻き回しても出てこなかったし……」
「ふーん……」

 お姉ちゃんはH2Dを外すと、おもむろに隣に座ってるリアルのわたしを頭の先から腰を伝ってつま先まで
眺めてきました。
 じぃぃ〜〜って、まるで特売品の野菜の鮮度を確かめるように。
 それで一方的に話してたわたしも固まってしまいます。
 な、何をするつもりでしょうか……
 なんか改まって見られると恥ずかしいですよ。
 って、あはぅぁっ!?

「へ、へんなところ触らないでっ!? なんですかいったい!?」
「素材はいいのにねぇ。……やっぱ、ボリュームかしら。ツンツン」
「や、やめっ! あうっ!?」

 その拷問は暫く続きました。男の人だったら軽く10回ぐらい逮捕されそうな勢いです。むしろ誰か助けて
っ。
 お姉ちゃんはやっぱり、破廉……
 ってなんでメジャーもって、手、ワキワキさせてるんですかっ!?
 やめて、計らないでっ!? その笑み邪悪です、女狐ですっ!
 いやぁぁ〜〜
 ……
 …

「Aね」
「……悪かったですね」
「まぁ中学生なんだからしょうがないわよ。でも、お師匠様を落とすには…… うーん」
「や、やっぱりもうちょっとあったほうがいい、ですか?」

 恐る恐る訊いてみると、お姉ちゃんは難しい顔で頷きました。
 因みにお姉ちゃんはわたしと比べるまでもないって感じです。

「普通の人ならともかく、あの鈍感を振り向かせるにはそれ相応のショックってものが必要だと私は考えてる
わ。そのひとつの手段として、有効とはいえるんじゃないかしらね」

 妙に表現が遠まわしなのは自分も自身が無いからでしょうか。
 確かに師匠の好みは分かり難いですけど。

「やっぱり…… でもそんなすぐには増えないですし、どうしたら」
「方法はなくもな」
「やですっ!」

 手をワキワキさせながら言わないで下さいっ。
 まったくもう。

「もういいですよ」
「ん、いいの?」
「師匠は師匠なんです。落としたいとか、そんなことは……」
「あら、だったらあたしが貰っちゃうわよ? 鶴群(たずむら)君、結構可愛いし、将来有望株だし」
「え……?」
 
 お姉ちゃんが、師匠を……?

「ふふ、あの女ッけの欠片も無い鶴群君ならやりやすそうね、キスまでしちゃえば勝手にクラクラしてくれそ
うだし。そうだそれがいいわね、その作戦で行こうかしら」

 それを想像した瞬間、なぜか全力で叫んでました。

「だ、だめぇっ!!」

 お姉ちゃんはすぐ隣の声にビックリしたように目を見開いて。
 そしてすぐに優しい表情になりました。

「そっかそっか、ダメか、それは残念」

 え、あれ?
 なんでわたし、こんなに大声を出してるんですか……

「あ、これはその! べつにそういうわけじゃ、ですね」

 慌てて否定しようとするわたしにギュって、お姉ちゃんの掌が乗せられます。
 なぜか気が立っていたのに、たったそれだけで脱力。

「冗談よ、今度こそ本当にね」

 そのまま櫛ですくみたいに優しく撫でてくれます。
 そうして落ち着いてみると、また恥ずかしさがこみ上げてきます。
 もう、いくらわたしでもこればかりは抗議しなきゃダメですね。
 そう思ってH2Dを外してお姉ちゃんのほうを見たら、此方も見つめるお姉ちゃんの表情は真剣なものでした。

「けど―――― 私は冗談だとしても、他に冗談じゃない人がいるかもしれない。その人たちにも「だめっ」
ていっちゃいそうなら…… よく考えておきなさいね」

 棘の無い口調の、真剣に此方を案じてくれている忠告。
 だというのに胸に鋭い痛みを感じました。
 今まで隠してきた後ろめたい秘密が暴かれたかのような、気まずい感じ。
 お姉ちゃんはわたしの分かっていないところまで分かっている。
 それが時々、怖い。
 わたしの為の言葉なのに、ただ頷くことしか出来ませんでした。

「よろしい」

 お姉ちゃんはそれ以上わたしに押し付けるようなことは何も言わず、そのまま暫く撫でてくれます。
 わたしの少し怯えた表情を見てそうしてくれたんだと思います。

「ああっと、そういえばもうこんな時間? そろそろお昼の用意をしなきゃ」

 その場の空気を一掃するかのようにそういうと、お姉ちゃんは立ち上がって自分のコントローラーとH2Dを片
付け始めます。
 もう1時に近くなってました。
 いつもなら途中でお母さんが呼んでくれるんですけど、そういえばお父さんの出張でお母さんもそれについ
て行ってたんだっけ。
 じゃあわたしも用意を手伝わないと。
 
「お姉ちゃん、手伝いますよ」
「ええと、それはちょっと…… て、手抜きチャーハンに助手はいりませーん! すぐ作っちゃうからちょっ
と待っててね」

 すごい勢いでキッチンに行っちゃいました。
 なんか、さり気なく来るなって言われたような。
 ポツンとフィールドにはピンクの髪の鎌闘士だけが残ってます。
 心なしかあの子も寂しそうです。
 チェリー…… ピンクの長い髪をした鎌闘士、わたしのPC。
 周りが爆心地なのもあって1人だとちょっといたたまれないっていうか、焦げてるしピンクだしでなんだか
アホの子っぽいです。

「と、とりあえず顔を洗って場所を移動しないと」

 治癒の水を頭から被って煤を落とすと、チェリーを小高いところにまで移動させて大きな木の下にチョコン
と座らせます。
 座るときにふわっとスカートが揺れて、それを抑えながら木にもたれます。
 ふふり、もうこのぐらいの操作はお手のものなのです。
 昔は歩くのもままならい信じられないぐらいのど初心者でしたけど、師匠のお陰でこんなにも上達してます。
 上達して……

「師匠……」

 木の幹に背を預けながら、木漏れ日に目を細めて目を閉じて。
 ふぅーー…… と息を全部吐き出してしまいます。
 せっかくの機会だから考えようと思いました。
 この先のことを。
 幸い、ああは言ってたけどお姉ちゃんは凝り性だから料理には時間がかかります。
 きっとこの時間は考えるための時間です。

 さっきの話を思い出してみる。
 どこまで進展したか、か。
 師匠のムスッっとした顔が思い浮かんで、消えていきます。
 あ、なんでそんな表情思い出すんだって怒ってる。
 フフ……
 ……
 …
 わたしだってそりゃ、仲良くなりたいです。でも。

「でも、わたし達は師弟だから」

 今は、それ以上でもそれ以下でもない。
 師匠はあまりにも初心者だったわたしを見かねて色々とアドバイスをくれていただけで、今もそれが続いて
るだけ。
 わたしが上達してしまったら、それきりかもしれない。
 わたしがそれ以上を望んだとしても、師匠はそれに応えてくれるか分からない。
 ……そこまで考えてみて、分かりました。
 踏み出すのが怖いんです。
 師匠は私のことをどう思ってるんでしょうか?
 師匠がお姉ちゃんと同じ大学に通っていたりして、リアルで遊びに行ったりして多少の交流はありますけど。
 それだってお姉ちゃんが仲介してくれたことだし。 
 むしろ、リアルで会ってしまったことはマイナスでしかないと思います。
 わたしはあんまりにも小さくて、子供で、おまけに不完全だから。
 もしかしたら、その時に嫌われたかもしれない。好かれる要因は無いです、だから嫌われたはず。
 そう思うとなおさら、踏み出す一歩が、怖い。
 でも……

『その人たちにも「だめっ」ていっちゃいそうなら……』

 お姉ちゃんは気づいてたんですね。
 わたしの気持ちがもう、抑えられないところまで来ていることに。
 いつからだろう、今の関係がくすぐったくて…… 時に胸を刺すようなものに変わっていたのは。
 師匠の顔を見るとネットでもリアルでも、自分でも驚くぐらい胸が高鳴るようになったのは。
 気付いたら、師匠を探してThe worldにログインしているようになったのは。

 もし他の女性(ひと)が師匠に近付いていたら、わたしはどうするんだろう。 
 ……
 …
 いってしまう。
 きっと、さっきよりずっと大きな声で「だめっ」ていってしまう。
 師匠を他のひとに渡したくないって、思ってる。
 そんなことは師匠の自由のはずなのに、わたしはそう思ってしまっている。自分勝手に。

「これが恋、なのかな」

 よく分からない。よく分からないけど、この感じを説明できる言葉を、他にしらない。
 恋。
 そう呟いてみて、一気に顔に血が上っていくのを感じました。
 なんだ、もう殆ど決定的じゃないですか。
 そっか。
 これが、恋……

「でも、わたしがそれを伝えても、師匠は……」

 きっと、振り向いてはくれない。
 だってわたしはチェリーで、師匠の中ではただの弟子なのだから。
 変わらないのだから。
 わたしから見れば師匠は大人で格好いいけど、……ちょっと子供っぽいとこもあるけど。でも、師匠からわ
たしを見たら、恋愛対象には見えないと思う。
 またループが始まる……
 PCはまだいいかもしれない、でも。
 H2Dを外して。
 リアルでお姉ちゃんにすいてもらった真っ白な髪を触ってみる。
 何の色味もない雪のような純白の傷、PTSD(心の傷)の証。
 わたしは記憶喪失で、孤児になって、お姉ちゃんに拾われた身です。 
 原因は極度の心的ストレスで、それを慢性的に受け続けたせいだって言われています。
 先生はそこまでしか教えてくれなかったけど、ネットで調べてみたらストレスで脳の記憶をつかさどる海馬
って部分が萎縮することもあるそうです。
 この髪もそのストレスの証。
 たまに精神不安定になっていきなり泣き出すこともあります。

 ……そこまで考えて、嫌になってきました。
 なんだ、最悪じゃないですか。

 むき出しのわたしでは、きっと師匠は…… 師匠どころか誰も…… 女として惹かれてくれない……
 高鳴っていた鼓動が一気に止まりそうになる。
 胸が苦しいです。
 戦う前から負けている、結果なんて最初から見えている。
 それなのに好きだという事実が、胸を締め付けるんです。

「なんで、わたしは普通じゃないんですか」
 
 誰も居ないのに敬語を喋ってしまう癖、なんでだかわかりますか?
 失った記憶の中の何かに、怯えているからです。
 そんなにもわたしは壊れている。
 誰がそんなわたしを好いてくれるというんですか。

「なんで普通じゃないんですかっっ!!」

 泣きたいです。
 普通なら、師匠は振り向いてくれるかもしれないのに。
 けど、この体も、この過去も、決して変わることはない。
 せめて何か、何かひとつでも取り得があれば……

「そっか」

 だからお姉ちゃんはあんな…… 

「そうですよね、もうプロポーションぐらいしかないですよね。モデル体型とか。でも、体重はともかくとし
て…… ハァァァ…… やっぱり、Cぐらいはいるのかなぁ」
「んー、そうかねぇ? べつに今のままでも十分ありなんじゃねぇか」
「師匠はロリコンじゃありませんー」

 でもそうじゃないと困る立場にいるというのがなんとも、うう、なんか言っててちょっと寂しくなりました。
 って、あれ? 今の声は……?
 ……
 …
 
「……だれ?」
「ハッハ、ワシは君がもたれている大木。そう、木の精であーる!」
「あ、分かりました! 木の上ですね!」
「気のせいであーる!」

 寒っ!
 思わず今までシリアスに悩んでたことが全部遠いお空に吹っ飛んでいきそうになります。
 なんですかこの展開は、神様空気読んで欲しいです。
 そう思いながら見上げてみても木漏れ日が眩しいばかりで何も見えません。

「…………」
「……突っ込んで欲しかったのであーる」
「あ! ご、ごめんなさいっ。つい固まっちゃって」
「ハァ…… ったくよう、これだから天然は扱いにくいぜ。っと」

 溜息をつきながら自称木の精の人は隣に降ってきました。そしてシュタッと着地。
 やっぱり、上に居たみたいです。
 その人は迷彩柄の服を着こんでその上に黒いプロテクターをつけてて、顔になんか怖そうな紋を入れて、両
手には蛇みたいに曲がった凶悪なデザインの双剣を……

「……ッ」

 わたしの喉元に、突きつけていました。

「ヨゥ、密林の蛇だ、久し振りだな嬢ちゃん」

 まるでクラスメイトに挨拶ような親しげな挨拶。だって言うのに、逃げる暇も余裕も一瞬の隙もない状況に
陥ってました。
 喉元の刃物に、わたしの顎が映っています。
 密林の蛇…… 確かすごーく強いPKさん。
 なんでこの人とはこんなによく出会うんでしょうか。
 わたしが驚いたような、ジト目のような、半ば諦めつつ呆れた表情を向けると…… 不意に、蛇の人は二へ
ラッと笑いました。
 そこにはいつもの殺気が絡みついたいやーな感じがしないような。あれ?
 それどころか、両手の剣を丁寧にしまってます。
 あれ?

「……? キル、しに来たんじゃないんですか?」
「あー、そのつもりだったんだがよ。あれだ、リアルの話ばっかしてるもんだからこっちもロールするのがバ
カらしくなった。だから今日は悪役お休みってことで」
「そういうものなんですか?」
「そういうものっす」

 蛇の人はカラカラ笑いながら頷いてます。な、なんかイメージにギャップありすぎです……

「ってわけで、ちょい失礼っと」

 うわ、隣に胡坐かいて座り込んでます!
 この人居座るつもりみたいです!
 
「な、何のつもりですか!?」
「なにって、なにも? 目的なんてねぇよ、ただ面白そうな話をしてたんで降りてきただけ、強いて言えば雑
談目的ですかね」

 マイクの向こうでボリボリとスナック菓子を食べてる音がします。
 なんか身構えてるのがバカらしくなるぐらい緊張感が無いです。あの音と一緒に噛み砕かれちゃってるよう
な。
 あれがこの間師匠を悪役っぽくやっつけておまけにわたしに謀反を持ちかけた上に断ったらPKしようとして
た悪ーい人のやることでしょうか。

「って、面白そうな話……?」
「そ、師匠がどうとか言ってただろ? クックック、甘酸っぱい思春期のお悩みを俺にも聞かせてくれよ」

 その瞬間ボッと顔面が燃えた気がしました。

「どこからっ、どこから聞いてたんですか!? まさか、木の上に居たってことは……」
「ハッハ、『ムフフフ〜〜♪』から」
「もの凄く最初!?」

 まさかメカグランディに盗聴器でも仕掛けてたんじゃ……
 あまりの情報漏えいっぷりに死にたくなります。
 クラクラしてると、ドクロのアクセサリーを付けた腕がポンと肩に置かれました。馴れ馴れしさ100%です。
 なんか訳知り顔でにやりと笑みを浮かべてます。

「安心しな、世の中にはロリコンじゃない貧乳教ってやつがあってだな……」
「だから、師匠を世のマイノリティにしないで下さい」
「オイオイ、これは真面目な話。マイノリティって程じゃないと思うぜ」
「そ、そうなんですか? ……じゃあ蛇さんはどうなんですか?」
「……」

 少しぽりぽりと頭を書いた後、蛇さんは自分の胸の前で大きくU字を描いて……

「せめてGだな」
「病んでます、絶対病んでます! そんな人類居ません!」
「ハッハ、まぁ俺の好みなんて気にすんなって」

 ああもうこの人はほんとなにしに来たんですか!?
 陰謀ですか!? 復讐ですか!?
 普通にPKしないでわたしを苦しめてからPKするつもりなんですか!? そうだそうに違いないですこの悪魔
ぁ〜!

「……でもな、俺にもハニーが居るけど、べつにGでもなけりゃ飛び抜けて美人ってわけでもないぜ。それで
も、ちゃんと愛してる」
「はい?」

 今なんて、この人の口から愛なんて言葉が聞けたような。
 いやそれより。

「それは、なんで……」

 わたしが身を乗り出さんばかりの勢いで聞くと、蛇さんはちょっと驚きながらも口元を吊り上げました。

「押し倒されたからさ」
「はぃぃ?」
 
 顔を赤くしてもう噴火しそうなわたしを見て、蛇の人はフシシと笑ってます。
 なんかやな感じですが、何となく嘘をついてる感じじゃないって分かりました。

「ハッハ、あんだけ積極的に攻められりゃぁ流石の俺でも白旗だ。ってな。……クク、あの時は燃えたね、あ
いつの愛の勝利さ」
「愛の……?」
「そ、愛の。どうも見てくれで悩んでたみてぇだけどさ、人間外見より心っていうぜ?」
「でも、わたしは……」

 壊れてるし、可愛くもない。
 そう思っていい淀んでいると、なにを勘ぐってか蛇さんは真剣な顔になってとんでもないことを言い出しま
した。

「なんだ? もしかして中身は男だってか? そりゃちょっと厳しいが、でも愛があればだな……」
「女ですっ!!」
「……チッ」

 なんでそこで残念そうに舌打ちするんですか。
 わたしがちょっと睨むと蛇さんは「おお怖い怖い」って大げさに肩をすくめてました。

「ま、それは冗談として。チェリーちゃんはどうも自分にコンプレックスがあるみてぇだが、そう気にするも
んでもないぜって話」
「わたしのリアルも見たことないのになんでそんなこといえるんですか?」

 ちょっとムッとなって語気が強くなったのに気付いて、慌てて弱めます。

「わたし、ちょっとじゃなくてだいぶ変な子なんですよ」
「……そんなのは知らねぇな」

 蛇さんはわたしの気を知って知らずか、簡単に一蹴します。

「そんなもん、自分で自分を見た感想だろ? 意味ねぇよ。鏡見て「わたし綺麗! 最高!」っていう奴いる
か? いねぇだろ」
「……そう、ですけど」
「自分の評価は他人にしてもらえ、通知表は第三者がつけるもんだ」

 自分で自分を評価すれば、当然のように赤点になる。
 いわれてみれば確かにそうです。
 だけど、わたしの場合はどう見ても人よりも劣ってます。
 そう言おうとしたら蛇さん、なんか自分を指差してニコニコしてます。聞いて欲しいみたいです。
 なんか引っかかるものがあったけど、とりあえず義理人情で聞いてあげます。

「えっと、蛇さんからみてわたしの成績はどんな感じですか?」
「チビロリ」
「本気で怒っちゃいますよ?」
「ハッハ―― 俺に言わせればチェリーちゃんは可愛げがあるって印象だし、お姉ちゃんとやらもそういって
ただろ。つまり、他人から見ればそうなんだよ。これはリアルの外見を知ってる奴と、ネットでの素行を知っ
てる奴の意見だぜ」

 それは、意外な答えでした。
 お世辞ではなく、まさに第三者として聞きたかった回答だったんですから。
 ひとしきり笑いながら答えると、蛇さんは少しだけ真顔になって続けました。

「そして、あのお師匠さんもそう思ってるはずだ。嫌いな奴を毎日連れて歩くかよ、会いたくなきゃすぐにバ
イバイできる世界だぜ、ここは」

 それこそ望んでいた答え。
 グルグルとループする思考を止めて、踏み出すべき先が照らされたようです。
 その瞬間、わたしの視界は灰色になりました。

「こんな風にな」

 HPを表すゲージは見事に空っぽで、軽妙な金属音と共に蛇さんが双剣をしまうのが見えました。
 目の前のチェリーが驚いた表情で倒れてます。
 突然のこと過ぎて、その状況についていけません。
 頭が真っ白になりそうです。

「なんで――」
「いい人を装って希望を持たせた上に最後の最後でKILL、これ、悪役っぽいだろ?」

 いつもの悪役らしい悪役の笑いをしながら、蛇さんはもう背を向けています。
 ……結局、それが目的だったんですか?
 わたしの無言の言葉を背中で受け取ったように、蛇さんは歩きながら片手をピラピラ振りました。
 
「ウジウジすんなよ、ぶつけてこい。ハニーも言ってたぜ、『女は度胸』……だってな」

 転送時のエフェクトに包まれたかと思うと、そこはもうキオスクの前でした。
 同時にお姉ちゃんが呼ぶ声が聞こえます。
 ちょっとだけ、呆けちゃいましたけど。
 まだまだ不安ばっかりですけど。
 それでも、悩んでたときのモヤモヤだけははなくなっていて。
 H2Dを取ると気合入魂!
 頬をパシーンッと全力で叩いて、……痛かったです。
 そして、わたしはお姉ちゃんに相談しようと思って部屋を後にしました。
 もちろん。蛇さんは信用ならないのでお姉ちゃんに通知表をつけてもらうためです。

 でもそれを聞いたら、一歩を踏み出そうと決めていました。