「……黄色い空か。すげーな、初めて見た。……なんて言うか、うん、キレイ、だな」
「空。国語の点数悪いやろ……?」
「う゛っ、な、なんでそれを知ってるっ!?」
「自覚無しやな……まぁヒミツって事にしとく。キレイってとこには、共感するし」



―――俺は見上げた空をキレイと言ったけど。
       その時、本当にキレイだと思ったのは何だったのだろうか。



「空にはな、赤橙黄緑青藍紫……七色の貌があるんや。黄色だけやない、この世界にはいろんな色の空がある。ウチはな……その一つ一つを探して見つめるのが、好きだったんや」
「中々ロマンチックな趣味だなそれは、けどまぁ、こんな空を見せられたら頷くしかないか」



―――宝石箱にしまった大切な宝物を見せるかのように、空にお気に入りの空を見せた。
       その時、自分は本当は何を見せたかったのだろうか。



「空か。いつか空を飛んで見たいって、俺もそんな夢を持ってた時があったけど」
「……空を?」
「そう、けどニアには負けたよ、俺には一日中空を見上げてるなんて出来ないからさ」
「ウチ、変やからな」
「そんなことないって。でもさ……なんでそんなに空が好きなんだ? 良かったら教え……ってうを! 文字にするとちょっと恥ずかしいなコレッ!?」



―――珍しくクスリと笑った、その表情を見れたのがやけに嬉しくて……今でも鮮明に覚えてる。
       普段から色の無い彼女は、その時だけほんのりと色を浮かべていた。



「……名は体を表す、かもしれへんな」
「ナワタイヲアラワス?」
「………」
「まぁ、ええけど」
「すみません……」

「ウチもな、リアルでは空って名前なんや。成川 空(なるかわ そら)……そんな名前だったから、空は人よりも身近に感じていたのかもしれない」
「リアルでも……なるほどな」
「けど、アカンね。前に好きだったものを好きになろうとしても、結局他人だということを確かめるだけやった。あの空からも、ウチは嫌われてしまったんやろか……」
「ニア……? いや、俺が言うのもなんだけどさ。何かちょっと言葉が変だぞ……?」
「せやな。変、だよね……」
「ニア? だからそれは気にすんなって。誰かが言ってたぜ、全てがまともな人間なんて1人もいないってさ。だか――」
「――空、1つだけ。……聞いても、ええか?」
「お、おう。聞くだけならタダだぞ」



―――今にして思えば、それが一番の間違いだった。
        だけど、それが一番の救いだったのなら。



「……ウチって、ダレなんやろ?」




「ニア……?」
「………」
「あ、えっと、そ、そうだよな! 自分で自分なんて見えないもんだしよく考えたら結構自分自身ってわかんねーもんだよなっ」
「………」
「でも……ほら、アレだぜ。そんなときは自分以外ものから自分を計ればいいんだ。例えば家族に自分の事を聞けば正確に答えてくれるって」
「……せやね、お母さんはいつも答えてくれた」
「だろ? 俺も昔弟に聞いたことがあるんだよ、俺って人から見たらどんな人間に見える? って。そうしたら気持ち悪いぐらい褒めまくるから笑っちまったことがあってさぁ」
「……空」
「お、おう?」
「それ、嘘や」
「ハ……? おぃ、嘘ってなんだよ。これは確かに――」
「――なら、自分では気付いていないんやね。空は、自分自身に嘘を付いてる」
「なんだよそれ、それこそ嘘だろ。そんなに俺が言ってることが信用できないのかよ」
「全ては信用できない。……かんにんな、ウチは」
「そーかよ、それじゃあ俺が何を言っても無駄だよな」
「空……」
「………(ったく、どうすりゃいいんだよ……っ)」


























 ……その後。
 ニアは頭痛を訴えてすぐに落ちてしまった。
 俺は、取り敢えずの返事はしたものの……結局何もいえなかった。
 俺がもうちょっと言葉を知っていれば、……いや、ニアを知ろうと思っていればこうならなかったはずだってのに。
 今にして思えば、それが一番悔しい。

 まったく、何で俺はあんなことを言っちまったんだろう。


 ただ、それでもその時はどうにかなるって思っていた。
 謝ればすむ問題だと。
 その程度のことだと。
 しかし、そんなものは現実を知らないガキの理屈だった。




 ……それ以来、ニアはログインしなくなってしまった。










――――――――――――――――――――――――
        『七色の空』
――――――――――――――――――――――――







 ……ネットゲームは人の出入りが激しい場所だ。
 例え親友と言える人間でも、リアルの状況が少しでも変われば簡単にログインしなくなってしまう。
 ゲームである限りいつかは飽きてしまうものだから。それも仕方がないことなのだろう。
 
 そう、きっと仕方がないことだったんだ。
 
 多くの人と出会い、友情を築くことが出来るのがMMORPGの面白さであるのならば。
 多くの人と別れ、悲しさを噛み締めるのがMMORPGの厳しさなのだ。
 最初から分かっていたはずだろう、空?


 ―――いつか居なくなる、その時期があの時だっただけのことじゃないか。


「……空」


 自分はダレなのだろうとニアは言っていた。
 それが何を意味するのかはよく分からないけど、リアルにとても大きな問題を抱えているということなのはなんとなく分かる。
 だったらなんでもう少し思い遣りをもてなかった?
 クソッ、俺は逆上してばかりのバカかっ。


「そ・らっ!!」
「う、うをををっ!? なんだよいきなりデコピンしやがってっ!? 男にされても萌えないぞコノヤロウっ!?」
「戯けっ、だれか萌えなど狙うか! あんまりにも阿呆面を浮かべて頭上など見上げておったかや喝を入れてやっただけだ」
「む、いいじゃねぇかそのぐらい」
「ああ、構わんぞ。ただし、此処がダンジョンの中でなかったらの話だがな。……レベルより上のダンジョンに挑んでいるのだ、気を引き締めんと容赦なく死ぬぞ」
「ぅ……」

 そういえば、確かにそうだった。
 さっきからずっとダンジョンの仕掛けを解いていて戦闘がなかったから忘れていた。
 辺りを見渡してみる。
 いつの間にかモンスターの居るエリアに到着していたらしい、流石に気を抜きすぎていたか。

 ……因みに今来ているのは炭鉱のようなダンジョンだ。
 入り口に何種類かの爆薬があり、通路が落石で塞がっているのをそれで爆破して進むという仕掛けになっている。
 ただダミーの落石も多く(行き止まりになっていてそこには慰み程度に宝箱が置いてあったりする)1フロアを1回の爆薬補充でクリアできることはまずない。
 入り口まで戻ってチム弾をつぎ込めばまた爆薬をもらえるのだが、つまりはまぁ下に行ったら上に戻ってきての繰り返しをしているのだ。
 そして、頭脳としてはまるで期待されてない俺はこうして暇な時間を持て余していた……というわけである。まぁ呆としすぎて怒られたわけだけど。

「まったく、しっかりしてよね。ダメージソースが働いてくれないと倒せるものも倒せなくなるんだから」
「悪ぃ悪ぃ、戦闘が始まったらまた調子が戻るから勘弁してくれって」
「それじゃ遅いっての。むしろ戦闘なんてどうでもいいよ。……いい? パーティに大事なのは"会話"ってやつなの。楽しくお喋りなの。ちゃんと覚えときなさい」

 ダメージソースがどうのこうのと言っていたくせにいきなりどうでもいいと断言なさったこの双剣士は、わがまま娘……もとい奈々々だ。
 腰に手をあて「はーぁ、これだから男の子は……」なんて女尊男卑な発言をなさっている。

「……あの、1つ聞いてよろしい?」
「ん、言ってみなさい」
「なんでお前が居るんだっけ? というかなんでしかもリーダーをなさっているので?」

 俺が至極全うな質問をすると、奈々々は「ああ、そんなこと」と素晴らしくつまらなそうに答えて下さった。どうでもいいけどORZ並みに偉そうだ。

「それはね。あたしが、ORZとの一騎打ちに勝ったから」
「いやだからそれがどう……」
「分からないの? 今日一日ORZはあたしの下僕ってこと」
「ふっ、つまり下僕は1人では辛かったので親友を呼んでその試練に耐えようと思ったわけなのだ。くぅ、思えばあの時『負けた方は相手の言う事を1つだけ聞く』などと言わなければ……!」
「……ああ、なるほど。つまりはお前のご主人様のレベル上げを手伝えといわれ、1人じゃ辛いからって俺も巻き添えにしたわけだな? なるほどな。有無を言わさず連れ出されて何事かと思ってたけど、ハハ、やっと納得したよ」
「そう、その通りだ! 分かってくれるかぁ空っ! さすが親友、持つべきものは友っ、素晴らしき我がアルティメットフレンドよっ!!」
「おうっ、分かったことは分かった……けど、明日からちょっと絶交なっ☆」

 クハァァッ!? と、白目を剥いて劇画調の濃い顔でショックを受けるORZ。
 そのままネタキャラの奈落へ墜ちてしまえ。

「ま、そういうわけだから大人しく付き合ってよね。えっと、連帯責任ってやつ!」
「……まぁ色々と心配だからついて行くけどさ」
「よろしい! あっ、そろそろBOSSがいると思うから回復しといて。……OK。それじゃ、しゅっぱーつ!」

 ……突っ込み所が多過ぎて何かを諦めた俺なのだった。
 下がり続けるテンションとは裏腹に、爆薬を駆使しながら先へ先へと進んでいく。







――――――――−−--









「ま、今日はこのぐらいで許しといてあげる」


 暫くして、マク・アヌに戻ってきたところで俺達はやっと解放された。場所は橋の中腹辺りだ。
 時間にして総計5時間ぐらいだろうか。
 モンスターを倒して倒して倒して倒して倒して倒して倒して倒して倒して倒して倒して倒して。
 ダンジョンを攻略して攻略して攻略して攻略して攻略して攻略して攻略して攻略して攻略して。
 ……つまりはまぁ、ヘロヘロのクタクタのスルメみたいになったところでやっと開放されたのだった。
 一体レベルはいくつ上がったのだろうか? もう後半からは数える気力も残っちゃいなかった。

「今日は……? ま、まさか次もあるなんて言わないよな……?」
「さぁ? その辺りは相棒によるんじゃない?」

 クスクスと笑いながら足元を見下げる奈々々。
 そしてその足元には体育座りをしながら思いっきり影を背負って「の」の字を書き続けているORZがいた。
 なんというか、何があったかは聞かないでやって欲しい。

「……覚悟だけはしておくべきか」
「ま、待て待てぃっ! この俺様が二度も負けるわけがなかろうっ! 次こそは美しく勝利を収めてくれるわっ」
「ふぅ〜ん?」
「ほ、ホントだかんなぁ〜〜っ!!」

 お前ら、キャラが違うぞキャラが。というか息ぴったりだな。
 ご主人様と下僕と言う構図があまりにもシックリきてしまってるのだろうか。

「コホン、まぁ冗談は置いておくとして。お主の動きはもう学習した、本当に次こそは見ておれよ」
「フフン、精々小細工でも練ってれば? けど、次だって勝つのはあたしなんだから」
「ハ、ハハハハハ……!」
「フ、フフフフフ……!」
「……まぁ、レベル上げくらいなら付き合うから。せめて週一ぐらいの頻度でやってくれ、身が持たねぇよ」

 バチバチと火花を飛ばしている2人を横目に軽く溜息をつく。
 しかし、楽しそうだよな2人とも。
 特に奈々々。以前は何処か切羽詰った感じがしていたけど、今は足枷が外れたかのように自由に元気良く振舞っている。
 そのせいで今日は散々振り回されて疲れたわけだけど、問答無用でつまらなくはなかった。
 それはきっと、本人が心から楽しんでいたからだと思う。
 アレだけ気持ち良さそうに笑っているところを見せられたら、こっちだって感染してしまうというものだ。


――――……ウチって、ダレなんやろ?


 唐突に、ニアの顔が頭に浮かんだ。
 彼女は、一度だって楽しんでいたことがあっただろうか……?

「さて、この時間ともなれば流石に眠い。悪いが俺は先に落ちさせてもらうぞ。空、お前はどうする?」
「ああ、俺は溜まり込んだアイテム売り払ってから寝るよ」
「左様か、ならお先に」
「ふぁぁ〜〜……ぁ、あたしも、寝よ。お休みぃ……」

 バリバリ体育系であるORZは割りとしっかりと、さっきまでテンションが高かっただけらしい奈々々は実に眠そうに落ちていった。
 結果として俺は橋の真ん中にポツリと残されることになる。
 深夜でも結構な人が居るゲームだけど、流石に夕方ほどではなく……俺は急に1人になった不思議な寂しさを抱えながらショップの方へと走っていった。
 すれ違うPCたちは皆一様に個性的だ。何かしろ派手な武器や見たことも無い鎧を着込んでいる。
 この時間までインしている人間は結構な確立で高レベルPCが多いのだろう。……ともなると、割と見ているだけでも面白い。
 そんな風に周りのキャラを見ながら走っていると。
 不意に、見たことのある影を見つけてしまった。

「御機嫌よう。いつかの撃剣士さん」

 ……降って湧いたかのように、目の前にいつかの紳士が立っていた。いや、深々と腰を折って礼までして見せている。
 名前は逆月……杯とでもかけているのだろうか。そいつはあの時のように漆黒のマントを着込み、小洒落たステッキをその間から覗かせている。そして相変わらず目深に被ったシルクハットの下からはなんともいえない"目線"を感じた。
 まるで全てを見透かされているような不快感が湧き上がる。

「御機嫌よう。いつかのチート野郎、……俺になんか用かよ?」
「いえ、特には。たまたま見かけましたのでご挨拶に伺った次第です、友好関係は深めておいて損はありませんからね」
「そうかよ、まぁ確かに深まったよな。悪い方に」
「それは結構、お見知りおき頂けるだけでも光栄に存じます」























 ソイツはあくまで低姿勢で、慇懃無礼でもなく礼儀正しく、非の打ち所もなく紳士であるのに。どうしようもなく悪人だ。
 だから厄介だ。何か言い返しても相手に非の打ち所がないのだから、結局自分が馬鹿なことを言ってしまう。
 コイツとは喋らない方がいい、直感的にそう感じさえする。
 だと言うのに、コイツなら何か知っているのでは無いかと……立ち止まってしまっている。

「……で?」
「なんでしょう?」
「とぼけんなよ、あんたみたいな奴は口先では何とでも言うが結局は自分に利がなきゃ動かないだろ。……ニアをどうする気だ」
「これは手厳しい、私は本当に"善意"でこの場所に来たといいますのに。……"人の言葉を信じられない"のは悲しいことですよ、井端空さん?」
「なっ!?」

 コイツ、俺の本名を……!
 チートだけじゃない、ハッカーでもあるということか。いや、それよりも、人を信じられない……?
 
――――そーかよ、それじゃあ俺が何を言っても無駄だよな。

 ……このやろう。
 紳士は相変わらず姿勢良く直立し、片手でシルクハットの佇まいを直している。そして口元に微笑を浮かべ。

「女神様に危害を加える気は有りませんよ、私はね。……それに、その言葉は貴方こそ受け止めるべきものでしょう?」
「そんな、ことは」
「そんなことは、なんですか? 女神様は嘘を仰らない、いえ、仰ることができない。だと言うのに貴方はそれを信用しなかった。それは事実でしょう、女神様はさぞや悲しんでおられた筈です。だと言うのに……貴方はまだ"自分が正しいとでも思っているのですか?"」
「なっ、それは当たり前だろう! もう死んじまったけど、弟は確かにそう言ったんだ」

 ニアに言ったことについては俺にも悪いところはあるし反省しなきゃいけないことは沢山あると、確かに思う。だけどあの時言った家族のことは本当にあった出来事なんだ。俺が馬鹿にされるならともかく、家族のことを否定されるのは我慢して置けない。
 俺は堰を切ったように言葉を吐き、紳士はヤレヤレと首を振った。

「それは嘘です」
「……なっ。だから、ニアもあんたも、なんでそんなことを一々断言するんだよ」
「女神様が何故そういったかについては察しかねますが、少なくとも私はそれから女神様の言葉の正当性を照明すべく貴方のことを調べさせて頂きましたので。論理的に理由があります」
「調べたって……まぁこの際それはいい。だったら分かるはずだろ、俺と家族の関係は傍から見ても悪くなかったはずだ」
「ほう、なぜそういえるのですか?」
「何故って、そりゃあ……」
「記録にはこう有りましたよ。『井端家は近所でも有名なほどの児童虐待が行われており、次男である幸樹くん(当時6歳)は父親の過剰な虐待によって死亡していた。それにより父親の井端浩次氏(当時42歳)は児童虐待と殺人罪に問われ逮捕されており、現在は懲役15年で服役中であることが16日未明に判明した。妻の芳子さん(当時41歳)は4ヶ月前に離婚届を提出しており、これが受理されている。家にはただ1人、長男である空さん(当時高一)だけが残るという形となった』……とね」

 心臓がこの時、確かに止まった。
 全ての罪を暴かれた罪人のように、目を見開き硬直する。
 ……だがいけ好かないことに割れるような頭の痛みと、ブラックアウト寸前の眩暈と共に身体が無理やり再度それを動かし始めた。
 たった一瞬で、身体が燃え尽きた。
 ほんの一言で体中の血液が全て燃えて蒸発し、今は一気に冷えてしまったかのように冷めている。
 抜けてしまった血液の代わりに氷水を流したかのように全身が冷え切っている、極寒の地に放り込まれたかのように震えている。
 ……なんだ、この冷や汗は。
 なにを、なにを動揺しているんだ俺は?
 いくらなんでも、そんなものが事実であるはずがないじゃないか。ブラックジョークにしても程度が低すぎて現実味がない。あんなものは馬鹿馬鹿しい妄言だ。
 だって、証拠がある。
 俺にはちゃんと1年前まで幸せに暮らしてきた記憶があ……る……。
 記憶が。







 ………あれ……?








「……悲しいものですね、真実を告げる口は真っ先に塞がれる。悲しいものです、……ああそうか、女神様はこんな気持ちだったのですね」
「おい。……その記録、どこで調べた」
「どこも何も、1年と少しほど前の新聞ですよ。メールにアドレスを添付しておきましたから一度その目でご覧になってみてはいかがですか? 私が申し上げたところで信じられないでしょうし」
「……そうか。ありがとう」
「いえいえどう致しまして。しかし、覚悟が決まっていないのなら見ない方がいいかもしれません。何しろご友人が引っ越してまで隠そうとしたことでもありますし、何より」

 紳士は、ここに来ていい難そうに口を閉じた。
 まるでそこから先は禁断の領域だとでもいうかのように……。

「……なんだよ?」
「いえ、何でもありません。それこそ家族にお聞きになられるのが良いでしょう、私の推測など当てになりませんから」
「……ここまで言っておいてよく言えるな、そんなこと」
「私はただ女神様の弁護を致しましただけです、これ以上首を突っ込んで訴えられてはたまりません。それに、……無知なるは罪なり。罪はご自身で贖(あがな)うものです」

 コイツは俺を助けたいのか殺したいのかどっちなのだろう。
 だがしかし、それでも文句の言える立場ではないことぐらいは、今のグチャグチャの頭でも分かった。
 真実を、知らなくてはいけないらしい。
 そのようなことを告げると、紳士は出会ったときのようにまた深々とお辞儀をした。
 相変わらず心から相手を敬ってない完璧な頭の下げ方だ、文句の1つも浮かばない。
 
「私はこれにて失礼致します。真実を知ってなお翼を求められるのでしたら、喪われた地で再会いたしましょう。それでは、御機嫌よう」

 人ごみに解けて混ざるかのように消えていく黒い陰。まるでコーヒーに溶ける砂糖のようだ。
 俺はその姿を人形のような瞳で呆と見送ってから。一つ深呼吸をして、ログアウトした。
 ……ああしまった、アイテムを売ってない。けど、まぁいいか。



 デスクトップ画面に戻ると、そこには送り主不明のメールが一件届いていた。