※またもやこの作品はkcah.シリーズとは関係御座いません。ええ、突発的な思い付きです。
 また一部に【グロテスク】な表現が含まれます。ので、それらがお嫌いな方はご注意下さい。危険度で言えば実に『低』ですが。






 例えるなら、この場所は<牢獄>だろう。
 それは過保護と言う鉄格子で出来ている。


 外出は許されない。する必要も無く、身の回りの必要なものは使用人が持ってきてくれる。……大切にされていたから。
 許可された者以外に会うことも出来ない。おかげで私は世間知らずだ。……大切にされていたから。
 食べ物すら完全に管理され、自由時間は部屋から出られない。
 欲しいものは何でも買って与えられた。ただ、金で買えないもの……例えば『自由』などというものはどれだけ泣いても与えられなかった。
 子供のころから、ずっと。
 ……大切にされていたから?



 牢獄の持つ『束縛』と『強制』と言う意味において合致するので、この場所を<牢獄>と例えてみた。本物に入ったことは流石にない。
 ここは軽井沢と言う一大避暑地にある<牢獄>だ。
 中では家政婦が甲斐甲斐しく家事をこなし、私の健康管理から勉強の補助まで何でも助け、おまけにお目付け役に執事までついてくる。
 巨大で豪勢で誰もが羨むような別荘と言う名の、<牢獄>だ。
 この春休みと言う休みの間、私はこの<牢獄>から一歩も外に出てはならないと言い渡されていた。
 学校という外出すら出来なくなるという意味で、長期休暇はかえって私を不自由にする。
 何の罪を犯した覚えもない。
 ただ、それが私の家の方針だった。……篭の中の鳥になれという。

 
 本当に裕福な暮らしをさせてもらっている。
 だから、私は我が侭なのだろう。
 ……この暮らしに不満を持つなんて。



 豪奢な天蓋つきのベッドが佇み、その横には彫刻の美しいクローゼットが立ち並び、その中には百着近い洋服が収納されている。上を見上げれば水晶をあしらったシャンデリアが煌き、下を見れば赤い草原のような絨毯が敷かれている。
 見慣れた家具を横目にも入れず、私は窓枠で頬杖をついている。
 今日もまた豪奢な暮らしに飽き飽きし、窓越しに自由な雲たちを眺めながら物思いに耽っていた。
 もうすぐ十七歳になる、三条女学校の新三年生だ。……受験は無い、恐らく『いい縁談』とやらが待っているんだろうと予想がついていた。
 そう思うと、本当に鬱になる。
 ……約束の時間、早く来ないだろうか。
 せめて、彼と会うときだけは、私は自由になれる。

――――コンコン

 と、そんなくだらない妄想から現実へと引き戻すベルのように、扉から乾いた音が聞こえてきた。
 呆としていた意識を覚醒させる。そして時計を見た。
 そういえば3時はお茶の時間だ。そんなことも忘れているとは、私はよほど呆けていたのだろう。
 急いで襟を正した。

「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「お入りなさい」

 もはや意識しなくても声は物静かな、令嬢らしいつつしまやかな言い回しになる。
 軽いノックの後、私の返事を待って入ってくる灰色のスーツを着こなした壮年の男性……これが先程言った執事。名前を沢松と言う。
 一礼し、ティーセットを揃えると作法通りにお茶を淹れてくれる。

「どうぞ」
「ありがとう。ちょうどアールグレイが飲みたかったところよ」

 黒く重厚な木製のテーブルに置かれたティーカップは心地よいコントラストを見せ、その湯気は黒と白とを見事に調和させている。
 そこから漂う品格高い香りを楽しみ――カップを、傾ける。
 口の中に、甘く苦い風味が広がった。
 ホゥ、と息をつく。
 予想通りといえばそう、いついかなるときも沢松の淹れた紅茶が不味かったことはない。そんな私の表情に満足しているのか、沢松は穏やかな笑みを浮かべて控えている。
 因みに、ダイエット中なのでお茶請けは用意させていない。……部屋に篭りがちだと運動不足になりやすい。
 私はひとしきりお茶を楽しむと。空になったティーカップを沢松に渡し、早々に退室を促した。沢松は「失礼しました」とだけ言って素直に退室してくれる。
 いつもならもう少し時間にゆとりを持って楽しむのだけど、今回は少しだけ事情がある。
 壁に掛けられた古臭い時計に目を向ける。(百年動いているらしいけど、私はそんな骨董に興味はない)
 思いのほか、約束の時間は近くなっていた。
 
「…………」

 少しだけ間を空け。

「………もう、いいわね」

 沢松も、家政婦たちの気配もないことを確認すると、私は足早に席を立った。
 そして優に30秒ほど毛の長い絨毯の上を歩いてやっとパソコンの置かれているデスクの前に到着する。機能的なデスクの上にあるのはメーカーに特注させた独自のデザインと性能を兼ね備えた一品だけど時間が惜しいので説明は省く。
 私は手早くスリープ状態を解除し、うざったくなるほどクッションの利いた椅子の上に腰掛け……そして、『M2D』を被った。
 同時にコントローラーも握る、慣れた動作で。
 そして漆黒の長髪を蝶をイメージした赤いリボンで纏めた令嬢、天羽美郷(あもうみさと)のスイッチをオフにする。
 ここで、私(わたくし)は終わりを告げる。

 再び目を開いたとき、そこに広がるのは別世界だから。



――――黄昏に染まる世界に、一人の撃剣士が降り立つ。



 だからそれは、あたしの物語の始まりを意味した。
 ディスプレイには蛮族風の腰布に露出度の高い真っ赤な鎧を着たスタイルいい撃剣士の姿がある。これが、あたしだ。
 このこれみよがしにゲームっぽい格好の撃剣士の名は、シエルという。
 イメージは『真反対の自分』、ロールも見かけに恥じることなく豪快で大雑把な姉御肌な人物をやっている。
 人は足りないものを求める。
 そういう意味で、このシエルは私をこの上なく満たしてくれる。最初こそ恥ずかしかったものの、今では一番のお気に入りだ。

「さてと、待ち合わせまであと10分か。アイテムでも揃えておこうかね」

 今日もまたボイスチェンジャーから発せられるハスキーな声に満足すると、私はシエルを走らせ……おっと。あたしはマク・アヌの商店街へと走って行くのだった。
 待ち合わせは橋の上。回復アイテムをそろえる時間は充分に有るだろう。
 何しろ『あいつ』は弱い、多少遅れたとしてもアイテムは買っておく必要があった。

「やれやれ、世話が焼けるねぇ」

 そう呟く私の唇は、きっと笑みを浮かべていたに違いない。
 ああ、楽しみだ――――








                    <狼と姫君>










―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 永瀬晃一 side ――










 先月、某有名国立大学に挑戦し、……健闘の結果、あえなく落ちた。
 志望校以外は入る気の無かった俺は今現在、一浪中のプーさんである。

 だからなんとなく、The World:R2のキャラクターの名前は『壱狼』にした。
 安直にも狼の獣人である。




 とはいえ遊んでる時間なんてあんまり無く、俺は今日も今日とて居酒屋『やっちゃん』でのバイトに明け暮れていた。
 生活費、それに来年の入学金を稼ぐためだ。
 親からは『高校までは面倒を見てやるが、成人した後は知らん』とアメリカンなことを言われていて、現在ボロを通り越して廃墟寸前のアパートに住んでいる。
 そこから、毎日バイト先と図書館に通って勉強しているわけだ。
 ……あ、因みに言っておくが成人は18歳からだからな?(※たぶんそうなっていると作者は思っているので)

「おーしイチロー、もう上がっていいぞー」
「あ、うぃーっす」

 ぼんやりしていたらもう0時になっていた。流石の『やっちゃん』も閉店する時間だ。
 厨房の親父さんに返事を返すと、俺はテーブルを拭く手を引っ込めエプロンにお絞りをねじ込んで裏の更衣室の方に歩いていく。
 っと、その前に……。

「って一浪って呼ばないで下さいっ! 晃一ですよ俺の名前は! こ、う、い、ち!」
「はっはっは、そう呼ばれたかったら受かるこったな」
「ぐ………」

 そういわれてしまったらどうしようもない。
 くぅ、これだから浪人生活って奴は……っ!
 だからといって押し返すわけにも行かない憤りを乱暴に着替えることで発散し、荷物を持って裏口のドアを上げる。

「どうも、お疲れ様でしたっ!」

 バタンと若干乱暴にドアを閉めていく俺の背中には、まるでその反応を楽しんでいるかのような親父さんの笑い声が届き……やがては届かなくなる。
 いつもの労働の終わり、いつものどこか満たされた帰り道だった。





 そんなわけで、まかないで夕食を済ませている俺はそのままシャワーを浴びて寝ることになる。
 そして朝早くに起きて朝の英文朗読を行い、食事を済ませて図書館に行って勉強し昼食をとってまた図書館に戻りその後バイト先へ――――というサイクルを繰り返している。
 予備校には通わないのが俺の主義だ。
 ……通えないわけじゃないからな? けして、お金が無くて通えないとかいうことは無いからな?
 コホン。
 とにかく、狭くて臭くておまけに雨漏りまでする3K職場みたいな自宅で勉強する気にはなれないから、俺はよく図書館を利用して勉強している。
 朝から行けばお気に入りの場所だって確保できる。
 と言うわけで、浪人生活は順調だった。
 これなら二浪と呼ばれることなんて無い。そう心から信じれるようになってきた、一浪生活の四月の暮れのこと。
 今日も絶好調なことに入試対策問題集を一通り終わらせ、40点(三教科300点満点、しかも三回目の挑戦で)も取れた日のことだった。


 

 若干の満足を胸に、俺はいつものようにネットカフェへと向かった。
 最近出来た日課だった。
 もちろん、ネットカフェへと向かう理由は『The World:R2』。
 俺はそれを介して、『講師』に会いに行く――――





 今日こそは、言おうと決めていた。




………約束の時間は3時



 今日はその5分前にネカフェについた。採点に夢中になっていて遅れそうになったが、ギリギリセーフってとこだろう。
 マク・アヌに降り立った俺は壱狼……メガネをかけた白衣の狼呪療士を待ち合わせ場所へと走らせた。
 なんでこんなキャラにしたっていえばただの気まぐれなんだが、メガネの狼が白衣を揺らして走っていく様は中々コミカルで気に入っている。
 相変わらずの人ごみを掻き分け、すり抜け、そして到着。
 待ち合わせ場所である橋の中央に立つと、時間はきっかり3時になっていた。
 『走り』から『歩き』に変更し、動悸する心臓を押さえてシエルを探す。もちろん、動悸するのは走ったからじゃない。
 が、……珍しくシエルはまだ来ていなかった。あの目の覚めるような真っ赤な鎧は群衆の中でもバッチリ目立つのだけど……今はそれが見当たらない。
 いつもなら教師の鑑のように10分前から居るのが彼女なのだが、何かあったのだろうか?
 まぁいい、メールも着てないから遅れてるだけだろうし。これならこれで挨拶を考える時間があるということだ。

「(さて、今日は何の話をしようか。挨拶はやっぱりいつものようにか)」

 暫く独白PTチャットをしつつ、待ちぼうけをしながら川に移る自分の姿を見ていると……後ろからポンポンと肩を叩かれた。
 ああ、来たな。この赤い手甲は間違いなくシエルだ。
 やっときたか、と思って振り向くと――――ブニッと頬に人差し指が突き刺さった。
 振り向いた先に居るのはニシシと笑うシエルの顔―――実は俺よりもほんの若干高かったりする―――があった。

「アハハハ! 相変わらず鈍いねぇ壱狼はっ!」
「だぁぁぁ時代錯誤どころか今の子は分からんようなトラップを仕掛けるなっ!?」

 してやられた。
 気さくに挨拶でもしようと考えてた俺は、予想を遥かに超えた気さくさで先に挨拶をされるのだった。
 『シエル』と言う名前の撃剣士。
 背が高くマントのように靡かせている黒い長髪が特徴の女闘士(アマゾネス)。
 受験一筋でゲーム慣れしてなかった俺に世界を教えてくれたこの講師は、実は結構お茶目立ったりする。
 因みに周囲の群衆野の矢のようなジト目にはまるで気付かない鈍感力も同時に持ち合わせている、ある意味素晴らしいお人だ。
 
「………ふんだ」
「お、一人前に恥ずかしがってるのかい? 顔、赤いよ?」
「んなわけあるかっ!」

 まぁ、なんだ。
 腕を組んでそっぽを向く白衣のヘタレメガネ狼、明るくそれを笑い飛ばす赤鎧のアマゾネス……俺はこの光景を見るのが好きだった。
 こんなやり取りが気に入って、俺はこいつに惹かれているわけだ。
 周りが気になるっていえばそうだけど、まぁゲームだし。
 しかし何でだろうな、こいつを前にしたときだけ壱狼がヘタレになるっていうかなんというか。

「ハハハ。さて、待たせて申し訳御座い……悪かったね。アイテムは補充しておいたからいつでも行けるよ」

 若干口調を訂正しつつ腰に両手を添えたポーズを取ると、シエルは顔だけでカオスゲートの方を向いた。
 遅れたのはどうやら買い物に行っていたかららしい。
 口調はまぁ、いつものことなので気にしない。こいつはロールが下手なのだ、それだけのことだし。

「じゃあ、今日は【Δ鼻曲がる 醜悪の 絶滅城】に行こう!」
「ん? 今日はランダムじゃないのかい? ……というか、これはまた物凄いワードを選んだもんだね」
「ちょっと欲しいアイテムが有るんだよ。付き合ってくれるだろ?」

 シエルは肩をすくめ「ま、いいけどね」とかいいながらカオスゲートへと走っていく。それは肯定の意味。
 俺はその返答に満足しながら、後に続くのだった。
 ……だった、が、若干遅れる。
 呪療士でレベルもシエルより一回り低いこともあってか、いつもながら遅れる俺なのだった。

「何やってんだい? お急ぎ……おいてっちまうよー!」
「しょーがないだろっ!? 呪療士は大切に扱えーっ」 

 まぁ、そんなこんなでエリアに飛んでいくわけである。 





 ……黄金の輪に導かれ、呪紋の力で空間から別の空間へと転送されること、一瞬。
 どこでも○アでも潜ったかのように景色は一瞬で変貌した。
 赤金色の黄昏の世界から、真っ暗な【Δ鼻曲がる 醜悪の 絶滅城】へと。





「……ドロッドロ、だねぇ」
「ああ、……ドロッドロ、だなぁ」

 到着一番、素直な二人は早速、素直な感想を口にした。
 口にせずにはいられない。
 だってそうだ、まるでドラゴン○エストの魔王城みたいな景色が一面に広がっていたんだもの。
 ボコボコとあわ立つ濃い紫色の毒沼、その広大な毒地獄のど真ん中に聳え立つ骨で出来たオドロオドロしい城、そして暗雲立ち込めたる遠景には――ゴロゴロ……ピッシャァァン!――なんてあまりにも使い古された稲妻が迸っている。
 再放送されてる昔のアニメでこんな光景を見たことがあったような……。
 いってみれば、エリアワードそのまんまだった。

「おっ、この沼歩いてもダメージ食らわないぞ。ホラホラ」
「……その代わり底なしみたいに見えるけどねぇ。壱狼、一人で出れるかい?」
「え゛」

 毒でも食らうのかと思ってた俺は試しに沼に入ってみたのだけど……。
 なんか腰まで埋まっていた。
 足をジタバタ、腰をひねって悪戦苦闘した末……。
 
「たすけて」

 見事に白旗を揚げるのだった。
 それを見守るシエルの目線はちょっと、痛かった。

「ほら、捉まりな」

 彼女は小さく溜息をつくと、鞘に入ったままの大剣を差し出してくれる。リーチが有るので余裕で俺の場所まで届いた……がっしり掴むのだった。
 グイと引き上げられる白衣のメガネ狼。
 ……が、助かったのはいいが白衣は腰までどっぷりと紫色に染まり見るも無残にボタボタと泥水を垂らしていたのはいうまでもない。

「フッ、シエル。この沼は危険だ、安易に突っ込むんじゃないぞ?」
「…………」

 ジトー……と突き刺さるシエルの目線。
 ごめん、突っ込んで欲しかったんだけど。

「すみませんでした」

 目線に耐え切れず謝る俺。
 こっくり頷くとシエルは先頭に立って毒沼を迂回し始める。
 まぁこのように彼女はお茶目ではあるが、妙に厳しいというか、プライドが高いところがあるわけである。
 ……見れば毒沼には所々蜘蛛の巣のように乾いている足場があり、そこを進むことで城に到達できるようになっているようだ。
 足場は細く行き止まりもたくさんあって迷路のようになっている、焦って足を踏み外せば底なし沼に嵌る……という仕掛けになっているようだ。
 流石にそこからは真剣になって無言で迷路をやり過ごしていく。
 それでも何度か落ちかけたが、その度にシエルに助けられつつ、俺たちは巨大な骨で出来た城へと到着するのだった。
 どうやら、規模からしてこのエリアはR:1時代のようにフィールドから深いダンジョンに降りていくタイプらしい。
 その巨大な鉄扉の前に立つと、重苦しい音を立ててダンジョンの入り口は口を開けた……。
 まるで今すぐバクリと噛み付いて飲み込んでくれそうな赤黒い闇が、その先に続いている。
 
「……うわー、なか内臓みたいになってるよ。うをぃキモ過ぎだぞここ……」
「なに尻込みしてんだい? 来たいっていったのは壱狼だ、男ならシャキッとしな!」

 容赦なく後ろからぐいぐいと押してくるシエル……ってちょっと待て心の準備がぁぁっ!?
 抵抗もむなしくグイグイグイ。ああ悲しきかな力の差。

「中身はか弱い女の子かもしれないだろっ!? わっ、ちょ待て! 押すなってイケズ〜!!」
「今その発言があたしに確信を持たせてくれたよ。さぁ、さっさと行くよ」
「ほんとにイケズーーッ!?」

 ズリズリとその内臓みたいなダンジョンへと押し込まれていく白衣の狼。押していく赤鎧の女闘士。その光景は背中を押すとお駄賃をくれる某お爺さんのイベントに似ていた(……このネタ分かる人どれくらい居るんだろう?)
 因みに、【イケズ】とは関西弁で『意地悪』って意味だ。
 まぁそんなこんなで、俺たちは巨大な骨の城に飲み込まれていくわけである。


 ……そう、こんな感じのやり取りが、俺たちの『冒険』だった。
 突っ込んだり突っ込まれたり、たまに痛かったりするけど和気藹々と世界を楽しんでいく。
 そんな冒険をいつまでも続けたいと思っていた。
 いや、続けて見せるとさえ思っていた。
 思っていたに過ぎないが、このひと時さえあればどんだけ辛い受験だろうと乗り越えられると確信があったからだ。
 週に3,4回、しかも2時間程度に過ぎない冒険だったけど。このひと時は俺というものを支える大黒柱とさえいってもいい。
 平たくいうと……なんだ、俺はあいつに……。
 と、ともかくだっ!
 今日はそんないつもの時間にちょっとばかりエキセントリックな風を吹かせてやろうと計画していたことがある。
 わざわざこんなアンチデートスポットみたいなエリアを選んで人払いしたのもそれを実行するためである。
 まぁ、なんだ……。今日はあいつにとって特別な日って言えば分かるだろ?
 男なら甲斐性の一つでも見せてやらないとな。


「………ひ、ひぃぃぃっ!! なんだこのダンジョンはっ!? キモッ、キモッ!! リアル過ぎて笑えねーよこの内臓迷路っ!」

 が、言った傍から甲斐性もなくビビりまくる俺なのだった。さっきからずっと喚き散らしてる。
 ブニッとした赤黒い腸のような通路を歩いているとスライムとか寄生虫のようなモンスターが出てくるのだ、耐えられるわけがなかった。
 結果、モンスター出るたびに飛び上がるわシエルの後ろに隠れるわの惨敗。……いやちゃんと回復役はしたけどさ。
 呆れられるばかりなのだった。
 ホラーは苦手なんだよ、苦手なもんは苦手なんだよ。因みにジェットコースターも嫌いだ、どうだまいったか。

「前言、撤回するよ。アンタか弱い乙女だ」
「Σそんなっ」

 切り捨てるように言い捨ててスタスタと先を急いでいくシエル。
 怯えるような中腰でその後に続く白衣のメガネ狼。
 男らしいのはどっちかはいうまでもない。
 メガネ狼が、メガネ娘に見える今日この頃。

「ほら、怖がってないで付いて来な」
「足速っ! お、置いてくなぁぁぁっっ」

 叫びにも若干素が混じる俺なのだった。



 

 暫くして、俺たちは難なくダンジョン最深部へとたどり着いた。
 まぁ見た目は史上最強の強敵ではあるのだけど、実のところエリアレベルはさほどでもないのである。
 あっさりとボスモンスターまで倒して(竜○っぽかったのは内緒だ)クリアまで目前といったところ。
 ギィ……と、最後の重々しい扉が開かれた。
 この先に広がる獣神部屋目指して俺たちは踏み込んでいく。
 目の前にはフォルセトというらしい神々しい象が浮かび、その足元には荘厳な雰囲気の宝箱が置かれている。
 いつもの光景だ。
 ……その周りを彩る光景が骨と内臓の蠢く悪趣味のオンパレードだったとしても、やることは変わらない。
 この宝箱を開ければクリアである。

「さて、目当てのアイテムがあるんだったね。どうぞお開けに……前回はあたしが貰ったんだし、勝手に持っていきな」
「かたじけない。んでは……」

 ……宝箱に近付こうとして、途中で固まる。
 彼我の距離約5m。
 俺の目の前には見るからに厳つい顔のフォルセトの象がある……目茶目茶怖い顔をしている。

「……どうしたんだい?」

 若干の心配を含んだ声でシエルが声をかける。

「いや、あのさ。宝箱を取ったらあの象とか襲ってこないかな? 昔のRPGみたいに」
「………」

 あっ、なんか『ビキッ』と音と共に額に怒りマークが……。
 ああっ、なんか『壱刹・双月!!』なんて叫んでるしっ、光ってるしっ! アーツ飛んでくるしぃぃぃっ!?

「さっさとお取りなさいこの意気地なしっ!」
「はぃぃぃっ!!」

 バキョーーンッと絶妙な力加減でぶっ飛ばされた壱狼は、空中で綺麗な弧を描き、ものの見事に宝箱の真上に墜落した。
 衝撃で宝箱が粉砕された。
 俺の顔も一緒に粉砕されそうだ。
 ……HPが一気にデッドラインに近付く最中、『大剣・斬背骨(ざんはいこつ)を手に入れた!』なんてメッセージが表示されるのだった。
 ふ、フフ……紆余曲折があったがやっと目当てのアイテムが手に入ったぜ。
 因みに象は物の見事に粉砕されて崩れ落ちていった。……シエルの技のとばっちりでも受けたのだろうか?

「まったく、世話が焼けるよ」
「げ、GETだぜ……そういえばシエル、さっきのお嬢様口調はなんだったんだ?」

 パッパと埃を払い自己回復して、いい加減気になったので突っ込んでみた。
 幾らなんでも流石に気になったので。

「べ、別になんでもないよっ! ……それより、目的は果たしたんだからさっさと帰るよ」
「ふーん……あちょっと待った!」
「……なんだい?」
「目的はもう一つあるんだ」

 そういってトレードを申し込む。
 ……のを思い直してキャンセルする。

「……あー、やっぱ今はいいや。とりあえず場所変えよう」
「よく分かんないけど賛成だね」

 壁面がウネウネと動く赤黒いダンジョンでの出来事だった。
 何はともあれ、こんなとこで落ち着けるもんかって話である。
 我慢の限界って奴だった。
 そんなわけで、耐え切れなくなった俺たちはプラットホームからカオスゲートへと戻り、適当な草原のエリアに飛ぶのだった。
 ……人払いのつもりだったけど、見事自分たちまで払われたわけである。

 


 でもまぁ、ちょうど良かったのかもしれない。
 やっぱりこういうことをいうときは青空の下が一番なんだろう。
 そこは湖畔の草原。
 そよ風に小さな波紋を作る澄んだ湖のほとり、CC社の計らいなのか3月らしい春の花の咲き誇る麗らかな草原だった。
 思わずホッと息をつきたくなる。
 ……ホッと油断したら一撃喰らって即ゲームオーバーになりそうなほど高レベルのエリアでは、あったけど。
 エリアレベルは見てから飛んだ方が無難だよな。
 まぁそんなエリアでも敵と遭遇しなければ問題ないと、フィールドの隅っこで腰を下ろしている俺たちなのだった。

「……で、さっきは何をしようとしてたんだい?」

 隣から、そんな言葉が紡がれる。
 若干の期待が含まれているような、悪戯っぽく楽しげな声。
 そんな声を聞いてしまうと逆に恥ずかしくて言い出しにくいのが男心って奴なのだが……。

「うん……まぁ、あれさ。好きな人にプレゼントを渡そうとしてたわけだ」

 このか弱い乙女はその点、若干のズレがあるらしい。
 恥ずかしくていい出せないのではない。
 いってから、死ぬほど恥ずかしがるという……。ああ、ダメだ、耳まで高熱で死ねそうだ。
 ……で、いわれたシエルのほうはといえば、固まっていた。

「え………?」

 それはそうだ、俺だってそんなこといわれれば固まってしまうだろう。ゲームだから表情は読めない、けど、嫌がられてはいない……と思う。
 ああもう、だとしてもここで止まってたら本当にヘタレだ!
 今日の俺は少しだけイケズになると決めている。
 俺自身真っ赤だろうがシエルも真っ赤だろうが、この気持ちに正直になると。
 トレードウィンドウを開き、……その欄にさっき手に入れた『斬背骨』とアクセサリーである『薔薇』を乗せ、トレードを行う。
 薔薇は3月26日の誕生花……つまり今日の花だ。
 まぁ、なんだ、つまり……。

「誕生日おめでとうってことだよ、シエル。……あー…一応会話ログで確かめたけど、今日で合ってたよな?」
「……あ、合ってる。けど」

「……けど?」
「誕生日に武器を贈るなんていかがなものかと思いますわ! 薔薇はいいとして、ほ、骨とは何事ですかぁぁっ!!」

 ズドーン乙女心の噴火のように突っ込むシエル。
 怒りながら喜ぶとか、もはやPCの限界を超えたような表情をしている。
 たぶん照れ隠し……だと、思いたいなぁ。

「だ、だってシエルの趣味が分からなかったんだから仕方ないだろっ!? 見た目からして無骨な武器防具が好きそうかなって」
「そんな女はいませんわっ! いえ百歩譲っていたとしても背骨がモデルで椎間板が展開してチェーンソーみたいになってる大剣なんて誰が欲しいものですかっ!?」
「でも結構強いぞっ」
「なら斬られたくてっ?」
「それはいやっ!」

 そして何故だか知らないが、不毛な言い争いが勃発するのだった。
 原動力はお互い恥ずかしさなのだろう。
 ブンブンと片手で斬背骨を振り回すシエル、半べそになりながら「ヒィィッ」とそれを飛び跳ねて避ける壱狼。
 結局いつもの光景に戻るのだった。

 ……で、その光景は優に10分ほど続いた。

 お互い暴れすぎてモンスターと遭遇してしまい。目茶目茶格上の敵を死に物狂いで倒したところで、ようやく終結を迎えるのである。
 おまけに一レベルほどアップして。

「……ゼィ、ゼィ……あー死ぬかと思った……」
「……あ、貴方が、モンスターの居るところに突っ込むからでしょう!?」
「に、逃げ場塞いで、追いかけてくる方もあれだろっ!?」

 ……もとい、まだ続いていた。
 が、今度こそ流石に気付いたらしい。

「あーもう、止めよう。不毛だ……」
「賛成しますわ……」

 二人とも武器を取り落とし、膝を突いて草原に大の字になる。
 目の前には等しく青空が映っていることだろう。
 お疲れ様、とでも言うように。淡い風が鼻先をくすぐって抜けた。

「なぁ……」
「何……?」
「さっきからマジで気になってたんだけどさ、ロール変だぞ?」
「あ………」

 ……と、反応したからには、ロールが変なんじゃなくて素ということなのだろうか。
 俺はてっきり他のキャラのロールが間違って出てるのだと思ってたけど。
 どうやらお嬢様言葉は地であるらしい。
 まぁ、確かに。極まってるほどPCとしてのシエルには似合ってないが、それはそれで声の方には合っているような気がした。

「……そうね、もうこの際だからぶっちゃけちゃいましょうか。これは地よ、ちょっとお堅い家に生まれちゃったから染み付いてる、ね」
「なるほど、だからシエルの口調はああいう風なのか」

 そう考えると中々に納得だ。色々と複雑な事情があるのだろうけど、そういったものがあるからこそ豪放なキャラクターがやりたくなるというのは分からなくもない。

「さて、私もいったんだから壱狼さんも教えなさい?」
「……ロールの理由をか?」
「うん」

 シエルは観念でもしたのか、なぜかロール止めて喋っている。
 そうやって聞いて見ると予想よりも若い感じがする、やっぱり姉御口調は年上なイメージを抱かせていたようだ。
 因みに俺もさっきからロールを止めているつもりなんだが、全然変わっちゃいなかった。

「って、いわれてもなぁ……殆ど地だしなぁ」
「地でヘタレだったんだ……」

 ぼそっと呟くシエル。
 が、聞こえてます。

「ヘタレって言うなっ!? むしろヘタレな部分こそロールだと断言するっ! ああそうだ思い出したっ!!」
「ふーん」

 ああ、悲しくなるなこの反応。
 いや若干楽しそうなのはいいのだけどさ。
 がっくりと肩を下げる俺なのだった。

「……まぁ、ロールに理由なんてないけど。PCの名前や格好にはちょっとだけ理由があるぞ。それでよかったら話すけど」

 それから暫く、話し込んだ。
 たわいもないようなどうでもいいような、俺自身の話。
 一浪してるから壱狼なんだとか。バイト先でもイチローとか呼ばれてるとか、埼玉のビンボー学生だとかと世間話をしていくことになる。
 して、それに呼応してシエルのほうもぽつぽつと自分のことを話してくれたわけなのだけど。
 ……まぁ、ぶったまげたわけだ。
 別荘からログインしてるとか、執事さんがいるとか、女学校でも特別扱いされて疎遠だとか、そんな話にも驚いたけど。
 いや、あの天羽グループの取締役の娘って……それを聞いたときは、ぶったまげたなんてもんじゃなかった。

「な、なんですとぉぉぉっ!? 俺はなんちゅー人と……世の中って広い割りに狭いんだな」
「あ、はは……やっぱり引いちゃいますよね」
「……あいや、何でだ?」
「何でって、それは」
「そりゃ驚いたけど、ネットの上では誰だって平等だろ。いや、ネットの上だけじゃないか、人の本質ってのは誰だって等しく平等なんだよ」

 そう、格差社会だとかいうけど人間はすべからく自由であり平等だ。少なくとも誰が上で、誰か下だなんてことはない。
 お嬢様だから偉いだとか不自由だとか、そんなことは本来許されることじゃない、と。
 ……有名大学を目指してる奴は法の精神を語るのだった。
 俺のこと馬鹿だって思ってたらしくてシエルは目を丸くしてたけどな。……ふっ、悲しい。
 
「それじゃあ、これからも一緒にPTを組んで頂け……組んでやろうかい?」

 恐る恐る、といった感じでシエルはロールを戻し、俺に問う。
 喋りすぎてしまったと、引かれているんじゃないかと心配なんだろう。
 だから笑顔で答える。
 引かれているんじゃなくて、惹かれている、だからこそ気の利かない頭を絞ってプレゼントなんて渡したんだと。

「ああ、これからもよろしく頼むぜシエル先生!」

 軽く上げた右手の平に、もう一人の右手がパチンと合わさる。
 その日、確かに何かが終わって。
 俺たちの中で新しい何かが、始まって気がした。


「……ああ、そういえばさっきはプレゼント、悪かったな。また今度良さそうな奴買ってくるからさ」
「フフ、期待しないで待ってるよ」












 しかし、そんな日々も長くは続かなかった。
 数ヵ月後のこと。
 シエルはぱったりとログインしなくなり……俺に何の連絡もないまま、The Worldから姿を消した。



――――――――――――――――――――――――――――
……はい、風月という奴は恋愛物は書けないようです。ええ、いろいろと思い知らされました。
後半なんか暴走してますし。むしろ爆走? いやもう面白いからやっちゃえーって感じだったのですが。
……そんなことやってるから書けないんですね。
ともかく、実はこれ続き物だったりします。
というより後半がメインだったりしますので、次回もお楽しみいただければ幸いです。