<輝け! 僕らのクリスマス―2006―>









―――――――――――――――――― : 鹿末 諒子 : ――――










 我が家の父は厳しい。
 けれど、その実父はとことんまで娘に甘い性格だった。
 そんな父が放って置けないせいか、母さんは普段は全然口出しをしないのにここ一番に
は確り注意する抜け目のない人だ。
 つまり、優しいけど、甘くはない。
 そんなバランスのいい両親の元に生まれた私は精神的にも肉体的にもとても恵まれてい
たと思う、……ついでに言うなら、家は他と比べてもかなりお金が有る方だったしね。
 そんな人間は当然のように【お嬢様】と呼ばれた。
 ……けれど、その呼ばれ方はあまり好きではなかった。


「いいからいいから! こんな時ぐらい二人で楽しんできてよ、ね?」

「しかしだな……。この歳になってクリスマスだなんて、似合わないだろう」


 見るからに厳しそうな印象を与える顔の皺、けれど、現在その持ち主の表情は困ったよ
うな恥ずかしがってるような……なんだか可愛い表情を浮かべている。
 鹿末直正(かのすえ なおまさ)、とある外資系の会社の重役であり、私の父だった。 
 そんな父に向かって私は満面の笑みを披露し、その奥で静かに控えていたお母さんには
悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


「そんな滑稽なお父さんを見るのが楽しいんじゃない。ねぇ、お母さん?」

 アイコンタクト。

「そうねぇ……確かに、そんなお父さんを見られるなら外食もいいかもしれないわね」


 あくまで控えめな姿勢と声色で、しかし完全に私に味方してお父さんを攻撃している台
詞が返ってきた。
 私は心の中でガッツポーズを握る、心ならお咎めなしに出来るポーズ。
 これで、勝ったも同じだ。
 なんせお父さんは人との値段交渉には勝てても、お母さんにだけは逆らえないのだから。
 そして私の後ろでジッとしていた未久(みく)にもアイコンタクトを送る。『上手くいっ
たね』と、未久は戸惑いがちにだけど嬉しそうな笑みを浮かべた。


「……行きたいのか? 光恵(みつえ)」

「私はどちらでもいいですよ? 判断はあなたにお任せします」


 一歩退いた姿勢で控えめな台詞を言いながら完璧な笑みを浮かべ続けているお母さん、
……その背後に、【最強】の二文字が浮かんで見えた私だった。
 さっきの言葉、訂正しておかないといけないみたいだ。この家の誰も、お母さんには敵
わない。


「分かった、降参しよう。高級ホテルでも何でも連れて行く」

「ふふ、それでいいのだ」


 お父さんしか分からないような昔懐かしい口調でそういうと、ポケットに忍ばせていた
【プレゼント】を取り出す。未久もそれにならう。
 私のはホテルの御食事券、未久のは手描きの可愛いイラストが描かれたクリスマスカー
ド。
 私の口調に一瞬顔をしかめたお父さんも、それを見て一気に表情が変る。
 ふふ、計算済み計算済みですよ? お父さん。 
 二人一緒に「メリークリスマス!」と言ってそれを渡した日には、お父さんったら泣き
出しそうなくらいだった。
 うちは仏教なのに嬉しすぎて「Armen…」とか言い出したときには、笑いを堪えるのに全
身の筋肉を総動員しなくてはいけなかった。






 結果を言うと、お父さんは見事に撃沈した。
 それはつまり、私達の勝利なのです。ってね。





――――パタン―――


 と、『諒子』と書かれたボードと、付け加えるように『未久』と書かれたボードのぶら下
がったドアを閉めた。
 私と未久、姉妹は自分達の部屋に帰ってくると、……まるで風船が弾けたかのように口
を開いた。


「……見た?」

「見ました!」


 私と未久は顔を合わせると思い出し笑いの封印を解いた。


「お父さんのあの、顔ったら……プッ……ククク……! お母さんもよく平気ね」

「さすがお母さんです。私、ずっと我慢するのに必死で……」


 はぁはぁと息継ぎをながら話す私達、まさかお父さんがあんなに面白い顔を披露してく
れるとは思わなかったから、こっちも予想外の収穫だった。
 高い音の笑い声が広い部屋に響く、庭付きの一軒家だからどれだけ叫んだって平気だ。
 それから暫くお喋りをして息を落ち着けると、はぁーと二人一緒に深呼吸をした。
 これでこの「クリスマスプレゼント大作戦」は完遂となる。
 未久と一緒に始めて過ごすクリスマスの始まりは、どうやら成功のようだった。
 これで未久も少しは家に馴染めたかしらね?
 

「……それにしても未久、まだ敬語は治らないの?」

「う、ゴメンなさい。治そうとはしてるんだけど……なんか、こっちの方が喋りやすいみ
たいです」


 ネトゲをやらせてもこれっぽっちのロールも出来ない未久の口調は、この子が初めて家
に来た時から変っていない。
 この子はあの時からずっと敬語で喋り続けていた。
 特に嫌ってわけではないけど、だけどまだ遠慮が抜けきっていないのだろうか。私たち
は遠慮なく家族だと認めているのに。
 けど、少しは明るくなったかな?
 流石に養子として孤児院から引き取ってきた時よりは緊張が抜けているし。あの頃と比
べるとずっと自然に笑うことが多くなった。
 段々と本当の家族になっていくようで、それが私には嬉しかった。

 ……そう、未久はこの家の子供ではない。

 正確に言うと私が『拾ってきた』と言えるかもしれない。
 大学に通学するために自転車をこいでいたら……偶然、人気の無い道の端っこで両手を
縛られて倒れてるこの子を見つけた。
 それがこの子との出会いだったから。
 怪我はしてないのに酷く……なんてものじゃない、このまま放っておいたら夢に食い殺
されそうなほど魘されていた小さな、髪の白い、女の子……私は躊躇いなく自転車を放り
出すとその子を担いで病院に向かった。
 私が住んでいるのは都心じゃないから救急車は遅い、それに近くに行きつけの病院があ
った。
 女の子は鎮静剤を打ってもらうとすぐに安らかに眠りだしたけど、心配だから病院に残
ったんだっけ。私はその日初めて大学……いや、学校というものを初めて休んだ。
 数時間後に目を覚ましたその女の子は、目の前に居る私のことなんてもちろん覚えてな
くて、混乱していた。
 けど、その認識は違っていた。
 何しろ女の子は……、私のことだけでなく、自分のことすら『何も』覚えてなかったの
だから。
 酷く混乱するその様は哀れを超えて痛々しくもあった。『何もない』という恐怖は本当に
凄まじいものなんだと見ているだけで伝わってきた。それぐらいに痛々しかった。
 気付いたら知らない場所で、帰り方も、帰る場所も分からない。……私はそのとき痛切
に迷子になったときの気持ちを思い出していた、きっと、この子はその何倍も痛いのだろ
うと思いながら。
 そのとき、私はその子がもう一度眠りに付くまで看護婦さんと一緒なってずっと話し相
手になった。
 帰ってからこっ酷くお父さんに叱られたのを覚えている。誇らしげに聞き流したんだっ
け。


 それにしても、あの時は緊張してるから敬語で話してると思ったんだけど……まさか地
だったとはね。
 記憶は飛んでても確りと個性は残っている辺り、どうやらこの子の天然っぷりは魂に刻
まれているらしい。


「……敬語ってのはね、相手を敬う言葉だけど、同時に『相手と距離を置く』言葉でもあ
るの。家に居る間だけでも出来るだけ治しておきなさいね」

「はいです……」


 返事を聞いて苦笑する、道のりは酷く遠く険しいらしい。
 その笑みのまま、未久の頭を撫でる。
 丁度撫でやすい位置にあるそれはフワフワで、真っ白といっても若さ特有のつややかな
髪質だった。
 んー気持ちいい、この瞬間が私の密かな楽しみだったりする。
 未久はといえば声こそ出さないが、手をグーにして目を細め猫のような反応をしている。
……喉をゴロゴロやるのと似たような原理かもしれない。


「まぁ、今はこのままでいいのかもね。十分引きつけておいて……いつか敬語が治った時、
きっとスタートとか言う人はギャップに落ちるでしょ」

「えっ、えっ……?」


 声に出して言うと、声にならない返事が帰ってくる。
 私の密かな楽しみ、二つ目はこれだったり、ね。
 自分でも狐っぽいと思う笑みを浮かべ、顔を真っ赤にしている小さくてピンクいのの肩
に手を置く。


「さぁさ、その時のためにも。……彼へのクリスマスプレゼントを用意しなくちゃね」


 私はパソコンの電源を入れると、「はい」っと軽ーく未久のM2Dを本人に投げた。
 その瞬間後悔した。
 この子はどこかのアニメのドジっ子とタメを張れるぐらい、どんくさい。……それを思
い出したから。
 綺麗な弧を描いてゆっくりと宙を舞うM2Dは……見事に、神業と思えるぐらい芸術的に
キャッチをエラーした未久の額に衝突した。
 ゴンッ、という音がした。一瞬☆が飛んだかもしれない。
 間髪入れずに「う゛ぁぅぁぅぁぅ……」と悶えてうずくまる未久…………が、なんだか
可愛かった。可愛かった。だから。
 

「未久、コントローラーもいくわよー」

「投げないで下さいっ!!」










 それから暫くして、私たちはかなりレベルの高いエリアに来ていた。
 実際、私のPC『ユニコーン』でもギリギリでソロは不可能なぐらいのレベル、未久の『チ
ェリー』と一緒に来てやっと何とかなるくらいだ。
 ああ、チェリーはもちろん、アイテム係だけどね。
 空は暗澹(あんたん)たる灰色の雲に覆われ、大地は水という水を奪いつくしたかのよ
うにひび割れている。
 そんなB級ホラーみたいなエリアで私たちは激しく戦っていた。
 もう10分ぐらいになるだろうか?
 相手は全身に奇妙な模様の奔った巨人のようなモンスター、一匹、……だけ。
 それがクセモノだった。
 魔導士の私と鎌闘士のチェリー 、このコンビだとどうしても個体攻撃能力に劣ってしま
って、こういった一体だけ強いのが出てくるタイプには弱いのだ。
 散々苦戦した結果、見ての通り私たちはボロボロのお化け寸前といった風体だった。
 

「やっとトドメね。……オルリウクルズ!」


 けど、それも終わりとばかりに私は二体の水龍を呼び出し、激しく巨人の胸に叩き込む。
 その瞬間巨人はさっきまでの力強さが嘘のようにアッサリと消えていった。
 消えていった。
 それで終わりだった。


「……また、出ませんでしたね」

「そうね……。でも、まだ時間はあるわ。もう2,3戦粘りましょ」


 リアルより若干女性らしい口調をロールしつつ、ガックリと肩を落としているピンクの
髪の鎌闘士の肩を叩く。
 リアルと違って肩の高さが近くなっていた。
 

「でも、もう出ませんよきっと。……ものすごーーくレアな槍なんでしょ?」

「そう、だからこそ星に祈るような確立に賭けてでもプレゼントする価値があるんじゃな
い。それに、諦めたら負けよ? これは幸運の女神の課した試練とでも思いなさい」


 私たちは槍を探していた。
 もちろんただの槍じゃない、重槍士なら誰もが喉から手が出そうなほど欲しいレアな槍
を探している。
 ふふ、この子の師匠に渡すプレゼントとしてね。
 けど、チェリーにはああ言ったものの、そろそろ本当にタイムリミットみたいだった。
 チェリーが師匠『The start』と待ち合わせている時間は8時、そして今は7時30分。
 一週間前から探しているけど結局、その槍は出なかった。
 第二候補も買ってあるけど、やっぱり渡すなら貫禄の有る激レアアイテムがいい。あの
師匠は実用的なものじゃないと喜ばないし。
 なんとか出てくれないものだろうか……。
 そんなことを祈りながら、私は本日115回目の戦闘に突入する。
 時間もアイテムも、容赦なく減ってきていた。





………10分後………




「………で、で…………出ましたぁぁぁぁ〜〜〜っ!!!」


 チェリーから、喜びの雄叫びが響いた。
 それは、両親が出かけさせておいて本当に良かったと思えるぐらいの音量だった。つま
りそれだけ嬉しかった、チェリーも、私も。
 アイテム名『雷神の爆槍』それを『手に入れました』と、確りウィンドウに書かれてい
る。
 あまりに信じられなくて何度も確かめたけど……本物だった。そう分かった瞬間にもう
一度飛び上がりたくなる。
 柄じゃないからやらないけどね。
 頑張っていれば奇跡は起こるものだと、私たちはそのとき本気で思った。


「これで、師匠。喜んでくれますよね?」

「さぁ、それはどうかしら?」


 私の答えに「え…」と少し不安げな表情をするチェリー、残念だけど世の中はそんなに
甘くない。
 というか、あの鈍男の鈍感さを甘く見てはいけない。
 チェリーは手に入れさえすればよいと思っていたようだから、これは不意打ちになった
みたいだった。
 

「プレゼントはね、ただ渡すだけじゃダメなのよ。雰囲気とタイミングを考えてそれなり
の言葉と一緒に渡さないとね?」

「あ……そ、そうですね」


 納得しながらも「出来るかな……」と呟き俯くチェリー、相当心配みたいだった。確か
にあんまり特異な性格ではない。
 私の言葉を聞いて一気にドヨーンと落ち込んでいる。
 人の言うことを聞くのはいいけれど、飲み込みすぎて火傷するのがこの子の悪癖だ。
 だからこそ、私はあえて狐の笑みを浮かべながらこういった。


「難しいなら言葉は言わなくてもいいわ。場所だってどこでもいい。……そうねぇ、でも
その代わり、キスくらいはした方がいいんじゃないかしらねぇ」

「キッッ、キキキキキキスですかかかかかっ!?」


 ビクゥッと飛び上がるチェリー、それはプレイヤーの未久と一緒にシンフォニーと奏で
ている。
 うん、予想どうりに面白い反応してくれるわね、この子。プルプル震えちゃってもう。
 ああ笑みが止まらないのは何故かしら。


「キスと言っても/kissって打って、3Dグラフィックが重なるだけよ? リアルよりずっ
とお手軽じゃない」

「でも、でもですねぇ。接吻だなんて破廉恥な……」


 恥ずかしいからって漢字使わなくてもいいのに……。相変わらずよく分からないわね。
 ただ力強く否定している感じはない。
 そこにあと一息かけようと私が口を開きかけた時……唐突に右隣から、鋭く口が挟まれ
た。
 殺気という物を感じる能力が有ったら、私は全身にそれを浴びていたかもしれない。


「よぉ〜〜ぅ嬢ちゃんたち、ヘロゥ……。面白い話をしてるじゃないか?」


 毒々しいまでに軽薄な声、まるで毒蛇が喋ったらこんな声色になるんじゃないかと思え
るほどの嫌な音。
 右肩に手が置かれる、剣を握った手が。
 それが直接脳に警鐘をならす、油断を消して戦えと本能が鳴り響く。
 気付けば、考えるよりも先に杖を振り回していた。
 だけど、すぐ近くに居たはずなのに、手応えは全くなかった。
 その代わりに振り切った腕の下、脇腹には深々と双剣の片方が突き刺さり……


「反応は早いが状況判断が遅ぉ〜い、距離は縮められたらまず離すもんだ。……ぜっ!」

 
 ……言う勢いで突き刺した双剣を思い切り横に薙がれる。
 それだけで、双剣士の一撃だというのに私の『ユニコーン』灰色になって崩れ落ちてし
まった。
 私はそんなに弱くないのだけど……笑えないほどのレベル差だった。
 PKだ。
 恐らくこのエリアのレアハントに来ているPCを狙っていたのだろう。
 気持ち良さそうに笑うPKを睨みつつ、すぐに判断する。こいつに槍を渡すわけにはい
かないと。


「ケケケ、女二人組みでキスの話とは……いいねぇ。なんなら俺が上手いやりかたを教え
てやろ―――」


 ――ブツン。
 こういうとき、私は決断も早ければ容赦もない。
 毒々しい声のPKの台詞はそこまでで途切れてしまった。
 そう、LANケーブルをプチッと抜いてネットとの接続を強制的に切ったのだった。


「ま、アイテムは手に入ったから問題ないでしょ」


 パンパンと手を叩き、何気ない動作でパソコンの前から席を立つ。
 キルされても気にしない――その心の在り方を未久に伝えるために。笑みを浮かべる。


「ちょうどいいし、私はそろそろ行くわね」


 複雑な表情をしてディスプレイを睨んでいた未久は、たっぷり5秒かけてから振り返っ
た。


「……え? 行ってくるって何処にですか? お姉ちゃん」

「決まってるじゃない、クリスマスのお相手のところよ」


 それを聞いて目を点にして呆然としてる未久……って、あれ? 言ってなかったけ。
 まぁいっか、後で報告することにしよう。
 レアハントに夢中になってた分時間を食いすぎていたし、私はそのまま上着を羽織って
バッグを片手にドアを開ける。
 待ち合わせ時刻は8時30分。
 せっかく父さんを上手く追い出したのだから、今夜は夜更かししてくるつもりだった。


「それじゃ未久、あなたも頑張ってね?」


 返事を聞かずに、夜の街へと出かけていった。
 バッグを片手に白い外套を羽織り、長い髪を揺らしながら夜の街に溶けて行く感覚……。
 そう、私の聖夜はこれから始まるのだ。








小川久弥
―――――――――――――――――― : 小川 久弥 : ――――


(注意! ※この作品には善良な道徳意識を穢すような描写が含まれます。そう言った表
現が嫌いな方は読み飛ばすようお願いいたします)







 振り切った双剣の片割れ、『パイソン』を手の平でくるくると玩(もてあそ)び―――腰
の鞘に戻す。


「……ちぃ、ピンクい方は逃がしたか」


 あの消え方からして恐らく通信を切断しただけだ、待ってれば戻ってくるかもしれない
が……すぐに戻ってくるという保障は何処にもありゃしない。
 蛇はしつこい。
 だがその日その時に生きる俺は……待つだけ、ってのは嫌いだった。少なくとも『来る
という保障』がなけりゃゴメンだ。
 俺はさっさと自己流に改造したホネのようなバイクを召還し、それに飛び乗る。
 あのピンクくてちっさい鎌闘士には是非とも借りを返してやりたかったが、まぁあの外
見だ、またどこかで見かけた時にでも尾行してキルすればいい。
 クク……悪役は軽薄に、いい加減に生きなくっちゃな。

 
「さってと、これでこのエリアはコンプリートしたな」


 時間もないし、次のエリアで最後にするとしよう。
 俺はさっさとプラットホームの方にバイクを走らせると……タウンへと帰還した。
 その背後の世界には『なにもない』。
 もちろん、コンプリートってのは『プレイヤーキル・コンプリート』ってことだぜ? ク
ク……10人ぐらい斬ったかね。
 クリスマスは楽しい、獲物に困るってことがないからだ。




 ここで、ふとBBSに面白い記事が書き込まれていたのを思い出した。

 『クリスマスイヴに行きたい場所BEST10』

 なんてタイトルのスレだったかね……。
 そのときは興味ナシと流したが、今思ってみれば実に興味深い内容じゃないか。
 ニンマリと楽しそうな笑みを浮かべる俺、と蛇。
 どうやら、今夜は上質な悲鳴が聞くことが出来そうだ。




――― エリア ――― 【Δ眉目秀麗なる 久遠の 宝珠】 ――― 転送 ―――




「なるほど、こりゃあロマンチックだ」


 転送した瞬間そんな台詞が飛び出した。
 まさに言葉のとおりのエリアだったからだ。
 

「ハハ―――あんまりにもキレイすぎて、落ち着かねぇや」


 そこは大雪のエリアだった。
 その雪が降り注ぐ土台は城、バロック形式の趣のある……というか実用性よりデザイン
しか考えてないような巨大な城にコンコンと白いフワフワが降り注いでいる。
 攻められたら5分で落ちそうなほど美しい城。
 元は灰色であったであろう巨大な城は、巨大な白へと塗り変えられ、所々に赤い国旗が
靡いている。
 クリスマスカラーという奴だろうか、中庭には樅(モミ)の木の緑が残っていた。
 

「うっほほー……ぃ。居る居る、ウジャウジャ居るじゃないか………こりゃ楽しくなりそ
うだ」


 その城の北西の端っこにある見張り塔の先端、旗を掲げるための突起の部分に掴まりな
がら俺は眼下の色取り取りの『点』を見つめていた。
 その『点』はウジャウジャワラワラと城の中を行きかい、中庭を交叉し、そして落ち着
いた場所で幸せそうに語らいを続けている。
 どうせ「綺麗なエリアだね……」「いいや君の方がずっと綺麗だよ」とか、身の毛も弥立
つような話をしているんだろう。
 ここからじゃ聞こえないが身振り手振りを観察すれば大体想像は付くってもんだ。
 ハッハッハーー――……、殺意が湧くったらありゃしねぇ。

 俺はその場所から飛び降り身を翻すと、自分でも器用なもんだと思うほどの身のこなし
でスルスルと壁を伝って降りていく。
 もちろん他のPCからは見えない角度の壁を這う、そう、まるで蛇のように。
 慎重に足を滑らせないように城壁の窪みを読み、双剣を使って上手く体重を支えながら
下へ下へと移動する。
 目指すのは第三通路と呼ばれる普段は人気の無い箇所だ、事前に調べておいた。……ま
ぁこういった場所には愛を語らうために誰か来るってもんだろ?
 期待に胸を膨らませて、降りていく。慎重に、しかし出来る限り速く。
 実際、こういった瞬間の高揚感が好きだ。
 戦っている最中に思いっきり毒を吐く瞬間もこの上なく快感ではあるが……プレゼント
は受け取った後よりも受け取る直前の方が楽しいように、俺もまたこの『直前の瞬間』が
好きだった。
 蛇のような笑みは消えることなく張り付いている。
 さて、そろそろ目的の窓(と言ってもガラスはない)が見えてくる頃か。
 俺は大体の目算をつけ、体勢を整え、飛び込むタイミングを見計らった――――


「………はぁ」


 息を潜めると、なにやらか細いため息が聞こえてくる。


「今日はもう来ないのかな、レイド……」


 一人きりのお姫様の悩ましい台詞を聞き、心の中で指を鳴らす。
 今日の俺は、どうやらついていると。
 躊躇いなく城壁を蹴り飛ばし、身を半回転させながら窓へと飛び込んだ。
 雪を振り払うかのように激しく石畳に着地し、その瞬間に勢いよく双剣を交叉させて構
える。
 そしてそのまま


「ボンソワァル」


 馬鹿丁寧にお辞儀をした。勢いで身に纏った雪が零れ落ちる。
 クク……我ながら似合わねぇな。


「なっ……なんですか、あなたは」

「誰だろうなぁ? クク……トナカイに乗って来たサンタクロースかもしれないぜ? 寂
しそうに呟く声が聞こえたもんでなぁ、飛んできたのさ」


 果たして、俺の口から飛び出していった冗談は迷走している。
 迷彩柄の戦闘服を着て双剣構えたサンタなんて何処に居るんだか……が、何となく今の
台詞は気に入った。
 だがまぁ、そんな名台詞を聞けた幸運な嬢ちゃんは固まったまま動けないでいるようだ。
 まさかこんな日に襲われるなんて夢にも思ってなかった、……なぁーんて顔に貼り付け
てやがる。
 バカだねぇ、こんな日だからこそテロという奴は活発化するんじゃないか。
 苦労して買ったらしい真っ白なドレスのような鎧を着ている斬刀士のお嬢ちゃんに向け
て、獲物を射殺す笑みを射る。


「待ち惚けに悲しむ君に、とっておきのプレゼントをやろうと思ってよ……ククク…」

「……い、いりませんっ!!」


 即座に背を向けて走り出す嬢ちゃん。
 判断はいいしそれなりに速い、PKに逢うのは初めてではないのだろう。
 だがそれは正解ではなかった。
 この通路は長く、しかも一本道が続いている、途中で逃げ込める部屋も無い。
 俺は冷静に走り方と歩幅、それに速度を計算して―――狙いをつける。それはさほど難
しいことではない。
 

「―――シィィアッ!」


 が、こうして投げ放った双剣の片方を………狙った奴の右足に突き刺す、のは少々熟練
が要るかもしれないがね。
 深々と突き刺さった剣はその右足と地面を残酷に縫い合わせる。
 その白いドレスの女の子は無様なほどに転倒した、窓から入り込んでいた雪がそこにバ
フリと舞う。顔面を強打する感じの転び方だった。
 まぁつまり、俺が軽く走ればすぐに距離を詰められるだけの隙が出来たってことだ。


「背中を向ける相手を間違えたな?」


 カツカツと『ワザと』音を立ててゆっくりと近付いていく。心に一段ずつ恐怖を積み上
げていくかのように、わざとらしく足音を立てて歩く。
 その間に逃げられるかもしれないが、要は、雰囲気が大事なんだよ。
 俺は別に殺したいからPKをしてるわけじゃない。
 完璧に悪役を演じたいからこそ――PCを殺すのだ。過程が重要なのさ、だから態々窓か
ら殴り込んだ。
 

 その白いドレスのお嬢ちゃんは何度も立ち上がろうとするが、それは叶わない。
 別に蜘蛛のように縫い付けられているのが物理的な理由だが、そんなものは抜いてしま
えばいい。
 立ち上がれない本当の原因は心にある。
 恐怖―――それが齎す強烈な焦りが根源となり、奇怪なほどのパニックを引き起こす。
コントローラーはガタガタと揺れていることだろう。
 

「クケケケケ……クリスマスプレゼントだ、遠慮せずに受け取れよ、なぁ?」

 
 鎌を振り上げるような声色で吐く、毒を。


「その空虚なホワイトクリスマス、……俺が、君の血で、真ぁっ赤に染めてやるよ」


 その声音は毒そのものかの如く、そして口調は催眠術のようにゆったりと、染み渡るよ
うに語る。
 台詞の内容はあまり関係ない。
 人間は『言葉から感じる意思』に身をすくめ、怯えるものだからな。
 車の運転手が事故って海に飛び込んだとしよう……そいつはあまりの恐怖にシートベル
トすら外せなくなるらしい。
 目の前に転がってるのはそれと同じだ。
 剣を抜くことも忘れ、必死に起き上がろうとして何度も無様に倒れ伏す。滑稽なほどそ
れを繰り返し、その度に石畳の上の雪が舞う。
「レイド、レイド、レイド! レイド! レイド! 助けて、助けてっレイド!! レイ
ドォォ……」
 その度に何か叫び、誰かへと助けを求めていたようだが、……待ち惚けの相手は返事も
しないようだった。
 その最中、否定するかのように一度も俺の方を振り返りやしねぇ。
 必死だ、必死すぎるその姿に俺は苦笑を浮かべる。

「なんでログアウトって手段を選ばないんだか」ってな。

 ……純粋にパニックしてるって理由だろうが、このお嬢ちゃんはどこかで期待してるの
かもしれない。そのレイドとかいう甲斐性なしが助けに来るのを。
 少女は懸命に愚かだった。

 さて、そろそろ詰らなくなってきたし。人が来る頃合だろう。
 十分に接近した俺は悠々と見下す、剣を持ち上げて舌なめずりをしながらそれに這わす。
 眼下のか細い背中。
 肩を出すタイプの色気すら感じさせるドレスの背中を見て、双剣『パイソン』の片割れ
を振りかざした。 


「メリー・クリスマス」


 それを、一息に振り下ろした。
 それは瞬時にお嬢ちゃんの左胸を貫いて消し去る―――予定だった。
 が、邪魔が入ったようだ。
 ―――ギィン、と、鈍い音が細い通路に深く響いた。
 剣を止めた姿勢から更に一歩踏み出し襲い来る菱形の槍、それを余裕を持って避ける、
これはただの威嚇だ。


「………レイド?」

「いや、残念ながらお節介な赤の他人だ」


 助けに入った声の主は乱暴にも足で蹴って少女を縫い付けていた剣を外すと、背に庇う。
 この手際からして同時に囁きで逃げるように指示でもしてるのだろう。
 ……なかなか、面白い展開だ。
 俺は残念に思うよりむしろこの数奇に感謝した。
 なにしろ、よく見てみればその助けに入ったPCの名前は『The start』、少し前に俺が戦
争でキルした奴だったからだ。
 この男の面白い戦い方は今でもよく覚えている。
 そいつは気付いているのかいないのか……表情を変えずに槍を構えた。


――――番組の途中ですが、CMに入ります―――


 そんな感じだ。
 とんでもなくアコギなタイミングでCMを入れるテレビ番組のように、「ピンポーン」と
チャイムの音が聞こえた。このタイミングでリアルに来客らしい。
 そう言えば……と、時計を見てみる。
 
 20:00

 長いようで短い時間が過ぎていたらしい、どうやら約束の時間のようだ。
 名残惜しいがアイツを待たせるとろくな事がないからゲームは終わりにするとしよう。


「おっと、悪ぃ。来客だ」


 それだけ言い残して俺はThe Worldの世界からあっさりとログアウトした。
 簡単な話だ、ゲームなんかよりリアルの方が重要に決まっている。
 落ちる寸前目の前にいた二人が呆然とした表情を浮かべてたな、ケケ……それを見れた
のはいい土産になった。まぁ捨て台詞をいえなかったのは残念ではあるが、ね。
 
 「はぁい、ちょっと待ってろ」と玄関に向かって言いながらパソコンの電源を落とし、
M2Dとコントローラーをテーブルの上に放り出す。
 急いで玄関に向かう途中


「にゃぁ〜…?」


 と灰色っぽいうちの飼い猫が擦り寄ってきたので、ついでに抱き抱えてやる。
 アイツはそう言えば猫は嫌いじゃなかったはずだ。
 まぁ俺はそれ以上に大好きだしな。……楽しそうに肩にしがみ付くケリィの頭を撫で、
胸ポケットに忍ばせていたスティックを咥えさせてやる。
 鳴き声はそれで収まった。
 ドアを開ける。


「よぅ、メリークリスマス。珍しく時間通りに来たもんだから焦ったじゃねぇか」

「わーるかったねぇ遅刻魔で。あたしだってこんな日ぐらい早く来るんだから……」


 これで早く着たつもりなのかよ。
 ……と、突っ込もうかと思ったがやめた、こいつなりに頑張ったんだろうからな。
 自覚してるのか言った後に何となく言いよどむそいつに、ケリィを抱かせる。一番の緩
和剤だ。
 

「さ、入れよ。夜はまだ始まったばっかりだぜ」

「あんたがそー言うとなんかスケベに聞こえるよね」

「間違いないし、否定する気もねーよ。ッケッケッケ」


 目を細めるそいつに俺は意地悪く笑ってやる、まぁあれだ、俺たちの間のコミュニケー
ションって奴さ。
 そいつが入ったのを確かめるとドアを閉める。
 見てみれば、その隙間から白い粒が振ってきているのが見えた。
 その幻想的な白に染まる黒を見て思う、……やっぱ本物は違うわと。


「………おーし、今日は気分がいい。とっておきのボトル開けるから全身全霊かけて味わ
え」


 それに対して返って来るノリのいい返事を聞きながら、俺は心の中で皮肉気に笑った。
 あっち(The World)に居るやつらに向けて。
 何が楽しくてゲームの中でクリスマスを楽しむんだか、……と。













(※その言葉は作者に重大なダメージを与えたのは言うまでもない)





鶴群章
―――――――――――――――――― : 鶴群 章 : ――――






「おっと、悪ぃ。来客だ」


 何の前触れもなくそんな台詞を言うと、『密林の蛇』と呼ばれるPKは忍者のように唐突
に消えてしまった。
 全く理由が読めない。
 多少なら時間稼ぎが出来る程度の俺を相手に逃げる必要は何処にもない、暫く待ってみ
たが、再度ログインして不意打ちをかける気配も無さそうだった。
 ホントーに、何も起こらなかった。
 窓の外では静かにシンシンと雪が降り注ぎ、少し離れた窓の内側では数多のPCが会話に
勤しんでいる。
 俺は結果的に助けることとなった白いドレスを着た斬刀士の少女と一緒に、暫く呆然と
していた。
 バカか、アイツは? そんなことを思いながら。


「………助かった、みたいですね?」

「状況を見る限り、どうやらその可能性が一番高いらしい」


 少女に振り返り、回復アイテムを投げながら手を差し伸べる。
 このロールは蛮勇を誇る傭兵にしては少し合わないか……そんなことを思いながら、手
を握り返した少女をグイと立たせる。
 お世辞にも丁寧でも紳士的でもない立たせ方。……が、それでも立ち上がった少女の顔
には笑みが戻りつつあった。
 恐らく胸いっぱいに安堵感が膨らんでいるんだろう。恐い目に遭うほど終った後には気
が抜けるものだ。


「ありがとう御座います」

 
 ぺこりとお辞儀をし、長い三つ編みを揺らす少女に小さく手を振る。


「個人的にあのPKには因縁があっただけだ。アイツじゃなかったら俺は君を助けなかった
だろう……好意やったわけではない。だから、感謝するようなことはしなくていい」

「それじゃあ、立たせてくれたことへのお礼ということで」
 

 まるで「それは好意でしょ?」と言わんばかりの顔でもう一度お辞儀をする少女。
 否定することも出来ず、取り敢えずはお礼は受け取っておくことにした。
 気は強そうに見えないがなかなか頭の回るPCのようだ。


「……一つだけ聞きたいんだが。君はさっきのPCとは知り合いなのか?」

「ち、違いますよ! ここで彼……レイドって言うんですけど、彼と待ち合わせをしてた
ら急に襲われて……」


 追憶するかのように言葉の語尾が下がっていく。
 PKに慣れていないのか、それともよほど恐い目に遭ったのだろう。
 俺は非礼を詫びるとそれ以上の追求をやめた。
 それにしても、レイド……か……どこかで見たような気がするんだが。


「折角この場所で待ち合わせしてたのに……レイドも来ないし……」

「そうか、……それは、災難だったな」


 独白のように呟く少女に、柄にもなく慰めの言葉を送る。
 上手いことは言えないが何も言わないよりはマシだろうと。
 正直に言えばこういった空気は苦手なんだが……。
 どう言ったものか、使われていない種類の思考回路を懸命に動かしながら台詞を考えて
いると。
 後ろから声が掛かった、あまりにも小さくて気付かなかったか。


「師匠…………何やってるんですか?」


 振り向いてみれば、そこには小さくてピンクいのが。
 更に言えばジトー……と背後に文字が浮かびそうなほど目を細めてこっちを見ている、
チェリーの姿があった。
 何故かは分からないが、見る限りでは不機嫌なようだ。
 待ち合わせの時間より早めに待っていたというのに、何が不服なのだろうか?


「あの……」

「ああ、コイツはチェリーだ。関係で言えば俺の弟子と言う事になっている」


 ポンと頭の上に手を置いてみるが、チェリーは返事をしないまま何故かムスっとしてい
た。
 そこに囁きが割り込んでくる。


『紹介はいいんですが。彼女、誤解してる見たいですよ?』

『………? もしかして、俺たちが一緒にいたことにか?』

『ほら、助け起こしたときですよ。遠目に見たら仲良く手を繋いでるように見えたでしょ
うし』


 ……ああ、と合点する。
 合点はしたが、どう説明したものだろうか。
 素直に説明するのもいいが、彼女がPKされそうになっていたところを助けた……と説明
するのもまずい気がする。
 アレだけ思いっきり『助けて!』と叫んでいたのだから助けないわけにもいかなかった
のだが、だがそれを言うのは彼女の名誉を毀損することになる。
 思ってみれば何か疑って居るような目線を感じる、ピンクいのから。
 どう言ったものか……。
 大学の友人……というのはダメだ、状況が悪化する。
 昔の知り合い……というのもダメか、同じだ。

 ありきたりな言葉しか出てこない俺を尻目に、白いドレスの斬刀士は一歩前に出てくる。
 何事かと思ってそちらの方を向くと……彼女は、いきなり刀を抜き打ちにして俺に襲い
掛かってきた。「はぁぁっ!」と気合の声が響き、慌ててそれを柄で受け止める。
 ガァンと、鈍い音と共に響いた衝撃に一歩退かされた。


「……何のつもりだ?」

「ふっふっふ、簡単なもんだぜ。ちょっと声音を使えば善人さんは引っかかるんだからな
ー!」


 本当に、何のつもりだろうか?
 思いっきり棒読みのその台詞を聞きながらそう思った。
 だが、彼女の目を見てすぐに合点する。
 ……彼女は、ワザと悪役になろうとしているのだ。誤解を解くために。


「師匠っ!? ……ぴ、PKだったんですね! 師匠をたぶらかすなんて、許せません! 
いくら師匠が渋い顔してるからってそんなっ」


 あまりにも棒読みな台詞だったが、あまりのも人の言うことを信じる性格のチェリーは
納得したようだった。
 ああ、これはチェリーよかったと思うべきなのか。
 師匠として悲しむべきなのか。……原因が自分にある以上そんなことを言う権利はない
のだが。

 チェリーは、日ごろの練習のせいか大分慣れた動きで巨大な鎌を取り出すと、押され気
味だった俺の間に割って入ってくる。
 そのままブンと鎌を振り回し、それは全くガードをしようとしない彼女の腹に叩き込ま
れた。
 防御力の低いドレスはダメージを貫通させレベル差を飛び越えて彼女を吹っ飛ばす。


「ち……今は不利か。覚えてよーーっ!」


 こんな時、日々連綿と繰り返し紡ぎ上げ磨かれてきた『悪役台詞』は役に立つ。
 台詞を言うだけで一発で悪役らしくなった彼女はタイミングを見計らって逃煙玉を使い、
上手い具合に逃げていった。
 チェリーのレベルと職業ではその後姿を追うことは出来ない。
 チェリーは独力でPK(厳密に言うと違うが)を追い払えたことに少し感動している様子
だった。
 そして俺はといえば、ただ、ただ感謝するばかりだった。


『今度は、俺がありがとうと言う番だな……。気を使わせてしまって悪い』

『いえいえ、クリスマスのお邪魔をするわけにはいきませんから』


 平謝りするばかりの甲斐性なしの俺と、精神的には何レベルも上の彼女の声が行きかう。


『それじゃあ、後は頑張って下さいね』

『それについては、余計なお世話だ』


 苦笑しながら返す。
 ……と、そう言えば、思い出したことがある。


『そう言えば、君の待っていたレイドというPCだが。……多分反対側の通路にいたはずだ、
やたらソワソワしてる銃剣士がいたのを覚えてる』

『レイド! ……まったく、いっつもボケてるんだから』


 その彼女の心から嬉しそうな声を聞いた後、囁きのウィンドウを閉じた。
 すると、丁度そのウィンドウに隠れるような高さにチェリーの顔があった。
 いつの間にか近付いていたらしいその顔には、やはり細められた目が引っ付いている。


「いま、誰かと喋ってませんでしたか……?」

「悪いな、携帯に掛かってきたんだ。……それより、とっておきのプレゼントがあるとか
言っていたが。ちゃんとマトモな物を持ってきたんだろうな?」


 やや挑発的に言うとチェリーは自身ありげに笑みを浮かべた。
 反論すらしないところを見ると、どうやら相当の自信が有るらしい。
 俺も一応プレゼント交換用に持ってきてはいるが……はっきり言ってありきたりだ。
 それに比べてチェリーからのプレゼントは全くもって予想が出来ない。
 つくづく凸凹した師弟なものだ。


「ええと……私からのプレゼントはですね、実は2つあるんですよ。お徳なんですよ」


 そういうとチェリーはキョロキョロと辺りを見渡し、誰も居ないかを確認しているよう
だった。
 周りには誰もいない、皆中庭やベランダに集まっている。
 しかし、……お徳といわれて余計に何が出てくるか分からなくなった。
 たぶんだが、チェリーはポーカーをやったらかなり強いだろう。


「ちゃらーん、1つ目はこれです!」


 と言ってトレード希望ウィンドウが表示され、そこに『雷神の爆槍』というアイテム名
が表示される。
 ちゃらーんじゃなくてこういうときはジャーンとでも言うものだろうに………て、なん
だと?
 

「雷神の爆槍………だと? 本物なのか……これは」

「もっちろんです!」


 胸を張って自信満々に答えるチェリー。
 確かに、これは……いうだけのことはある。
 俺のレベルでもギリギリ装備できないこの槍にはそれほどの価値がある、まったくと言
っていいほどドロップしないうえに落とすモンスターが非常に硬いのだ。
 故に相場にして20M(2000万GP)は下らない……。
 俺はとんでもないレアアイテムが出てきたことと、あまりにもマトモなプレゼントだっ
たことに驚愕した。
 暫くそれが本物かどうか確かめた俺は、……軽い戦慄と共にそれを本物と認めた。
 それと同時に礼を言ってこちらのプレゼントを渡そうとチェリーの方へ顔を戻す。そこ
で、礼を飲み込んでしまった。
 トレードしたのはいいものの、チェリーの表情は浮かなかったからだ。
 出し惜しみするような性格じゃないのは分かっているが……何というべきか、言うべき
ことが言えずにモジモジとしている。
 だがそれも終ったらしく、なにやら意を決した表情で更にこっちに近付いてくる。ぶつ
かりそうなほどに。


「師匠、……ちょっと、目を瞑っててください」

「あ、ああ」


 普段からは想像もできないほど、あまりにも真剣な表情で言うものだから口を挟めずに
従ってしまった。 
 無論リアルで瞑れということだろう。
 取り合えず従わない理由もない、PCの目を閉じさせると暫く目を閉じた。
 真っ暗になった視界の最中、妙にチェリーが動いている気配がする。


「……むー……むぅ……っ!」


 そして何か猿ぐつわされたまま喋ろうとしてるかのような、変な声を出していた。何故
か。
 チュリーのやることは大抵よく分からないが、今回はそれに輪をかけて……ワカラナイ。


「……どうかしたのか?」

 
 暫く待ってみたが状況に変化が無いので薄っすらと目を開けてみる。
 すると、どうだろうか。
 予想外な光景が広がっていた。
 パッと見て、そのポーズからして……恐らくキスをしようとしていた事は分かった。分
かったんだが、それはそれで驚きつつも納得したんだが。
 問題はその後だ。


 背伸びしても、………かなり届いてないのだ。
 

「…………」

「………むぅぅぅっ」


 本人はいたって真面目に顔を上げて背伸びしてをして、更に目を瞑ってジャンプまでし
ているんだが。
 そのピョンピョンしている姿が生きの良い魚のようで。
 ………ああ、言うまでもない。
 懸命な努力も空しく、俺は吹き出した。


「………ッ ブ !!」

「ああっ、あぁっ、ああーーーぁっ!! 見ましたね見ちゃいましたねっっ、しかも笑う
なんてヒドイです!! 師匠の人でなしぃっっ」


 と言われても、人である限り笑わない方がおかしいぞこれは。
 ああ、ダメだ、押さえが利かない。
 腹がよじれるとはこのことを言うのだろう、笑いすぎて呼吸困難になりそうなほどドツ
ボを突かれた。


「……ぷっ、ク…クク……ッハッハッハッハ! ハッッッハハッハハハッッ!!!」

「笑いすぎ、笑いすぎですってば!!」


 ここ何年も使ってなかった『笑う』という機能が覚醒したかのごとく、俺は暫くチェリ
ーに叩かれながらも笑い続けた。
 苦しくなるほど笑ったのは本当に……久しぶりだった。
 ああ、笑うという好意はここまで爽快で難儀なものだったのか。否応なく思い出して噛
み締める。
 ああ、腹が痛い。


「クックック……いや、わ、悪い……。はぁ…………あまりにも面白かったんでな。いや、
素晴らしいクリスマスプレゼントを貰ったよ」

「ぅぅ、まだあげてないのに……」


 何とか深呼吸をして、体を落ち着ける。
 なれないことをしたものだからかなり腹筋が痛んだが、これくらいの代償で済むなら安
いものだ。
 見ればチェリーは先ほどにも更に輪をかけてムスッとしている。
 少し、笑い過ぎたようだった。
 一応アイツも真剣だったんだ、かなり無粋なことをしてしまったなと今に思う。
 まぁこれだけ楽しませてもらったんだ、こちらからも何か返さなくてはいけないな。

 俺も一応プレゼントは用意してあった。
 だから、それをまだムスーっとしているチェリーの頭の上に置いた。
 そのプレゼントはワタワタと動くと、バサリと羽ばたいてチェリーの肩の上に落ち着い
た。


「鳥……、え? 鳥さんですか?」

「あんまり派手な動きは出来ないけどな。最近実装されたアクセサリーだ……メリークリ
スマス」


 何か特別な意味があるわけでもないが見た目に面白くなる、だけ。
 この『勘古鳥』という瑠璃色の鳥はそんな類のアイテムだ。
 肩の上でくりくりと首を動かしているその鳥を見て……チェリーの表情が緩んだ。
 

「ありがとう御座います師匠! やっぱり師匠は分かってますねー♪ ……でも、それと
これとは別なんです!」


 ズズズィと攻め寄るチェリー、いやない胸を寄せられても困るというものだ。


「なーんであんなに笑ったんですか! そうそう簡単には許してあげませんからねーっ」


 グググィと後ずさるThe start、いやはや笑ってしまったものは仕方ないでは
ないか。
 俺はその後暫くに渡って、そのことを反省させられ続けたのだった。
 女心とはかくも繊細で、そして粘り強いものなのか。


 だが、それも良いのかもしれない。
 クリスマス……この聖なる夜の一時ぐらい、思い出に残ることをしていたい。