(この作品は善良な道徳観念を否定する文章が含まれています。つまりはアンチヒーロー
物です、そういうものがお嫌いな方は読まないことをお勧めします。
ひっじょーーにシニカルです。師弟コンビのノリではありませんので注意。
なお、一部原作GUのネタバレ、及び独自設定が登場します)





            <オレサマ悪役>




 
 ちょいとそこ行くアンタ!

 ……そう、アンタだ。

 おいおいそんな嫌そうな顔すんなよな? どうせ逃げられないんだ、笑顔で聞いた方が
お徳だぜ?
 クク……蛇でも絡まれたと思って諦めなって。
 別にとって食おうってわけじゃないんだしさ。

 さてと、それじゃ先ず質問。
 クク……

 正義は正しいことだと思うか……?
 悪は悪いことだと思うか……?

 ああ? なんでいきなりなんでそんなこと聞くかって?
 んな当然なこと聞くなよ、知らないから尋ねただけなんだからさ。
 とっとっとっとストップ!!
 まだ答えは言うな、お口にチャックだ。……ここで言っちまったら面白くない。
 まぁ最後まで俺の話に付き合ってくれや………。



 おおっと、チャンネルを変えるのはなしだぜ?
 つまんねぇ話はしないから、さ。





 今日も今日とてここは、外(リアル)は真夜中だっつうのにバカみたいに青空だった。
 大地もなんの捻りも無くまっ平ら。そこにお約束のようにギミックの石像と宝箱が散ら
ばっている。
 唯一の慰みはPCとモンスターがウロチョロしてるってことだけか。
 もう何千回と見たフィールドだった。
 俺はその石像の上に這い蹲って、下からは見えない位置でフィールドを見渡していた。
 世界自体にそれほど興味があるわけじゃない。俺が見ているのはただ一つ。
 そのウロチョロしてるのだ。 

 この世界は【無限のワード】から【無限の世界】を作り出せるのが売りらしいが、上級
者から見てみれば幾つかの箱(フィールドタイプ)があって、毎回ほんのちょっと中身(モ
ンスターと宝箱)が変ってるだけに過ぎない。
 だからこの草原は始めてみる草原だが、その実このフィールドタイプのグラフィックは
何千回と見たことがある。
 つまりは、飽き飽きだ。
 

「……獲物、みぃぃ〜〜っけ」


 だから、"刺激"が欲しくなる。
 そうだろ?
 この世界で【唯一本当に無限であるもの】があるとすれば、それは【人間】以外にあり
えないんだからさ。
 だから善良なPCたちはドキドキしながら友達をつくり、ワクワクしながら冒険をして楽
しむんだ。そしてたまにイチャイチャと仮想的な愛までも楽しむ。
 本物の世界は難しいし汚いから。
 そうとでも言うかのようにこの簡単で綺麗なこの世界(The World)は会話に
満ちている。"刺激"に満ちているってね。
 

「ひぃふぅ……みぃぃ〜……」


 ニヤリ、と口の端を持ち上げている俺は、もちろん善良ではないんだけどな。
 お、良く分かったなアンタ?
 そういうことだ。
 コインに裏表があるように、綺麗なこの世界にも裏がある。
 この世界は綺麗で正しい正義に溢れている……故に皮肉なもんだ、純粋で綺麗な悪まで
満ち溢れてやがる。

 "殺しを容認した世界"

 ダメといわれたことはやりたくなる、中坊気分が抜け切ってない反抗期な人間には甘あ
ま〜いみつ。
 それに加えて人間、特に男って奴には破壊性を好む"暴力に対する憧れ"がある。
 それをも売る世界。
 剣と盾を持った勇者も、変身して悪者を倒すヒーローも、赤い帽子を被った髭の親父だ
って結局は暴力で物事を解決する。
 しかし、"それが面白い"……だろ?
 だがよく考えれば、暴力なんて模範的な悪じゃないのかね?

 クク……正義ってなんなんだろな?
 悪って……なんなんだろな? 

 おっと脱線した、マンションに突っ込んで賠償金請求されちまうよ。
 つまりだ、この世界は満たしてくれるんだよ、一つの禁じられた欲求を、さ。
 一度ぐらい人を殺してみたい……とな。
 

 それが一度で終わった奴は果たして何人居るかな?
 そんなことを思いながら、石像の上から飛び降りた。
 そして真下に居たPCの背後に音も無く降り立つと『ポンポン』と肩を叩く。


「んっ? ああコンニチ……ァアッ!?」
「遅いんだよ、間抜け」


 しけた感覚と共にバッサリと真っ二つになったPCを後ろ目に、ゆっくりと双剣の片割れ
を口元に滑らせる。
 次の獲物を探しながら捨てた。


「この世界じゃな、『こんにちわ』より先に抜刀するのが頭のいい挨拶なんだよ。知らなか
ったのか?」


 ベロリ、と舌で刃を舐めるアクションをする。
 少々アホらしい動きだが、俺はアホらしいことをするのが好きだった。
 そのパーティは俺の姿を見て一気にどよめいた。


「零……っ!」
「待ってて、今回復するからっ!!」


 だが相手さんにとっては俺の心情などどうでもいいらしい。
 驚きつつもすぐに武器を構えて倒れたPCの後ろに移動しようとしている、真剣な目をし
て。
 だから俺も付き合って真剣な目をした、口の中でド阿呆と呟きながら。 
 先ずは位置を確保する、頭の中で直線のイメージ……それを常に妨害されないように確
保する歩法。狙うのはただ一つの隙。
 そしてジャスト、相手がアイテム硬直に入ったその視瞬間「無双隼落としっ!!」を叩
き込む。
 レンゲキの必要もなくアーツの一発目でそいつのHPはカラになった。
 回復するなんてこと、喋っちゃイケナイ。
 

「待ってて、か。……それ、俺に言った? それじゃあ悪いことしちまったなぁ」


 さっきから俺に向かって何度も剣を振り回し、……そして何度も「3」をポロポロ落と
している斬剣士に笑いかける。
 蛇のようなニタリと口元を上げる笑み。
 それを見て剣士はキッと睨み返し、更にアーツを連発した。


「アンタもそう思わねぇ? "手ぶら"な俺にを前にしてアイテム使おうとするんだぜ? 
クク……参っちゃうよな」


 何度も、何度も、何度も。
 俺に剣をたたきつけている斬剣士に、言った。
 そいつのマイクから嗚咽のようなものが聞こえたような、聞こえなかったような。まぁ
知ったこっちゃない。
 良薬は口に苦し。
 毒ならばもっと苦い。
 さらば当然の如く、良薬より効くだろう。
 その効果で死ぬか生きるかは飲んだ奴次第だがな。だがコイツは生きると思った。
 だから笑みを浮かべ、だから消す。
 双の短剣を腰溜めに構え、無駄な行為を繰り返している斬剣士を見据える。
 笑いは已めた。
 その瞬間気分は冷め渡った。


「これにて俺様の授業は閉講。どうだい、タメになっただろ?」

「この……クソ野郎」


 精一杯の恨みと限度を越えた怒りの入り混じって溢れそうな一言、涙声で呻る狼のよう
にそいつは吼えた。
 殺せるものなら目で俺を殺そうとするかのように睨みながら。
 そんなもん聞いて喜ぶほど俺は人間が出来ちゃ居ないが、それでも別のところでまた笑
みが漏れた。
 嘲笑のような、違うような、自分でも良く分からない笑み。
 腰を捻った。


「ありがとよ。サービスして一撃で終わらせてやる、……受講料はアンタの命だ」


 手品のようにクルリと三本の指で双剣を回し、
 ――― 一閃 ―――
 銀の光が草原の片隅に煌いた。
 

「ふぁぁぁ……あ………日課も終わらせたし、飯にするかね」


 背後でドタリとなにか重いものが倒れる音を聞きながら、俺はログアウトした。
 腹が減っては戦は出来ぬ、ってね。


 その消えた残像でも追ってたのか、一瞬後に幾多の魔法スキルがそこに大嵐を起こして
いた。
 塵も残さないほどの威力だ、大地を吹き飛ばしてクレーターまで作ってる。
 おお恐い怖い。
 エフェクトからして俺でも食らえば即死のレベルだ。
 それはもう派手も派手、一瞬落ちようとする処理がカックンカックンと遅くなるぐらい
エフェクト使ってやがった。5,6人は居そうだな。
 ………やっぱり、遅ぇよなあいつら。
 PKKを呼ぶならもうちょっと早くしなきゃだめだ。
 蛇の逃げ足は早い、ハンターじゃ追えねぇよ。

 講義でもよぉぉくいったように、"勝てない相手からはさっさと逃げる"しかない。
 これがこの世界においての……『さようなら』だろ?



ケストレル→ショップ→彼女


 フィールドでしつこく粘ってた奴は3人だった、そいつらを双剣士のスピードで撒いて
……ああ、俺が双剣士なのは逃げるためだ……さっさとケストレルのアジト(フィールド)
に転送した。

 見上げるような巨大な城。
 それも近代的ではなく、限りなく古代……ナントカ文明とか言われてそうな程に古くて
デカイ城だった、そこは。
 岩肌がむき出してるような壁に、折れた脊柱が立ち並ぶ道、そこは@HOMEというよかダ
ンジョンみたいなデザインだ。
 それなりに味があって古きよき歴史ロマンって感じなんだが、なんだが……そこを拠点
に常時屯(タムロ)ってる人間はそんなもんお構いなしで今日もでかい声で雑談に明け暮
れていた。
 ここにパーティチャットで静かにしよう……なんて常識はない。
 自由にやれ! それが世界!
 ……ってのが、ここのルールだからだ。
 とは言え昔はある程度の秩序があった、行き過ぎた暴言や罵倒が出れば鎮めてくれる副
団長がいたからだ。
 今は……


「おいおいPKKのハセヲに負けただぁ? ホントかよ? どっかのチャッチィ二流に負け
たんじゃねーの?」

「なんだと……もう一回言ってみなっ!!」


 まぁ、こんな感じだ。
 

「おうおうもっとやれお前ら、いいぞいいぞー!!」

「おっしゃ、俺こっちに1000GPなっ」


 ………で、まぁこんな感じ。
 どっかの荒れた中学校の教室みたいだ、ってことだな。
 囃し立てる声が聞こえたのかゴキブリ見たくギャラリーが集まってきた、ここはさっさ
とズラかるかね……。
 背後で響く剣檄の音をかわすかのように俺は城の内部へと入っていった。


 『中』はいたって静かだ、外が遠くなれば遠くなるほどその静けさが増していく。
 石畳に自分の足音が聞こえるぐらいになるまでその通路を進み、そして唐突に曲がって
その先のドアを潜った。
 薄暗い内部に慣れた目が更に暗いと感じるほど、その部屋は暗かった。
 その漆黒に抗うにはあまりにも細々とした蝋燭が3つ、揺らめいている。


「ヨォ、タケちゃん元気にしてたか?」

「……あんたねぇ、その呼び方は止めろっていつも言ってるだろ? あたしは"武者(む
しゃ)"だ、態々男みたいなあだ名で呼ぶなっつの」


 少々むっとした声色の返事が聞こえてくる。
 良好良好、今日もアイツは調子がいいみたいだ。……そう判断し、暗闇で見えるかは知
らないがニヤリと笑う。
 コイツは"同僚"の武者、いわゆるPKってやつだ。
 名前に似合ってるのかそうじゃないのか、最近流行の露出の多い和服の侍姿をしている。
 相変わらずソソルねぇ………中身が、アレじゃなけりゃだが。


「なにいってんだ、実際『男みたい』だろ? お前」

「冗談、か弱い乙女だよ」

「ケケケ、それこそ冗談だろ」


 胸を張って揺らして唾を吐きながらか弱いと言い切る武者に、両の手の平を上げてクイ
ッと肩をすくめる俺。
 まぁボロクソいってるがコミュニケーションだ、外のような賭け試合には発展しない。
 証拠に、お互い馴れ合いの無い笑みを浮かべた。
 元来ケストレルではこういったロールが推奨されている、と俺たちは自負している。
 外の奴とはなにが違うんだろうな?
 お互いにお互いをバカにし合ってるのは同じだろ。
 クク……なんとなく聞いてたんならアンタ、よく考えてみると得するぜ。


「それはそうと……暇だ」

「そうかい、それじゃ死ぬまで店番でもしてな」


 つっけんどんに言うだけじゃなく、武者は丁寧にもショップを開くためのアイテムまで
投げてよこした。
 ハハハ流石に一流の悪役は違うってことか。
 ………俺はそのアイテムを空中で切り刻んだ。
 パチン、と双剣をしまう。


「はいはい俺が悪ぅ御座いましたよ。武者さま、この哀れなる子羊めにどうか美味しい獲
物を紹介してください」

「最初からそういや良かったんだ。………フフン、運が良かったね? 丁度盗れたてピチ
ピチの情報が手に入ったところさ」


 俺が素直に頭を下げると、武者の方も素直にどっからか盗ってきた情報を出してきた。
 ああ、因みにこいつの場合誤字じゃない。
 ピッと左手のスナップだけで紙切れを投げつけられる。それを二本の指で挟んだ。
 ショートメールにして送られてきた内容、それは……。

 ……聞きたいか?
 聞きたいよなぁ?
 ケケケ………俺が悪役じゃなかったら教えてやったのにな、残念だよ。


「……ほぉう………なるほど、確かにコイツは楽しそうだ」

「それじゃ行くかい?」


 おう……と、反応しようとしたそのときだ。
 リアルで、首の下に白くて丸いのが登ってきた。


「ニャァ〜」

「………はっ? ……ネコ?」


 っと、どうやら膝の上の暖かいのが仲間に入りたがってるらしい。
 喉を撫でまくって黙らせる。
 コイツはこうするとすぐ寝付くんだ。にゃへぇとか言いながら。

 ……ニャヘェ…

 なっ?


「上手いだろ? 声真似、これで天井裏に隠れてても安心だぜ」

「ああ……上手いねぇ。けど、言い訳は下手なようだね」











 ――――【Δ煌く 竜骨の 笛音】――――獲物は此処に居る






 
 ところで、悪役の格好良さってどんなところだと思うかい?

 一瞬だ輝くことか? 圧倒的な強さを堂々と誇ることか? それとも最後には負けるこ
とか?
 ああ、悪役自体嫌いだったとしたら変なこと聞いちまったな。
 まぁ許してくれや。……俺も一つ、それには拘りがあるんだから、さ。







 そのエリアは……【密林】だった。
 鬱蒼と背の低い木々が立ち並び、くどいほど腰の長い草と蔓が地べた這いずり回ってい
る、そこは深緑の迷路。
 歩けば恐いほど足音が立ち草が揺れる、されど視界は植物に遮られてままならない。自
己主張してしまうのに周りの情報は得難い。
 そう、そこは人間に対して自然が圧倒的有利を確保する場所だった。
 獣道はあるが舗装された道など望むべくも無い混沌としたエリア、……それがこの【密
林】というフィールドである。
 この蛇にとっては庭みたいなもんだが。ヘヘ……俺はこのタイプのエリアが最も得意な
んだよ。
 ここではランダムに隠された【入り口】を掘り返し、発見することにより地下の神像部
屋にたどり着くことが出来る。
 モンスターもトラップも少ないがとにかく鬱陶しいエリアだ、何しろ神像部屋への入り
口はホンノ小さな目印を頼りに探さなくてはならない。
 だがその分宝箱の設定は+5である。


『作戦は概ね順調、10秒ぐらいしたらそっちに行くよ』

『あいよーっと……』


 "ささやき"を使って短い会話を交わし、俺は茂みの中に身を潜めた。
 元々迷彩柄のデザインをしている俺は、それでほぼ注意してない人間からは見えなくな
る、今は顔にもペイントを入れているから尚更見え難い。
 まぁケツに火がついてる人間にそこまでする必要はないかもしれないが……。
 ま、ポリシーってやつさ。

 ……違和感。
 

『………来たか』


 針の穴に2本同時に糸を通すほど精神を集中させる……。内側にあった心を外にさらけ
出す感覚。
 まず小鳥のBGMが耳に入った……これをカットする。
 次に虫のSEが耳に入った……これをカットする。
 リアルでにゃぁと言う鳴き声が耳に入った……ナデナデする。
 最後にガサ……ガサ……と、何かが走る音が近付いてくるのが聞こえた……ああ、これ
は、逃がさない。
 
 ――――抜き身の双剣を手に身体を跳ね飛ばした。
 ターザンのように蔓を使った空襲。それで敵を空から襲う。


「ガブッとなっ!!」


 足音で予想した場所にほぼ勘で剣を閃かせる……手応えは、硬かった。
 疾いな。
 同時に鳴った衝突音を聞く前に身体を捻って飛び退く、ブンと、俺の首があった場所を
猛烈な速度で何かが通り過ぎていった。
 片手で地面を叩いて身軽に木の枝にぶら下がる、……その渦中に見た、ありゃハルバー
ドだな。
 木の上に避難する俺に叱咤の声が響いた。


『なにやってんだい! せっかく誘き出したのを無駄にしやがって!!』

『バカいうな、アイツ予想しきってたぜ? 順調って言ったのはどいつだ』


 憮然とした気合の声が響く、まさに侍の声。
 やや遅れて戦場に飛び込んできた武者がそのハルバード使い……白銀に輝く鎧を着た騎
士様に斬りかかっていった。
 何度か激しい剣檄が飛び散り辺りの草木をなぎ払い壮絶な打ち合いを演じる、……が明
らかに武者が力負けしていた。
 アイツも100レベル行ってる筈なんだが、騎士様は相当お強いらしい。
 俺は回復アイテムを武者に投げるとそのまま木の上を跳躍、幹を蹴って飛ぶ瞬間に双剣
の片割れを投げつける。
 騎士様がそれを軽々と弾いていらっしゃるうちにスルスルと蔦を伝い、蛇の如く武者の
隣に着地した。


「やるねぇ……あの騎士様。ケケケ、やっぱ名のあるPKKは違うわ、ゾクゾクって来た
ゾクゾクって」

「君達は……やはりPKか。悪いことは言わない、今ので分かっただろう?」


 おうおう模範的回答キター。
 いいねいいね、こういうのを待ってたんだよ俺は。
 噂通りだ、一番悪役が浮かばれる性格してんな。なんか嬉しいぜ。
 だから、皮肉った。


「分かるって? なにが? ああ、そう言えばアンタ男前だな」


 嘲笑のモーションをしながら口笛を吹いてみせる、あっちが模範的ならこっちも模範的
だ。
 だが騎士様はそんな挑発にも全く動じられずに難しい顔でお答えなすった。
 ガンッ、とハルバードの柄を突きたてて威嚇しつつ。


「このまま戦えば君達が負けるということがだ。見逃すから今の内に逃げるといい」

「ああ、そっか、良く分かったよ。……なっ? タケちゃん」

「タケちゃんって言うな! まぁ、同感だねぇ」


 うんうんと二人して頷いて見せた。
 そして……。
 
 二人して、ニヤリと笑って見せた。


「「分かったよ。……………あんたをKILLするのは楽しそうだってことがねっっ!!」」


 同時に左右に分かれて騎士様を囲うべく走る。
 素早く構える騎士様に対して武者は右、俺は左……に、半歩だけ遅れて飛び込んでいく。
 狙うは時間差。
 相手の得物は一本、対してこっちは三本だ。
 ガンッ、と武者が打ち込んだ刀の一撃に一呼吸だけ遅れて俺のスキルが飛ぶ。


「旋風滅双刃っ!!」


 鎌鼬を纏った俺のスキルが凶悪なタイミングで騎士様に吸い込まれた、………筈だった。
 

「……骨破砕!」


 行動を強引にキャンセルして繰り出したアーツが、俺たちを纏めて吹っ飛ばした。円形
の衝撃波。
 この世界は弱肉強食だと誰かがあざ笑うかのように、軽々と細い木をなぎ倒して身体は
密林に抉り込む。
 レベルはあちらが上、ならばあちらのアーツをこちらが防ぐ術はない。
 相殺ではない、打ち合って力を塗りつぶされるほどの"力の差"……という奴だ。
 巨大な木を圧し折ったところでようやく身体が止まる……。
 HPはもう真っ赤だった。


「クク……さっすが、正義の味方様はお強い……ぜ……」


 『正義の守護者』それが、この騎士様の二つ名だった。
 弱気を助け、悪を挫く。強力無比なPKK。
 そいつが今、見事なまでに悪い奴らをやっつけてくれた。
 噂通りの圧倒的なまでの強さで。


「……俗称だ、私が名乗っているわけではない」

「行動に出てるなら、名乗ってるのと同じだろ」


 騎士様は少し間を置いて「……そうだな」と呟いた。
 まるで痛みでも感じているかのように。
 そしてそれを、何も考えてないかのように俺は笑った。


「クク……苦労してるようだな。どうだい? 正義を守るのは難しいか?」

「ああ、君達のような輩が後を絶たないのでね」


 若干憮然として答える姿は恨めしそうだが、そう言ったニュアンスは感じさせない話し
方だ。
 事実、俺たちを揶揄しつつ、実際に揶揄しているのは俺たちの"ような輩"なのだろう。
 苦労がしのばれる。
 俺は相変わらず笑みのまま話す、なにを見て面白がっているかは想像にお任せしよう。
 ただ蛇と言う生き物はしつこい。
 
 ……が、武者と言う生き物はサッパリしてるらしい。死んでた思ったらもう居ない、さ
っさとログアウトしてやがった。
 まぁいいんだが。同僚はその程度の付き合いだ。


「ハッハッハ! お堅いからそーなんだよ。……楽にいこーぜ? そうすりゃアンタも開
放されるだろ」

「いや、そういうわけには行かない。今のThe Worldは荒れ果てている、完全に
朽ちる前に誰かが修正しなければならない。……そのために、私は犠牲になっても構わな
い」

「だから、PKKも厭わない……か。よぉく分かったよ、うん、満足した」


 言い終わるか、終わらないかのうちに割り込んだ。
 けしておちょくるような口調ではなく、心からの言葉だった。
 

「だから、殺せ」


 笑って、そういってやった。
 騎士様も諦めたように、しかし慣れているかのようにハルバードを構えた。
 その姿に二つ名を持つPKKの威厳を感じさせられる。だがその顔は悲しげだった。


「そう言うと思ったよ。レベルの高いPKほど、私の説教はお気に召さないらしい。それ
と、降参もしないようだ」

「ハハハそりゃそうだ」


 その言葉にむっと来たのか、躊躇っていたハルバードを振り下ろされた。疾いし、とん
でもなく重い一撃を。
 衝撃が画面を揺らし一気にHPが空になってPCが崩れ落ちる。
 なるほど、正義を貫くためには必要悪を受け入れるその根性、見上げたもんだ。
 正直感心するし尊敬もする。
 
 ただ……
 此処からは俺の時間。
 俺は、消えるまでのほんの僅かな時間に用意しておいた台詞を捨てた。


「それじゃあ宿題を出しておこう、正義の守護者様。PKは当然悪だが、PKKは果たして正
義なのだろうか? クク……俺はその答えを持ってねぇが、どっちも"人殺し"だよなぁ
……? ヒャハハハハッッ」

「その通り、私には罪がある」

「ああ、避けられた殺しは罪だろうよ。アンタは何故逃がしてやるとばかり口にし、自分
から逃げると言う選択をしなかった?」

「………っ!」


 拘りとして、俺は捨て台詞に拘るのだ。
 それが悪役の華だと思って疑っていないからだ。
 どうだい? いい悪役してるだろ?
 見ろよあの騎士様の顔、すんげぇ笑え……ねぇ。
 なんだありゃ。

 まぁいい。
 アンタも始めてみねぇかい? ……ダーティでシニカルな悪役ってやつをさ。
 根は正義でもいい。
 だが悪を経験しておくのも、正義を知るにはいい。


 正義とは束縛的だ、悪とは自由主義だ。


 縛ってばかりいると窒息するかもしれないぜ?
 自由すぎて心を裸にするのも変態だがね。


 


にゃぁ〜〜

おーよしよし……



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 ペリリリ……っと、なんかちょっと爽快な手応えを感じながら缶詰のフタを剥がす。
 それを手書きで「ケリィ」と書かれたマットの上においた。
 灰色っぽい良く分からない柄の小柄な痩せた猫は、旨そうに黒い鼻を突っ込んでその中
身を平らげていった。それはもう「なんでそこまでやる?」と問いたくなるほどの急ぎっ
ぷりだ。
 それがまぁ、バカっぽいが純粋で可愛くはある。
 そいつの横で、俺はゆっくりとパンを齧っていた。
 といっても安物じゃあない、贔屓にしてるパン屋で買ってきた焼き立てだ。
 中国産の腐った材料を使ってるコンビニのとは原材料が違う、原材料が。
 それにあそこの"叫びながらパン生地を練る"親父のパンは壮絶なほど手作りだ、工場
生産なんかより一味も三味も……


「旨ぇ……、なんだこのアンパン……アンパンなのに硬ぇしサクサクしてやがる、新食感
だ」

「にゃぁ?」

「おっと、上目遣いでもダメだ。やらねーよ」


 言うが早いか残りをポイッと口の中に放り込む。
 モッキュモッキュとその食感を味わいながら自分のやってることのアホらしさに苦笑し
た。
 まぁアレだ、動物が近くに居ると人間幼稚になるんだよ。


「…………」


 じぃぃ……っと、もう何も残ってないのに物欲しげに黒い相貌がこっちを見ている。
 匂いでまだ残ってるとでも思ってるのだろうか?
 犬でもないのにボサボサの尻尾まで振っている。


「見てても何も出てこねぇっての、なんなら確かめてみるか? ケリィ」


 名前を呼ぶと……そいつは飛び乗ってくる。
 遠目に見ると灰色がかった白に見えるそいつは、近くで見てみるとうすーく虎っぽい縞
模様がある。
 ガリガリの雑種猫は俺の膝の上に器用に着地した、……そのまま鼻を摺り寄せてくる。
 で、クシュンと小さくその鼻を揺らす。
 食い物のことはそれで忘れたのか、そのまま瞳を閉じてのんきなアクビをもらした。
 気が抜けた。


「………ま、いっか」


 膝の上の暖かいのをそのままにして、俺は再びM2Dを被った。そしてスリープを解く。
 ここから俺は、悪役になる――。
 そういうロールをやっている。
 俺はダーティでシニカルな悪役が好きなだけだ、あんまり他意はない。
 けどなんでかねぇ?
 PKっていっつも素だと思われるんだよな。不思議なことに。
 美味しいことなんだがよ。


 ………お?
 もしかして、アンタも素だと思ってた口かい?
 ヒャッハッハッハ、もしそうだったとしたら残念だったな! 
 これからは気をつけるこった、人は見かけに寄らないもんだってさ。
 悪役には悪役なりの、正義がある――。


 悪役にもさ。
 ココロが、あるんだ。