<にくじゃが>





 窓の外は薄く赤い、釣瓶落としと呼ばれる日照時間の短い昼はもう終わろうとしていた。
 感慨はない、だが時計よりも体に訴えかけてくる時刻確認として、M2Dの下からその空
を覗き除き見ていた。
 晩飯にはまだ早いな、と。


「………ふぅ…」


 欠伸ともため息とも取れる息を漏らし、またM2Dを深く被る。
 瞬きをしてみれば、そこにはまるで天国に迷い込んだかのような花畑が広がっていた。
 野に咲く花ではなく、人の手が加わった花園といった感じだ。色とりどり、まさに地表
の虹の最中に立つような感覚を覚えた。
 と同時に、非常に場違いな所に居る感覚を覚える。
 花は嫌いではないが、かといって花しかない世界に行きたいと思うほどではない。


「目に痛いな、このエリアは。……まだ慣れない」

「そうですか? 素敵な場所だと思うんだけどなー」


 確かに、100分の1サイズなら俺もそう評価したかもしれない。
 だが地平線の彼方まで平原で、ただ花しか咲いてないというのはやり過ぎだと思うんだ、
俺は。
 花の海に漂流している気分になる。


「この中から指定された花を探し出すのか……このクエストを考えた人間はさぞ花が好き
だったんだろうな」

「なら、お友達になれそうですね♪」

「そうかもしれないな……」


 是非ともその輪の中には入れて欲しくない。
 そんなことを思いながら、俺はクエスト屋の主人に教えられたキーワードに沿った花を
探し始めた。
 そう、俺とチェリーの師弟は今日も今日とて修行の旅の真っ最中、そして現在はクエス
トの進行中だ。
 レベル上げをしてもいいのだがやはり一通りのクエストをこなした方が勉強になるし、
おまけにGPもたまる。
 しかし、何が悲しくて『青い茎と黒い花弁のタンポポ』……などという気色悪い植物を
集めなくてはいけないのだろうか?
 要求される花の種類はランダムらしいが、ずいぶんなハズレを引いてしまったようであ
る。


「……おっ」


 だが、暫くぶらぶらと歩いていると目的の花はすぐに見付かった。
 気色悪い配色の分かなり見つけやすい、という利点はあるようだ。
 コレを5輪摘んでしまえばクエストクリアなんだが………かなり、摘み難い。
 いや可哀想とは別の意味で。
 摘んだら呪われそうだ。


「コレを摘み取ればいいんですね……はい、コレで1つ目です♪」


 が、ほんの少し躊躇っている間にチェリーが何気なく花を摘んでいった。
 そう言えば花を踏もうと摘もうと動じていない辺り案外と割り切りはいい性格らしい。
 だが時にはPCを投げ出してまで人を助けたりしようとする……師弟関係となって1ヶ
月ほど経つが、チェリーの性格は未だに良く分からない。
 で、そのよく分からないピンクい小さいのは屈んだ姿勢から立ち上がるとこっちを見上
げる。


「さ、師匠。次に行きましょ? 次に」

「ああ……」


 まぁ、全てが分かってしまうのもつまらないだろう。
 そう結論を出し、並んで歩きながらクエストの続きをこなしていく。
 思えば並んで歩けるようになった。
 以前は真っ直ぐにしか歩けなかったチェリーだがちゃんと成長している、……歩く程度
で何をと思うかもしれないが、こいつにしてみれば物凄い進歩だ。
 なにしろ、チェリーは信じられないほど飲み込みが遅い。
 だからこそこうして手を貸しているのだが。

 さて、こんな調子で今日はクエストの処理に明け暮れたのだった……。
鹿末の陰謀
     




 そして、夕飯前には二人とも落ちていく。
 俺はその後にまたログインするのだが、チェリーは大抵の場合そのままログインしない
で終わる。
 チェリーのインする時間帯はかなり微妙だが……まぁリアルの事情があるのだろう。
 そこまで深入りする気もない。
 パソコンをスリープ状態にした俺はリアルの人間、鶴群 章(たずむらあきら)へと戻
り、そしてその鶴群は肩を鳴らしながら立ち上がる。
 それよりも、即急の問題は夕飯だ。


「まぁ、今晩もまたカレーでも作るか……」
 

 即急の問題は5秒で解決した。
 我ながら安直かつ単純な決断である。何しろ他に選択肢がない。
 もっと料理のバリエーションでも増やせばとは思うのだが……。
 だがダメなのだ。
 こうしてちゃんとした台所のある大学寮を借りているというのに、俺という人間は料理
だけは苦手だった。
 無論生きるのに困らない程度の料理は出来るが、夕飯の場合『インスタント・カレー・
野菜炒め』の3択しかないほどに不器用なのである。
 だがまぁ、死ぬことはない。
 料理が出来ない分、青汁などの健康食品は買い込んである。一応計算上は栄養バランス
は崩れていない。
 そんないいわけをしつつ。
 俺は日課となりつつある楽しくない調理を始めるのだった。
 ニンジンにタマネギに大根に……、仏教面でまな板と食材に向かい合うエプロン姿の男
が一人。
 そいつはギクシャクした動きで野菜を切っていた。
 切り方は間違ってないはずなのに何故か変な形になっていくこの不思議。
 だが出来上がるのは寸分の狂いもない調理法通りのカレーである。……性格上、手順だ
けは間違えた試しがない。


――――― 夢から 覚めても ――――♪


 そう、野菜という悪魔と劣勢に立たされた切り合いをしていた時だ、携帯の着信音が鳴
り響いた。
 火はまだ焚いていなかったので包丁を置いて携帯を開く。
 


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それでは明日、時間通りに行きますね。
今から楽しみです♪
材料は買っていきますので。
といっても、大したものは作れませんけど(苦笑)

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 差出人は登録してないアドレスからだった、かといって迷惑メールでも無さそうなので
開いてみればこの文章。
 これはアドレス間違い……なのだろうか?
 まあ本当にそうだったとしてもこの物騒な世の中だ、返信は返さない方がいい。
 俺は気にせずに携帯を充電器に戻し、また過酷な戦いへと赴いていった。
 

「くっ、このジャガイモの芽はどうにかならんのか……っ!」


 パーラーを使ってこのレベルである。
 友人曰く、俺のカレーは『目を瞑って食べればただのカレー』だそうだ。






 そしてその夜はクリスタルパレスでギルドの任務をこなし、いつものように12時きっ
かりの辺りでログアウトする。
 風呂は先に入っておくので後は寝るだけの状態だ。適当にストレッチをして体を解し、
ベッドにもぐりこむ。
 因みに枕は低反発枕だ、毛布もケチってはいない。俺は睡眠にだけは貪欲なのかも知れ
ない。


 アラームは6時ごろに鳴る。
 今時の学生にしてはずいぶんとマシな生活といえるだろう―――









――――コレは夢だ


 俺は、夢が夢だと分かるタイプの人間だ。元々そうだったし、網膜に光を当てる訓練で
それを確実に気付けるようにした。
 だから、コレは夢だと分かる。
 だが、それだけだ。
 気付いたところで夢は変らないし、起きたいわけでもない……。


 意識はあっても、限りなく薄い。
 それは現実という檻からほんの少しだけ意識を夢の世界に溢しているかのよう。
 ああ、今日の雫は夏と溶け合ったらしい。
 喧しい蝉の声が聞こえる……。
 だがその夏に、何か場違いな雪があった。


 その娘は、何かを探していた。


 氷のように澄んだ空の下、稲穂の揺れる夏の田畑のあぜ道……その最中で、真っ白な少
女は懸命に何かを探していた。
 道上を屈んで何かを探したり、とにかく走って何かを探したり、空に何かを問いかけて
みたり。
 それは懸命ではあるが何を探しているのかが分からなかった。もしかしたら彼女自身も
分かってないのかもしれない。
 夏の暑い日差しのの最中、蝉時雨に解けてしまいそうな白い雪の少女……彼女は、探し
ていたのだ。

 何処に落としたのかも分からない、何を落としたのかも分からない、探し物を。

 何度も、何度も飽きることなく探していた。
 止め処なく捜索を続け、やがて辺りが暗くなり夜になろうとも、彼女は探し続けた。
 もう何年もそうしているかのように、だがついさっき落としたかのように、懸命に。


 その光景はどこか壊れていた。
 まるで大事な何かが足りていない。
 だがそれが何か分からない。


 だから彼女はずっと、今も必ず、探し続けている――――





 眩しい。
 

 冬とは言え、朝には強烈な光となって俺の網膜を焼いている。
 眩しい。
 不快だが俺が自分で調節したことだ、だから起きなくてはならない。
 ああ、春眠暁を覚えずというが、冬眠こそ起きるのが辛いと思う……。


 毛布を退けると身を刺すような寒気が襲い来る。
 寒い、容赦なく寒い。
 だがそれがいい気付けとなって意識の靄を晴らしていく。夢の内容とともに……。


「さて……」


 顔を叩いて窓を思いっきり開ける。
 容赦が無いどころではなく極悪な寒気が入り込んでくる、流石に岐阜の朝は優しくない。




「はぁぁ……っ!」


 大きく深呼吸をし、夜の間にずんぐりと濁った空気を入れ替える。
 まぁ、俺の朝とは大体がこんなものである。
 今日は土曜日だが、平日も休日もさほど変りはしない。
 見ての通り、俺は自分のスタイルをバカみたいに守る人間だった。







 さて、そう言えば今日は鹿末が来るんだったか。
 朝の支度を終え、トーストを齧りながらふとそんなことを思い出す。
 鹿末とは大学での学友である、俺以上に講義を真面目に聞く珍しい人であり俺とは比べ
物にならないほどの秀才だ。
 おまけに顔も……まぁ世間では美人と評価されるのだろう、殆ど非の打ち所がないを体
現してるかのような人間だ。
 俺に言わせればただの狐女なのだが。
 とにかく、レポートをチェックして欲しいらしく10時ごろにうちに来ると言う事にな
っていた。
 トーストを飲み込みながら携帯のスケジュール表を確認する。

 別に珍しいことではない。
 鹿末だけではなく我が家には人が集まることが多い。
 大学から近いのもあるが、基本的に本棚とパソコンしかないので居座るスペースが広い
のだ。そしていつの間にか『課題処理施設』としての不動の位置を手に入れてしまった。
 まぁ鹿末以外の来客はほぼ男なんだが。
 ………何故だろうか、友人の『お前は一生独身だわ』という声が聞こえた気がする。

 2枚目のトーストを珈琲で流し込んだ。




――――― ピンポーン ――♪



 そして部屋の掃除を一通り済ました頃、約束の時間よりも若干早く鹿末はやってきた。
 チャイムはとりあえず鳴らすだけだ。
 俺が玄関に向かおうと思ったときには既に部屋の扉を開けているのだから。早い。
 まるで第二の故郷と言わんばかりに「お邪魔するわよー」っと、羽のように気軽にベッ
ドに腰掛けている。その仕草で軽くウェーブのかかってる髪が揺れた。
 いや、別にどうこう言うつもりは無いんだが。
 言うつもりは無いんだが……一応、由緒有る家柄のお嬢様ならそれなりのお淑やかさを
持って欲しいと思うのは俺の偏見なのだろうか? 


「ずいぶんと慣れたものだな」


 言いながら鹿末の上着を受け取る。
 まぁ何となくだが、これはミンクという奴なんだろうな……。
 それを丁重にハンガーにかけた。


「そういうあなたも執事が板についてきたんじゃない?」

「執事か……それは割りと、天職かも知れないな」

「でしょ?」

「ただし、お前以外のな」


 言って、机の上にレポート用紙を広げる。
 「それは残念」と軽口を言いながら鹿末もバッグからレポート用紙を取り出した。
 まぁ何となくだが、あのバッグはエルメスという奴なんだろうな……。
 さて、レポートが広がった瞬間に鹿末の目が若干変った気がする。
 ここからは真面目に行こう。


「それで、テーマは『集団心理』についてだったが。……どう書いた?」 

「あたしはキティ・ジェノビーズ事件を軸にラタネ(傍観者効果)について書いたりした
けど、そっちはどう?」

「似たような感じだな。俺はサクラを使った実験の―――」


 お互いに意見を出し合い、レポートをチェックしていく。
 何だかんだ言っても二人とも真面目な人間だ、すぐに軽口など出てこない雰囲気に嵌っ
ていった。
 ことあるごとにお互いのレポートに突っ込みをいれ、修正し、本棚から必要な参考書を
あさる。
 まるで部屋が研究室にでもなったかのようである。
 

 原稿を出してはボツをくらい、直してはまたボツを貰う。そしてこっちもボツを与える。
 そんな研究室で小説家になるような行為は、2時間ほど続いた……。


 そして苦難の末に、ある程度完成していたレポートはほぼ完璧と言えるまでに仕上がっ
た。
 数にして10枚。
 もしかしたら教授より上手くかけているかもしれない……と、自分たちでは思うほどの
傑作である。先ず凡作とは重みがちがう。
 「はぁぁぁ…」と息を抜いて床に背をつける、床暖房がほんのりと暖かい。
 その姿勢から窓を見てみると、日はかなり高くまで上がっているようだ。だがその光は
大部分が雲に覆われている。


「お茶でも入れてきましょうか? 執事さん」

「それじゃお願いする、失敗するなよ? お嬢様」

「残念ながらあなたほど不器用じゃないから、心配なし」


 ティーパック一つでそんな会話するぐらいなのだから、結論として二人とも非常に不器
用である。
 俺は注ごうとしたお湯の狙いを外し、鹿末はパックをしゃぶしゃぶみたいに何度も振る
せいで濃くしすぎやすい。
 こういうのを五十歩百歩と言うのだろうな。
 ……が、暫くして出てきたのはちゃんとカップに入った、味も丁度いい紅茶だった。盆
の上でゆらゆらと湯気が立っている。
 珍しいこともある。
 ただ、こう寒い日には熱いぐらいの飲み物がありがたい。


「さて、そろそろね……。大丈夫かな、あの子」


 のほほんと紅茶を飲んでいる中、鹿末は小さく呟いた。


「何がだ?」

「なーんでもない、独り言」


 意味深に笑みを浮かべる鹿末……ああ、また狐モードに入っているな、あの目を細めた
笑みは間違いなくそうだ。
 となると、これからよろしくないことが起きるわけか。
 これはゆっくり紅茶を飲んでいられないかもしれない。
 第六感が働いた俺は今の内にと焦って紅茶を流し込んだ。沸かしたてのの紅茶を。
 ……咽た。


「ふふ……」


 
――――― ピンポーン ――♪


 折りしも、鹿末の笑みと重なるようなタイミングでチャイムの音が鳴った。
 偶然なのか、否か。
 とりあえず俺にこれ以上の来客の予定は無い。


「あら、誰か来たみたいよ?」

「ちょっと出てくる」


 まぁ、宅配便か何かだろう。
 仙台の母親がまた何か送ってきたのかもしれない。
 俺はとりあえず印鑑をもって玄関へと出て行った。そして、扉を開ける。


「はい、どちら様ですか………って、……ん? 誰も居ないな」

「した、下ですよっ!」
 

 そう言われて目線を下げてみる。
 すると、そこには小中学生ぐらいの女の子が立っていた。片手にスーパーの袋を持って
いる。
 深く被ったピンク色の上着のフードのせいで顔がよく見えないから、男の子かもしれな
い、だが前髪がかなり長いのでたぶん女の子だろう。
 ん、でもこの前髪……。


「えっと……、たずむら、あきらさん……ですよね?」

「ああ、そうだけど。……俺に何か用かな?」


 と、答えるしかない。
 用件が全くもってわからないのだから。
 大学の友人の妹で、遊びに来ている時にお使いでも頼まれたのか……? いや、それは
ちょっとないか。
 俺の名前を知ってるから迷子でもないし……。
 とりあえず屈んでその女の子と目線を合わせる。
 子供はこうすると安心すると聞いた事が有る。……まぁ、俺は元々背が高いし顔も恐い
から、少しでも中和しなければかわいそうだ。
 しかし参った、こういう対応なら鹿末のほうが得……

 ん?
 気付けば、女の子はガバッと思いっきり頭を下げていた。


「は、初めましてっ、師匠っ!!」

「……………」


 下げた頭に打ち砕かれたかのような衝撃が俺を、支配した。
 いま、彼女は何ていった……?
 良く分からないことをいわなかったか……?
 砕かれた頭を拾い集めるかのごとく、状況を整理する。
 いや、整理するまでも無く答えは簡単に出てしまう。
 俺のことを「師匠」と呼ぶ人間など、「チェリー」しか居ないからだ。
 
 ……女の子は、急に黙ってしまった俺を見て心配そうに黙っている。
 それは判決を待つ罪人のような顔だった。
 それが、少し不自然だった。


「まず、確認したい。チェリー……なのか?」

「は、はい! チェリーです! すごくチェリーですっ!」


 間違いない。
 このわけのワカラナイ言葉使いをするのはチェリーだ。
 必死になって肯定しようとする女の子だが、その必死さとは別なところで確信した。
 変なところで確信した。
 まぁ年齢はこんなもんだろうとは思っていたので特には驚かない。
 チェリーと認め、口調もいつものように修正する。


「分かった、それは認める。そして歓迎しよう。……だけど、なんで事前に連絡してくれ
なかった? 無精者だが茶菓子の一つくらいは買ったのに」

「あれ、もしかしてメール届いて……ませんでした?」


 メール、メールといえば……。
 そう言えば芋と格闘していた時にそれらしいのが来たような。


「ああ、昨日届いたあれか」

「そう、あれですよ。メールって全然打てなくて、ギリギリになっちゃってごめんなさい
……。あれ、でもお姉ちゃんが1週間前に代わりにちゃんとしたメールを打ってくれたは
ずですよ? 日時とかわたしのことも説明してくれたって……」

「いや、一週間前には何も着てないが」

「……?」
「……?」


 またもやその場を静寂が支配した。
 だが今度は重苦しいものではなく、単なる疑問の連鎖だったが。
 ………?
 とりあえずお姉ちゃんとやらに聞いて見なければ答えは出ないので、次の行動に移ると
しよう。
 早くしなければこの風で凍えそうだ。


「とにかく、玄関は寒い。話は中で聞いてもいいか?」

「あ、はい! お邪魔しますです」


 最早かなり予想通り、ピンクの小さな靴を脱いで上がってくる。
 よく見れば彼女は、ピンクくて小さかった。
 とは言え流石に鎌は持ってなかったが。
 とりあえず、鹿末の居る部屋の方に連れて行く。この際鹿末にも説明しておかなくては
いけないだろう。
 というかあいつは何か噛んでそうだ。
 廊下を歩く俺と、袋を抱えながら少し不安げに後ろを付いてくるチェリー。
 ああ、ゲームの中だと自然なんだがな。

 ………こっちだと、ものすごーく犯罪チックな組み合わせなのは何故だろうか?


 そして、鹿末は鹿末で入った途端に笑顔で出迎えてくれた。お茶を『3人分』用意して。
 俺は絶対なんか噛んでると確信した。
 だから問いただそうと口を開きかけた、その時だ。


「お姉ちゃんっ!」

「あら、ちょっと遅刻したみたいね。……もしかして迷ってた? 未久(みく)」


 鹿末はさも当然のように、自然にそう答えた。苦笑いまでしている。
 俺はといえば苦いばかりだ。


「………お姉ちゃん?」

「………お姉ちゃん、です」


 こくんと頷くチェリー。
 そしてそれに「そうかなるほど」と頷き返す俺。
 珍しく同じ心境らしい……『謀られた』と。
 対する鹿末……って姉妹ならチェリーも鹿末か、ともかく鹿末諒子(かのすえりょうこ)
はこれ以上ないぐらいに楽しそうな表情をしている。
 目を細めた、狐のような笑みを。


「そうか、あえて俺に何も知らせないでドッキリを仕掛けたのはお前か……っ」

「はいー、ここでネタバラシってね……どう? 師弟の運命の出会いはいかがだった?」

「とんでもなく心臓に悪かったとは言っておこう」


 紅茶を飲みながら余裕の表情で語る彼女に、怒る気もしなかった。
 むしろ、怒っても勝てないだろう。それが分かりきっていた。
 そこにチェリーの声が響く。
 

「ええっ、師匠……心臓を悪くされてたんですかっ!?」

「ああ、そしてお前は頭を悪くしてるようだな」


 チェリーを軽くあしらい俺も紅茶に口をつける、いい加減落ち着かなくては鹿末の玩具
になるばかりだ。
 紅茶を傾け、2口飲んだ。
 そこでようやく、チェリーがドアの近くで立ったままなのに気付く。
 さっきからずっと、上着も脱がずに立ったままだ。
 どうすればいいのか分からないといった風だ。


「とりあえず上着は預かる。それとベッドでも座布団でも、好きなところに座ってくれ」

「あ、は………はい」


 と、答えたものの。
 もこもことしたフード付きの上着に手を書けるがなかなか脱ごうとしない。
 ファスナーでも引っかかったのだろうか。


「……どうした?」

「えっと、ビックリしないで下さいね?」


 フードを外し、上着を脱ぐチェリー。
 その下には……銀……いや、ちがう。
 真っ白な長い白髪が、さらりと水が流れるかのように露になった。一瞬、雪が舞ったか
のようだった。
 ―――ん、この髪、どこかで見たような……? 
 その白い前髪の下に有る大きな相貌は、髪とは違って黒味の有る灰色だ。
 その姿は妖精か、あるいは小さな雪女のようだった。


「……ふむ、遺伝的な障害か何かか。別にそこまで驚くことじゃない」


 それを聞いて、チェリーは一気に安堵のため息を漏らす。
 本当に、嬉しそうに。
 たぶんこれが、一番の心配事だったのだろう。だから俺はなるべく平然とした顔を作る。


「良かったぁ……、初めて会う子とかにはよく恐がられるんですよ。雪女だって」

「俺は図太いからな、雪女だったとしても構わん」


 そして有る程度予想していたが、鹿末の妹らしく年齢の割りには整った目鼻立ちをして
いた。
 年齢……?


「そう言えばチェリー、まだ名前を聞いてないんだが。それと良かったら年齢も聞いてお
きたい」

「あら、年齢まで聞くなんて無粋ね」

「無粋なのはよく知ってるだろ?」


 チェリーは髪のことが平気だったのが大分嬉しかったのか、弾んだ声で答えた。


「それじゃ改めまして。チェリーこと、鹿末未久(かのすえみく)です。こう見えて中二
なんですよ」

「ああ、小さいのはリアルもだったか」

「ほっといて下さいです」


 いや、The Worldのチェリーは150は有る、リアルの未久は140にも……いってな
いだろう。
 小学生に間違えられても文句は言えない。
 で、その未久はさっきから手に持っていたスーパーの袋を抱えてこういった。


「それじゃあ、そろそろお昼ご飯の準備をしたいんですけど」


 そう言えば、メールでもそんなことを言っていた気がする。


「それはいいんだが、……できるのか?」

「ふふふー、一度食べたらそんなこと言ったのを後悔するぐらいに、できちゃいますよ」


 見てみれば、自前のエプロンまで用意している。相当自信が有るのだろう。
 まぁ俺に任せてもカレーが出来るだけだ。
 ここは一つ、台所を任せて見るとしよう。





 そして、待つこと40分程度(この間に十分鹿末に文句を言った)。
 テーブルの上には見事な肉じゃが、そして大根の味噌汁と白いご飯が並んだ。


「……久々にまともな飯を見たな」

「どんな暮らしをしてたんですか、師匠」


 見れば見るほどに平凡な家庭料理だが、それはそれだけ受け入れられた味ということだ。
 俺のように具がランダムな大きさになっているということもなく、……まぁ一言で言え
ば旨かった。
 無心で箸を動かす俺と鹿末を見て、未久は微笑んでいた気がする。
 雪女のように詰めたい笑みではなく。
 とても、暖かく。