<気が付けばそこにいる誰か>
         




 頭が痛い。

 
 別に偏頭痛抱えるほどやわな脳みそはしてないし、最近流行の夜更かし寝不足若いのに
成人病なんてトレンドは取り入れていない。
 自慢じゃないが健康体だ。
 まぁ頭の性能自体はそんなに誇れるもんじゃないが。
 ちっくしょう! ………そうだよ、だからこそ頭が痛い。
 オレに難しい言葉をかけるなって言ってるのによ、あの相棒(クソヤロウ)のやつ、そ
れを反故する事だけを生涯の楽しみにしてやがる。

 まぁ、その……なんだ。
 オレはどんな言葉であれ、アイツにかけられた言葉は気にしちまうんだよ。なんでかね
ぇ。
 アイツが頭良いからか。
 人間は、自分にない物を求めるって言うしな。
 それこそが【欲】と言われる物で、人間は欲がある限りそれにひた走って生きる、その
走る速さこそ走っている当人の生気の強さだとか。
 ………これも全部アイツの受け売りだけどな。
 こうやってどうしても頷くことしかできないアイツの言葉を、それ以上の言葉で圧倒し
てやるのが俺の目標だったりする。
 負けず嫌いってやつだ、頭が悪いながらの。
 
 ――――で、問題は今日も今日とてアイツの無駄話を聞きにギルドの集会室に行った後
に起きた。
 誰も居ない集会室とアイツと2人だけだった、その空しいほど空席が目立つ円卓の椅子
に俺と、アイツは座っていた。
 そのなんでもないような茶話の折に、アイツはこんなことを言った。


「人は誰しも『誰にも譲れないもの』を持っている。……華蛍(かけい)、君はそれを知っ
ているかな?
 それは、君にとっての『一番大事なもの』とは違う」


 もちろん、ありきたりな答えは見つかった。
 力、命、親、恋人、お金、……ただ、そんな物を口に出すほどオレはバカじゃあない。
 いや、少し前までのオレなら口に出してたかもしれない。
 だが少なくとも、あいつの前でムゥゥゥと呻ってる今の俺は違うということだ。


「ヒント要求。……アンタにとっての譲れないものって何だよ?」

「対談だから良いものの、少しでも友情があるなら名前で呼んで欲しいものだな」

「やなこった」

「……ああ、言い忘れていたが。私は礼を失する相手には意地悪をしたくなる人間なんだ」


 そうだった、アイツはそういうやな奴だったんだった……!
 呻るのを止めて顔を上げてみれば、オレよりも少しだけ背の高いそいつは薄―くだが愉
しそうに笑ってやがった。
 あああああああ、これ、この顔だっ!!
 この笑みがにくったらしくてもうっ!!
 ちくしょーーっ! 越えてやるっ……せめて、せめてあと10cm高くPCをエディッ
トしておくんだった!!
 
 因みに、オレのPCは170cmを目安に作った拳術士だ、……この職業の場合でか過
ぎると動きがキモくなるので止めておいたんだが、失策だった。
 まぁデカくても別に能力値が上がるわけでもないし、むしろデカい方が攻撃の当たる面
が多くて不利だろ? まぁデカければそれだけリーチも長いが。
 元からリーチの短い拳術士、オレは避ける方に特化させたわけだ。見た目を気にして身
体的不利を作るバカの気が知れ……って今はそんなことよりも。

「……オシエテクダサイ、うぃざーどサマ」

 とりあえず、頭を下げてみる。

「ハッハッハ、教えてあげない☆」

 ウィンク一閃、☆を飛ばされた。この上なく愉しそうに。
 その☆はピュルピュルと飛ぶとオレの後頭部にコツンッと、当たった。(気がした)
 ビク、ピクピクと口元が引き攣る。
 …………ああ、神様、仏様、アウラ様。

 こいつ、ヤ(PK)っちゃっていいですか?

「…………テメ」

「それじゃあ私はこれからリアルで早朝会議があるのでね。この辺りで失礼するよ。……
黄昏時までに、答えを用意してみたまえ」

 オレが悪態をつくより先に、そいつはログアウトの光に包まれた。
 常套手段だ、いつものことだ。
 だが異様なまでに毎回腹が立つのは何故だろう? 本当に、呆れるぐらい無駄な才能だ。
 腹を立てる俺も、立てさせるアイツも。
 因みに、先週の言い訳は『親分より先に現場に行ってないと叱られるから』だった。先々
週は『ピアノの発表会のリハーサルがあるから』、三週間前は『赤点とって補習があるから』
………まぁ、今日はまだマシな方か。

「私もその時に自分のものを教えよう……、答え、期待しているよ」

 そう言うと、あいつは呆れるほど身勝手なタイミングで消えていった。
 以前それを批難したときは「魔術師は気まぐれなんだよ」と、事も無げに言ったっけか。
 ほんと、身勝手だ。
 オレも人のことは言えないがアイツは筋金入ってるどころか鋼鉄で舗装してある。
 
 ………ただまぁ。
 そんなところが、嫌いではない。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――




 気分転換に、草原のフィールドにやってきた。
 オレのレベルは40、このフィールドのレベルは35、宝箱もモンスターも少な目の場
所を選んでおいた。
 つまり、人気は少ないってことだ。
 1人で物を考えつつ適当に暇つぶしするには最適なエリアといえるだろう。
 雨とか洞窟とかで気分転換するほど、オレの性格は歪んでないつもりだ。

 ………そう。ウィザードとか言うアホ賢者は。そーゆーエリアでこそ気分転換になると
言い張る捻くれもんだった。
 曰く太陽の光は哲学をするには向いていないのだとか。
 一つ言いたいのは。お前の気分転換は哲学なのかよってことだ。学者先生め。


「よいしょっと」


 転送され、光を振りまいてやや湿った地面に降り立つ。
 湿ってるのも、足元がフサッとしてるのも、背の低い草の絨毯があるからだ。
 それは風が吹くたびに一斉に波紋を広げてお辞儀をし、それが終わると心地よい漣(さ
ざなみ)の音が草原の終わりから聞こえてくる。
 海なのか、それとも途轍もなく大きな湖なのか。……この草原はそんな水の上にポツリ
ポツリと浮いている。
 まぁ、アレだ。
 着地の際の雰囲気を壊す台詞は忘れて欲しい……悪癖は治せないから悪癖なんだ。


「…………………っと」


 まぁ、此処に来て何をするでもない。
 動かなければモンスターも襲ってこないし、歩き回ってPKを見つけるとか言うベタな
オチも御免だ。
 さっさと小高い場所を確保して――バサッ――と、寝転ぶのが良い。
 もちろん、それは実行済み。
 リアルなら草の香りが漂ってきそうな音をたて、視界が青々とした晴天だけで埋め尽く
された。
 こんな時、この世界を肌身で感じられればと思う。
 こんなにもリアルな空、こんなにもリアルな草、こんなにもリアルな海、……フォグ調
整とかよく分からない努力の賜物なのだろうけど、それらは見事にプレイヤーの気分を幻
想に騙しこんでいると言えるだろう。
 だからほんとに、もう少し騙されたいと思ってしまう。
 薬品を上手く組み合わせて匂いを作るとか、対応した扇風機でも作って風を起こすとか
………まぁ、これでも世界は駆け足で進歩してるんだ、オレが欲張ることでもないか。
 ん?
 そう言えばこれを、これを生気が強い状態とでも言うのかね。


「……あー、ダメだ。雑念入り過ぎだろ、オレ」


 気付けば論点がズレていた。
 ヤッパリこう……オレってバカなのか。
 頬を撫ぜていく風に苦笑を秘めた呟きを漏らしてみる。


「ま、いっか。………時間もあるし、少し昼寝でもするか」


 この時間だと二度寝に数えられるかもしれないが、オレ自身早起きだから断じて昼寝な
のだ。
 だってそうだろ?
 二度寝はだらしなく聞こえるが、シエスタって言うとなんだか優雅じゃないか。
 物は言いよう、言葉と心の持ち方如何で人はいくらでも幸せになれる。
 ま、これもアイツの受け売りだけど。


「譲れないもの………、か」


 そう呟いたのがいけなかったのか。
 シエスタの時間は、中々訪れなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ……………バキ、


  …………………ゴガァッ!!


     ……………………チュュィィィィィィ!!!!  ザンッ!!!



「……………んあ」


 このへんで、目が覚めた。
 

「………………ん?」


 そして3秒後、とろけきった脳みそと鉄のように重い瞼を頑張ってあっちの世界から引
き戻しつつ、機能させる。
 ぼやける視界。
 それが戻ってみれば、なんか3人がかりで武器を振るってるPCの姿が見えた。
 上手いこと目覚ましになってくれたみたいだ。
 時計を確認して頷く。丁度、二時間ぐらいで起きたかった。
 ん?
 ………振るってる? 


「ああ、あれか」


 バシュゥゥゥゥゥゥッ!! っと、思いっきり大剣で引き裂かれる。


「君たち、PK?」


 寝ぼけ眼を擦ろうと思ったら、なんか体が灰色で動かなかった。
 なにこれ。……バグ?
 なわけないか。
 って、死んでるし。


「………今更気付いたのかよ」

「あーごめん、死ぬ前に起きるべきだった?」

「起こしたかったら、殺してないだろ」

「だよね」


 そんなわけで、オレはアッサリと記憶屋まで死に戻り(ホームポイントに戻ること)を
したのだった。
 別に悔しいわけでもなく、悔しくないわけでもなく。
 まぁ経験値稼いでないから失うものないし、オレは元々レアなアイテムなんて持ってな
いから落としても構わない。
 だから死んで戻っても死なないで戻ってもそんなに変わらない。プラマイ0だ。

 ……いや、違うか。

 最後に拍子抜けしていたPKたちのあの笑える表情。
 アレを見れただけでも結果はプラスだっただろう。
 ぷっくっく……って、ああ。
 これじゃダメだ。
 オレもあのアホ賢者に負けず劣らず、捻くれてやがる……。
 ただまぁ、本当の意味でPKに勝つってこういうことだろ?
 少なくともオレは、奴らの悪意には勝っている。

 ひねくれてみるのも悪くないことだ。
 そう、悪くない。
 


 ……………それも、まぁ悪くないか。

 アイツに会う前のオレよりはいくらでもマシだろう。
 あの頃の。
 力を求め、力を得て、自分が強い、回りが弱いと、滑稽を通り越して笑えないほどバカ
だった俺よりは………地獄と天国ぐらい違うってものだ。
 今の自分が天使かどうかは知らないが。
 昔の自分は、少なくとも地獄をさ迷う亡者だ。
 罪を背負うか背負わぬかではなく、自身が罪であるか罪でないかの違い。
 そう、その違いは明確であり深く硬い。
 その点で言えばアイツ(ウィザード)は本当に魔法使いだったのだろう。

 こんなオレを。本当に、魔法みたいに変えてしまってくれやがった。


「あ、だめだ、心の声でも素直に礼が言えない……」


 まぁ、ともかく。
 アイツはオレを救ってくれたのか、叩きなおしてくれたのか、それとも導いてくれたの
か。そんなことは分からないが……。
 言える事は、魔法を使ってくれたということだ。
 アイツらしい魔法だ。
 とんでもなく胡散臭くて、これ以上ないくらい捻くれた魔法だった。
 けれど、バカ正直にバカだった自分には丁度良かったのだろう。

 バカ×バカは、少なくともバカではない。
 

「………シエスタも済ませたし。今度は真面目に頭を使うかな」


 なんとなく、アイツのことばかり考えていた。
 気に食わなかったので今度はダンジョンにでも潜るとしよう。
 うん、それが良い。
 チムチムでも蹴り飛ばしながらアイツの悪態でも突いていれば、案外いい答えが見つか
るかもしれない。
 割と、良いアイデアだ。
 アイツへの答えなど暇つぶしでしかない。
 暇つぶしを真剣に考えようとしたからいけないのだ、そんなもの、暇つぶしの暇つぶし
をしながら考えれば良い。
 それでじゅーぶんだ。


「…………【Δ競り上がる 今一時の 激情】……」


 なるほど。
 と、光の輪に包まれながら思う。
 カオスゲートもたまには、オレの気持ちを汲み取ってくれるらしい。






―――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ………ハハ。だからかね?
 インして一瞬で100レベルのPKにキルされたのは。
 怨むぞ、カオスゲート。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――





 ………そんなこんなで、黄昏時になった。
 散々鬱憤を晴らしながらチムチムを蹴りまくり、どっかのNPCに死ぬほど喜ばれた後
に、オレはアイツとのいつもの待ち合わせ場所に赴いた。
 マク・アヌの橋の上。
 そう、あの川のせせらぎが聞こえる素敵な場所。


 では、ない。


 ひゃーーっはははッ! 騙されただろっ? ん?

 って、オレは誰に向かってんなことを言ってるんだ。………アホか、自分。
 作者のひねくれは置いておいて。
 今度は本当に、ギルドの集会室に行く。
 結局はあの場所だ、あのせまっくるしいギルド……【蛍の光】って名前なんだけど、そ
のど真ん中に有る、2人だけのギルドにしては広すぎる一角。
 ソファーに囲まれた円卓の一角に腰を降ろす。

 いつもの微妙な微笑を浮かべ、いつものようにウィザードは対面の上座に当然のように
座っている。
 分かっている。
 アレはギルマスであるオレに上座に座らせないためだって。
 もう、慣れたさ。


「さて、答えは用意できたかな?」

「アンタから………ウィザードから先に言えよ」


 アイツは肩を竦める、絶妙になれた動きだ。
 戦闘はからっきしのくせにこーゆー反応だけは神がかって上手い。


「まさか。……私が先に答えてしまっては、問いを出した意味がないだろう?」

「チッ、こんな時だけ正論言うよな、アンタ。………わかったよ」


 オレが覚悟を決めると、あっちはどこか嬉しそうな顔をしていた。まだ答えてもいない
ってのに相変わらず変な奴だ。
 ま、今に始まったことじゃないけど。
 短く、深呼吸する。


「オレの『誰にも譲れないもの』………それはな」


 ジロリと、睨むぐらいの気勢でアホ賢者を見つめる。


「…………………」

「どうした、この期に及んでよもや思いつかなかったとか、言わないだろうね?」

「まさか」


 真似をして肩を竦める。


「アンタだよ、アホ賢者。………オレは、アンタを他のやつに譲る気が起きない」


 アイツは特に動じることもなく、かといって馬鹿にするでもなく。
 味わうように頷いた。
 それがふと、不思議だった。


「ふむ。それは何故だね?」

「簡単なことだ。……アンタほど捻くれた人間、他に替えが効くかよ」


 無論本当の所の意味は別にある。
 だけど、オレとてこいつを目指してるひねくれ者だ。
 素直に理由まで答えてやるつもりなんてこれっぽっちも持ち合わせていない、答えは、
いったしな。
 あぁヤダヤダ、真剣に考えてこれかよ。……よもや、アイツの誘導尋問じゃないだろう
な。
 そっぽ向いてそんなことを考える。


「……で、アンタの出した答えは、なんだよ?」

「何だと思う?」

「分からん、……けど。今の言葉は『殴ってでも聞き出せ』の意だよな?」


 また肩を竦めやがった。
 あ、今度は『おおぉ怖い怖い』とか言ってやがる。
 ………実行してやろうかな、マジで。


「………貴女。だよ」


 オレが席を立ってオープンフィンガーグローブ【針億本】をギゥと絞め直した矢先、ア
ホ賢者はついにトチ狂った発言をした。


「…………は?」

「何かね? 君が私というのなら、私も貴女と答えておかしくないだろうに」


 一応筋は通ってるが、納得はするはずもない。
 だからヤッパリオレはひねくれて答える。


「何でだよ?」

「君のようにひねくれたバカ正直な弟子は、他を探しても替えが効かないと思ったのでね」


 ……で、ひねくれ度合いでは勝てなかったわけだ。
 思わずグローブも忘れて、ボスンとソファーに沈む。
 そうか、そういうことか。
 
 今日はこんなにも、頭痛が高鳴る日だったわけか。


「………ああ、そうかい」


 そんでもって、この辺りでアホ賢者の戯言に付き合う気力がうせた。
 もう、明日に持ち越してしまおう。
 それは向こうも同じだったらしく、それ以上の言及はなかった。
 聞く時は聞く、言う時は言う、そして沈黙を選ぶべき時は心得ているとでも言わんばか
りに。
 正に飴と鞭だと、何となく思った。


「………アホ賢者、お茶」

「言うに事欠いてそれかね、師匠を何だと思ってる」

「淹れないの?」

「……いや、たまにはこういうことも悪くはない」


 意外にも、ウィザードは含みを込めた言葉で従った。
 いや、まぁ、冗談だったのだけど。
 あの悪趣味な緑ローブはスッと立ち上がると、飾りだけかと思ってた厨房に向かってい
った。


「ゲームの世界でも究極の紅茶があるということを、華蛍にも思い知らせてあげようと思
ってね。………君、紅茶の良さを知らんと言う顔をしているだろう?」

「余計なお世話だ」

「そう、その鼻っ柱を折るのが。……楽しみでしょうがない」


 アイツはそういうと。
 いつもの明るい笑みを浮かべた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
11時から書き出したので、約1時間オーバーですか。
その割にはなかなか、まぁ。
作者のひねくれようとしてもひねくれられない微妙な心境を描いた作品で御座います。
上手く2人の真意が伝わればこれ幸い。

因みに華蛍は女性です。見た目は。中身は私も知らんです(ぇ
ウィザードは名前から察するとおりですね、胡散臭いです。