< 乙女の苦悩 ――焼肉偏―― >


 皆さん、ダンス……いえ、踊りと言ったほうが正しいニュアンスかな。
 踊りは……好きですか?
 あらら、好きな人は多いですけど……中途半端な人はもっと多いですね。
 きっと興味がない方や、見るだけなら……と答える人が多いかと思います。
 特にそれが日本の将来に関わる問題でもありませんし、許せないような悪事ってわけで
もないのですけど。私たちは趣味で、そういった人たちに【踊りの楽しさ】をもっと知っ
てもらいたいと思っています。
 皆で踊れば楽しいから……理由は単純なものです。
 けど、単純な理由から来る目的なほど、迷いも無いものです。

 さて、そう考えたのは良いのですが。
 いきなりストリートミュージシャンのような活動が出来るほど私たちは大人では有りま
せんし、行動力もありませんでした。
 後になって気付いてんですよ? 若いですよね。今となってはほろ苦い過ちと言うもの
ですが……。
 でも、私たちはこの楽しさを何とかしてまだ気付いていない人たちに教えてあげたかっ
たんです。
 考えたら……割と簡単に良いアイデアが浮かびました。
 そう、そこで目をつけたのが
 
 
 ――――The Worldでした
 
 
 
 
 
 
 マク・アヌの橋の上。
 シックな雰囲気に反して人通りの多い場所。普段は川のせせらぎと落ち着いたBGMが流
れるのだが……。
 今日は少し、違っているようだ。
 規定のBGMに覆い被せるように、オープンチャットで明るい曲が流れていた。
 
 リアルでも夕暮れの深まるような時間に、2人の少女が踊っている。
 陽気なテンポに軽い身のこなし、それが徐々高まっていく……かと思えば太陽に雲がか
かったかのごとく、一転して悲しげなワルツを踊り出す。
 まるで虹が7変化するかのような変化だ。それくらいに様々で、そして上手く溶け合っ
ている。
 様々な踊りを飽きさせることなく踊る二人の息は乱れず、その変化の順番に違和感がま
るで無い。
 
「「――――――」」

 観客は声など無粋と思い知らされるように見入っている。いや、この雰囲気で声などは
出せないだろう、だからパーティチャットなどで話をしている。
 そして、一つの曲が終わると……

「「おおぉーーーーー!!」」

 と、賞賛の拍手が飛ぶ。一つの演技に息を呑み、終わると開放される楽しさ。
 そんなものを秘めている踊りだった。
 少女達はいつものように一つ礼をすると、次の曲を踊り出す……時折、観客にアシスタ
ントを頼んでみたり。巻き込んでラインダンスなどを踊ったりもしながら。
 それはまるで休む時間が惜しいと言うように踊り続けている。リアルなら不可能なこと
だが、PCが疲れるということは無い。
 活動の雰囲気だけを見ているとまるで手品師のようだ。
 エンターテイメント、ということを考えると同じなのかもしれない。客よりも、何より
喜ばせる側が楽しんでいるというところが特に……。

「はい、では次は皆さん手拍子をお願いします」

「ぴったり揃うか見ててよね? 実はまだ練習中だったり……」

「シッ!」
「………もう、それは秘密って言ったでしょ」

 2人の少女の内やや背の低い、白い洋服のドレスを着た方が叱咤する。対してやや背の
高い、白い和服の着物を着た方が「ゴ、ゴメン」と芝居がかった動作で小さくなっている。
 橋の上……いや、会場に笑いが起こった。
 何て事の無い会話だが、人が集まる場所でこういうことをすると普段より面白く感じる
ものだ。
 踊り、その魔力かもしれない。
 言い得て妙、会場は正に魔法にかかっていた。
 ひとときの小さな魔法に。

 BGMがかかり、……チャッ、チャッ、と手拍子の始まる会場。
 それに合わせて2人は吸い込まれるようにステップを踏み始める。
 さぁ、また小さな夢が始まり。


 そしてまた一つ、大きな拍手が起こるだろう………。




―――――――――――――――――――――――――





「ふぅ………、今日も上手くいって良かった。昨日ヘンな人が出たものだから心配してい
たのだけど。変人はそう何度も見ないから変人なのよね」

「…………」

 安堵の吐息をついて、露店で集めたお捻りを整理する。
 トレードでGPを貰っても良いのだけど、それだとパンクしちゃうから私たちはくずアイ
テムをちょっと高めに買ってもらうことでお捻りにしてるのだ。
 たまーに衣装とか持ってくる人も居てコレが結構楽しい時間だったり。私が洋服、彼女
が和服、って組み合わせが結構受けているらしい。
 ……うん、10875GP。 
 まずまずってとこかしら。
 毎日こんなに貰えるわけじゃないけど、週末とかに大規模にやるとコレぐらい集まって
しまうのだ。
 さてさて、相方には半分渡さないとね。フィフティ・フィフティ。
 トレードを申し込んで…………。


 …………………。


 ………アレ?

「……おーい、花々(かか)ちゃぁーん、起きてる〜?」

 ぐってりと固まってる彼女の前で手を振ってみる。

「…………」

 無反応。

「返事が無い、タダの屍のようだ」

 ……って古いギャグをかましてる場合じゃないわね。
 俯いて無反応なんて、花々らしくない。
 彼女は私の100倍ぐらいの元気を秘めてるんだけど……どうしたのかしら?
 試しに覗き込んでみる。

「おーい………もしかして、寝てる?」

「うん………」

「なるほど、起きてるわね」

 本気なのか冗談なのか……よく分からない花々の寝落ち疑惑は一発で晴れた。
 天然なのか考えてやってるのか、この微妙なボケ具合が花々の特徴といえば特徴なんだ
けど。

「どうしたの? さっきまではあんなに元気だったのに……」

「あたしだって! ……一応プロを目指してるんだよ? お客さんの前で不調を見せるわ
け無いじゃない」
 
 珍しく棘のある口調、……ホントどうしたのかしら? 花々らしくない。
 何か思いつめていることでもあったのかな?
 昨日、帰り道で分かれるまではいつもと同じだったのに……。
 あ、因みに私と花々のリアルは、小さい頃から同じダンス教室に通っている。これでも
二人揃って将来有望って言われてるのだ。

「良かったら聞かせてくれる? 不調のこと。私で力になれるなら――」「ゴメン」

「あたし。……もう、落ちる」

 ………ほんとに、らしくない。
 不意に現れた黄金の輪を見送り、空しいぐらい透き通った白い着物を見つめ続けた。
 何故、と問う目で。
 だけど見返しては来ない。いつもは手を振って分かれるのに。
 答えは当然のように返ってこなくて。
 段々と、透き通って見える黄昏の紅が濃くなっていく……。
 そして、完全に染まる。

「まったく。トレードぐらい承諾してから落ちなさい……」

 私の声まで、黄昏に解けてしまうようだった。




<翌日……>



 私は学校の帰り道で花々……花蓮(かれん)を待った、朝は……待っていた私に気付い
たのか回り道をしたらしく見事に避けられてしまった。学年が違うのでクラスも遠くて放
課に聞きに行くことも出来なかった。因みに私のほうが一つ上、ダンスの腕は同じぐらい
だけど。
 だから、後は通学路の……その、電話ボックスの裏に隠れて待ち構えていた。
 そこまでやるかって思うかもしれないけど。
 そこまでやるんです。
 案外負けず嫌いなのよね、私って。
 半分不透明なので隠れながら花蓮がやってくるのを見張っていた、潜んでみて分かった
けどあんがい好都合な場所である。

「絶対に捕まえて聞き出してやるんだから……!」

 私はほんの少し方向性を間違えつつ気力を燃やしていた。
 まぁ、私……オリーヴこと深雪(みゆき)は、花蓮とはそんな仲なのよ。
 だから、正直あんな隠し事をされると辛い。
 花蓮は言いたくないことは億尾にも出さずに言わない性格だけど、アレは言いたくても
言えない悩み方だったから……。
 ちょっと、荒療治しないと。

「………来た………!」

 半身を捻って、首だけ少し前に出し、横目で花蓮がやってくるのを確認する。
 私たちは帰宅部だけど、帰ってからダンスの稽古があるから帰る時間だいたい決まって
くるのだ。寄り道してる時間とかは無いのだし。
 余談だけどダンスの先生はものすごぉーーーーーく、遅刻に厳しい。振り付けのミスに
も厳しい。礼儀作法にも厳しい。自分にも厳しい。そんな人。
 外国人だけど侍のような魂を持ってるんだと、私と花蓮は思ってる。
 むしろ確信してる。

「…………」

「…………はぁ」

「…………ふぅぅ、…………はぁぁぁ」

 近付くに連れてため息が明確に聞こえてくる。
 そしてたまに回りに注意して……私を探してるんだろうな……歩いている少し背の高い
制服姿。特徴的な花飾りの付いたヘアピンで、視界の悪い此処からでも見て分かる。
 やっぱり、元気が無い。
 あと……おなかをさすって歩いてるけど……気分でも悪いのかな。
 とにかく、突撃あるのみ。

「何で…………私………………ハァァ………」

 いっぽ、また一歩と近付いてくる花蓮。
 その足取りに合わせるように、私は花蓮の前にヒョイと進み出る。

「ハイ、イチニッ!」

 で、そのまま手を取ってステップを踏み出す。

「え……ええっ?」

 悲しい修正とでも言うんだろうね。こうすると花蓮は無条件で手を握り返して振り付け
をこなすしかない。
 コレを警戒して花蓮は避けていたわけ。
 タンタンと軽くステップを踏みながら、2人とも通学鞄を持って踊り出してしまう。

「はい、そこでくるっと回ってターン! ……そうそう、今日も好調ね」

 うん、踊りには問題ないみたい。

「ちょ、ちょっと深雪! 道端で何させるのよっ!」

 やっと自我を取り戻したのか、パッと手を離す花蓮。
 ちゃっかり2小節くらい踊りきってる。良い感じにタイミングが合ってただけに名残惜
しかった。

「あらら、ダンスって隅っこで隠れながらやるものだったかしら?」

「そうじゃなくて……このタイミングでやらせないでよ、もぅ」

 クルッとそっぽを向いて帰ろうとする花蓮……だけど、此処まで来て引き下がるわけに
も行かない。
 足早になる前に私はポンと花蓮の手首を掴む。

「ちょっと待った、あなたには話さなきゃいけないことが有るんじゃない?」

「無いよ! あたしは早く帰らなきゃいけないの、離して」

 言葉の割りに、抵抗する力はあまりにも弱い。
 コレじゃあ離れたくないと言ってるようなものじゃない。
 ………ほんとに、ヘンなところで素直じゃないんだから。

「そう。それじゃあ、……自分から言えないのだったら私が当ててあげるわ」

「う゛っ……な、なんかやな予感」

 ビシッと花蓮を少し見上げつつ、指を突きつける。
 私のほうが少しだけ背は低い。
 けれど今は、私が押す側だ。

「1番、テストの結果が悪くて落ち込んでる」

「それ、深雪じゃなかったっけ? あたしは悪くなかったけど。ホラ」

 しまった……、って花蓮92点も取ってるじゃない!?
 も、もう一本立てる。

「2番、ええと……彼氏にフラレタ」 

「そんなベタなオチじゃありません。ホラホラ、今日もメールどっさり来てる」

 しまった……って、だからなんで私が落ち込んでるのかしら。
 気を取り直して、もう一本。

「3番、………アレ」

「アレってなにっ!?」

「い、いいじゃないの! 思いつかなかったんだから!」

「だったら当てて見せるとか適当なこと言わないでよ!?」

「ええい花蓮が教えないからいけないのよ、さっさと教えなさーいっ!!」

「わわっ、暴力反対っ!?」

 ガバッと深雪に襲い掛かること数分。
 所詮人間の悩みなど、原始のレベルでの話でしかない……っ! 魂で語り合うのだーー
っ!!

 ………って、何やってるのから、私。
 予想外の出来事が連発したせいで調子が狂ってるみたい……。
 いや、別にダンスの先生のノリが映ったわけじゃ……。

「むぐぐぐ……」
 
 とりあえず、羽交い絞めにしてた腕を離す。
 人が通らなくって良かったわ、ホント。

「どう? 話す気になった……?」

「はぁ……絶対に諦めそうにないのは分かったよ。あたしの降参でーす! まったく無茶
し過ぎ」

「よしよし、降参しなかったら本気出すところだったわ。命拾いしたわね」

「………女子プロ目指せるんじゃない? 深雪……」

 失敬な、私はコレでもか弱い女の子なのに。
 
「そんなことはいいの。ことの発端を話しなさい、落ち込んでた原因を」

「………わかったよ」

 観念した、とは正にこのこととでも言わんばかりに大きくため息をつき。
 意を決した目付きで私を見る。
 私も、そんなことを言われても驚かないように覚悟を決めた。
 ずっと昔に、どんな辛いことでも一緒に乗り越えようって、約束してたから……。
 そんなことを、ふと思い出した。

「あたし、実わね………」

「うん……」

「あの………、…………太………っちゃ………た、……みたいなの………………」

 蚊の鳴くような声が更に細くなって空気に消えていくような、そんな感じの告白。
 なるほど、結構な大事件。確かに人に知られたくないというのは分かる。
 避けられるほど隠して立って事は結構な重傷だったのだろう。
 体重計って、時々悪魔が潜んでるように見えるもの。 

「なるほど、ね。分かった、あえて被害報告は聞かないわ」

「うん、アリガト」

「…………ハァァァァー、久々に外食に連れてってもらったからって焼肉で食べ過ぎたの
はマズかったかなぁ」

 当たり前です。

「まぁ、この前打ち上げもあったし。それに最近ネトゲに集中してたから、……運動不足
だったのかもしれないわね。

「………うん」

 魔の数値でも思い出しているのか、花蓮にはやっぱり元気が無い。
 此処は一つ気合を入れてあげないと。
 ほんとは、こういうのは花蓮の仕事なのだけど……たまには私が頑張らないとね。
 
「よっし、……いま。覚悟決めたわ」

 グッと拳を握る。

「え、何を………?」

 落ち込みながらもキョトンとした目でこっちを見つめる花蓮、背丈では勝っていてもこ
ういう所をみるとやっぱり後輩なんだなって思う。
 だから、助けるのは私の仕事。
 体育会系で悪いのだけど、ね。
 私は小さく、それでいて気合を感じさせるような笑みを浮かべた。花蓮の、いつもの表
情を真似したのだ。

「走るわ、教室まで」

「ええええーーーーーーっ!?」

 因みに、ここからダンス教室まで地下鉄で二駅分ほど行かなくてはならない。もちろん、
道は知ってるけど普段は地下鉄を使っている。
 そこを、あえて走る。
 ダンス教室で使う道具は、タップリと鞄に入っているから。家には携帯で連絡を入れて
おけばOKよね。

「気合気合、ダイエットは根性よ。うん」

「無理、絶対無理!! あたし高橋直子さんじゃないもんっ!!」

 ふ、古い人出してきたわね……。

「大丈夫よ、今日はお互い体育があったからスニーカー履いてるでしょ?」

「無理ぃぃ〜〜っ!」

「ハイ、イッチニー、イッチニ♪」

 魔法の言葉を唱えて勝手に動き出す足腰。
 これってダンス以外にも使えたのね、新発見。
 軽くリズムを取りながら走ると上手く走れるような気がする、あとで教室で後悔するこ
とになりそうだけど。それはまた後のこと。
 私は、片手で花蓮を引っ張りながら走り出す。
 よてよてと、それについて走り出す花蓮。


 いつもの日常と、ちょっとした悩み事の風景だった―――。




「ところで花蓮」
「ん?」
「いつの間に彼氏作ったのかなぁ………?」
「あ、ははは……」

「あ、こら、逃げるなぁーー! 裏切り者ぉーーっ」
「待たないよーだ! 深雪こそ頑張ってね〜♪」






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因みに、昨日現れた変人………その正体は、3の付くお方です。
2人の踊りを熱い口調でべた褒めし、似合うようで絶対に似合わない凄まじいコスチュー
ム(by黄金)を号泣と共にプレゼントし、獅子のように吼えながら颯爽と風のように去
っていきました。
踊ってる最中に、BGMを専用BGM でぶった切って。
間が悪いとしか言いようのない出来事でした。

「あの時は……ただ、苦笑するしかなかったわ」(オリーヴ・談)