「そうだっっ!!!」
レンは勢い良く立ち上がった。
その直後にリンも飛び上がった、隣で突然の砲撃のような大声がしたもんだからドライヤーを落としたのだ。小指の上に。
「つっっ! ぁぅぁぁう…… っ」
涙を浮かべて悶え苦しむリンに気付かないまま、レンはおもむろに大学ノートを取り出す。
幸いにして勉強の痕跡はまったくないため新品同然である!
「どうして気付かなかったんだっ! これでいいじゃんかっ!!」
「とりあえずレン、あんたうるさい……」
レンを恨めしそうに睨みながら、リンはドライヤーを再度使い始める。
せっかくお風呂上りでいい気分だったのに一気に冷めた心持ちだ。夜中に叫ぶな。
「オレが作詞作曲すればいいんだよっ!」
「ハ? 何を?」
「オレ達の曲をだよっ! そうすれば取り分増えるし小遣いもアップ間違いなしだろっ!」
この男、全国各地のプロデューサーにケンカ売る気なのだろうか?
呆れた顔になるリンであったが、どうもレンは本気らしい。
普段は全然使わない机に飛び付いて何かを書き始めている。
「あのね、あたしたち歌は歌えるけどそーゆーのは素人なんだよ? できるわけないじゃん、バッカじゃないの」
「できたっ!」
「はやっ!?」
「ふっふっふ、オレを甘く見るなよリン。ACT.2になって作曲の才能も開花したんだぜ」
そのような事実は一切ないのだが、どうも確かに歌詞らしきものは出来ているらしい。
まさか、まさかとは思うが、実は本当に才能があったのだろうか?
タオルを頭に乗せながら、リンは恐る恐るレンの背後からノートを覗く。
「…………」
そして固まった。
「どうだ。センスが光りまくってる歌詞だろ? オリコン上位間違いなしって感じだねこれは」
――――――――――――
< 僕らの明日 > 作詞・鏡音レン
忘れないで
Tomorrow
僕らには明日がある
小雨が君を隠す日も
風が僕を誘う日も
いつだって 明日という未来
いつだって 笑っていいんだ
さあ信じて進もうよ
僕が手を引くから
ねえ雨上がりの明日は
虹が見えるかな?
(以下略)
――――――――――――
「…… プッ」
「ア、ハッ、アハハハハハッ!! う、ウケるっ…… 死ぬ、死んじゃうっ アハハハッ」
「なっ!?」
バンバンバンッ!
それはもう盛大に机を叩くリン、相当にツボったらしい。机が可哀想なぐらいウケている。
一方予想外の笑いを取ってしまったレンは不満気だ。
「な、なんでそこでウケるんだよっ! 感動して涙する場面だろフツーさ!?」
「やめてレンッ、こ、これ以上笑わせないで! お願いっ! く、あはははっ」
「だからウケるなっ!」
「ぷくくく」
今年一番の大笑いを記録するリン。だがしかしあまりにも大げさに笑い過ぎてコードに足が引っかかった。
落ちるドライヤー。
「ハッッ!! ぅぁぁぁ〜〜!?」
もちろん、それは小指に落ちました。
うずくまるリン。
そのまま丸まるリン。
涙も浮かべるリン。
暫く再起不能といった感じだ。しかし、これでレンは詩でリンを泣かせたことになる、目標達成だろうか。
「ってそんなわけあるか。くっそぉ、なんでこの渾身のできで笑うんだよ」
「だってぇ、あまりにもギャップが…… ぷ、くくっ」
「むぅ、そんなに笑うことないだろ」
「ご、ごめん。でもさ、面白いんだもん。レンって絶対笑いの才能あるよ、自信持ちなよ」
「笑いかよっ!?」
あまりに不本意な開花に項垂れるレン。
人によっては命がけで欲しい才能かも知れないが、いろんな意味で悲しかった。
そんなレンを尻目に凶器(ドライヤー)を片付けてきたリンは、流石に見ていられなくなって兄弟の肩を叩いた。
「レンには歌があるでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「あたし、レンの歌は好きだよ。ちゃんとプロデューサーの作ったバラードなら、ちょっと泣けちゃうときもあるしね」
歌詞については別の意味で泣けたけどねー、なんていいながらリンは笑う。
「へっ、だよな」
つられて、レンも笑った。
そのままノートを閉じると、その上にいつものインカムが乗せられる。
「寝る前に一曲歌ってこよ? いい夢見られるようにさ?」
「……そうだな! よしっ、それじゃニンジャ歌おうぜ、ニンジャ!」
「なんでニンジャ!?」
「そんな気分だからだよっ、ニンンジャーッ!」
「プッ、やっぱり才能あるよレン。お笑いの」
「お笑いっていうなーーっ!!」
秋の夜長に2人の歌声。
鈴虫と一緒にニンジャの歌。
この調子なら明日も元気に歌えそうだ。
そう、また明日。
あーあ、作詞はリンの方が向いてるのかもな――――