「負ける事」 ………ガン キン、         …………カンッ!               ガキンッ  最初の一合から始まった金属同士がぶつかる様な音は、今二十二合を越えた所だった。  先程から細長い斧と優美で実用的な剣とがぶつかり合い、離れあっている。  その光景は傍から見れば壮絶の一言、見る人が見れば押されっぱなしの一言だろう。  俺にしては頑張った、いや、頑張り過ぎたとも言えるほどの成果だ。  実際本当に頑張った。  もう3分の1近くもダメージを与えたのだ。  大勲章物だろう。  あの蒼天のバルムンクにこれだけの傷を負わせたのだ。  その見返りと言っては難だが。俺はもう、HPバーが見えるか見えないかと言ったほどに 減り、随分昔に赤ラインへと突入していた………。 ……………  ここは闘技場と呼ばれている最近新しく設置されたコーナー…………いや、施設だ。  巨大なグランドを囲う円状の巨大施設、ローマのコロセウムをThe World風にアレンジ したような感じの場所だった。  けど、戦うのは自分達、見るのも自分達、つまり2000万を超えたプレイヤー自身。  コロセウムとは違い、ここは自分達自身の強さを競う場所なのだ。  有名な伝説的PC、噂のPK、誰もが知っているPKK、誰も知らない無名のPC……。参 加者は実に様々。  自然、有名PC見たさで来る者、ここで戦闘の勉強をしようと来る者、闘技場に参加して いる友人を応援に来た者、人が集まった所で商魂逞しく自作の商売を始める為に来た者な ど、大量にPCが集まる大人気施設となっていた。  それだけPCが集まれば回線も込みそうな物だけど、客席を4つのサーバーで四分割し。 グランドその物を残った一つのサーバーで処理する事(現代はΩサーバー)によって、そ の問題は解決されている。  それぞれ会場がリンクされているので見た目は円形の施設のままだけど、実際PCは5分 割された中の一つに居るに過ぎず、残りの空間はそれぞれ別の空間を映し出した映像を見 ているに過ぎないのだ。  まぁ、映像と言ってもこの世界その物が映像なのだから、『見えない壁』と言うやつが有 るか無いかの違いだけなのだけど。  兎に角、人々は思い思いにこの場所を楽しんでいた。  俺もその中の観客と言うポジションで楽しむ………、筈だった。 『ウィールは参加しないんですか? あんなに強いのに』  ……そう、この一言が始まりだった。 『はは、頑張れば優勝できるかもね』  ……そう、この一言が終わりだった。  俺は暫く後に闘技場へ締め切り2分前の参加登録をしに走る事となった。  だってこの後『じゃあ、頑張って下さいっ!』ってそらす事の出来ない瞳をあんなに輝 かせて言われたら断れないじゃないか。  いや、断ろうと思えば断れたけれど、それはしたくなかった。  ここで断るぐらいなら、ここで彼女をがっかりさせるくらいなら頑張ろう。……と。  俺が深――い決意を固めたのは正にこの瞬間だった。   ………だが、アーサと居る限りあと何回深――い決意をする事になるのか想像も出来な かった………。 ≪ 第一回戦、Bブロック…………… ウィール……… ≫  俺は物の見事に予選を通過してしまい、泣きたくなるほどの強運で不思議なほど勝ち上 がっていた。  まだまだΩサーバーに入れるようになったばかりのレベルですのに。  何故〜〜か、強者同士が相打ちになってくれたり、ラスボスが何たらの理由で不戦勝に なっちゃたりと言う事が続いたのだ。……多分俺のせいで、可哀相に。  勿論実力で勝った事も有ったけど………、俺は不思議なくらいこう言う場面で運が強い のだ。  …………普段誰かさんとかのお陰で圧倒的に不幸だからだろうか?  兎に角、俺の居るBブロックには殆ど名の知れてるような強いPCが居なかった。 Aブロック:マーロー・月長石・ガルデニア・銀漢・…… Cブロック:カイト・クリム・バルムンク・ぴろし・……  因みに他のブロックはこんな感じ。  想像に難くない物凄い大決戦が巻き起こっていた。  これも多分俺のせい。……何だか疫病神みたいな気分だ。    俺は一歩勝ち抜く度に、『こうなったら不幸にした人達の為にも絶対優勝してやる』と、 決意を固めていった。  何も自分より高レベルなPCだからと言って、絶対に勝てない訳ではないのだ。  避けて削って、避けて削って、避けて………。  グランド内ではアイテム使用禁止だから、これを繰り返していれば勝てる!  勝てる筈だ! 多分。  いーーや、絶対勝てるんだ!  ……と、俺は半ば催眠術でも使って自己暗示にでも掛ける様な勢いでコレを脳内復唱し ていた。  ちょっと(凄く)馬鹿みたいな気もするけど、無いよりもマシと言う事で許してやって 欲しい。  あれだ、眠れない時に羊を数える心境を限りなく切羽詰らせれば、こんな感覚になると 思う。  で、馬鹿みたいに集中して復唱していたら、ここまで来てしまった訳だ。  世の中馬鹿と悪運に勝てる奴は居ないと言う事なのか。  居るとしたら目の前で決着を付け様としている伝説のPC、バルムンク並の者だけだろう。 「うわぁぁぁぁ……っ!!」  剣と斧の鍔迫り合いからそのままグイと押し戻され、それだけで俺は5,6メートルほ ど吹っ飛んでしまった。  残りHPは2と言う限りなく際どい、崖の端っこでバレエシューズ掃いてつま先立ちし ている様な数だ。  もう、後はほんのちょっと掠るだけで勝負は決してしまう、……俺の負けと言う結果で。 「ここまで来るとは大したものだ、……だが。そろそろ終わらせる」  彼は剣を垂直に構え、今にも攻撃できる態勢に入っていた。魔法スキルを確実なのだか らそちらを使えば良いとも思ったけど、そこは彼の拘りなのだろう。  スッパリと己の剣で決着を付けるつもりなのだ。どちらにしろ難しい事ではない。  だけど……。 (だけど……、このままで終わるものか!)  俺も自らの斧を構えた。  絶対に勝てなくても諦めるなんて事は出来ない、彼女の前で俺は闘ってるのだから……。  勝てる、勝ってやる!! 「やぁぁぁぁ!!」 走る 「蒼天のバルムンク、参る!」 飛ぶ  俺達は同時に地面を蹴り飛ばした。  向かい来る剣、迎え撃つ斧。  威力は、ほぼ互角。    突き出された剣と斧が交差し、 そして…………。    決着は付いた。 ≪第三回・夏季リア・ファイル大会:優勝、バルムンク≫ 「………ごめん! 最後まで、頑張れなかったみたいだ……」 「こらこら、何言ってるんですか、頑張るのはこれからですよ。私は何も『今』頑張って 下さいとは言ってませんよ?」 「………、そういう意味だったか。……厳しいなぁ」 「『負ける事』を知ったんだから、ウィールはもっと強くなれますよ。だからまた今度、… …頑張って下さいね?」 「ウィ、りょーかいです(苦笑)」 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 又もや短めの作品ですが、ここまで読んで下さった方々、本当に有難う御座います。 これからもウィール君と仲良くしてやって下さい。(笑) 今回はちょっとだけ満足出切るシーンが書けました。こう言った場面をいつも書けると良 いのですけどね。 うーん、……調子悪いです。 いえ、作品ではなくて体が。(汗) 夏風邪でもひいたのか……。