<心のよりどころ>  最近、俺はとっても疲れている。  そう、16歳と言う身分で医者に『過労ですね』などと言われたのだった。残業の厳し いサラリーマンでもないのに。  何もしてないくせに物凄く健康な弟が恨めしく思える。 おまけと言っては何だが、精神的にもとっても疲れている。 体の方は連日のバイトと暑さのせいだから夏場が過ぎれば何とかなるとして。 問題は後ろの精神的疲れの方だ。 こればかりは夏が過ぎようが22世紀になろうが、そうそう解決しそうも無い。  家では無茶をする弟の面倒とぐーたらしている母親の手伝い(家事全般)があり、学校 では宿敵との戦い(あえて語らないが)があり、ついにはゲームの中にも色々な付き合い で心の休める場所が減りつつある。  そう、危機だ!   浅野 猛(16)最大の危機だ!  何の特徴も無い普通の高校生である俺が、こんな状況にいつまでも耐えられる筈も無 い!このままでは過労死決定じゃないか!  早く何とかしなければ!  ……と、かなりハイテンションに語ってしまうほど危険なのだった。 (何やってるんだろう、俺……) ……コホン。  兎に角、今日は家の事を忘れてThe Worldで軽く雑談でもしていよう。  唯一気軽に話せる女友達(心のオアシスと俺は呼ぶ)であるアーサでも呼んでみようか な、男ではオアシスに成し得ない。  疲れを取るだけなら一人で草原のエリアをフラフラしてるのも良いけど、やっぱり色々 と話していた方が落ち着くしね。これぞMMORPGの醍醐味。  よし!  そうと決まったら誰かさんの邪魔が入る前にさっさと行動を始めよう。  思い切ると、俺はパソコンに電源を吹き込んだのだった。  勿論、心の片隅では誰かさんが現れない事なんてない、という事を分かりながらも。  朱色のカーテンが覆い被さっているかのような空、何か懐かしさと寂しさを思い出させ るBGM、水と言う人々の潤いを象徴する優雅な運河。  ここは旅人の始まりの町であるΔサーバー『マク・アヌ』の町。  俺はこの常に大量の人々が行き来する町の街路に出現した、黄金の輪と共に、重斧使い ウィールとして。  俺は懐かしさを込めて一人称視点に視点を変え、一週間ぶりに拝むこの景観を心から味 わった。  そう、一週間ぶりなのだ、これは長かった……。  何しろ後14日ほどでこのウィールが消えてしまうと言う危機が迫っていたのだ。  アカウント料を毎回ギリギリで払う俺にとって、この問題は切っても切り離せない難問 なのだった。  ああ、今月もなんとか料金払えて良かった。苦労してバイトした甲斐があったなぁ……。  何だか走馬灯の様に夏場は辛い肉体労働なバイトの日々が蘇る。ホント一週間が長い。  俺はチョッと涙ぐんだ目で、またマクアヌを見渡してしまうのだった。  おあがりさんみたいに見えるが、この際そんな事は気にしないのである。  ……と、その時だった。  背筋にゾクゥっと来るような、嫌な、物凄く今は会いたくないような、いや〜〜な気配 を感じた。  例えるならカキ氷を背中に入れられたような感覚だ。しかもその後シロップが背中でネ トつく。  俺は覚悟を決めた。  足を止めた。  アーサ宛のメールを送信して、手も止めた。  ………そしてゆっくりと、振り返った! 「ティロロロ………ジャーンッ! アーザスが現れたぁ!」 「あんたは旧式RPGのザコキャラか何かかっ!?」  最初に発せられたのは低い声による形容しがたい効果音、……って。 待てぃ!そこの黒いのっ! 行き成りなんちゅう登場の挨拶だ? 「チッチッチ……、俺様なら最強の隠しボスに決まってるだろう? さぁ〜て一週間ぶり にアーザス様直々に出向いて会いに来たぞウィール! どうだ嬉しいだろう? だぁー、 はっはっはっは!!」    すまん。全く嬉しくありませんでした。 「ごめんなさいね、いつも騒がしくって……」  あっちの1人で大笑いしてる黒いのの後ろから、優しげな声のフォローが入ってきた。  純白のローブに長い金髪、左手にいつも本を抱えているのが特長のセレアさんだ。  この人が居なかったらアーザスはただの迷惑キャラと化していただろう。もう、良い人 を超えて偉大な人だ。  この人が姉か母親だったら……、といつも夢に見てしまう。ほんとにもう家の家族とは えらい違いだ。 「いえ、慣れてますから。セレアさん……」    あっちの黒いのはともかく、俺はこの人には頭が上がらないのだった。  と言うか俺以外でも上がらないだろう。約一名除いては。 兎に角セレアさんの手前、とても精神的疲れの原因の70%を締めているのはこいつだ っ!などと言う事など出来ないのだった。  この人の前に居ると何故か『我慢して頑張らないと』と言う気持ちになってしまう。  ……と、そう言えば今日はアーザスと遊ぶつもりは無いんだった。  俺は今更になって思い出した。危うく向こうのペースに乗せられる所だ、危なかったな ぁ。  濃すぎて忘れそうだったよ、全く……。 「じゃあ、俺は用事が有るので失礼しますね……」  アーサからの返信では既にマク・アヌに来ていると言う。  なのでこれから探しに行かなくてはならないのだ。  俺はセレアさんに一礼すると、そのまま依然として笑っているアーザスを尻目に走り出 した。  出端は挫かれたけれど、何かしたくてウズウズする感覚は消えないものなのだ。  行き成り走り出すとは俺も若いなぁ。 「何だ、つれないねぇ今日のウィールは」 「きっと大事な用が有るのよ、とっても大事な用が」  俺の背中を見ていたセレアさんは微笑していたのかもしれない。  ふとそんな事を思った。 「何だ、そーゆー事か。頑張れよー、イロオトコ」  何だか今すっごくムカついたのは何故だろうか?  ………アーザス、意地悪な人だ。  アーサは予想外にも、簡単に見つかった。  見つかったというか、目立っていたので勝手に眼に入って来た、と言った方が良いかも しれない。  アーサは紫色の猫みたいなPC……なのか? と何か話していた。  そしてアーサが2、3話して一つの方向を指差すと、紫色の猫みたいなPCは嬉しそうに 尻尾を振ってそちらに走っていった。  ………いったい誰なのだろうか?  どこかで聞いた覚えが有るような気がするのだけれど……。  まぁ、兎に角アーサに聞いてみよう。  俺は藍色の服に黒いロングスカートを刷いた、柔らかそうな薄赤色の髪をリボンで結んでいる PC、アーサの元に走っていった。 「今の人……猫?」  アーサは予想通り少し送れて俺の存在に気付き(鈍感なのである)ゆっくりと振り返っ た。  あ、装備が変わってる。  一週間の間に大分頑張ったみたいだなぁ……。この調子だといずれ追いつかれそうだ。 「うん、さっきのはミアって言う人。『エルク何処行ったか知らない?』って聞かれちゃっ て」 み、ミアってあの.hackersの猫人!? そして、また.hackersのエルク!?  い、いつの間にアーサはそんな有名人と仲良くなっていたんだ!?  ……って、有名人でも一般PCには変わりないんだから知り合いでもおかしくは無いか。 でも凄いなぁ、The Worldを始めて二ヶ月そこらで知り合いになるなんて……。  いや、正直に言えば羨ましい、かな、この場合。 「あ、言い忘れてたけど、私はエノコロ草同好会会員NO22のアーサですw」 あ、なるほど。 ……だからミアさんがエルクさんを探してアーサに声を掛けたのか。  .hackersの噂によると二人は凄く仲が良かったんだっけ。 「まぁ何はともあれ、すぐに見つかって良かったよ。早めに行かないと喫茶店の席埋まっ ちゃうしね」 「ああー、メールに書いてあったあの『マク・アヌの星』、とか言う新しく出来た喫茶伝に 行くんでしたよね」 「そうそう、早く行って良い席確保しないとね」  ああ、これでやっと一心地つける……。  そう考えると、先程までの妙にハイテンションで語ってしまうような疲れが一気に吹っ 飛ぶようだった。  アーザスの対応に疲れていた俺にとって、こう言う喫茶店での一時と言う物は、大袈裟 かもしれないが極楽に限りなく近い一時なのだ。  いや、アーザスの相手をするのが疲れ過ぎるのか……。  兎に角、俺はリアルでは節約の為もあって(彼女居ない暦=年齢だからと言う理由では 断じて無い)喫茶店などの外食をしないので。こう言う場所は一種の憧れなのだ。  特に女の子と一緒ならば!  ………  と言う訳で、俺達は期待に胸膨らませながらその『マク・アヌの星』と言う妙な名前の 喫茶店に向った。 まぁcc社のネーミングセンスに今更突っ込みを入れるつもりは無いので、店名への突 っ込みは止して置こう、何しろモウダメロンとか言うアイテムを考える会社だし。  喫茶店はすぐ近くに在った。さっき渡ってきた橋の曲がり角の辺りだ。  そこは町の雑踏に埋もれながらも控えめにその存在感を誇示しているような店だった。  店内は意外に広く、前面ガラス張りの透明感のある店内で、中からはマク・アヌの運河 が見えるようになっている。  何だか後ろから妙な視線を感じたりするけれど、俺は感じなかった事にして2人で店に 入っていった。 カランカラン………♪  奥に丁度2人分の席が余っていたので、俺達は必然的にそこに座る事になった。  これだけ人間が居る中で空いているとは、今日は中々ラッキーなようだ。  何故かキョロキョロしているアーサを手前に座らせると、俺も向かい側の席に落ち着い た。 「アーサがエノコロ草同好会の会員だったとは初耳だよ。好きなの? エノコロ草」 椅子に落ち着いてコーヒーを注文すると(50GP)俺はさっきから気になっていた事 を質問した。  前々から、純粋にエノコロ草好きが集まるという謎の集団(?)エノコロ草同好会と言 う物に興味が有ったのだ。いったいどう言う活動をしているのだろうか?  我ながら雑談には持ってこいの話題だろう。  しかしアーサの表情は浮かないものだった。……何か、凄く痛い物を握り締めているよ うな表情だ。 「前に家で飼ってた猫がエノコロ草で遊んであげるのが大好きだったから……。家ではろ くにおもちゃも買ってあげられないから、いつもエノコロ草ばっかりで遊んであげていて、 ね。 今でもあの子の姿が忘れられなくて、つい、エノコロ草が有ると手にとって思い出しちゃ うんですよ…… そんな所をエルクさんにスカウトされて『エノコロ草同好会に入ってみない?』って言わ れたんです……」 「そ、そうなんだ……」 しまった、行き成りテンション下げてどうする!? 楽しく雑談じゃなくてこれじゃディープに雑談じゃないか。  な、何とか明るい方向に持っていかないと、このまま一緒に落ち込んでしまいそうだ。  何か慰めてあげれると良いのだけど……。 「エノコロ草を見ていると、あの子の顔が浮かんでくるんです。 顔にミアさんみたいな白い筋があって凄く可愛くて溺愛しちゃってて……、同好会の集ま りにミアさんが覗きに来た時とか思わず抱きついちゃったりとかしたんですよ?私」 .hackersの1人に抱きつくとは……、アーサって………。 いけない、兎に角話題変えないとドンドン暗いところに行ってしまう。 えっと、何かこちらから話題出さないと。 「そう言えばさ、エノコロ草同好会ってどんな活動をしてるの?」 無理矢理に話題を変えようと試みてみた、少なくともここからディープなお話が出てく る事は無いだろう。  無い筈。 「そうですねぇ……、エノコロ草が出そうなエリアにメンバーで集まって探索するとか。 エノコロ草のトレードしたりとか……」 「あれ、トレードって、エノコロ草同士をトレードするの?」 「はい、エノコロ草って一つ一つ微妙に形や色が違うんですよ」 おお、初耳だ。 「意外と奥が深いんだね、エノコロ草って」 思わず感心してしまう俺だった。  皆同じに見えるけどそんな違いが有ったのか……。頑張ってるなぁCC社。  何か譲れないこだわりを感じる。 「中でも葉が四枚ついてる四葉のエノコロ草がレア物で凄く人気が高くて……!」 「へ、へぇ……」  何やら彼女の導火線に火を点火しまったのだろうか、俺?  さっきまでの落ち込みムードが逆転して、今のアーサは熱い魂の塊って感じだ。  明るくなったのは良いけど聞いてはいけない事を聞いてしまったような気が……。  ……もはや手遅れみたいだ。 「最近だと普通のエノコロ草10本が交換レートになっているんですよ、前は8本でしたけ ど最近需要が多くてレートの上昇が大きいみたいですね。原因はエノコロ草愛好会の肥大 による……」 「…………今日は帰れないかもね」  俺は最後に一つ、呟いたのだった。  何から言ったら良いだろうか。  ………よし、簡単に言おう。  俺が『朝の』バイトに行く時間まで続きました、アーサの有り難いお話は。  疲れに変わって、『寝不足』と言う症状が出てきたのは語るまい。 兎に角、熱く語る彼女を前に、俺は(アーサが)楽しく雑談するという目的は果たせた。  アーザスよりはマシと思えばどうって事無い筈だ、うん。  多分へーきだ。 まぁ、彼女の意外な一面を知りえたのだし、今回の報酬は大きかっただろう。 心のオアシスだったのかは別として。 ――――――――――――――――――――――――――――――― 今回は妙なお話になってしまいましたね……。 ギャグなのか何なのか書いてて良く分からなかったです。(苦笑) まぁ言える事は一つ。 頑張れウィール君!(笑)