<弾けて、輝やく物> 「ねぇー、レイン。人間ってさ……」 「ん?」  また質問か?  ウンザリした面持ちで、俺は輝石の方を向いた。  輝石とは服はスッキリとした海色のズボンに、それを留める薄赤い帯。そして上には空 色の半そでだけと言う極めて簡素な服を着た目の前の少年の事だ。  琥珀色の瞳を除けば、何処にでも居そうな少年に見えるだろう。だが、AIと言う部分で も人とは違うのだが。  輝石も飽きないものだ……、3日前にホームにつれて来てから一定時間経つ度に質問の嵐 を投げかけて来るとは。  母親が居なくなって寂しいのは分かるが……。  正直に言うと少々疲れる。  只でさえリースのお陰で疲れてると言うのに。これ以上やられたら流石に俺でも耐え切 る自信は無い。  それに質問するならば、せめてもう少し普通の質問を……。 「人間ってどうやって増えるの?」 「ブふっ!!」 (熱っ……うをっキーボードにコーヒーが!)  俺はキーボードに付いたコーヒーを拭き取りながら思った。何でこんな事ばかり聞くん だ、と。  質問が唐突過ぎて手に負えないのだ。  理由は分かっている、輝石は生まれたばかりで好奇心旺盛なAIだからだ。  だがしかし分かっていても文句の一つ二つ言わないと納得できない。理不尽だと分かっ てはいるが、そのぐらいしないとストレスが限界許容量を超えそうに思えてならないのだ。  俺は二つの憂鬱が混ざった溜息を溢し、いかにも興味津々と言った瞳でこちらを向いて いる輝石に答えた。  答えようとした、が。……やめた。 「それはだな……………、医学書のデータを送るから自分で調べろ。そちらの方が早い」 「医学書? ああ、そう言えばレインはそう言う勉強をしてたんだったね」 「まぁ、な……」  何だか母親にでもなった気分だ……。  この質問はは教育上避けられない壁の一つなのだろうか? ……とすら思える。  昔は納得行かなかったものだが、今になって初めて『コウノトリが〜〜』と説明したく なる気持ちが良く分かった。 母親とはこうやって代々難しい質問を切り抜けてきたのだと、今更ながら感心しそうだ。 まぁ、普通の母親はしないような切り抜け方をした訳だが。  そのままフォルダを添付したメールを輝石に送ると、俺はやっと一息付く事ができた。  輝石が医術書を読んでる間の暇が出来たから、多少なれど読み込みの待ち時間が出来た のだ。  これで少しはゆっくり出切るだろう……。久しぶりに自分のホームに帰って来ているの だ、質問攻めさえ終われば気兼ねなく羽根を伸ばせると言うもの。  そう思ってから、俺はいつも座っている黒地の肘掛け椅子へ腰掛けた。  感覚こそ無いが、大き目のこの椅子は読書をする時などの座り心地が良い。なので気に 入っている。  それにしても、やはりAIとは不思議な物だな。世界には『キー・オブザ・トゥワイライ ト』の噂などの都市伝説染みた不思議な物が色々と有るが、AIは実際にめにしても今だ不 思議な部分が多い。 人間のようで人間ではない……、そして段々と人間に近付いていく。  輝石を見ている限りでは成長を止める様な、留まる様な素振りは全くと言って良いほど 無い。  ……もしかしたら完全に人間になった『後も』成長を続ければ、AIは神にすらなりえる のかもしれないな。  神など、左程興味の無い事だが。  だがこのままAIが増えてより高度になって行くとすれば、世界はどうなるのだろうか?  俺の予想では、AIはPCの数千倍以上を軽く超えたデータ容量を使っている筈だ。AIの 数は不明だが、このまま高度なAIが増えていったら世界は………。  まぁ、心配することはないか。  海上バックアップセンターはそれなりに巨大な施設だ、それにAI達は嬉しくないだろう が碧衣の騎士団も活発に動いている。 今はまだ大丈夫な筈だ。……何も、問題は無いだろう。  無ければ、いい。  有るならば、潰すまでだ。  俺は腰に刺してある愛剣『ラズ・ノーグル』の存在を確認すると、再び決意を固めた。  この剣と共に誓った決意だ。 「レインー、学校ってどんな物なの?」  ……早いな、もう読み終わったのか。 「同じ年頃の人間を集めて、一括した教育を行う場所だ。……お前なら、物凄く気に入り そうな場所だな」  そう言ったが最後、輝石の瞳は名前通り宝石の如く輝いていた。未知なる場所への好奇 心がガソリンに引火した炎のように燃え盛っているのだろう。  失言だったか………、そう思ったのも。既に遅い。  輝石が既に『学校』という場所に只ならぬ興味を持ってしまった後だからだ。  俺はまた、深い溜息を漏らした。 「ねぇどんな場所? ねぇねぇ!!」 「はぁ……、先ずは白い校舎が有ってだな…………」    それは永遠と続いた、長い長い質問攻めが終わったのは丁度2時間後だ。 「あれ、どうしたの、レイン?」 「別に……、疲れてなどいない……」   「そっか、良かった♪」  良くないと言うに……。  何故俺がこんな事を散々と説明しなければいけないんだ。………とにかく、疲れた。  授業の風景から教師の顔、チョークの形まで聞くとは……。これはもう、殆ど質問では なくて警察の尋問に近いな。まったく……。  だが、相変わらず輝石は笑顔だ。それもこの世に二つと無いような笑顔。  こんな表情をされては、もはや文句を言う気力すら失せてしまう。  ある意味、リースの次に恐ろしいのはコイツかもしれない。 「ふぅ……」  無意識の内に、また溜息が漏れてしまった。  そんな事をしていると、不意に、独特の効果音と共にログインを現す黄金の光が目の前 に現れた。どうやらこのホームに誰かがやって来たようだ。  だがこのホームを拠点に設定してログイン時にここに現れるように設定しているのは、 俺の他には一人しか存在しない。  中から出てきたのは緑でショートの髪に、何故か猫耳。……今だしつこく装備している 様だ。それと全身を覆う白いローブ。 予想通り来たのは背の低い呪紋使い……。リースだ。  噂をすれば本当に来てしまうものなのか。 「ただいま〜〜輝石、レイン。二日ぶりだねぇ」 「リース、『結婚』って何?」  輝石にとって二日とはあまりにも長き時間だったらしい。早速リースを捕まえては質問 攻めにしている。  ご苦労な事だ……。  そう思いながらも、やはり何処かホッとした。 「およ? 行き成りだね。 う〜〜ん、好きな人とずっと一緒に居ようって約束する事か な……?」 「そうなんだ。じゃあ……」  待て、じゃあの次に何を言う気だ。 「レインとリースと3人で結婚する!!」 「……………」 「………あー、難しいかもね。うん」  根本的な事から教えないと行けないとは、……本当に子供の親とは苦労するんだな。  いや、本当の子育てはもっと大変なんだろうが……。  もう、溜息すら出そうにない。 「なんでダメなのさーーっ?」 「それよりも、花火見に行こ? ガデリカでやってるみたいだからここの屋上から見える 筈だよ」  リースはこれ以上説明する気は無い、と暗に語っているかのように話題を変えた。  どうやらこの時間に無理に帰ってきてログインしたのも、花火が見たいからなのだろう。 去年俺が連れて行った時には、リースがこれ以上無い程はしゃいでいた記憶が有る。  リースはこういうイベントが大好きだしな……。  あの頃はリースも日本に来たばかりで質問攻めにされたものだ。……思い出してみれば 輝石とそう変わらないな。 「花火?」  輝石は名前からその物体が想像出来ないらしく、首を傾げている。  まぁ知らないのに想像できたらそれはそれで凄いが。  俺は椅子から立ち上がると、分からないと言った顔をしている輝石を促した。 「見れば分かる……」  俺達はぞろぞろと玄関を出る。輝石はまだ不思議そうな顔をしていたが、玄関を開ける 事で防音が解除され聞こえて来た花火の音を聞くと、そんな事は等に忘れたかのようにこ れから何が有るのかと夢中になっている顔に変わった。 通路の突き当たりに有る階段を上り、フェンスも何も無いがそれなりに開けた場所にな っているホームの屋上へと上がる。かなり広い場所なのだが、広過ぎて困ると言う事は無 いだろう。 まぁ月光の破壊した地面の修復後さえ気にしなければ、さっぱりとしていて良い場所だ。  俺の借りているホームは99階建てのマンションの様になっている為に、どうやら眺めだ けは良さそうだ。  俺達は適当な場所を見繕うと、横一列になって腰を落ち着けた。既に少しずつ花火は上 がり始めている。 「すごい……、綺麗………!」  小さい物から上げられた花火は小さい爆発音を光の後に轟かせ、それに混じって偶に出 てくる大きな花火も、やがては光と音がガデリカの夜に広がる。  俺にとっては左程珍しくも無い光景だが、輝石はその光景を吸い込まれるように見つめ ている。背中の服の端を掴んでいないと、身を乗り出して屋上から落ちてしまいそうな程 前のめりになっていた。  危なっかしいな、だが、気持ちは分かる……。  かなりリアルに作られているそのデジタルな映像は、火薬の爆発によって起こる硝煙の 煙までも表現している。一見しただけではもう殆どリアルと変わる物はないだろう。  ここまで出来るとは、最新技術を作りリ出しているクリエイター達には脱帽だ。  俺は、輝石を捕まえながらも花火へ目を向ける事も忘れてはいない。  そうやって輝石を捕まえていると、今度は連続して赤や緑の光がそれぞれ重なり合って 弾け、連続して届く爆発音が一歩送れて到着する。言うまでも無いが、連続花火だ。  チラチラと淡い光となってはまた強い光が上がり、また落ちて……。 「いいなぁ、花火……」  偶には、平和を楽しむのも良いものだ。  戦いばかりでは味わえない喜びだな………。    俺は久しぶりにPKKの顔を忘れ、……そう思った。 ―――――――――――――――――――――――――――― 今回はほのぼのしたお話にしようと頑張ってみました。 試行錯誤、試行錯誤を重ね悩みぬいた挙句に……。 結局輝石の質問ネタとなってしまいました。(苦笑) 彼は中々動かしやすくて良いです、つい使ってしまいますねw さて、これからどう使ったものか……。 兎に角楽しんで頂ければ幸いです。 因みに何で花火が出て来たかと言えば、今現在『熱田祭り』の花火の音が聞こえて来てい るからです。(笑)