<貧乏なんて嫌いだっ!!(泣)>   『何で家は貧乏なんだぁーー………!』  不景気だからである。  小声で言ったつもりなんだけど、つい音量が上がってしまった。  うちは親父がリストラに有ってしまい、半年間も就職先が見つからなかったと言う過去 がある。もう十年以上も昔の話だけど、それは今でも『貧乏』の二文字を我が家の家計簿 に刻み込んでいるのだ。  分かっている。  そうとは分かっていても、今現在の状況では親父をリストラした上司を逆恨みせずには 居られない。  俺は汗を流していた。無論、スポーツの後などの『良い汗』ではない。 「こらー、五月蝿いぞ、手は動いてるのか?」 「は、はい、ちゃんとやってますっ!」  俺は今、10トントラックに荷物を積み込むアルバイトをしている……。ハッキリ言っ て無駄に重い荷物ばかりで、腰を使いすぎでひん曲がりそうなくらい酷使している。  短期高収入バイトとはコレが10時間以上に渡って続く物なのだ。とても人間のする仕 事とは思えない。  ………そして俺はまだ5分の1も積み終っていないトラックを恨めしそうに見つめてい るのだった。 『(こ、これもThe Worldの為だ……!)』  そう自分に言い聞かせ、『明日の自分の腰はたぶん使い物にならないだろう』と諦めの混 じった溜息を漏らす。  もはや最後までやり通すしかないのだから。 「浅野ぉ――?」 「はーーい! 今行きますっ」  グテッ……。  俺は上着を脱ぐのも忘れて二段ベットの上に倒れ込むと、そのまま起こそうとした奴は 地獄の底まで蹴り飛ばす心積りで、深い眠りに落ちた。  絶対に朝まで起きるもんか。    幸いにも夜中俺の眠りを妨げる者は無く、朝9時までゆっくりと睡眠に勤しむ事が出来 た。……が、ゆっくりと体を起してみれば、昨日酷使した腰の辺りが短剣でも刺してある かのようにジクジクと痛んだ。  俺はそのまま腰をあまり動かさないようにして匍匐前進にてベットから這い出すと、ゆ っくりと背筋を伸ばしながら立ち上がる。  力を入れる度に腰が痛むが、無理に曲げなければ大丈夫なようだ。 「いつっ………、ふぅ」  何とか動く事は出来けど、今日はあまり動き回らない方が良いみたいだ。  俺は変に動かすとその瞬間100万ボルトの激痛が走る腰を上手く抑えながら着替えを 済ませる。そして家族内で『魔界』と呼ばれる手摺の無い階段、かなり不親切な作りで、 いかにも『落ちて下さい』と言われている様な錯覚を覚える階段を、カニの様な体制で慎 重に下りていった。  食卓を見ても当然の事ながら朝食は用意されていない。(あの面倒臭がりの母親が寝坊者 に対し丁寧に朝食を用意する訳が無い)  俺はそのまま洗面所に行って顔を洗い、適当に身嗜みを整えると、直ぐに台所へと向う。 そして戸棚の隅に置いてある食パンを一枚取り出すと、20年物のオーブントースター に放り込む。時間は4分だ。  4分では多いと思うかもしれないが、うちのボロトースターはこの時間で丁度良い。    チーン………と言う音すらも鳴らなくなったトースターを勘で開けて、俺はトースト(何 も塗ってない)と麦茶と言うささやかな朝食を済ませる。  トースターで焼いている時間より短い朝食が終わって、直ぐに使い終わった皿とコップ を片付ける。 俺はさっきよりも少しは良くなった腰を抑えて、やはりカニの様に魔界を登りきると直 ぐに二回の自分の部屋に戻った。  今日は弟も両親も居ないので、誰かに咎められる事無くThe Worldを楽しめる のだ。そして危うかったプレイチケットの購入の問題も解決させる事が出来た。  身体と生活面とは裏腹に、今日は珍しくThe Worldの事で心が弾んでいたのだ った。  手馴れたログインの操作を済ませ、俺は『重斧使い・ウィール』となり黄金の輪と共に 中世風のいかにもファンタジーらしい、それで居て新鮮味のある『世界』へと降り立つ。  そう、世界では俺は『ウィール』なのだ、リアルで目立たない人生を送る浅野 猛では ないんだ!  ……と言っても、こっちでも目立つ存在と言う訳でもないので、俺は地道にレベル上げ に勤しむ事にした。  別に目立ちたいからじゃない、何をするにしてもレベルは必要だと思ったからだ。  それに俺が目指しているのは自分の個性を見つける事であって………。  と、考えに耽りそうになったその時、丁度メールが届いた。着信音は御さい銭を投げ入 れる時の様なお金の鳴る音にして有るので、チャリ〜〜ンと言う効果音が響く。 ……ちょっと虚しくなったので次からは他の音にしよう、俺はそんな事を考えながらそ そくさとそのメールを開いた。 ≪さ、サーバー間違えて転送しちゃって今死にそうなんですっ!アプドゥが切れる前に 助けて下さい!【Λ絶叫する 数千億の 残留思念】送信者:アーサ≫  いかにも走り書きな短い文章だった。 世の中持ちつ持たれつだよな、俺も前アーザスに助けてもらったし……。うし、行こう。  ……でもサーバーって間違える物か?  俺は微かな疑問を胸に、いつもの様にTheWorldらしい大量の人込みへとウィー ルを飛び込ませた。 合間を縫いながら様々な根も葉も無い噂の飛び交う路地を抜け、足早に目的地であるカ オスゲートへと向う。  幸いにも丁度ここはカルミナ・ガデリカの大通りだったので、人通りは多いけどサーバ ー移動をする必要は無いな。 そんな事を考えながら長身を器用に動かして人込みを走っていると、走りがてら色々な 話し声が聞こえて来る。  世界には2000万のPCが居るからそんな事は当たり前なのだが、部屋の中に居なが らにして噂話を聞けるなんて、何だか新鮮な事だ。と、俺はそう思う。 『この頃噂を聞かなくなった、あの死神アークが最近になってまた出たんだってさ……』 『グレイ、ざっくんに変なエサ食べさせたらあかん……』 『白カビレイン〜〜♪』 『白髪だからと言って白カビと呼ぶな……』 途中色々と面白そうな噂を耳にしたけど、急いでいるので残念ながら詳しく聞いている 暇は無かった。 俺はルートタウンでアプドゥを使えないのを悔みながら、出せる限りのスピードでカオ スゲートへ向った、そして少し離れているにも構わずカオスゲートの有効範囲に入り次第 直ぐにワードを打ち込む。 【Λ絶叫する 数千億の 残留思念】  今更になって気味の悪いワードだと感じたけど、今更後戻りは出来ない。それにそれく らいの事で後戻りなんてしていたら、なんだかウィールに怒られそうだ。……有り得ない けど。  その時、既に黄金の輪は既にウィールを包み込んでいた。  転送が終わると、そこには予想通りワードのイメージをそのまま具現化したようなフィ ールドが広がっていた。どんよりとした空に不毛の荒野が広がっていて、所々から『マン ドラゴラァ!』の声が聞こえて来る。  噂に寄ればあの声はプロ声優ではなくCC社の社員が声を出しているそうだけど……、 かなり不気味だ。だがそんな事はどうでも良い、兎に角アーサを見つけるのが先決だ。  俺は辺りを見渡してから妖精のオーブを使ってマップを見ていると、急にウィールの真 後ろにあった魔法陣の表示が消えた。そしてそれと同時に聞こえてきた声に、反射的に振 り返る。 「わ、わーー!追いつかれる! 追いつかれるっ!」  タイミング良く聞こえて来たそれはアーサの声だった、後ろから迫ってくるサソッカー 二体に難儀していたのだろう。  まぁ、レベル18の剣士がレベル40のサソッカーに追われていれば焦るのも無理ない けど、何でアプドゥ掛けて逃げられないのだろうか?  答えは直ぐに分かった、まだ初心者で3Dスティックに慣れていないらしく、走ろうと するとグラグラ曲がってしまい真っ直ぐ走れないのだ。  ここまで来るとゲームと言う物自体で初心者なのだろう、それともピンチになると物凄 く焦ってしまって何も出来なくなるタイプなのだろうか? 「大丈夫?」  俺はアーサと横並びになって走りながら、冷静に質問した。 「大丈夫じゃないです!」  冷静じゃない答えが返って来た。  成る程、パーティを組んでいないからステータスは見えないけど、これはだいぶHPを 削られているみたいだ。  出来るなら自分で倒して経験値を取って欲しかったけど、この状態では無理だろう。  因みにパーティ要請も出したが、本人は逃げるのに必死で3Dスティックに掛かりきり らしい。これで良くメールを出せた物だ。  メーラーが最新の技術で段々と使い易くなっていったお陰なのだろう。 「しょうがないな……」  俺はウィールをサソッカー二体の前で立ち止まらせると、愛斧である『ディメンション』 を構える。  そしてサソッカー二体の攻撃を交わしもせずに受け止めた。  振り上げられた尻尾が勢いよく振り下ろされ、その攻撃によって針が深々と突き刺さる ………、かに見えたがそれは分厚い全身鎧によって防がれた。  見事合計6のダメージを受けた俺は、攻撃によって一瞬止まったサソッカーの隙を狙い、 両腕で回転させた斧を力任せに叩きつける。 『ギアンブレイク!』  激しい効果音と共に一閃した斧を振り下ろすと、衝撃で荒野の大地が少し削れとんだ。  その一撃で先程まで散々アーサを悩ませていたサソッカーは、呆気無く二体とも灰色に 変色し、やがて破片も体液すらも残さずに消えた。  ウィールだってギリギリΩサーバーに行けるくらいのPCなのだ、このくらいは出来て 当然だろう。  俺はショートカットを使ってウィールに『伸び』をさせた。 「さて、もう戦闘モードは終わったから……って、おーーい!!」  アーサは俺がサソッカーを倒したのにも気付かずに、スタスタと遠くへ走り去っていく のだった。相変わらず3Dスティックに苦戦していて前すらもまともに見ていないのだろ うか?  暫く気付かず、その姿が段々と小さくなって来た頃に、彼女はやっと引き返し始めた。 どうやらやっと『戦闘終了』の文字とBGMの変化に気が付いたのだろう。  何となく照れ笑いを浮かべて戻って来るアーサを迎えて、俺はウィールに『苦笑』させ た。 「は、はは、コントローラーって複雑な形してますよね? ………ゴメンなさい」 「分かればよ………っ!?」  俺が『頷く』を入力してウィールの首を振らせた瞬間、急に画面が真っ暗になった。 そして訳が分からぬ間にウィールは強制ログアウトしてしまったのだ。  突然の事で、俺は何が何だかで混乱して暫く反応出来ない。 「え……、これは……!」  ハッとなった俺は、パソコンの電源を切ると言うやってはいけない禁じ手を使い、再び 電源を入れ直す。  ……だがランプは点灯すらしないで、あげくモニターすらも付かない。  焦った、かなり焦った。  新型のウィルスか!?  もしかしてまたPluto Kissが起こったのか?  停電か!?……いや、お隣は普通にテレビが点いているみたいだからそれは違うか。   俺は中古でかなり古い型だが愛着のあるパソコンを、全部ひっくり返すような勢いで弄 り回した。しかし努力は実らず、パソコンはウンともスンとも言わない。  思えば毎日のように無理やり機能を拡張してThe Worldを起動していたこのパ ソコン、そろそろ人間で言えば寿命、機械で言えばガタと言う物が来たのだろう。   一瞬走馬灯のようにこのパソコンで遊んだThe Worldの思い出が過ぎったが。 それも直ぐに消えてしまった。 「く……、今まで良くやった。パソコンよ……」  思い出ばかりいくら有ろうとも、目の前の現実は変わらない。今は現実に目を向けよう。  そう決めると、未練を捨て去る為にも、今から昼食を食べる事にした。 俺はパソコンを元に戻して部屋を出ると、痛む腰を抑えながら『魔界』にたどり着く。 今の心境と体力ではこの多くの者が落ちて血痕まで残っている手摺の無い階段は、余りに も惨く巨大な絶壁のようだ、だがしかし俺はその『魔界』を根性でやり過ごす。 そしていつもの様に昼食を作る為、台所の蛍光灯の電源を入れた。 「……? ……何で電気が点かない?」  ………  …………  ……………  ……………… 「………まさか………………」 俺は腰が痛いのも忘れて隣の部屋に駆け込み、部屋の隅に有る色々な書類等を入れてい る棚を引っ掻き回した。 ……そして、予想はしていたが、出来れば見たくなかった書類を見つけてしまった。 そう、それは督促状。 「電気、止められてんじゃねぇよぉぉぉーー………っ!!!」    もう、貧乏なんて嫌だ………。  「貧乏なんて嫌いだっ!!」 翌日、俺は電気代払うのを忘れていたとか平然とした顔で抜かした母親を殴り飛ばさん 勢いで怒鳴りつけ、確りと電気代を払わせた。 ついでにガス代と水道代も支払わせたのだが、途中でお金が足りなくなると言う事態が 発生し。俺のバイト代の4分の3が消えたのだった。 ――――――――――――――――――――――――――――――― ある意味ホラーの作品でしょうか?(笑) 兎に角貧乏ですねー、ウィール君。 私がギャグをやろうとすると貧乏ネタになるのは何故だろうか……、ごめんウィール君。 (苦笑) 実際料金を払わないで居ると、電気、ガス、水道と言う順番で止められていきます。 何故かと言えば水道が止まると生きて行けなくなるからで……って、そんな事はどうでも 良いですね。 読んでくれた人、有難う御座いました。