<生き方> 「ただいま〜〜」  俺はガラガラと無駄に立て付けの悪い引き戸を開けながら大き目の声を出した。大きな 声を出さないと扉の音が五月蝿くて聞こえないのだ。  ここまで古臭い扉は2010年現在では至極まれだと言う自信が有る。もはやこれに勝 る扉と言えば、現在でも続いている某有名長寿アニメの扉くらいだろう。  別に誇らしい訳でもないが、そんな気がしてならない。 「お帰りー。 洗濯物入れといてよ?」 「はーい」  俺はいつものように返事をすると、日課である洗濯物の取り込みをする為に、手すりの 無い使い難い階段を昇って二階へ上がった。  ふすまを開けて六畳部屋に入ると、俺は窓を開けベランダに出る。暖かい日差しと少し 冷たい風が吹いて来たので、暖かいのか寒いのかよく分からない感覚に襲われる事になっ た。  まぁ、そんな事は俺にとってどうでもいいのでさっさと洗濯物を取り込み、その中から 自分の服を取り出すと、直ぐに制服を脱いでその服に着替えた。 「……さっむ!」  そう言えば窓が開けっ放しになっていて、そこから冷たい風が吹き込んでいる。  どうりで背中がやたら寒い訳だ。  俺は手早く上着を羽織り、今度は確りと窓を閉める。もし開けっ放しにでもして置いた ら泥棒に…………入られても特に取る物なんて無いか。  俺はそそくさと自分の部屋に入り、マイパソコンの電源を入れる。……と同時に鞄を机 の横に引っ掛けた。それが終わったら明日の時間割を確認し、スケッチブックを取り出し て描こうと思っている絵の構想を纏め始める(宿題)。  俺のパソコンが立ち上がるまでの時間を使えばそれ位の事は楽に出来てしまうのである。  ……まったく、いくら中古だと言ってもこの遅さはかなり腹が立つ。  おっと、やっと立ち上がったみたいだ。  俺はFMDを被り、いつもの様に慣れた手つきでThe worldを立ち上げた。  独自の剣が突き刺さるモーションからタイトル画面が始まるが、俺はそれをスキップし てさっさとログインした。  一瞬目の前が暗転したかと思うと、目の前が暗闇から自然の多い巨大遺跡郡都市のそれ に変わる。ついでに周りからガヤガヤと喋り声も聞こえ始める。   さーて、今日は適当なエリアでレベル上げでも……… 「ようっ!」  肩に少し色黒の男性キャラの物らしき手が掛かる。 …………… …………… 「………アーザス?」  俺はたっぷりと前に間を置いて、そしてたっぷりと『外れてくれ!』と念じながら聞い た。もし本人じゃなかったら赤っ恥だが、本人であるよりはマシである。  だがしかしこの独特の色黒を見る限り本人である可能性が高い………。  俺は意を決して。……そう、例えるなら我が咲水中学校の校長を理不尽に殴り飛ばすく らい思い切って振り返った。 「その通り、行き成り目の前に降って来るとは運が良い奴め!」  ……俺の場合、これは運が悪いと言います。 「久しぶりね、ウィールくん」 「せ、セレアさん。……良かった」  良かったアーザス1人じゃなくて……。俺は長いサラサラの髪の呪紋使いの姿を見つけ て心底ホッとし、胸を撫で下ろした。 もしアーザス1人だったらどうなっていた事か。それを想像してみると余りにも恐ろし いので、直ぐに中断した。 この色黒な弓使い<アーチャー>は武器も装備せずに『素手で』戦う人外……いや、P C外なPCなのだ。しかもそんな馬鹿みたいな戦い方で難なくΩクラスのモンスターを簡 単に倒している。 よく分からないPC、と言った方がいいのだろうか? いや、その前に素手で戦うんなら拳闘士選べよ、って話だ。 「うっし面子は揃ったな、しゅっぱーつ!」 「相手に同意を求めないでか〜〜〜〜〜!!」  無論、ガッチリと肩は掴まれたまま、体は引き摺られるがままである。俺の体は、その ままズルズルとカオスゲートに向かって行く。強制的に。  確かにレベル上げしようと思っていたんだ、エリアに行くならいいとするか。  俺はこのアーザスと腐れ縁(切れる兆しが全く無い)が出来てから、妥協と言うものを 学んだ。  因みにセレアさんは『こう言う行動に出たアーザスを止めるのは不可能』と言わんばか りに助けてくれない。 『ゴメンね、つき合わせちゃって……』  『いいですよ、慣れましたから。ハハハ……』  セレアさんが囁きで済まなそうに謝罪してくれた。その表情は幾分か俺と似たような諦 めのそれがあった。  嬉しかった、そう、もの凄く嬉しかったんだけど…………俺の笑いは乾いていた。   と、そうこうしている内にカオスゲートの前まで来たみたいだ。PCが多い場所独特の 雑音がFMD越しに聞こえてくる。 アーザスはそこに立ち止まると、迷う事無くワードを入れ始める。どうやらランダムで 適当に行く訳ではない様だ。   「<果て無き 黒雲の 煉獄夜>っと」  ちょーーーっと、まていっっ!!  そこって確か無茶苦茶強いモンスターが出るから誰も近付かなくなったエリアじゃない かーーーー!!! 「そ、そこは止めっ………」  しかし時既に遅し。それを言おうとした頃には、俺の体を黄金の輪が囲んでいる。 ……成る程、今更セレアさんの『ゴメンね』の意味が分かった気がする。  止めようとした努力も虚しく、俺のPCはまともに戦っても絶対勝てないような高レベ ルエリアに運ばれていくのだった……。  アーザスのバカヤロ〜〜〜〜! 「うっし、着いたな。さーて獲物獲物〜〜」  そこはワード通り黒雲が空一杯に広がっている、今にも雨の降ってきそうな森のエリア だった。夜で属性は闇だけど、レベルは82なので俺でも何とかなりそうだった。  しかし……、少し暗いエリアだけどあまり変わったところは無いなぁ。ホントに強過ぎ るモンスターなんて出るのだろうか?  噂では物凄く強いモンスターってもっと壊れた感じのするエリアで出現する筈だ。しか も最近はその数が激減しているらしい………って、アーザス!!1人で先に行くなーー ー!!  あっ、セレアさんも!? 「ちょ……、置いてかないで、1人だとこのレベルキツイんだって!」  俺はアプドゥ掛けて2人を追いかけて行った……。ちょっと独り言が寂しかった。   道中で出現するのはどれもエリアのレベルに見合ったモンスターばかり、特に強過ぎる 訳ではなかった。でも、それはアーザスの鉄拳とセレアさんの補助魔法スキルがあったか らで、俺1人だったら袋叩きな強さだった。 何だかんだ言って、この二人は息も合ってるし戦いに置いて隣に居てくれると物凄く頼 もしい。  ただし……… 「俺さまの鉄拳で貴様に『負け犬』と刻んでやるぜーーー!!」  これさえ無ければ。  これはいつもアーザスが攻撃(特に止めを刺す時)する時にやる、癖(?)だ。この他 にも『魂込めた拳は岩をも砕――くっ!!』や『俺さまの漢<おとこ>を見たかっ!!』 など攻撃の度に違う台詞が聞ける。  良く思いつくものだ。  俺は1人で目玉みたいなモンスターをタコ殴りにしている『自称』漢を見て、そう思っ た。  まったく、背中に背負っている巨大な弓は飾りなのだろうか……。 「アーザス……、拳使いたいのは分かったけど何で一度もその弓を使わないんだよ? 一 度くらい使えばいいのに」 「切り札はな、最後まで出し惜しみしないと『切り札』として役に立たないんだよ」 「………はぁ」    この弓を使ってくれれば俺も重斧使いとして戦いやすいんだけど……。そう、アーザス が思いっきり前に出てしまうので、俺は殆ど双剣士のようにヒットアンドアウェイな戦い 方を余儀なくされているのだ。 俺は思わずため息を漏らしてしまった。 『あの弓はね、大切な形見なの。だからアースは極力使わないようにしているのよ』  またセレアさんが囁いてくれた。 この人はいつも重要な所でフォローしてくれる。……アーザスもこの人の10000分 の1でも気が利いてくれればいい人と断言できるのに。(因みに今の状態だと『変な人』)  『そうなんですか……』  俺は深く頷き、そっとアーザスの背中を見つめる。  その弓は材質自体が特殊な木で出来ているようで、節目が無く物凄く実用的で頑丈そう だ。しかも大きさは150cm程もある。  そして、良く見てみると弓の端っこに誰かの名前が彫ってあった。えっと……S……。  『サルティ』? この人がこの弓の元持ち主だろうか。  どんな人なのか想像してみた………が、それが仇となった。激しい効果音が背中から発 せられ、俺は軽く10mは吹っ飛ばされる。 「くぅ……、一発で赤ラインだ……」  完治の水で回復すると、直ぐに振り返って俺を吹っ飛ばしたモンスターを見る。ぞして 驚く。  10m先に居たのはあの『強過ぎる』緑色の斑点が浮かび上がったモンスターだった。 PCの何倍もある巨大な人型で、右手が鉄球左手が剣になっている。  それの目の前にアーザス、5歩後ろにセレアさんが居た。2人とも俺が一撃で吹っ飛ば されたのを見て警戒しているようだ。  アーザスは蹴りを入れては一歩下がり、また蹴りを入れては一歩下がり……を繰り返し ている。多分俺を追撃しないようにモンスターの注意を引いているのだろう。 「アーザス、こいつやたら強いよ!?」 「だったら尚更、……倒ーーすっ!!」 「止めても無駄かしら?」 「無論!!」 「「………はぁ」」  寄寓にも、セレアさんと溜め息が重なってしまった。お互い苦労する身のようだ。  俺は直接攻撃で乱打し、セレアさんはファライドーンを連発、アーザスはいつものよう に素手で殴りまくる。………が、まったく相手のHPが減らない。  やっぱり、噂通りこのモンスターは特殊なアイテムかスキルが無いと倒せないようだ。 ここはどうやって逃げるか考えた方がいいのかもしれない。  何度攻撃してもHPが減らない大型の緑色を見上げて、俺は早くも逃げ腰になってしま った。 「……このままじゃ」  ……いずれ全滅する。 「しかたねぇな。……ウィール、暫く前に出て時間稼げ!」 「は? あ、ああ、分かったけど……」  そう指示すると、アーザスは20歩程後退して行った。  この状態で俺なんかが前に出ても、さっきみたいに一撃で赤ラインいってしまう。アー ザスには悪いけど1分が限界だろう。  やっぱり、1分もダメかもしれない。  だが、さっきまでと同じようにやっていては勝てそうも無い。ここはアーザスの『切り 札』とやらに賭けるしかないようだ。  俺が振り返ると、アーザスはあの巨大な弓を構えて3本の弓を番えていた。その姿は獲 物を狙う鷹のようで頼もしかったが、普段見せようとしない気迫が伝わって来るので俺は どちらかと言えば頼もしさより恐怖の方が大きく感じた。  アーザスが、限界まで弦を張る。 「これが切り札……、『サリッド・ブレイク』だ。……アイツが残した弓の破壊力、お前に はちぃと勿体無いぜっ!!」  そして、放った。  第一矢はモンスターの頭蓋骨を砕き、第二矢は正確に心臓を貫き、第三矢は喉元を完全 に射抜いた。……リアルなら全て急所になる場所だ。  そして、アレだけ俺達の攻撃に耐えて見せた巨大な緑色が、アッサリと大きな音を立て て消えてしまった。正にこの威力は『切り札』……。 一体何者なんだ、アーザスって? 素朴な疑問が浮かんだが、なんだかそれは聞いちゃいけない事のような気がした。 「ありがと、……死ぬかと思ったよ」 「俺が信念を貫く限り、お前は死なねぇよ」 「あ、久しぶりに出たわね。その台詞」  緊張が抜けて、俺達は薄暗い地面にに座り込んだ。ひんやりと地面が冷たい………気が する。でも、大きな戦闘を終えてみんな疲れているので、皆中々立ち上がろうとしなかっ た。  勿論、俺も。  暗く曇った空の上、薄く月の光が垣間見える。……暫く、あのアーザスでさえ喋ろうと しなかった。   「あーー、寒ぃな。そろそろ帰るか!」  ……前言撤回。 「そうね……」 「分かった、帰ろう」  おぼろげに見えた月は、いつの間にかハッキリと見えるようになっていた。けど、2人 はそれに気付いていないようだ。  薄暗いエリアから、俺達の姿が消える。そして、間髪置かずにリア・ファイルの騒々し いカオスゲートの前へと戻ってくる。  入る時はただガヤガヤして五月蝿いなぁと思っていたけど、今聞いてみると何だか少し 落ち着くのはさっきまでも冒険が有ったからだろうか?  俺はもう一度、アーザスの背中を見た。  その弓は、今度は恐怖など無く。凄く頼もしく見えた。 また遅くなってしまいましたね……。 今度は外出していたという言い訳が有りますが、作品の出来への言い訳にはなりませんね。 (汗) 今度はギャグを目指したんですが、何だか最後が格好よくなってしまいました。 この作品、……まだ続くのだろうか?