<輝け、オレのクリスマスっ!> 「うーむ………、最近の奴はやる事が大胆だ」  誰も居ない事を確認して呟く。そしてゼイゼイと白い息を吐き、走っていた脚を止めて 一息ついた。  ついさっき通り過ぎた公園で見た光景を思い出し、俺は時間差で感想を呟いていた。  ん? 何故時間差攻撃なのか?  本人達の目の前で言ったら馬に蹴られるからだ。  冬なのに春を感じさせる情熱的な接吻を目の前にして堂々としていられるほど、俺はそ の手の免疫が無かった。だから即行でここまで走ってきたのだ。  自分でも思うが、シャイなことである。 「あー…、もうすぐクリスマスか……」  カップルと言う単語から、そして自分の腕に持っているアレから、俺は彼女居ない暦1 6年7ヶ月と3日の人間にとって『悪夢』と呼ばれるその単語を呟いた。  キリストの誕生日だか何だか知らないが、日本でやんな!  とは言わない、こういう日に限って良いバイトがあるからだ。それに祭り事は沢山ある 方がいい。  でも何かが寂しかった。    ふと……、12月の高い空を見上げる。  広々とした青空に、薄い雲が鮮やかなタッチで芸術作品を描いていた。  視界の隅に映る葉の無い木々はいかにも寒そうだが、この空を彩る飾りとしては中々味 があるデザインだ。  吹き抜ける風は温暖化しているとは思えないほど冷たく乾いている。  思わず身を震わせた。  コートでもあればいいのだが、生憎俺にそんな物を買っている余裕は無い。夏服と冬服 で学校の制服の如きバリエーションしか、服は持ち合わせていなかった。  そんな俺に出来るこの寒さの回避方法は一つ。  また走って帰ることだけだ。 「貧乏人の冬は一般人の2倍寒いんだよな」  俺はアレを抱えて走り出す。  幸いにもデパートは家からそれほど離れていない。あと少し走れば、直視できないよう なボロ一軒家である我が家が見えて来る筈だ。  アレはそれほど軽くは無い、しかも大きい。だが自転車を買う余裕すらない俺にとって、 重さでバランスを崩すような事は有り得なかった。  吐く息は白く。  見上げる空は青い。 「寒くてコントローラーが上手く動かせない…」  俺の部屋に暖房器具というものは『一切存在しない』、勿論夏場でも扇風機すらない。  夏は団扇一枚、冬はタオル一枚でやり過ごすのが我が家だ。  冬の隙間風も夏の雨漏りも、いい加減16年以上も続ければ慣れる。  俺は血液が凍ったんじゃないかと思えるような指を器用に動かし、いつもとなんら変わ らないような動きでマク・アヌの中心街へ向かった。  暫く歩いていると急にBGMが明るく幻想的なものに変わった、『ジングルベル』だ。多 分クリスマスが近くなると一部の場所で一週間ぐらいBGMが変わるのだろう。  良く見たら何処も彼処もクリスマスカラーで溢れかえっている。ここぞとばかりにイベ ントアイテムでも売られているのだ、そしてここぞとばかりに使っている。  周りから聞えてくる雑談はクリスマス関連の事ばかり、皆楽しそうな声で語っている。 何故かクリスマスソングと言うやつは気分を盛り上げてくれるのだ。  まぁ……、一部では“嫉妬組合”なる特殊組織が結成されているそうだが。その辺りは 気にしない事にしよう。  俺はそんな様変わりしたマク・アヌを進み、いつもの待ち合わせ場所へと急いだ。  別にメールを出している訳でも受け取った訳でもない。  ただ、俺たちは相手が居ないときはいつもそこに集まる事にしていた。いわゆるたまり 場というやつだろうか?  ………早速たまり場にメンバー発見。  軽く声を掛けて近づいていく。 「今日からクリスマス気分みたいだね」  俺は広場の隅のベンチに座っていたアーサに声を掛ける、暇そうにしていたアーサはパ ッっと笑顔になって振り返る。 「あ、ウィールさん!」  その時だった、不意に何者かの気配を感じた。  前後左右に素早く視線を巡らせる。  ………何かある。ネットゲームでも第六感とは働く物である。  ましてや俺は危険察知能力ならかなりの自信が有った、いつも苛まれているからだ。 「どうかしたんですか?」 「いや……」  気のせいか。  きっと寒さで感覚が鈍ったんだ。俺はさっきの気配を納得いかないまま片付けると、目 線をアーサに戻す。  その目線の先には俺と同い年に設定したウィールより一回り若い少女が居る。クラスは 剣士、明るいグリーンの瞳が印象的で、薄赤い髪を後ろで纏めていた。  いつも黒いドレスを武装したかのような姿をしているのだけど、今日ばかりは赤いサン タの帽子を被っている。  そのアンバランスな格好が妙にはまっていて…………… 「っ!?」  再度視線を振り回すように周りを見る。……誰も居ない、何でだ……。  また気配を感じた。  今度ははっきりと物陰も見えた、一体何処に……。 …………あ。  遅かった。  その瞬間脳天に有り得ない物体が落ちてきた。 「おおぅっ!?」  激しい砂埃を舞わせて地面に突っ伏す俺、ことウィール。  素早く三人称視点に切り替えると、ウィールの背中には背丈の高い色黒の弓使いが楽し そうに高笑いをしていた。  そして『まだまだ甘いなっ』とか叫んでいた。いつもここに集まる仲間の一人、アーザ スだ。  弓使いとは最近追加された職業だ。ついでに言うとウィールは重斧使い、なのでこのぐ らいの衝撃には耐えることができる。  心中には少し耐え難い物があったけれど。 「アーザス……どけ。……落とすぞ?」  その時にはもう立ち上がろうとしている俺。  端から落とすつもりである。  が、おしい。  しかし今一歩と言う所でアーザスはヒラリと着地してしまった、流石身の軽い弓使いと 言った所だろうか。 「さ〜て、じゃあ明後日クリスマスパーティでもやるか!」  もう少しマシな前置きを考えてくれ、アーザスよ。 「良いですよ」  悩むや考えると言う過程が全く見当たらなかったぞ、アーサ。 「よっし、じゃあウィールもOkだな」 「何故、そうなる」  驚くべき会話の早業だ。ありえないぐらい一気に話が進んだぞ。  とは言ったが、別に問題が有る訳でもないし。どの道アーサは誘おうとしていたんだか ら良いか。  それにアーザスの強引なやり口は今に始まった事じゃあない、出会った瞬間からこうだ ったのだ。  そろそろこの雰囲気に慣れてしまえ、俺。  こめかみに手を当てながら、俺は何かを割り切った。 「来ないのか? 明後日の2時からBird(喫茶店)だぜ」 「いや行くって。その時間ならバイトも無いし」  明後日とはOFF会にしては急な決定に聞えるかもしれないが、皆家がすぐ近くの知れた 仲なので特に問題はない。  因みにBirdと言う喫茶店はリアルに在るシックな雰囲気の喫茶店だ。  俺の家の直ぐ近くに有るのに比較的綺麗、昨日バイトの帰り道に覗いたときは店頭に大 きなクリスマスツリーが飾ってあった。もしかしたらアーザスはあのツリーが気に入って この企画を言い出したのかもしれない。  それぐらいに奴は単純だった。 「そう言えばセレアさんは?」  セレアさんとは、アーザスの幼馴染らしい人の事だ。メンバーの中で唯一の“大人”で ある。  奴と幼馴染と言うだけでかなり偉大な存在と言える。アーザスの暴走を唯一止める事の 出来る菩薩のような人だ。  彼女が居なければ、俺はアーザスのチョークスリーパー(締め技)で3回は死んでいた だろう。 「セレアなら当日には間に合うぜ」  ………ほっ。  どうやら俺の命は明後日以降も続いていそうだ。有難うセレアさん。  心の中で三回手を合わせてお辞儀した。 「今日明日は来ないんですか?」 「ああ、忙しいらしい」  ほっとしたのもつかの間、とはこの事だろう。  な、なんですと……っ!?  今日明日は、来ない? セレアさんが? つまりアーザスだけ来るの?  リアルで死ななくてもこっちで死に掛けるかもしれない……。本気でそう思った。  奴は永久に爆発し続ける爆竹のような男なのだ。長時間付き合っていたら幾ら俺でも体 が持たない。  いや、赤い布で目隠しされた闘牛だろうか? それとも月を見た孫○空……。  兎に角、覚悟を決めなければ。  俺はこの時燃え盛る火炎の中に人命救助に行くのと、ほぼ同レベルの決意を決めたのだ った。 「そろそろカオスゲートに行きませんか? 私、さっき2レベルも上がったんですよ♪」  強くなった事を証明したいようで、珍しくアーサが皆を急かしていた。  いつもは後ろから付いてくるのに今日は元気良く先頭を歩く。そう言えば彼女の背中を 見るのも久しぶりなような気がする。  正確にはまだだけど、クリスマスのテンションと言うやつだろうか?  いつの間にかアーザスに赤いサンタの帽子を被せられたけれど、別にこのテンションを 拒む理由も無かった。楽しいことや笑いことは良い事だ。  俺たちは意気揚々とクリスマスカラーの通りを抜け、そこだけ違う空間のようないつも と変わらないカオスゲートへと向かった。 ……………………  クリスマスと言う日は、こんなにも緊張する物だっただろうか?  アレを持ちながら俺は緊張した足取りで喫茶店へと向かっていた。心なしかいつもの通 りの雰囲気が違って感じられる。  まるで何度も行ったことのある喫茶店への道が、初めて歩く道のようだ。すれ違う人も 張り紙もコンビニも、記憶から引き出すことが出来ない。    勿論、この緊張には理由がある。  アレを持っているからだ。大きくふわふわしたアレは一応無理して買った時の紙袋に入 っているが、持って歩くにはかなり目立つ。  持ったまま喫茶店に入るとなると、もっと目立つ。マクドナルドに入って『スマイル1 つお願いします』と言うぐらいの事なのだ。  いやそれほどでもないか。  スマイル1つの方が強烈だな。  ま、兎に角。これはプレゼントなのだ。  プレゼントなんて親からも貰ったことのない俺にとって、それを持って歩くことはヴァ ージンロードを歩く事の半分くらい緊張する一大イベントに相当する。  一歩一歩の動きがトヨタのアシモ君に劣っている俺、効果音はギクシャクが妥当だろう。  かなり時間を掛けて喫茶店に着いた。早めに出たけど、時間はピッタリだった。    あれは……、2mくらいは有るんじゃないだろうか?  喫茶店Birdのクリスマスツリーは相変わらず気合が入っていた、電球からお手製らしい と言う噂も聞いた事がある。  が、そんな事はどうでも良いので俺は一瞥して中に入る。今日はかなり寒かったので、 早く中に入りたかったのも理由の一つだろう。クリスマスリースは無視。  チリン……、と言う何処か心が和むような音と共に入店。  俺の場合は心が全く和まなかったが、兎に角リアルでも健在なアーザスの長身を見つけ てそのテーブルへと向かった。ふと見てみれば客の入りは上々といった所だ。  と、どうやら全員揃っている。と言う事は俺が最後なのだろう。   「今日は〜、浅野さん」 「あら、大荷物ね?」 「おっ、やっと猛が来たな……。よし、これで全員揃った」  アーザスは猛こと俺を自分の隣に座らせると、俺の左肩にポンと手を置いた。決して珍 しい行動ではないが……。   俺の背筋に言い知れぬ悪寒が走った。  そして、奴はニッとゲームの中でも良く見る、あのいつもの笑みを見せた。  俺は、それを悪魔の微笑みと呼んでいる。  極められた左腕。 「いだだだだだだだっっ!?」  言うまでも無いだろうが、左肩に激痛が走る。 「13秒遅れたから13秒我慢しなっ」 「外れる、外れるって!?」 ……………(地獄の13秒間)……………  3分とか遅れないで良かった…。  左肩をさすりながら心の底からそう思う、後30秒遅かったら間違いなく関節が外れて いただろう。  相変わらず手加減知らずの破壊力だ。   「んっ? 所でそれは何だ、相棒」    俺の荷物にやっと気付いたみたいだ。  因みに相棒になった覚えはない。 「これは……、く、クリスマスプレゼントって奴だよ。これは違うけどアーザスの分もち ゃんとある」  別にどもる必要は無いんだけど、思わずつっかえてしまった。これじゃ挙動不審で怪し い。  俺は多分サンタには向いてないのだろう。  「って事はこれは本命で仄花に渡す分だな。偶には甲斐性見せるじゃねぇか♪」 「ほんとに、アースにも見習って欲しいわね」  バレバレですか。  どうやら俺の浅はかな考え程度二人にはとっくにお見通しらしい、と言うか最初から予 想していたかのような台詞だ。  もしかしてアレを買うために節約を重ねていた事がバレてたのだろうか?  アーザスは兎も角セレアさんなら気付いていてもおかしくはない。 「それを、私にですか?」  二人に比べていまいち分かっていないらしいアーサこと仄花、意外と……じゃないかも しれないけど鈍いのだろうか?  むしろこの大きさが気になるらしい。  まあ仕方もないかもしれない、なんせ俺の胸くらいまである大きさだ。   「開けてごらん……、とは流石に言えないけど。この前欲しがってた抱き枕だよ」  キャラクター物でも何でもない、素朴なデザインの抱き枕だ。実用性には自信が有る低 反発素材というやつである。  しかし。やっぱり俺はサンタには向いてないようだ。包みを開ける前に中身をバラすと は……。 「有難う御座います、凄く嬉しいです……!」  ま、いいか。   彼女の笑顔を見たら急にさっきまでの緊張は何処へやら、と言う奴だ。相当頑張って抱 き枕を買ってきた苦労が一瞬で報われた。  前言撤回、やっぱりサンタには向いてるかもしれない。  俺は彼女の笑顔に笑顔で答えた。  サンタのおじいさんはいつも笑っているものだ。そんな理由をつけては、俺は自分に照 れ隠しをしていた。 「ところで、俺へのプレゼントは何なんだ?」  そう言えば、こっちにもプレゼントを渡さなければ。  お金こそ掛けてないが魂は十分に練り込んだ会心のプレゼントなのだ、サンタとしては 渡さない訳にはいかない。 「セレアさんには……はい。料理が趣味って聞いたんで俺の直筆レシピ集です」 「浅野くん、料理に詳しいかったのね。有難う大事にするわ」  意外といった表情のセレアさん。それもそうだろう、かなり詳しい事まで書いた自信作 だ。  自慢じゃあないが、俺は料理が上手い。何かと料理を作るのを嫌がる母親に代わって鍛 えられてるのだ。  普段は恨んでばかりの母だが、この時ばかりは感謝。 「アーザスには……はい。魔除けのお守り、態々遠くの神社まで行ったんだから大事にし てくれよ」 「安産祈願かよ!?」 「気にしない気にしない、いつか役に立つから♪ はっはっはっは」  ようは気持ちの問題なのだ、アーザスのいつも言っていることである。偶にはやり返し てやらないとね。  行書で書かれていたから読めなくて『家内安全』と間違えたのは伏せておいた。  まぁ、こうなったら上手くやってくれ、アーザス。  俺は心の中で親指を立てた。Good luck! 「実は私からもプレゼントがあるのよ?」 「あ、私も持ってきました〜!」    どうやら今日というクリスマスは、例年になく楽しい日になりそうだ。  俺への最高のクリスマスプレゼントは、今日という1日だったのかもしれない。  一頻り微笑んで………、ふと窓から空を見上げる。  そこに青い空は無かった。  冷たい風も無い。   ゆっくりと降り頻る雪が、静かに俺たちを祝福していた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 遅れた遅れた〜〜! しかもリアル長過ぎで、説明不足ですね。 どうしてくれましょう?(聞くな) 久しぶりにウィール君のお話です。 どうも小恥かしい作品になったようです。(苦笑)