<俺を信用しろ!>  なんて言うか、こう……。俺の周りには信用できる人が多い。  それも昔からの付き合いとかじゃなくて、最近になって急に増えたんだ。  そう、The Worldを始めて暫く経ったら。ネット上で。  MMORPGの力は凄いな、とは思ったけれど。これは、こんなにアッサリと気付き上げ られた信頼関係というのは。……ほんとに信頼できるのだろうか?  そう思ってしまう時がある。  それは、多分この時が楽しいからだろう。  そして皆が、あまりにも信頼できるから。  理由が分かっている分、自分に呆れてしまう。  昔があまりにも悲惨すぎたせいで、俺は幸せ恐怖症にでもなってしまったのだろうか?  だけど過去が悲惨なのは俺のせいじゃない、不運を重ねてくれた世間のせいだ。  だったら一応世間を恨んでおこう。 (世間を恨むこと約21秒)  ……アホなことやってるな、俺。  誰に似たのか、真面目に考えを巡らせるのが途轍もなく下手だ。最初は小難しいことを 考えてたんだよな?  そうそう。確か信頼に疑心暗鬼しているところだった。  難しい問題だけど、ネット上での信頼はリアルよりも崩れやすいことが多い。  何故なら実際に体を突き合わせている訳ではないからお互いのリスクが少ない、緊張感 と言うか重石が無いというか、とにかくそれは連帯感の欠如にも繋がってしまうのだ。  つまり繋がりが薄い分別れもアッサリとしてしまうということ。  ま、それは“ネットの良さ”でも有るんだけど、俺の場合はなんだかなぁと思ってしま う訳だ。  勿論。俺の仲間はリアル以上に信頼してくれているのかもしれない。  だけど、リアルなら確かめることが出来るそれも。ネットでは中々確かめることが出来 ない。  言いたくないけど、口だけかもしれないと言う疑心暗鬼が生まれてしまう。  俺が人生経験を豊富に積んでいたのならば、その人の言葉の一つ一つに本物の信頼と言 う物を感じることが出来るだろう。  だけど、俺は信頼されると言うことがほぼ初めてな訳で………。 「その隙貰ったぁ!! くらえ、千○殺しぃぃぃ!!」  股間に衝撃が走った。ついでにダメージも。 「まてそれ版権に引っかかるだろ゛ぅぅO`MPIK:poj9・?ж・0as^W#vsdop▼dh!?!?」  俺は、変換率95%以上を誇るハイテク変換機能に打ち勝った。  フ…、大勝利だ。  そんなブッたまげた変換不能な声を発してしまっていた。  いやロールなんだけれども、これだけノッていると本当に喰らったかのような錯覚をし てしまいそうになる。演技過剰とでも言うのだろうか。  思わずリアルで左手を臀部に回してしまった俺は、きっと馬鹿なのだろう。  けれどその一旦は、本当に真に迫ってくるかのような演技力と大声で行き成り後ろから 股の間に向かって蹴り上げ攻撃をぶちかまして下さったアーザスにも、間違いなくある。  と言うかお前のせいだ。   「だぁーーはっはっは!! まだまだだな弟子よ、ボケっと突っ立てると災いがやって来 ちまうぞ?」  あんたが災いになってどうする。  と言うか、いつ俺が弟子になった!? 「にしてもさっきのはスゲぇリアクションだった、宇宙人が二丁拳銃を奇声あげながら乱 射しているかのような声だ。さすが俺様の弟子、短期間で腕を上げたな!」 「まてまてまて! まだまだなのか腕上げたのかどっちなんだよ!? いや、そもそも何 で行き成り千○殺しなんだ!!」  ってこの発言弟子になってること認めてないか? ……まぁいいや。 「わっははははっっ!!」 「笑って誤魔化すなっ!」  笑いながらマントを翻し、走り去って行くアーザス。  颯爽としている。  凄く爽やかだ、そしてその姿にはドゥナ・ロリヤックの澄んだ日差しが重なっていて厭 味なほど眩しい。  眩しい、……目晦ましかっ!? 「逃げるなぁーーーっ!」  人を蹴り飛ばしておきながら逃げるとは何事だ。  あ、いや、蹴ったからこそ逃げたのか。  ええいそんなことはどーでも良い! 待てやバッキャロー!  全力疾走開始だ、俺はすぐにこの高山都市の危うそうなつり橋をアーザスを追って走っ た。  絶対に逃がすかと血走った目で、ちょっとやばい表情で追っていたかもしれない。  振り返ったPCたちがパーティモードで何か喋ってるかもしれないけど、その辺りは気に しないでおこう。兎に角走る。  だがアーザスは最近追加された『弓使い』と言う職業のPC、対する俺は最も遅い部類に 入る重斧使い。  見るからに素早そうな弓使いに追いつける訳も無くて……。   「だぁぁ、追いつけない!」 「カッカッカ♪ 42年早いわ若輩者がっ!」  数字が微妙だぞコンチクショー。  かなり突っ込みたいが、既にアーザスはカオスゲートから転送してしまっていた。なん だか腹が立つよりも寂しかったのは何故だろうか?  まあ、いい。  やたらとアーザスの声はデカイのでワードはこちらにも聞こえている、俺もアーザスが と同じワードを選ぶとすぐさま打ち込んで転送したのだった。 「【Θ鼻曲がる 命取りの 貴公子】!」  なんだがヤなワードだ。  臭いキャラとか居そう……。一体どんなセンスをしているんだアーザスは……。  そんな事を思っていても黄金の輪が止る訳がなく、俺は色々と不安を感じながらも転送 されていくのだった。  独特の効果音とエフェクトと共に、俺の体は別の場所へと転送されていく。    降り立った瞬間に、なんだか嫌な感触がした。……ような気がした。  天候はいかにも雷雨、そして薄暗い夜。それでいて腐葉土のエリアだった。  歩くたびにピチャピチャと音が鳴り、ご丁寧にも水気の多い泥や腐葉土が足に纏わり付 いてくる。  ジメジメジメジメジメ。  臭そう……、と言えなくはなかった。匂いがこの世界に有ったとしたら、臭いだろう。  しかも既にダンジョンの中に入ってしまったのか、アーザスの姿は何処にも無い。  かなり腹が立つ。   「ああもう、アーザスのことこれからは鼻曲がりの貴公子と呼んでやる……!」  雨と雷が大嫌いな俺は、思わずそう心に誓うのだった。  が、そう呼んだところでアーザスなら喜びそうだと思ったので、止めた。2秒で心の誓い 撤廃である。  アーザスが自分で名乗りだしたりしたら、隣に居るであろう俺が恥ずかしいじゃないか ……!  十分有り得ることだった。  アホなこと考えてるな、俺。     これ以上考えを巡らせても無駄だろう。  俺は自分の脳みそに見切りを付けると、そのままダンジョンに走っていくのだった。  そのダンジョンは、やはりと言うか何と言うか。グロデスクだ、そしてジットリネチャ ネチャしている。  もろに闇属性のダンジョン、しかも魔方陣がやたら多くて鬱陶しいことこの上ない。  これでは勢いのあった気分までネバネバしてしまいそうだ。 「ジメジメジメジメジメジメジメジメ……」  そんな事を呟きながら(ブツブツと)ダンジョンの中を進んでいくと、突然人影とぶつ かった。  タウンだとすり抜けるけど、ダンジョンではぶつかるのだ。ゴツンというSEが響く。  細身とはいえ俺も思斧使い、俺はよろめいただけで尻餅をついたのはぶつかってきた双 剣士の方だった。  見たところまだΔサーバークラスの武器で、起きるモーションに手間取っている辺りか ら考えて、彼はたぶん初心者なのだろう。 「あ、ゴメン――…」 「逃げて!!」  んな行き成りな。 「な、なんで? 俺はこれからあの馬鹿に報復戦をしないと」 「ああああ、あのっ、緑色のモンスターが出てきて、アゥさん、…ゴク。そいつ倒せなく て、危ないから逃げろってボクは逃がしてもらって!」  緑色って、……あの倒せないモンスター?  しかも、アーザスが戦ってる!? 「どこにいるっ!!」 「向こうだけど、あの、逃げないと……」  それ以降は聞いていない。  俺は一直線に彼の指差した方向に向かって走っていった。長い一本道だ。  さっきの疑心暗鬼も報復攻撃の事もまるっきり忘れて……。アプドゥを掛ける時間さえ も惜しみ、走った。  アレにやられると意識不明になってしまうのだ、そんな噂が、噂とは思えないほどの信 憑性で広まったことがある。  真実だからなのだろう。  体を張っている奴を、助けないでどうする! 「ちっくしょ、偽物だってことは分かってんだけどな……。ったく何処のどいつだよ、偽 ウィルスバクなんて作った奴ぁ! 硬いとこまで似せなくていいっての!」  あいつは一人で戦っていた、装備によっては前衛にもなれる職業とはいえ、前衛に向か ないくせに。  初心者一人を助ける為に自分を犠牲にして。 「アーザス!」  勿論、俺はそんな一人に割って入った。  こんな戦いで一人になど、させるものか。そんなの、俺が許してやらない!  斧で“それ”の太く大きい爪をやり過ごし、すかさず素早い動きでカウンターを決める。  俺のPCは重斧使いの割りに早い攻撃モーションが出来るのだ、その分攻撃力も低いが。 ダメージはある、これならば戦えるだろう。 「へへ、お前なら来ると思ってたぜ♪ てことで前線は任せたっ! 頑張ってくれ!」  そそくさと下がるアーザス。  物凄くキッパリサッパリ爽やかな後退の仕方だ、後ろ向いて軽やかに走って行ってしま った。  能力が後衛向きなのは分かるが、ちょっとぐらい俺を前線に残した事惜しめよ。  俺は妙に力が抜けて落ち着いてしまい、返って操作が正確になったのだった。   「アプドゥ」  これはアーザスが俺に掛けたスキルみたいだ、でも何で今なんだろうか?  この状況ならアプコープ辺りが適切だろうに……。  俺は歯噛みしながらも“それ”の爪を鎧で受け止めると、すかさず『完治の水』で回復 を図る。  だがこれもいつまで持つだろうか。 「……うっし、照準完璧だ。ランキスリングッ!」  手に持った身長ををも超える金属製の大弓を構えると、十分に狙った後アーザスは思い 切り引き絞って矢を放った。あれは、弓使いのスキルだ。  それは弧を描くこともなく、光の粒子を撒き散らしながらも一直線に“それ”を貫く。  その瞬間グサリ、とかなり嫌な音が響いた。  ダメージは殆ど無い、だがそれと同時に出てきた表示に俺は目を疑った。  「え、混乱が……効いた?」 「やっぱ偽物には弱点があるもんだよな。さ、ずらかるぜウィール!」  なるほど、だからアプドゥだったのか。  納得しながらも俺はアーザスに続いて一目散に逃げ出した。元々一直線の通路なのだ、 混乱した“それ”を撒くのは難しいことじゃない。  部屋を出た、“それ”が追ってくる気配は、ない。  だけど一度も振り返らずに、俺たちは部屋を出るとすぐさま『精霊のオカリナ』を使っ たのだった。  瞬時に俺たちの体はダンジョンの外へと転送される、これで一安心だ。  俺はこの時ほど、精霊に感謝したことは無かっただろう。    相変わらず外は土砂降り&雷、しかも心なしか入って来た時よりも酷くなっている。俺 は大音響で帰還を歓迎してくれた雷の音に肩を竦めた。  その動作にアーザスは豪快に笑っている。  だけど、それほど嫌な感じはしない。思わず笑い返してしまった。  なんだか命がけのジェットコースターに乗って帰ってきた時のような……。  そう、空は曇っていようが俺の心は晴天そのものだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 遅れる、遅れる、遅れる!! ので、後書きは省略です。 ここまで読んでくださった皆さん、有難う! そしてキャラを覚えていて下さった皆様方は、もっと有難う!