<歌を刻む>  楽しい事が有った日は、終わってなんて欲しくない。    されどオワリは避けられぬもの。終わり無ければ今も無し。 しからばせめて、何かを残そう。  辛い事が有った日は、何もしないで寝たくない。  されどネムリは避けられぬもの。眠り無ければ明日も無し。 しからばせめて、何かを残そう。 「………おっしゃぁぁーー!!! 遂に金のプチグソが出たぁ!!」  <喜ぶ>  ……と言う行動を必要以上に連続して行っているのは、レイドと言う双剣士。  先程から目の前で金のプチグソを掴み、飛び跳ねている。 レベル34、HP770、SP120、歩行速度:速い。装備は………おっと、何を分析し ているんだ、私は。   すぐに処理を打ち切り、私は彼に気付かれないよう小さく首を振った。  一々彼を見るついでにステータスなど読み込まなくても良いのに。このデータは、今は 不要だ。 不要な事も一々計算してしまう……、まだまだAIっぽいな、私は。 高い処理能力が有るとは言え、何かするごとにこれでは無駄使いも良いところだ。もっ と別の使い道が在るだろうに。  いや、今の行動はレイドのせいだろうか?  彼が気になるから………?   ふぅ  どうしたものか今度はAIらしからぬ思考をしていた、……のだと思う。  厄介だ。  この答えは計算で求められそうも無い。  私はもう一度レイドと言う双剣士を見る。  そしてまた、溜息と呼ばれるものを吐いた。    どう思えば良いか、何をして良いかが判からない。  いや、この場合考えに耽ると言う行為は適当ではなく、レイドと一緒に喜ぶべきなのだ という事は判っているが……。  彼の様にはなれまい。   「ひゃほぅ!! 我が念願ここに成就せりぃぃっ!!」  彼は今自分の頬を抓り始め、痛かったのか涙を流し、それでも笑い……。  もはや理解不能だった。  現状を見ても、彼が何をやっているのかが判らない。  <喜ぶ>と言う行動をしているとは彼に教えてもらった事が有るが、記憶しているのは 言葉と発生条件のみ。根本的なところで何ら理解はし得なかった。  彼は、理解ではなくて経験すれば分かる、……と言っていたが。その発言の理由も不明 だ。  よって、私は観察と言う名目で傍観を続けている。 「思えば長い苦労だった……。13回ガセに振り回され、15回無謀なレベルのエリアに 挑んで破れ……」 「……レイド」 「このレベルのエリアで出ると聞いた時には何度疑った事か! しかし、俺達は諦めなか った! 己の勘を信じたからだ!! レアハンターの勘は神仏のお告げより正しいのだ っ!!」 「レイド」 「今。……今、それが証明されたっ!! 33回目の挑戦の果てに! 20個目の神像宝 箱で!! そう、それは……」 「レ イ ド !!」 「はいっ」  今や直立不動となった双剣士の表情は、データバンクの『緊張』と合致する。私の声に トゲがあったからだろう。  それもその筈、倍率1.75で声の大きさを上げているにも関わらず、気付かれたのは 三度目だった。こちらの怒りは当然の事だ。  ……いや、当然、とは言ったが。その『怒り』を理解したのは僅か6日前の事、間違っ ている可能性はある。  しかし何故か外れている気がしなかったので、不確定分子を無視して私はレイドを睨み つけていた。  彼に至っては『これから説教されるのか…』と言う表情だった、顔に書いて有るとはこ の事だろう。と私はまた一つ理解を深める。  そして確信を深めた。 「レイド、私の存在を忘れて一人で叫び続けるのはどうかと思いますよ」 「いやゴメンゴメン……嬉しかったんでつい、ね?」  アハハ……と苦笑いを浮かべるレイド。どうもこの人好きそうな笑い方を見ると気力を 削がれてしまう。  まったく、まるで何らかの妨害プログラムのよう……。 「……反省しているのならば、不問としましょう。ですが次は無いようにお願いします」  小さくガッツポーズと言う物をするレイド。  その屈託の無い表情は返って私を呆れさせ、それでも何故かかわいい行動に思え、結局 怒る気は失せてしまった。  もしかしたら、これも彼の計算の内なのだろうか? 「さっすがアルニカ、話が分かるぅ♪」  親指を立てている彼を見て、私はすぐに先程の考えを否定した。 「貴方にもそうあって欲しいものです。……さて、もうここに留まる理由は有りません。 時間も時間ですから、今日はここで別かれる事にしましょう」 「了解! じゃ、また明日なっ」 「ええ、良い夢を」  彼は黄金の輪の中に包まれ、先程の騒ぎようが嘘の様にアッサリと消えていってしまっ た。 まるでこの世界に未練が残っていないかのようだ。  独自の効果音すらいるもより短く感じる。 「……馬鹿馬鹿しい」  私はすぐにその考えを否定した。    消える速度は誰であれ、どんな気持ちであっても変わる事は無い。極めて正確に一定な 筈だ。 今のは単に、明るい声が急に聞こえなくなってしまい、その変化を大きく捉えてしまっ ただけの事。  消え方には何の異常も無かった。    ………  だがしかし、私の出来上がったばかりの心に蟠った異物は、なかなか抜けない。  何故だろうか、これが後ろ髪を引かれる思いと言うものなのだろうか?  それとも……    「……もしかして、私が寂しがっている?」  すぐにそれを一蹴しようとした、先程と同じく馬鹿馬鹿しい、と。 ……だがどうしても出来なかった。  そもそも『寂しがる』と言う感情自体、私はまだ習得していない。よって私がその感情 を感じる事は無い。 更に、  条件が合致した時に感情は発生するものなのだ、今回はその条件にすら当てはまってい なかった。彼は学習の為の観察対象であり、それ以下でも以上でもないのだから。    だが今は、確実にデータバンク内の『寂しがる』と言う情報と現状が合致がっていた。  何故かは分からない、だがしかし私が『寂しがっている』と言う答えに対する検算は、 正確にその答えの正確性を訴えている。  途中式が見えないのに、答えだけが私の前に在る。    私は、自分を理解し切れていないのだろうか?   AIだというのに?    ……その答えもどうせ出る事は無いのだろう。  だから私は、休息を取る事にした。 私は、私自身を騙すのが得意だ。    だから私自身が作ったエリアは、それをはっきりと体現している。  そこは永遠に晴れた空の下にある渓谷。  名は『偽りの渓谷』。  足元には毒の無い鈴蘭と、名前すら挙げるのが面倒なほどの種類の背の低い草花が萌え 立っている。 その緩やかな傾斜の草原は広く、一日走ったくらいでは退屈もしそうに無い。 遙か遠くに切り立つような断崖が見渡せる。 その合間を吹き抜けるような風は温かく、優しく。そして楽しげに舞い上がる。 日を遮るような巨木は存在せず、風を狂わすような段丘も無い。  何も知らずに訪れし者は口を揃えて溜息を吐き、この光景に対しただ美しいと呆然とし て呟くだろう。   そして偽られる。  ここには鳥も居なければ蝶も居ない、下りの果てが無ければ上りの果ても無い。  在り得ない完璧さこそが、この場所の偽りたる由縁。  だがそれも仕方が無いだろう。  私はそう言う存在なのだから。    データとデータの間に存在する空白。そこは当然ながら狭く、その部分に自分の作った エリアを潜り込ませるには、それなりの小ささで無ければならない。  その為にループ、その為に草と風と背景以外は何も無い。  そう自分に言い聞かせるが、これ以上自分を偽る事は出来なかった。  「カットカット、……これ以上は考えるまでも無い」  私は軽く頭を押さえ、この偽りの地に足を下ろす。  カサリ、と。ワザとらしい程完璧な草を踏んだ時の音がした。  だが気にしない。  元より誰かを呼ぶつもりなど無いのだ、完璧であろうと無かろうと、『休息する』と言う 目的が果たせるのであればどんな場所でも構わないのだから。  足元を確認し、いつもの様に偽りの鈴蘭が靡いているのを確認し……。   腰を下ろした。  そして横になる。 「早く、明日が来れば良いものを……」  しかしその願いが届かぬ事は分かりきっている。 早くも遅くもなる筈が無い。  だから私は、暇潰しに興じる事にした。  データが暇潰しとは、と笑う者も居るかも知れない。  だがAIは寝る必要な無いのだ、暇潰しくらいしていないと漠然たる時間の重圧に飲みこ まれてしまう。  だから私は、歌う。 果てし無い 無限の果てを 知りたいと 手を伸ばしたが 空を切り 有限の元 今生きる 只々嘆き 過ぎ気付く 知るべき事は 目の前と 大好きなのは いまこの時と  偽りの陽光は常に同じ場所から私を照らしている。  まるで時間と言うものが存在しないかのようにその光は固定されていた。  だけど良くも悪くも時は流れ行くもの。  太陽が動かない程度で止まりはしない。   「そろそろ約束の時間……。まぁレイドが時間を守った試しは無いけれど、私だって時間 を破った試しがない。  今日はお互い様と言う事で許しましょうか」  時刻はAM8:50、私は幾分か和らいだ表情で集合場所に転送していった。  今日も忙しい一日になるだろう。 <続く、かもしれない> ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― かもしれない、です(苦笑)