<俺の楽しみ>  今日はHMDは着けていなかった。 今日は、だ。 別にお金が無いので買えなかった、と言うわけでもないし壊れている訳 でもない。  今宵は良い月が出ていた、思わず見入ってしまうような黄金色の満月だ。 それが理由。  俺のPC。ナッキーは………、…じゃなかった、ナウアルスは今仲間と共にダンジョン に挑んでいる最中だ。  ……ちきしょう、みんながみんなナッキーなんて呼ぶから間違えちまったじゃないか。  金と銀と銅で出来たダンジョン、と言うかその三つ以外何も無いダンジョンの中を四苦 八苦して進んでいる。  つーか眩しい。  出現するモンスターまで金銀銅で出来てるってのはやり過ぎだろう、金のゴブリンなん てのはまだ許せるが『銀のオニヒトデ』……なんてのは趣味が悪いとしか言えなかった。 なんかモニターの消費電力が気になるぐらいに、ムダにこのダンジョンは光輝いていた んだ。  実を言うとモニターでやっている理由には、月以外にこれを見過ぎたくない事も含まれ ていたりする。  目が、痛いんです。 眩しくて。  『美しいダンジョン』とか言われたんで来ていれば、恐ろしく美的感覚の食い違ったダ ンジョンだった訳なのだ。  そりゃ金銀に掘られてる細工は中々綺麗だし、銅もそれを上手く引き立てているけれど。  人によっては限りなく美しいのかもしれないけれど。 「何か違うだろ……」  俺はそう思えてならなかった。  綺麗な、……美しい物ってのはそう目立ちたがる物じゃない筈なんだ。 何もしなくても見つめなくたって、目に入れば自然に綺麗だと感じてしまう。それが美 しさってやつじゃないのか?  さっきのは俺が急に漏らした独り言なんだが、仲間も思い思いに解釈して頷いてくれて いるようだ。  2人とも俺と同じように、何かしらこの傍目は完璧なダンジョンに不満を持っているら しい。  そうそう、やっぱこれは何っか違うよなぁ。  もっとも、 俺達が似た者同士だから、同時に少数意見を言っているだけかも知れないけど。  俺はリアルで一息つき、右隣にあるよ〜く磨いておいた自慢の大窓から月を仰いだ。  開け放たれた窓からは心地良い夜風が流れ込み、同時に月の匂いも運び込まれてくるよ うだ。  それだけ、今日の満月は見事で。そこには俺の言う美しさが有った。  ゲームをやっていて集中もしているのに、どうしても視界の隅が気になってしまうよう な今宵の月。  されど魔性の月と言う表現は相応しくなく、言わば『妙性の月』とでも言いたくなるよ うな美しい月。  ……そんな月の出る日は、俺はいつも仲間には内緒でHMDを外した。  こっそりと月を見る為に。  口の中にコップに注いだ酒を送り込み、喉にその液体を通過させる。  熱い液体はこの少し冷えた秋の夜風には丁度良い。  おっと、先に言っておくがリアルの俺は酒が飲める年だ。  こうやって良い月を見ながら一杯飲む事が、俺の秋の楽しみの中でも1,2を争うほど の、楽しみ中の楽しみだった。  思えば、俺は月見る事が好きなのだ。  世界にも月はあるけれど、良く出来ていてもやはり作り物ではダメなのだ。  だから俺は本物を見ながら同時に偽物も楽しむ……。 「ナッキー? なに青い宝箱開けてHP4分の1になっんの?」    我がガールフレンド(自称)ソフィから、いかにも不思議そうな声で質問が飛んできた。  理由はもちろん。月を見ていたら、油断してしまったからだ。  因みに青い宝箱も金具は全て黄金で出来ている。 「ふっ、転載も極稀にだが失敗するものなのさ」  俺は渋い表情をショートカットで浮かばせながら、格好良く台詞を述べた。 「変換間違ってる」 「ハウッ!?」  痛い所突かれてしまった。  ついでに言えば妙に動揺して馬鹿な声もあげてしまった。  転載たる……………、天才たるこの俺がこんな初歩的なミスを犯すとは……。  流石に『極稀には』とか言っといて同時に二回目の失敗していては格好が付かないじゃ ないか。  ヤバイ、このままでは馬鹿と思われてしまう……!  こうなったらここで取る行動は一つっ!! 「あっ、ナッキーが失敗隠して逃げたっ!」  全速力です。 「追え! 絶対に取り逃がすなっ!!」 「草の根分けても探し出すんだ! そして弄れ、いじれぇ!!」  仲間達は思いっきりやる気(殺る気)満々のようだった。普段は大人しいルイースでさ えノリノリで俺を追いかけてくる。  心なしか邪悪に楽しそうだ。  アプドゥを使って全速力で下の階に逃げるナウアルス、こういう時だけ勘で進むと面白 いくらいに階段が見つかる。  金ピカに光り輝いていたせいで見難くはあったけれど、俺は根性で先に進んでいった。 魔法陣は出切る限り流していく。  それでも安心は出来ないので止まらずに進んでいると、ボスキャラっぽい魔法陣が有っ たので、掟破りの無視(即ち召還したらすぐ端っこまで逃げて誘き寄せ、一気に反対側に 走って戦闘モード解除&部屋に逃げ込む)を使って俺はアイテム神像部屋まで逃げ込む事 が出来た。  無駄にだだっ広い内装が功を奏したようだ。  メロー……勿論金メッキ(?)だ……の前で俺はショートカットに登録したアクション を使い、ゆっくりと腰を下ろした。  そして『はふぅ……』と一息つく。  そしてふと思った。  いつからだろうか、俺がこんなポジションとキャラになったのは……。と。   「……まぁ、んな事は良いか♪」    やはりこの性格でこそナッキー。 黙って座っている筈がなかった。  ロールのつもりで言った言葉だが、どうやら地にも影響が出たらしく。俺はナッキー共々 ウキウキしながらアイテム神像部屋の宝箱を開けていた。  ワクワクのドッキドキである。  へんっ、俺を弄ろうとする奴に分けてやるもんかっての。  宝箱を開けながら呟いた言葉である。 中身よりむしろこちらに喜びを感じたのは、……しょうがない事だと思っておこう。  ま、向こうが反省して謝るんならちゃんと分けてやるけれど。  アレで根は良い奴らなんだ、きっと今頃は反省しながらボスと戦って、俺への謝罪の言 葉を考えている事だろう。  『ナウアルス、ゴメン。さっきは言い過ぎた』と。  そうだ、きっとそうに違いない。 「ナッキー……、逃がさんぞぉーーーっ!!」    一方。  こちらはまるでナッキーの思惑とは違った方面で事が進んでいた。  ボスをたった2人で相手にしているその表情は共通した、執念。  謝る(謝らされる)のはどちらだろうか?  「いやぁー、みんな早く来ないかな♪」    俺は何も知らずに扉が開かれるのを待っていたのだった。  少しだけ暇なのでリアルで月を見てみる。  うん綺麗だ。  こんな月を見ていると、これなら良い事しか待っている筈がない、と言う思いがこみ上 げてくる。  それ程に今宵の月は美しかった。  美しいのが楽しくて、また一口酒を含む。  さっきから気分がハイになってるのは、月が出始めた時から飲み続けている酒のせいだ ろう。  お陰で注意力も洞察力も推察力も、普段の半分以下である。  そのせいだろう。  ゆっくりと開かれた扉の向こうに居た2人の笑顔が、『とっても邪悪な事』に気付くのが 遅れたのは。  傷つき、ボロボロになりながらも笑顔なのである。  2人の眩しい笑顔が、文字通りに痛かった。  本能的に冷や汗がダラダラと流れた時には、既に遅し。   「ナッキー♪ 剣士の貴方がいなくなると、戦闘がとってもスリリングで面白くなったよ ☆」 「ナッキー♪ 心地よい冷や汗を流させてくれて有難う!」  すぅ 「「 ク タ バ レ こ の ア ホ ウ ッ ! ! 」」 <後日談>  ダンジョンに行く前の俺の首には、レアアイテムの首輪(鎖付き)が付けられる事にけ っていされた。 この事は、誰にも語らないで欲しい。  恥ずかしいです。凄く。  お酒はほどほどにしましょう。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 今回は時間がないので短い作品です。 短いながらも楽しめるようにしたつもりですが、如何でしょう? 自分としては『ああ、帰って来たなぁ』と思える出来でした。 やっぱりコミカルに書いてると落ち着きます。(何)