<一騎士として> 「キャーッ! 誰か助けてーー!」  その声によって、ブラブラと宛ても無く歩いていた俺は歩みを止めた。  なかなか古風な悲鳴だったが、その声量と真に迫るような響きは紛れもなく人間が助け を求める時のそれだ。しかも声の大きさからして案外近い。  俺は止めた足を躊躇する事無く声のした方向に向け、快速のタリスマンを使って移動速 度を上げる。後は間髪置かず、一気に夜のフィールドを走り出だした。 お楽しみ<イベント>が待っていそうな雰囲気だと直感が告げている。    走っていると鎧が擦れる音が鳴り、手に持つ槍が前後に動く。その度に前方に薄っすら と見える人影が濃くなっていく。  俺は攻撃態勢を取る為槍を胸元に構え直しながら、更に走った。  闇は思ったよりも深い。  段々はっきりと前方に見えて来るのは、俺と同じく槍を構えた鎧を身に纏う騎士。もう 一人は呪紋使いらしいヒラヒラと丈の長い灰色のローブを着た女の子だ。顔は暗くて見え ないが長い綺麗な金髪が女の子だという事を物語っている。  で、どうやら槍を持った騎士が女の子に迫っているらしい。取り合えずこの時点で騎士 道から反しているので、こいつは重槍使いと呼ぶ事にしよう。  じりじりと槍を突きつけられている女の子はもう叫ぶ事すら出来ないでいる、HPも精神 も切羽詰った状況と言うやつだ。  当然、俺は迷う事無く女の子に加勢する事に決めた。こう言う時は大抵男の方が悪役な のだ。  しかし闇が深くて意外にも距離が空いている事に気付けず、到着には予想より時間を食 ってしまいそうだ。急いで闇の中を駆けるが、それにもスピードには限界がある。 「碧衣の騎士のくせに……」  少女は何故かこの状態でそう呟いた。  俺は暗くて視界が悪い中で騎士を良く見てみる。……成る程、鎧も槍もデバッグチーム であるシステム管理者団体『碧衣の騎士団』のそれだ。  俺の鎧と似ているが一回り小さく、赤を基準にしている俺とは違って白銀に緑の模様が 有る。   「君がいけないんだよ、システム管理者の言う事を素直に聞かないのだから」  外見は兎も角、声は安物のボイスチェンジャーを使ったかのような…………言ってしま えば外見にも台詞にも釣り合わない、意外な程ちんけな声だった。  ハッキリ言って威厳も説得力も有ったものじゃない。 「いくらシステム管理者でも、行き成りやって来て『君と君の持っているアドレス全部渡 せ』なんて聞ける訳ないでしょ!?」  女の子は思い出したら再び怒りが戻って来たのか、先程悲鳴をあげていたのも忘れて槍 を構えている重槍使いに食って掛かる。  どうやら感情の起伏が激しいタイプのようだ。現在の状況を忘れ去って怒鳴り散らす辺 りが、これまた古風。  ……そんな事を考えている内に、意外に遠かった女の子の背後まで辿り着いた。ここま で来れば向こうもこちらも、やっとハッキリとお互いに姿が見えるようになったようだ。  と同時に、槍の矛先は膝を崩している彼女の眉間から俺の胴体へと矛先を変えた。殺る 気満々と言った所か。  俺は不意に口元を吊り上げるような笑みを溢してしまった。 「成る程、確かに理不尽だな」 「わっ!? 誰!? あなた??」  行き成り背後から湧き出して来た登場の仕方が不味かったらしい。  そりゃまぁ大根でも擦れそうな顎鬚のついた、怖そうな顔つきのゴツイ鎧着た筋肉質な オヤジ(極め付けに左目の上に剣で斬られた跡が付いている)が背後から湧いて出れば混 乱するわな。  まぁ、状況が状況なので『お〜〜い』とか言って近付く訳にもいかないし、これは我慢 してもらうしかない。  俺は少しでも安心して貰えるように先程の笑みとは違う、柔らかい笑いの表情を作った。 「誰ってのはヒデェなぁ、古風な悲鳴を聞いたんで暇潰しに立ち寄って見たのによ」 「え………、ゴメンなさい」  反射的に謝罪が帰って来る、自分で助けを求めていた事を思い出したのだろう。 「宜しい、素直に謝れるのは気持ちいいもんだ。……俺はアラート、『誰か』ご理解頂けた のなら、そっちの似非システム管理者くんも自己紹介願えるかな?」  俺は『チョイチョイ』っと槍の尻で目の前の重槍使いを示した。  さっきからこちらの出方を覗っていたらしい重槍使いは、何か思い出したかのように慌 てて口を開く。  何となく滑稽だ、俺のペースに飲まれていると言った所か。 「え、似非じゃない、これは本物のヴォータンだ。表示窓見れば良いだけだから名乗る必 要も無いと思うが、まぁどうせ君も消えるんだから名乗ってもいいかな? 俺はベイラム だ、騎士様に名乗って貰った事をせいぜい有り難く思えよ」 「…………さて、じゃあさっさと消えてもらおうか」   そう言ってベイラムとやらは槍を構え直す。  声はちんけなのに、いかにも偉そうだ。普通なら恐怖を感じても良いくらいの台詞が何 故か面白い声に聞こえる。  この声で脅し文句は無意味だろう。 「ふーーん、……やっぱり似非じゃねぇか。新人にも古参にも、辞めてった奴にもそんな 名前の騎士は居ないぜ」  ベイラムの構えた槍が揺れた。  まるで精神の揺れがそのまま槍に伝わったかのように。クラッと。 武器には己の心が映し出されるものだ。……まぁここまで来ると流石に武器だから映し 出されたと言う訳でも無さそうだが。  言ってみれば誰でも分かるくらい動揺している。 「な、何を根拠に……」   「それによ、『本物』の碧衣の騎士だったらアドレスくれ、なんて言わねぇよ。本部のデー タベースから引き出せば良いだけの話だからな」  俺はベイラムの間違いをやんわりと指定し、苦笑を漏らした。 「「あ」」  何故か間の抜けた声が綺麗に二つ重なった。  いや、彼女も気付いてなかったのか。二人とも気付けよこのくらい。  俺は大仰に溜息を付くと、物理的状況の割りに精神的な物は程度が低そうなこの状況に あきれ返った。  まぁ、それでも一応危険な事が変わる訳でもないが。雰囲気は『お互いの生死を掛けた 戦い!』なんて物から遥かに離れている。  子供の喧嘩に親が入って来た時の心境に近いかもしれない。   「さて、分かったなら通報される前にそのチートキャラを捨てるんだな、ベイラムくん?」  俺は先程と一転して今度は鋭い真剣な目でベイラムを見据える。そこには『バカな真似 は止めろ』と切に思う気持ちを乗せている。  権限で脅すよりもよっぽど心に響く筈だ、信念を持った人間の真剣な瞳とは。 「……………」  例えヴォータンで消去した所でもリアルから通報する事は出来る、しかしこのまま何も しないのも癪だ。いや、何でこいつの目はこんなに痛いんだ………そんな考えがベイラム の中で駆け回っているのかもしれない。  迷っているとは、まだ迷うだけの余裕と心が有ると言う事。  流石に碧衣の騎士の偽物をやっているには抵抗が有ったのだろう、ヴォータンを持つ事 にも。  まぁ、ヴォータンが本物なのかどうかは定かではないが。  ……いや、あれはアドレス聞き出すだけの見せ掛けだろう。 違法に本部に侵入して本物をハックし、作り出す、なんて事をする奴が女の子のアドレ ス求めて『俺は碧衣だ〜』何て言う訳もないし。 「あ〜〜、もう! さっさと本物を呼んで削除して貰おうよ!」  こっちはこっちで偽物と分かった途端、更に怒りが倍増しているらしい。  多分そんな事にも気付かなかった恥ずかしさを隠す為に、恥を怒りへと換算しているの だろう。  こうなってしまうと、こう言うタイプは強い。やたら強い。  俺は又もや苦笑を漏らしてしまった、今度は『しょうがないなぁ』といった表情だ。 「…………くそ!」  吐き捨てるように短い捨て台詞を残し、ベイラムは大きく後ろに飛んで俺から離れる。 と、間髪入れずログアウトして行った。  消える瞬間は何もかも間違いを指摘されたような、いかにも悔しそうな表情だ。  これから『ベイラム』の名前でキャラを検索される前に自分で消去するつもりだろう、 名前しか知られていない状態ならばそれで検索されて捕まる事は回避出切る。つまり……  捕まって永久アカウント停止 < キャラを削除  と言う事。  頭がパーな割にその辺の事は慣れているようだ。  ま、これに懲りて少しは無茶な事をしないでくれるようになってくれれば嬉しいのだが。  俺は不意に呪紋使いの彼女が気になって振り向く。 「あーっ! 逃げられたぁ!」  振り向いた瞬間に見えたのは、こちらも激しく悔しそうな表情だった。おいおい。  じだんだを踏んで悔しがる姿は心底悔しそうだ、さっきから本当に喜怒哀楽激しいなこ の子は。見ていて飽きないタイプだ。  彼女は人生飽きる事はないだろうなぁ、絶対に。  長年の経験上、そんな予感がした。 「戦うつもりだったのか? ……さっきまで眉間に槍の矛先突き付けられたってのに」 「え、いや………。ほら、アラートさんも手伝ってくれるつもりだったんでしょ? 二人 なら楽勝だって!」  俺が弱かったらどうするつもりだったんだろうか……。  いくら偽物だからって画像チート出切るくらいなら能力改造もしてる筈って言うのに。  ホントに人生楽しむタイプだ。 「……やれやれ。古風な悲鳴が聞こえたんで騎士らしく馳せ参じてみれば、待っていたの はオテンバ姫か」  俺は大仰に肩をすくめるモーションをすると、分かりやすく『はぁ〜』と溜息を漏らし た。  オヤジ臭いキャラにしては結構コミカルで愛嬌の有る動きだ。俺自身気に入っているモ ーションの一つ。  正にこんな時にピッタリと言えよう。 「……オテンバ姫で悪かったわね、私にはちゃ〜〜んとフィーって言う名前が有るんだか らそっちで呼んでよね。 そ・れ・と・だぁれが古風だってぇーー??」   2呼吸で二度突っ込む、凄い荒業だ。 「悪くはないよ、ヒネクレ者が多いこのご時世にも古風な少女は居るんだなぁと感心した だけさ。それとオテンバ姫ってのは褒め言葉だと思っといてくれ」 「……遠回しにバカにしてるでしょ、それ」  別に遠回しではなかったりする、が、そんな事を口に出して言うほど俺は愚かではない。  ついでに褒めてるのも嘘ではないし。  古風と言うか、珍しい性格。そして何より素直だ。  俺は一気に笑顔のレベルを一段階上げた。 「だって俺、神威って先輩が言うには『近年稀に見る』バカだし。馬鹿な事言うのはしょ うがないのさ、はっはっはっは」 ………その後、暫くこんな感じの会話が続いたのだった。 …………フッ…・。 パソコンの電源をOFFにする。俺はアラートから抜け出してリアルへと帰還していつも の職場へと戻ってきた。 CC社の一室に。 俺の仕事場は、目の前に置いて有るのは愛用のFMDとパソコンのみと言ったシンプルな 机だ、………何も無い分引き出しの中には『限界を超えて』色々詰め込んでしまっている のだが。 プレイの邪魔だからと言っても、少しやり過ぎたようだ。 どうやって整理しようか悩む………。そんな事をしていると、不意に背後からコーヒー の匂いと優しい労いの言葉が届いた。   「いつもながら良い顔で仕事しますね、原田さん」  彼は後輩の三島と言う。さっきログアウトする前にコーヒーを買いに行ってくれた、気 の効く友人でもある。  彼が居るからこそ俺は気兼ねなく『仕事』が出切る訳だ、コーヒー補給と言う労働をし ないで済む。  余談だが物凄く優秀で、俺なんかあっと言う間に追い抜かされそうな秀才だ。  性格はともかく。 「おぅ、いい仕事終えたぜー」  俺は笑ってコーヒーの入ったコップを受け取る、コップ越しに伝わるひんやりとした冷 機が心地良い。  そして一口そのひんやりとした液体を流し込む。  こうしていると仕事の疲れもある程度は和らぐと言うものだ。 仕事を終えた後の冷たいコーヒーは美味い、ビールならもっと美味いが、仕事場でそれ は言うまい。  碧衣の騎士団と言う物騒な仕事の疲れは、いくら和らいでもそう簡単には消えそうも無 いけれど。俺は少しだけ後輩の配慮に救われていた。 「……原田さんって、良くこの仕事を続けて笑う事が出来ますね。……僕なんていつも仕 事をしていると顔がギチギチに固くなってしまって」    俺の隣の席に腰を下ろした三島はワザとその表情を作って、苦笑して見せる。  おどけてはいるがこの仕事が辛いのだろう。 人間の色々な部分、特に汚い所ばかり見る事になるこの仕事が、不正規NPCとは言え責 任を持って命を絶つ、この仕事が。兎に角心身ともに堪えるのだ。  ハッキリ言ってこの仕事は辛い、俺でも、柴山さんでも。  ……やれやれ、俺が笑うのは心の奥底で辛いのを我慢して、目の前に居るもっと辛い奴 を励ましているだけだと言うのに。   「なぁ、三島。ちょっと昔話してやるから聞いてくれよ」  そう言うと、不思議そうな目でこっちを見ている三島に、俺は自分の経験した『色々な 出来事』を話して聞かせた。  そうする事が、この今の仕事に疑問と精神的な疲れを抱いている後輩へのコーヒーにな ると思ったからだ。  マズは俺の赴任して来た時の先輩の話から始まる、渡会さんの事は三島も噂で知ってい るようだった。 それから続くのは巡回中に有った事や、召集を掛けられて対処した事…… ラリって善悪の区別すら出来なくなった薬中のPCを強制削除した話。 やたら変なPCやらチートアイテムやらが大量に詰まってるらしいホームを捜査した話。 夫の暴力に悩まされていると言う奥さんに偶然出会い、相談に乗ったりした話。  他にも色々と話した、取り止めの無いものも有ったかもしれない。しかし三島は真剣に 聞いてくれた。  俺はこう言う仕事をしていると自然に色々な事に出会ってしまうらしい、と。最後にそ う話を括った。 「TheWorldは広いですね……」  これが彼の感想、素直なものだ。 「そう、ここは『世界』だしな、自由度が限りなく高い高性能MMORPGともなれば色々 な事が有るもんなんだよ」 一呼吸置く 「で、俺が何で笑って治めようとするかだが。……それは俺流の騎士道だからさ」  俺は俺自身の心の内に有る物を語った。この時点で俺は三島以外に、俺自身に再確認さ せる為に語っていたのかもしれない。  世界と我が身と友人を、案じるが故に。 「騎士道?」 オウム返しが帰って来る。それが何かを確認するように。  俺は頭を整理してそれに答える。 「俺達はデバッガー、だけど騎士団なんだよ。……騎士たる者は常に忠実であり、いかな る時も他の者の見本となるように常に『正しく』在らないとな?  ……できる限り明るく振舞えばそれだけ周りの空気も変わる、俺は強制的にアカウント 停止とかで非行を押さえ付けるんじゃなくて、明るい雰囲気の中でそういう事をしようと する気持ちを変えてやりたいのさ」 「なかなか上手く行かない、けどな」  俺は残っているコーヒーを一気に流し込み、全て中の液体を胃に収めた。  今度は少しだけ温まっている。  俺の体温だ。 「………」  三島は無言だった。  しかしアイツの目を見ていると、アイツがどれだけ理解したのか直ぐに分かる。 俺は無言で、そのまま後輩を見る。 それがお前の答えなんだな、と、………そう思った。  お互いの決意を再確認したのは、今この時だった。  日常における騎士の行動、それは民を守る事に他ならない。  武器を持って民を守る。  俺は槍より笑顔を武器にしたいと思う。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 過去最高に遅れて申し訳ない! しかも何か台詞ばっかりのやたら描写の少ないお話になってしまいましたね。 テスト明けで疲れが溜まっているのでしょうか、何だか製作に身が入っていないです。(汗) 終盤は殆ど根性だけで書いてました。 体調整えてから書かないとお話って推敲出来ないものですね、もっと短いお話にしておけ ば良かったです。 おっと、泣き言ばかりでは申し訳が立たない。 次回作にご期待下さい! ……でもこの作品も楽しんで頂けたら嬉しいな。(苦笑)