<クソアイアンと共にっ!> ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 1位:バルムンク 11:87 2位:ジーク   12:56 3位:ガルデニア 12:98 ……………………… ……………………… ……………………… 目の前のウィンドウにはそんな文字が書かれていた。 ………言わずと知れたプチグソレースのランキングだ。 今回の『夏のドゥナ・ロリヤック杯』でも蒼天のバルムンクはとてつもない記録を叩し ている、2,3位もやっぱり人並みを遥かに超えて速い。  流石有名人、流石常連のベテランプレイヤー達。  この中に僕の名前は………、ない。 当たり前だ。  参加すらしていないのだから。  名前など有る訳ない、載っていたらそれはバグでしかない。  ……昔は載っていた事も有ったけど。 「すげぇ、12秒切ったのかよ……」 「やっぱ流石だよな、速過ぎって感じだろこれは」 「でもさぁ……」  僕は身をよじる様にして雑踏から抜け出す。  暫く見つめ続けていたウィンドウを唐突に閉じる、そして僕は背を向けて歩き出した。  スタスタと無理に無関心を装って。  こんな物、今は何にも関係ないんだと言う事を、自分に言い聞かせて。 ドゥナ・ロリヤックの道具屋を通り過ぎた。   僕はレースに出る事を随分昔に止めたのだ。こんな物を見に来る癖は直さないと。  別にレースに出ていなくても結果を見ていけない訳ではない、事は頭の隅っこにしまい 込まれている。  レースを楽しんでいけない事は無い。しかしそれも僕は事を避けている。  だけど、……なのに。  出切るだけレースから離れようとしているのに、気が付くと自然とレース場へ来てしま っている。  カオスゲートから出てくると、思わず記録屋に寄ってしまうのと同じように。 今度は野良プチグソの前を通り過ぎた。 体は正直だ、ただ単にレースに出たいのだ。  分かっているけど忘れようとしている事。  一度止めてしまうと再び帰り咲く事は難しい、何度やっても良い結果は出ない、調子が 戻らない、………そして、諦めると言う逃げに入る。  スランプとブランクが重なって、一時的にネットから離れていた時があって、結局は僕 に根性が足りなくて。………そして、諦めると言う逃げに入る。   最後の橋を渡る。  僕はレースを止めた。  スッパリと止めて今は99レベルを目指したレベル上げと、仲間とのレアアイテム探索 に精を出している。  ある程度レベルが上がって、ある程度レアアイテムも見つけた。  何をやっても、ある程度面白かった。  そして気が付くと。  またレース場に来ている。 けれどレースに出る気にはなれなかった。 ロリヤックのカオスゲートに到着した。  それが、今に至っている。 「埋もれし 銀色の 風」   僕は何かから逃げるようにしてカオスゲートを潜った。  仲間は誘っていない。  今は一人でレベル上げがしたい気分だった。     <レベル:32、天候:曇り、属性:木>  さしてレベルも高くない、一人出来ても何とかなるようなフィールドだ。  一面が森になっていて複雑に巨大な木々が生えていたり生えていなかったりしている。 所々に深い谷や遺跡の跡まで在った。  そんなフィールドの形のせいなのか、魔法陣はまばらで間隔も広くなってるようだ。  天気こそ気分が晴れないものだけど、レベル上げするには持って来いの環境。いわゆる 『当り』だ。 「………」  見渡してみると少し歩いた場所に魔法陣が一つ。そしてかなり遠く、ギリギリ見えるぐ らいの場所にもう一つ有った。  と言う訳で、僕はさっさと一番手近にある魔法陣をオープンする。  誰にも相談する必要が無いから当たり前だけど、もしかしたら戦闘する事でさっきのレ ースの事を忘れたかったのかもしれない。  もし出ていればあそこに載れたかもしれないと思う事を、忘れたかったのかも。  独特の効果音を響かせながら黄金の輪の回転が速まり、空気に染み込むかのように弾け る。 「なんだ、カースブレイズ2体か……」  出てきたのは雑魚の小型モンスター2体。  戦闘時間は1分と掛かっていないだろう。 勿論、戦闘はアッサリとこちらの勝利に終わった。  さしてHPを削られる前に、めでたく26を2回の経験値を得る事が出来た。  ……少し弱過ぎる所に来てしまっただろうか?   「………」  まぁいいや、ダンジョンの奥にでも行けばかなり強いモンスターが出るだろうし。  フィールドじゃなくてダンジョンに行けばもっと………。  僕の思考はここで強制的にカットされた。 『あ゛あ゛あ゛――――――っ!? サーバー間違えたぁ!!』  なんですとぉ??  間違えるか、普通!?  さっきまでの思考は何処へやら、僕はその悲惨な大声が聞こえる方に向って反射的に走 り出した。  多分アレだけ切羽詰って叫んでるからには、魔法陣をオープンしてモンスターを出して しまったのだろう。  ここよりレベルが低いサーバーと言えばΔしかない、そしてデルタに来ているようなPC がこのレベルのモンスターと闘うのは、一撃でやられなくても確実なゲームオーバーを意 味する。  僕は臆病者かもしれないが、残念ながらそれはレースにおいてだけだ。  勿論、ここは助けないと! 「ピュルル〜〜♪」  走りながらプチグソを呼んだ。間髪入れずに僕の『相棒』が走りこんでくる。  今更気付いてみたら、それは一年ぶりだった。  この、クソアイアンの顔を見る事も。 「お待たせしたガキーン、早く乗るガキーン!」 「よっと!」  乗ってしまえばブランクだの、怖いだの、止めただのと言う言葉は全て『ガキーン!!』 と言う気合(だと思っている)の言葉の元にぶっ飛んで行った。  気分も何故か緊張して焦っている筈なのに、心の奥は晴れ晴れとしている。  今は全速力でさっきの声の主を助けるだけだ!  僕の中で何かが点火された。 「クソアイアン、全力で突っ走れっ!!」  周りは木が大量に生えている森、それを『全力で突っ走れ』とは我ながら思い切った事 をする物だ。  これでは死ぬ気で集中して木を避けて走らないと大木に正面衝突してしまう。  ポイズンではなくアイアン、恐ろしく高度なテクニックが必要となるだろう。   ……が、僕は笑っていた。 何故か。とても楽しそうに。  僕は足の裏をクソアイアンの後ろ足の付け根に掛け、両手で首の横を掴み、体を伏せて クソアイアンと一体になるような体勢を取る。  そして、一気に駆ける駆ける駆ける!!  木を後半歩で大きく揺らす事になる前に紙一重で避け、突き出した木の根を飛び超え、 邪魔な枝を振り払いながら猛烈なスピードで、森の中とは思えない走り方で、駆ける!!  邪魔な小木はぶっ飛ばして、駆ける!!!  「……見えた!」    実際30秒も経っていないが、極度の集中のせいで何分にも思える走りを終えると、僕 はテトラアーマー2体に迫られている重斧使いらしい女の子を発見した。  女の子だと思って喜んだのは内緒だ。  兎に角、僕は減速するのではなくて、むしろ加速して小さな木々をなぎ倒しながらその 場に突っ込んだ!  バキバキヴァキッと言う凄まじい足音を聞いて振り返った女の子が、勿論の事ながら驚 く。  が、最後まで驚いている時間は無かった。   「ちょっとゴメンね」 「……えっ?」  がしぃっ!!っと重斧使いの女の子の襟首を掴むと、その勢いでクソアイアンの後部座 席に放り込む。   そして一気に『V字ターン』を決め、テトラアーマーを蹴っ飛ばしながら180度来た道 を引き返すっ! 「ちょ、うわっ!?」 そして、さっさと逃亡した。  残念ながらテトラアーマーには100%勝てる自信が無かったので。  暫く逃げながらも『そのままのスピード』で痛快に走り続けた。  僕はテトラアーマーが見えなくなる場所まで走ると、ゆっくりと減速しながらクソアイ アンを止めた。  止まって降りてみると、今は無性にアイアンと走りたくてその背中が恋しいのが不思議 だ。  余計な物が無くなってしまうと僕はこんな気持ちをしていたのだろうか。  今ならば誰よりも速く走れる気がした。  ゴトリと言う音に気が付いて、僕は振り返る。  ……で、女の子の方を見てみると、何故か空気が抜けたかの様にぐったりとしていた。  力の入らない両手で何とか体を支えているみたいだ。  まるで車酔いでもしている様な………。 ………あ 「わ、わたし、3D酔いするんですけど……」 ………やっぱり  アイアンの後部座席は相当に揺れるのだ。例えるならば震度5の地震が起きている中で ジェットコースターに乗るようなレベル。  いや、スペースシャトル打ち上げ時のような……。  んな事はいい! 兎に角謝らないとっ! 「ご、ごめんっ!」  つまりは、謝るしかなかった。  あれしか方法が無かったとは言え、これは全面的に僕が悪い。  せめて無茶なスピードを出さずに抑えて走っていれば、こんな事にはならなかったのだ から。  暴走とも言える走りの中で彼女は後ろでどんな状態だっただろうか。  フラフラと僕の手を借りて立ち上がる彼女を見ると、申し訳なくて自責の念が次々と雪 崩式に込み上がって来る。 「うう……、まだちょっとフラフラする……。君、速過ぎ………」  う、『速過ぎ』と言う言葉にちょっと喜んでしまった僕はバカか!?  またも自責の念が……。  暫く休憩して。彼女は大分落ち着いてきたようだ。 「……ふぅ。とにかく助けてくれて有難うね、セーブしてなかったから焦ったよホント」 「いや、僕は走って逃げただけだから御礼はいいよ。それに色々とお礼を言うべきなのは 僕の方かもしれないしね」  そう、色々と思い出さしてくれた。  さっきまで忘れようとしていた、一番大切な何かを。   「じゃあ、ぼくはまた走ってくるよ」    まだ分からない、と言った顔をした彼女を残して僕はクソアイアンに乗り込み、一直線 に爆発するかのように駆けた。  ウズウズしていた思いが抑えられなくなってしまったのだ。  何でもいい、何でもいいから、今は兎に角走りたい気分だ。  森でも砂漠でも草原でも何処でもいい。  今は誰よりも速く、翔ぶが如くに。    その次の大会「秋のカルミナ・ガデリカ杯」 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 1位:バルムンク  7:33 2位:ジーク    7:92 3位:ガルデニア  8:11 4位:シュルード  8:43 ……………… ……………… ……………… ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「良しっ、次はベストスリーを頂くっ!」 ―――――――――――――――――――――――――――――――― いつもと違ったタイプのお話となりました。 前半真っ暗で後半眩し過ぎですね。 理由とか色々とこじつけた部分が色々とこう……、有るのは悪しからず。 深く考えないで読んで下さると嬉しいです。(爆 今回は作品中ランキング以外で名前を使わないで語ってみました。 ……楽してますね。(苦笑)