(この作品は第43回ちょっとしたイベント参加作品『霧に沈む理想郷(風月)』44回『霧ノ影』の続編となります。 そのままでも読めるかとは思いますが、より楽しみたい方は下の方までスクロールして前作をまずお楽しみ下さい)         <霧り払う音> 「バックアップ生成プログラム……、ねぇ」  俺は影の核の正体を聞かされ、驚くよりも寧ろ納得する度合いの方が大きかった。  影の正体は、『存在』のバックアップ。  歩きながら。言葉の一つ一つに頷いて返した。  それなら同じ性能と言うのにも頷けるというもの。無断でコピーを取られるなんて管理 人の立場としては癪だが、放浪AIはすでにセキュリティの外にあるのだから不可能ではな い。  システムさえ作ってしまえば作動は容易なのだろう。  既に霧は煙になっていた、濃霧なんてものではない。自分の手も見えないようなベタベ タした濃い煙だ。   「ええ、もちろん一般のパソコンで使うようなものとは違うわ」  エルフェは俺の方すら見ずに淡々と進みながら語る。  まるで語りたくないことを水を流すかのように語っているようだ。今茶化したら殺され るな。  要約すればこうなる。  この霧の中心、この霧を毒霧にしている本体。―――影の核、……とは、エルフェ自身 のバックアップなのだそうだ。  確かにAIもプログラムなのだからバックアップを取る事はできる。高度過ぎて貴重過ぎ るプログラムなのだ、その必要性は限りなく高い。  バックアップが有ってもなんら不思議は無いだろう。  そしてバックアップは本体と同じ性能を持つ。  ……エルフェ自身バックアップを生成する能力を持っているのだから、影の核が『影』 と呼ばれるPCのコピーを生み出せても何の不思議もない。  ただ、勝手に動いているのが問題なのだ。  影は影。  意思のない鏡でなければ意味が無い。  自分とは違う事をするなら、それは影として意味を成さない。『別物』だ。 「私には、バックアップを作成する機能は有るわ。  だけど私自身が作るものは、私の中の『格納スペース』の中に本当に予備としてしか作 っておくものなの。  つまり同じフォルダに入れておいて必要な時に壊れたプログラムに当てて使うことしか 出来ない、言うなら壊れる前の設計図ね。  もっと簡単に言うと予備の体って所かしら」  エルフェは語る。  霧は、そんな設計図に心を与えて動かすものなのだと。  バックアップにはそもそも心がない、二つに別々の心があったら予備の意味がない。  そこに心を入れればどうなるか?  自分と言う、『別物』の出来上がりだ。  最初は自分が切り離した『悲しみ』と言う心が自分の中のバックアップと混ざってしま い、影のエルフェが生まれた。  悲しみだけで動く自分の分身であり、別物が。  エルフェは悲しむだけで何もしない、それを気にも留めなかったという。だから影は勝 手に悲しんだ。  勝手に動いた。   やがてエルフェは悲しみを捨て続け、捨てられた悲しみの感情は複雑に絡み合い霧を形 成する。  影は、そのバックアップ生成機能を駆使して更なる影を作る機能を手に入れた。  霧が、影の影すら『別物』として動かす力を与えたのだ。  霧はエルフェが捨てた悲しみのプログラムの集合体である。即ち心、心が有る限りバッ クアップも意志を持って動くのだから……つまり『影の核』は霧の中でだけ『悲しみ』を 動力源にして動く影を作れることになる。  影の核が目の前のPCをスキャンしてコピーを作る――それはバックアップ――バック アップには『悲しみ』が与えられ――放浪AIの一種として『影』となり勝手に動き出す。  影の核には、その『影』を操るなんらかの力が有るらしい。  ここで一つ注意しておきたい。  エルフェの作るバックアップはあくまでバックアップの用途しか持たない。  影にはならないし、あまつさえ勝手に動くなんて事は起きない。  今はもう、悲しみを捨てていないから。  だがエルフェの影が作るバックアップは違う、大本の影の核がぶっ壊れている、そんな のがバックアップを作ればどうなるか……………答えは、『影』として勝手に動くバックア ップが出来るということらしい。  厄介者が厄介者を産む、迷惑な話だ。  『バックアップの作るバックアップ』だから。即ち『影の核』と『影』とは連動性があ るのだろう、同じ『悲しみ』を基にしている繋がりからか『影の核』は『影』を操る事が できる。  同じ存在として、連動した行動を取れる。  脳ミソはまるきり同じ一つの悲しみなのだ、影たちは何人いようと本体の五指のような ものでありその本体は霧、そしてその霧の最初の一つである悲しみを持ったエルフェの影 こそが『核』。    影の核が司令塔であり生産者。  霧はそれが存在できる唯一の場所。  故に影の核を壊せば全部『屑データ』に変わる。  動かなくなったプログラムはただの01の固まりとなり、グラフィックを表示させる処 理も出来なくなるのだから見えなくなる。  そしてやがてメンテナンスの時に正体不明のゴミファイルとして処分されるだろう。    これが目標。  と言うか核が自分の脳ミソの触手とも言えるような霧を使って俺たちに交渉し、ログア ウトできないようにしてるんだから、目標にせざるをえない。  つまり、強制イベントってことか。  ボス≪影の核≫を倒さない限り先には進めないという事だ。  何とも欠伸が出る……。  説明が長ったらしいが、要は影の核さえ倒しちまえば良いって話じゃねーか。 「おーおー……ぁぁぁっ……っと、ご高説ご苦労さん。参考になったぜー」  俺は本来考える事には向かない頭をグリグリと回し、隣でそのあまりに能天気な態度に ムーっとしてるエルフェが突っ込みを入れてくる。 「……貴方、もしかしてありがたみって言葉を知らない? 私がこれだけ懇切丁寧に……」  建前と一緒につい本音、……まぁ、欠伸を漏らしちまった俺に早くもエルフェはご立腹 のようだ。  寝起きなんだからそうカッカするな、って言いたいところだが言ったら火にニトロぶっ 掛けるようなもんだろうな。  こんな所で爆発したらたまらない。  そういうのは誰が身代わりがいる時にやるに限る。  俺は言い訳がましく苦笑を浮かべると、寝てる間に色々調べさせてもらった協力者にハ ッキリと言ってやった。 「言葉自体はもちろん知ってるさ。だが、理解はしてないね」  傍若無人とよく言われる。  ご尤もだ。そもそも俺は『ありがとう』『ごめんなさい』しか知らないような単純な人間 であって、脳ミソがグルグル掻き混ぜられるような長台詞を聞かされて喜ぶような人間じ ゃない。  内容からして有益とは思うが嬉しくも無いものをありがたいとは思えない、ご苦労様と は心から言えるけれども。  その辺の件をエルフェに言ってみたら。 「屁理屈」  と言って拗ねられた。  脚が飛んでこないだけマシと思うべきか、何だかんだいって今はボス戦が近いので攻撃 的な突っ込みは自粛しているらしい。  大人しいと返って不気味だ。  いやだからって頬を膨らませるのは反則技じゃないのか? オジサン心にグサッとくる というか何と言うか。うん、OK。  ……危ないな、我ながら。  まあ、クソ生意気よりかは可愛げが有っていい。これからもおちょくってやろう。  サラサラと乾いた水が線になったような髪を撫でてやる。  意外にも、抵抗は返って来なかった。……気に入ってるっぽい。  それにしても案外、いや絶対。  コイツの精神年齢は低い。低すぎる、頭のいい子供だなんてどっかのアニメの世界の住 人だと思っていたんだが。  体は大人、心は子供。……どっかで聞いた事があるような。  いや、大体からしてこいつもゲームの住人なんだから別に違和感は無いか。  何歳かは知らないが、エルフェの実年齢は普通にガキンチョのはずだ。ならこれで普通。  PCと中身が合わない事なんて、いつものことじゃないか。  そう思うと、意外に現実臭いにおいがしてくる。  人間いくらか矛盾があったほうが、人間っぽく見えるわけだ。  その点で言うと、柴山は随分と人間臭いのわけだ。  アイツはいっつも悩んで抱え込んで無理やり押し通そうとしてるからな。                               ――――ヘックシッ! 「……お? 何か今隣の部屋かな声が聞こえたような」 「なに?」 「いや、こっちの話」  見てみれば、エルフェは大分ご機嫌が傾いていらっしゃるようだ。霧で顔が見えないの に機嫌が悪いのが見て取れるくらいに悪い。  あれか。  あんまりかまってやらなかったから怒ってるんだな。きっと。  ……って言ったら怒られそうだ。  ま、何であれ今はちょっと我慢してもらうしかない。    俺だってこの霧の主との戦いを前にして緊張しているのだから……。                  XとYとの交点に俺は立っている。  GPSの数値しか俺の居場所を知る手段がない。まことしやかな嘘のようだが、本当の話。       霧は全てを覆っている                   心すら曇らせるほどの濃さ            その成分は悲しみと言う涙    故に命ある限り生き物はその霧を嫌う                 それでも美しい霧なのは本来血の色が美しいのと同じ原理 だからなのか   霧 霧 霧 霧 … … … … …  覆われた白はまるでタバコの煙の充満した巣窟に飛び込んだように不気味で不快                         命ある限り吸ってはいけないような毒霧 のようでただの霧         その毒は精神から精神を冒すのだから実は毒ではなく質が毒  嗚呼霧だ  白しかない  白昼夢とはこのことか、夢はきっと悪夢                 何よりこれは悲しみばかり押し付ける押し売り 「……タバコ、止めるかねぇ」 「無理ね」 「はは、そいつは手厳しい」  素早くコンマ2秒おかずに突っ込まれた、早くもエルフェは俺の性格を把握しているら しい。  暫く進むと、これ以上は無理だと思っていた霧が更に濃くなりやがった。  こうなるともはや白い汚濁の中を進んでいるとしか言えない、進むにつれていやな行進 になっていく。  霧の成分が成分なのだ、ここまでくると気が狂いそうで困る。  口といわず鼻といわず入ってきた瞬間に体に捻じ込んできて勝手に人の感情を打ち壊そ うとするような霧。無遠慮にも程がある。  厳密にはこの世界にいない俺ですらこうなのだ、エルフェはいったいどんな状況なのや ら。  先ほどの軽口はその実二人のギリギリの心情を表している、普段ならもっとこうドンパ チやるのが俺たちだ。  喧嘩するほどなんとやら。  足音すら聞えない悲しみの中、俺以上に気が狂いそうであるはずの奴の手を握る。  恥かしいとは言わせない、事実そうしないと見失ってしまう。  多分。  たぶんだが確実に、エルフェの手は緊張と苦痛で汗ばんでいた……。 「……居るか?」 「座標にしてx軸に−3、y軸に4、北西の方、目の前に居るわ」  エルフェは、無感情な声で答えた。  まるで押さえきれない物を無理やり押さえているような声。聞きなれた声だ、柴山がAI を消す時によく使う……。  この世界での座標はざっと数値1は1m程度の長さである、となると本当に目と鼻の先 らしい。  影の核、とやらが居る場所は。  霧のせいでなぁんにも見えないわけだが。 『ダレ……?』  だが、それは影の核とて同じ事だったらしい。本体≪エルフェ≫と何者かが近づいた事 は分かったが見えはしないのだろう。  霧を操ってるくせに難儀なもんだ。  影の核らしい奴は地震を中心として風を起こした。フォゥゥゥゥ……と風の渦巻く音が 鳴る、洗濯機を回して水分を取る原理に似ている。  霧が、周囲10m程度の円だけ晴れていった。もっとも周囲は夜なわけだが。 「こいつはまぁ、ゾロゾロと……」  黒が、沢山いた。  まるで女王蟻に集る働き蟻のような数だ、暴力的数値といってもいい。  晴れた範囲の下にあった地面の色は緑の全くない赤茶けた台地、上を向けばまだ霧が覆 っていて夜空も望めない。  それでも明かりだけは届いていて……、その光が何十は居るであろう無数の影をくっき りと映し出している。  その一つ、エルフェそっくりの影がひっそりと中心に居る。それだけ何かが目印のよう に赤い、その周りに大小様々なPCの影が寄り添い合っているのが見て取れた。  男も居れば女もいる、今まで食い殺してきたトロフィーのように立っている。  ただのバックアップならトロフィーと同じ、立っているだけだろう。だがそいつらはま るで身を寄せ合って恐怖から逃れようとしている感じ。  中心にいるエルフェの影――影の核など、無表情なくせに常に赤い涙を溢している。悲 しみしか知りませんと語っているかのようだ。  見ていて痛々しい。  そして腹が立つ。  怖がる物も無いのに怖がっている時点で壊れている、ぶっ壊れてるくせに自分を責める ことしかできていない。  悲しみすぎるあまり仲間と言う癒しを求め……その仲間にも心が無く、孤独が癒されな い。   とんでもなく、救いの無い世界が目の前に在った。 『アレイガイコワス……』  アレとはエルフェのことだろう。オリジナルがいなくなると流石に色々と拙いらしい。  だが俺には容赦は無さそうだ。  容赦のない勧誘活動に脱帽。帽子を踏みつけて反撃してやろう。 『悲しメ……』    理不尽に悲しめと。  理不尽に苦しめと、俺たちに迫ってくる。  俺たちに何かを求めているのに、その方法が悲しみでしかない壊れ具合。  人を悲しませる事しかできないし、それで居て自分は悲しむしかしない。  そんな凶刃が、次々に迫ってくる。  幽霊のような外見をしているくせに疾い、皆一流のPCの、贋作なのだろう。  一流でも心が無ければ動きは二流。  移植時代からゲームテスター兼デバッガーとして時間外労働に勤しんでいた俺が負ける 道理はない。  みろ、この視力落ちまくった目。タコだらけの指。7個目のゲームパッド。  理不尽なほど徳岡さんに扱き使われた実験動物の実力を見せてくれる。     ―――戦闘開始   「エルフェ、回復と補助頼むわ」 「12体はいるわよ、勝てるの?」  ヴォータンで柄を右に持つ構えを取る、宝蔵院流槍術の相手の武器に対しやや穂を上げ る構えだ。 「勝てる」  軽い口調で言い切ってみせる。  表情は自信に満ち満ちており、絶対に負けそうだという雰囲気を抱かせない。それが、 俺だ。 「死ななきゃ負けじゃねぇ。俺はちいとばかり逃げ足には自信あるんだぜ」  エルフェは何ともいえない表情をしたが、俺が逃げそうに無いのを見て納得したらしい。  激励代わりにアプコープが飛んで来た。  AIでも普通にスキルは使えるんだな。となると、どう見てもエルフェは呪紋使いだ。そ いつは丁度良い。  俺は自力でアプドゥを使うと、目の前の影達を一睨みする。  パッと見、前衛が多いようだ。――剣士と双剣士の人気職が目立つ。  一番前の奴が距離にしてあと数歩で俺の間合いに入る……寸前で止まっている。成程、 壊れていても馬鹿ではないらしい。  こっちの削除スキルを警戒しているのだろう。  とは言え、ヴォータンの能力を最初ッから使うつもりは無い。  あれは追い詰めて使うから効果があるのであって、こっちが多人数に迫られてる時に使 うもんじゃない。使ったら、使ってる最中に敵の仲間によろしく串刺しにされてしまうだ けだ。  それだけ処理に時間が掛かり、つまり隙が大きい。 「――ハッハ、どうした? 掛って来い……っつうか言葉理解してるか?」  ……してないらしい。  影達は微動だにしない、こちらが動くのを待っている。  12人、武器を構えて待ってるのだから突っ込んだら前方向から串刺し……罠というか子 供の悪戯に近い『待ち』だ。  俺もそれなりに槍は学んでいる、と言うか槍の振り方を知っているから重槍使いを選ん だ。騎士団が結成される以前から俺は重槍使いだった。  ガキん時からチャンバラは無理やり槍を使うとこから始める無茶な奴で、原田佐之助が 好きで……って話は長くなるから割愛しとくか。  宝蔵院流槍術、とは奈良が発生の槍術で攻撃と守りが一体になった35の技で成り立って いる。宮本武蔵の時代に栄えた槍術として有名だろう。  まあ、そんな構えで――――俺は馬鹿正直に12の影達に突っ込んで行ったわけだ。  「なっ――」  その阿呆な行動にエルフェは口が塞がらないらしい……いからスキル、使え。   「疾っ!!」  レベル?  性能?  イリーガル能力?  ……そんなもの、プレイヤーの『技量』如何で何とでも叩き伏せられる。  最前列に居たのは要所だけを守るカッコいい甲冑に身を包んだ剣士、温い。見た目で鎧 を選んでいる時点で戦闘者として三流以下だ。  この世界、The Worldはリアルな世界、鎧の数値だけでなく形でもガードの性能は変動 する。  首を打ち抜いた。  そのそも得物の長さが違う、俺が手を伸ばしても届いても、あいつは届かない。  槍とはそういう武器、突きとはそういう技。  首元を守らない胸当てだけの鎧にも非がある。 ――ガフッ!?  脳みその無い俺以上の馬鹿はそれで沈んだ、目もくれずに地面を蹴り砕く、沈むより早 く槍を引き地を滑るように後退する。  ――跳ぶっ。  その目の前で大小様々な武器が11本、派手な音を鳴らして突き出されていた。  正確に11人同じ動きだ、さすが、脳ミソの作りが同じだとやることが違う。   「槍は突くな、引いて繰り出せ。石突に心をつけよ」  槍を扱う基本にして極意。  ……俺は逃げ足は速い、逃げるのは大得意。『退く』速度において引けを取るつもりは無 い。  槍は突くよりも事実引くことに重点を置く。  因みに石突とは穂の逆側の持ち手の端っこの事、槍は引けなくなったら使えなくなると 同じ、背後に気をつけろという意味だ。もちろん背後は確保している、後ろの方にエルフ ェが居るくらいだろう。  不意に笑みが洩れた。  勝利を確信した笑みだ。これだけ相手の頭が悪いなら、負ける気がしない。  例え強くても馬鹿ならば問題ない。  まぁ、これは大抵のPCにも当てはまるわけだが。チートすりゃ勝てるなんて大間違いだ。 「アプボーブ。……必要無さそうだけど」 「おう、気持ちだけ受け取っとく」  さぁて、相手の有ったのか無かったのか分からん陣形は切り崩した。 「派手に行こうかっ!」  確保した間合いは4歩、俺の攻撃範囲は2歩強だから一息で攻撃できる距離を確保しな がら退いた事になる。  無論敵は2歩以上踏み込まねばならない、この差が、槍の強みだ。  目前に居るのは一緒に攻撃したくせにバラバラに体勢を立て直す影たち、個々の建て直 す速度は早いが回りを見ていない時点で数の有利は無きに等しい。  影の核は、指令でも飛ばしているのか後ろでジッとしている。  俺はスッと動いた。  派手に踏み込んで飛び込むタイミングを教えてやる義理は無い、上半身をやや捻ると左 手の中を柄を滑らせるように右手を繰り出す。  槍はブンブン振り回すものだと思ってたあなた、槍は剣の様に両手で持ちながら両手を 突き出して突くと思ってたあなた、ゲームのやりすぎです。  透き通る羽を投げたかのように穂先は倒れた剣士の横に突っ立っていた重剣士の首に突 き刺さる、反撃? そんなもの槍の柄で同時に受止めている、攻防一体こそ槍の強みだ。  こうやってクリティカルを発生させれば俺のレベルとヴォータンの攻撃力で勝手に消え る。  その馬鹿でかい剣を柳のように流すと更に踏み込んだ、踏み込んだ瞬間に俺の背中辺り を大上段から振り下ろした剣が空を斬る。  残念賞、景品は横薙ぎに振るわれた斧です。  バンッ、妙に景気の良い音を響かせて長身痩躯の剣士の首が飛ぶ、ヴォータンは斧槍だ、 斧としても使える。  切り結び、その勢いでもう一回転、遠心力の篭もった棒切れを振り回し重斧使いの斧を 弾く。  金属の甲高い衝突音が鳴り響いたかと思うと俺は既に足払いを掛けている、体格的に重 心が上により過ぎている重斧使いは足元から攻めるのがベストだ。  揺れた、その瞬間に蹴り足は踏み込み軸となり、持ち手を短くした槍は突き上げる様に 股間を切り上げる。  ハ、全身鎧だか知らないが大事な所は守っておけと言う話。   「――砕っ!!」  言わずもがな、見た通り大ダメージは入ってる。鎧のせいで切り飛ばすには至らないが 中の物をぶっ壊すぐらいは出来ただろう。  後は俺様の長い足で胸板を後ろ回し蹴り気味に蹴り飛ばしてやれば―――ズゥンッ後ろ の奴を下敷きにして倒れるって寸法だ。  潰れたやつを加えて五人撃破。そこに銀の閃光が間違いなく俺を目掛けて5本飛んで来 る。   「っと、単、純、……過ぎるぜっ!」  槍は時に片手でも扱う。  左から胴を狙ってきた二筋の剣閃を叩き落し、そのまま槍を地面に突き立て双剣士の回 転切りを難なく邪魔する。両の篭手で頭を脚を狙ってきた二本の大剣と斧を受止め、鉄靴 を履いた足で突き出された腰のなってない槍を踏み砕く。  ダメージはそこそこだが死んで無いなら問題無い、反撃開始。  砕いた槍をまるでサッカーボールのように器用に蹴り上げるとそれを掴んで敵の重槍使 いの喉仏に石突を食い込ませる、ッ瞬時に退き、退いた勢いで連激を仕掛けてきた斧を振 り払う。  重槍使いの喉仏は砕いた上に吹っ飛んでいった、戻ってくるまで多少時間は稼げる、  ほっとしていた訳ではないがそこに死角から二本、いや三本の剣が飛んでくる。一人称 と三人称を何度も入れ替えて戦わねば気づく事はできないだろう、気付いて避けれるかは また別の問題だが。  ――飛び退きつつ反転、勢い余って飛びすぎたが双剣士の剣を躱すことには成功した。 その勢いをもって奪った槍を同時に攻撃してきた剣士の眼球に投げつける――貫く。  嫌な音を立てつつ倒れたそれは6人目、それを数えている暇なく重斧使いは襲ってきた が華麗に無視してやった。  俺は双剣士の猛攻を掻い潜りつつ地面に突き刺したままのヴォータンを引き抜くことに 専念する。    くどいが重斧使いは無視だ。  今さっきエルフェが片付けると耳打ちしてきた。 ――引き抜く。  それと同時にやや奮闘した双剣士は息絶えた。当然だ。間合いが小さいせいで踏み込み 過ぎていた足を鉄靴で踏みにじった挙句、引き抜いたヴォータンの斧の部分で顔を両断し たのだから。  血が出ないのは嬉しい所だが、血留めの役割を持つかぶら巻が飾りのようになっている 気がしなくも無い。  邪魔とばかりにその消え行く骸を蹴り飛ばすと、雷撃に打たれて同じく真っ黒の消し炭 が灰色に消えていくところだった。元、重斧使いなのだろう。  8人、残り4人になった影達は流石に一歩引いていた。 「だが、もう遅すぎる」  戦闘に入ると茶目っ気が無くなるのが俺だ。  さっさとバラしてお茶にしたい。 「ファリプス」  サンキュ、と軽く片手を上げて答えると俺は先ず先ほどフッ飛ばしてやった重槍使いの 間合いに踊りこむ。悪魔が命を刈り取るような踏み込みと何度か評された事がある速さで ――無残に奴さんの槍をヴォータンの柄をちょいと動かして叩き落す。古く織田信長が生 み出した長槍術の応用だ、その一瞬の揺るぎのうちにヴォータンは重槍使いの喉元に到着 する。  いいね、重槍使いは大概鎧らしい鎧を着けて無いから喉を頂きやすい。  そう、そのことのついでに…… 「つっらぁぁっ!!!」  一歩踏み出し、突き抜けた槍は背後に控えていた拳闘士の顔の真横に到達する。  二歩踏み出し、そんな所からの攻撃を予想していなかった拳闘士の反応がやや遅れる。 他の仲間はエルフェが雷を落して足止めしていた。 「纏めて」    両の筋肉がこれでもかと盛り上がる、良い出来だ、グラフィックチームに文句言った甲 斐があったなこりゃ。  首の残り皮を力だけで無理やり引き千切って真横に避けようとした拳闘士にヴォータン の斧を叩き付ける。その勢いは戦槌の如く、重い。  無理な体勢で篭手で受止めようとした拳闘士をそのまま地面に皹が入るほど叩き付け、 地面が砕ける。 「くたばっとけ!!」  そこからは、繊細な作業。  シュッ、  今度も首を刈り取るように顔面に槍を奔らせ、それに素早く対応した拳闘士は首と顔面 を守る。  こんな時に使うのはフェイント≪牽制≫に決まっている。  顔面を覆うということは自ら視界を奪う事に他ならない、俺は悠々と……槍を退いた瞬 間に気付かれる事無く心臓を串刺しにした。  退くと突くは一帯の動き、対応するなら退く動きを見逃してはならない。  ビクリと拳闘士が痙攣して消えていく間に周りを見てみると、またまた黒焦げになった 消し炭が二個、灰色になって消えていくところだった。 「……もしかして、使える技は少ないけどその分威力は高いタイプなのか?」 「雷属性マスターと呼んで頂戴」  エルフェは胸―――背の割りに有るんだか無いんだか、を張って得意げだ。  確かに、この威力なら有頂天も頷けるけれど。 「すっげぇな、雷属性マスター。よっ、世界一!」 「………やっぱり名前で呼んで」  うむ、それで正しい。  俺は一息ついて槍を背中に回して、うんと伸びをする。  まぁ、気分的なもんだがこれで幾分か緊張は解ける。リアルでは冷めに冷めたコーヒー を一口含んだ。  時間にして5分くらいだっただろうか。  それだけの時間で随分とこの空間は綺麗になった。 「残るは。アイツだけか」  何を思っているのか、エルフェの影、影の核はエルフェと同じはずなのに似ても似つか ない表情でただ泣き続けている。  赤い涙を。  無表情に。  それを見届けるエルフェの表情は罪を犯した家族と決別する時のように鋭い顔をしてい る。  何か、言いえて妙だが、自分の暗い部分を認めた上で倒してやると覚悟しているようだ。  影の核はそんな厳しくも美しい瞳で睨まれているというのに、その黒ずんだ体を微動だ にしない。  何も感じていないかのようだ。  当たり前のように悲しんでいるそれは、もう何に悲しんでいるかすら分からないのかも 知れない。 『悲しマナイタメニ悲しマセル』  不意に。何も考えて居なさそうな無機質な泣き声でそいつは喋りだした。  恐らく、最後の言葉になるだろう。 『ワタシノ悲しみヲアナタニアゲル』 『アゲタケド悲しみハヘラナカッタ』  ボロボロと赤い涙がこぼれた。  心なしか、量が増えているような気がする。  その涙は途中で消えて霧に混ざる……何事も無かったかのように。 『ワタシヲ悲しマセテ』 『キット悲しくナクナルカラ――』  意味は汲み取れないが、気持ちを汲み取る事は、できたようだ。  ザンッ  ――迷う事は無い。  光を纏ったヴォータンはその筋を残して、吸い込まれるように影の核の心臓へと突き立 てられた。  まるで刺される側がそうして欲しかったかのようにアッサリと槍が突き抜ける。 シィィィィィィィ――――――ンンンッ!!  収束した光はピカドンでもかますかのように強力な光を周囲に放ち、その圧倒的な光量 で効果範囲内にあるものを消し飛ばしていく。  影の核は最後には光に包まれた。  それは消滅ではなく帰一なのかもしれない、最後の表情は心なしか眠りに落ちる前のよ うに穏やかだった気がする。  砕ける、光が砕く。文字列をただの01に変換し、砕き消す。    光は止まない。  その溢れんばかりの光は影――闇を消したからこそ際立ったのか、もはや地上に突き刺 さる光の柱のように見える規模である。  当然中心部に居る俺もエルフェも眩しすぎてわけが分からない。  その光はやがて天をも物凄い勢いで穿ち。雲を霧散させた、霧なんてついでとばかりに 消し飛ばしていった。  そう、何もかも掃除された。  流石に神の槍なだけは有ると言うことか、神様の贈り物の如く夜空が晴れ。地上も晴れ 渡る。    初めて全部を見渡せたが、綺麗な夜空だ。  月は見事な十五夜の満月、星は高い山奥で見上げたように眩しいほど輝いている。全部 の星座が見えてきそうだ、あり過ぎて落ちてきやしないかと心配になりそうだ。  月光はその柔らかな金の光で地面を照らす、俺たちも、照らす……。  はじめて見た。  月光を反射して輝く純白の野花。―――月光花≪メトークス≫の咲き誇る、心が震え滂 沱たる涙が溢れそうななほど美しい。  白き夜の花の楽園がそこには在ったのだ。      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  はい、なっげえですね。  影の説明に梃子摺った上に先頭描写に拘っていたら長くなってしまいました。  所要時間共に。(汗  長すぎてろくに見直す時間が無かったのが心配だ…。  兎に角、飽きずに最後まで読んでくれた方に感謝です!    さぁて次は新しい短編でもやろうかな