(この作品は第43回ちょっとしたイベント参加作品『霧に沈む理想郷(風月)』の続編と なります。 そのままでも読めるかとは思いますが、より楽しみたい方は下の方までスクロールして前 作をまずお楽しみ下さい) <第二章 −霧ノ影−> 「貴方、馬鹿でしょう?  少なくともマトモな脳ミソはして無いわね、スカスカなくせに有らぬ方向に捻じ曲がっ てる可能性大だわ」  俺は、なぜ―か罵倒されていた。  年取った政治家よりも清く正しいこの原田憲弘(はらだのりひろ)様に向かって、…… ああ、こっちじゃアラートか。とにかく全然似つかわしくない言葉を浴びせられていた。  ………。  いや、ちょっとぐらいは当てはまるかもしれないけど。  ほんのちょっぴり脛に傷がある自分が恨めしい。 「だいたいね、敵である私を助けた所で貴方には百害あって一利も無いのよ。使えない荷 物を担いでるだけなの、分かる? ……ほんとどうかしてるわ、言っとくけど絶対に身体 実験なんてさせないからね。それに、話すような情報だって何も無いわ」  その割にはさっきから物凄く喋り捲ってる気がするのは果たして俺の気のせいなのだろ うか?  まぁ確かに罵倒されてるだけで名前すら聞かせてもらってない、情報は渡してないわな。  NPCにもこーんなのがいる、って驚きの情報は今現在つかんだわけだが。  俺が「あーはいはい。わかった、わかったから暴れんな。落ちたかないだろ?」と適当 にあしらってる最中にも、彼女は俺の背中の上でギャーギャーバタバタしている。  ………ホントに腰が抜けてたのか?   色々と疑問が浮かぶほど倒れたままだったのでとりあえず担ぎ上げた少女は、元気だっ た。立たないだけで。  出合った時のあの無表情な陰鬱さが嘘のようだ、ホント、NPCでも女ってのは猫被るん だな。  何だかポカポカと俺の頭を叩いてるらしい彼女を見てつくづくそう思う。  彼女の言い分では、『感情ルーチンでの演算と言語ライブラリの検索にCPU使用比率を 傾け過ぎているから、二足歩行を行うために必要な各種運動機能を同時作動できない』の だそうだ。そもそもPCとは体の作りが違うと言いたいらしい。  ありがたい情報提供なわけだが。……つまり気が動転してるからまだ立てないってこと だよな。  まぁ、罵倒している割には可愛い所も有るってことで。  俺は思わず霧で朧げになって殆ど見えない月を喘いでしまった。 「ばーかばーかばーか」  いや、可愛いっつうか、ノー天気、天真爛漫って感じか? ネタが切れたんだとしても お前が馬鹿だろって言いたくなるぞその台詞は。  シリアスキャラにあるまじき行為だ。 「……お前さん、ホントNPCらしくないな。その形(なり)してんならもっと経験積んで 大人に成るんだな、柴山のキッツイ一言に比べりゃそんな言葉痛くもか〜〜ゆくもないぜ、 ガキンチョ」  背中の少女は、雰囲気からすれば少女なんだが外見年齢的には19歳ぐらいの少し背の高 いキャラだ。  ヒンヤリとしてそうで風にはサラリと靡くそれでいて水のようにしなやかな、長い虹色 の髪をしている。それを飾るグレーと青のワンピースもこれまた非の打ち所も無いような 金刺繍で調えられており、極め付けに可憐でいて清楚な白い花で飾られていた。  不正規NPCの特徴なのか、100万積まれてもブスとはいえないような凄まじい美女で ある。ただし性格はガキ。  ほら、今だって俺の台詞に言い返せなくて「むぅぅぅ」って顔してる。反省じゃぁなく て、ありゃ心ん中で次はどうやって罵倒するか考え込んでる顔だな。  ハッ、無駄無駄。  柴山を越える奴なんてこの世に居ないっての。つまり俺は罵倒に対してだけは無敵なの だ。  そうとも知らず――知ってても罵倒する気満々っぽいが、彼女は子供っぽく現在考え中 のご様子。そんなんだから美女と形容するよりは可愛い女の子止まりと表現した方が正し い。  まぁ、そんなのを背負って俺は歩いてるわけだ。  当てもなく、この前もロクに見えないような霧の中を。  サクサクと霜が降りたかのような音をたてる赤茶色土の上を、白い花を踏まないように 歩いていく。  あの場所に留まっていたら彼女が混乱したせいで影響下を逃れた影達が襲ってくる可能 性があるそうなので、こうして移動しているのだ。  しかし鬱陶しい霧である、気分的に平泳ぎみたく片手でかいてみたがもちろん何の効果 も現れない。  どれだけ濃くても霧は霧だ。  心なしか薄くなったような気もするが、相変わらず足元に群生している白い花さえ満足 に見えない。  まるで俺たちの行く末を阻むかのように霧は俺たちを囲んで離さない。気のせいか纏わ り付くような感じもする。  ブンブンと手を振った。 「あーもう鬱陶しい霧だな。ログアウトも……ゲートアウトも出来ねぇし、どうなってん だよ」  もちろん管理人権限のリープ機能もエリア内での移動は出来るがエリアの外に出ること が出来なくなっている。  死ねばルートタウンに戻れるんだろうが、そもそも魔法陣が無い。ダンジョンも見つか ら無い。当然だが背中の彼女に殺してもらうのは論外だ。  電源切ったって出てくる場所は変わらないし。……そもそもの元凶が非協力的だしなぁ、 どうしたもんだか。  俺はアラートのダンディな顎鬚を弄って、渋く考えるポーズを取る。因みにショートカ ットF1設定、お気に入りのモーションだ。  うーん男前。  そんな俺に突っ込むように少女は声を荒げる。 「……出れないのは当然よ、私だって出れないんだから。この霧のせいでね」 「なるほど、ね。どーもさっきからこの霧で嫌な感じがすると思った」  俺は霧を透かして見る為に夜空を見上げて月を眺める。  濃く白い靄(もや)のかかったそれは計らずとも朧(おぼろ)な月、月光も星の煌きも 奪い去っていくようなその霧は途轍もなく美しい。嫌な感じに寒気がするくらいだ。  白銀の世界を死の世界と知りつつも美しく感じるように、その霧は同種の美しさを持っ ていた。  それはまるで骸骨の不気味さと、雪の清廉さを兼ね備えているかのよう。 「んで、この霧のせいとか言ったってことは出たいんだな?   ちょっとでも出てみたい気が有るんなら、せめて霧の情報くらいは教えてくれないかい、 ガキンチョ。情けは人の為ならず、だぜ?」  俺はポンポン、っと彼女の頭を撫でながら言う。  もちろんヒステリックに振り払われた。当然のように。 「ガキガキって……、何様のつもりよ! だいたい、人に説教を垂れるなら説教に説得力 を持たせられるような人間性持ちなさいよね」 「そいつは無理だ」 「ばかちんっ」  ぬあっ!  し、視界がぶれたぞ今っ! このガキンチョめエルボーなんて側頭部に入れやがって… …、20もダメージ入ったじゃねぇか。  リアルだったら流血かタンコブできてたぞ、ったく。  人間の肘は凶器だ、反則だ反則。  背中で悠然としてらっしゃる彼女は、俺がダメージを受けたことに満足しているらしく なんか納得してる。あんにゃろ……。 「痛ぅぅぅ……っ!  無理なものは無理だと期待持つ前に諭してやっただけじゃねぇか、この歳になって人間 の本質変えんのは不可能ってもんだ」 「ふんっ」 「……ったく、ああ、何様って話だっけ?   一応俺はお前の身柄拘束した碧衣の騎士だな、言わば保護観察人。そしてそしてー……、 年上のダンディなおじ様ってわけだ!」  あ、あれ?   点点点ですかい?  突っ込みすら恵んでくれないのかい?  もしかして、またまた外したのか? 俺……。  ショックだ。皆今までお情けで笑ってくれてたのか……。  シリアスの中にも事実を明確に織り交ぜた明るいジョークだったのに。だったと思った のに、オジサンショックだぜ。  カクッっと項垂れる俺に彼女は容赦なく言葉を投げつけて下さった。流石にガキなだけ に容赦が無い。  なんか足元の白い花も萎れそうだ。 「騎士団の方針は私たちの削除なんでしょ? 前に来た奴らから聞いたわ。『消すだけだ、 それ以外の方法は無い』ってね。  だったら貴方はもう騎士では無いわ。  私に止めを刺さない挙句連れ出しておいて、それでも貴方は騎士を続けられると思って るの?」  そこまで聞いて、俺はククッと唇の端を上げる笑みと共に小さな笑い声を漏らした。  彼女は……、こんなに純粋なんだな。AIって、人間の方がよっぽど汚ねぇわな。  悪戯っ子の浮かべる独特の笑みって奴だ、不遜な自信に満ちているようなそんな笑み。  アラートでやるとこれがまた渋い。  まぁ、彼女にはそんな良さが分からないようで、不満そうな不安そうな顔をしていた。 「な、なによ。事実でしょ」  少したじろぐ彼女に、またも俺は懲りずに頭を撫でる。  飽きもせず外される。 「半分な。けど俺みたいな熟練の悪戯っ子にはもう半分の可能性って奴が、あるわけだ。 お前さんたちを庇いながら騎士を続けられる可能性ってのがな。  ログの改竄くらい朝飯前、ってな。よく柴山やお偉いさんの悪口を散々言った後に本部 のログを書き換えたもんさ。19パターンくらい書き換え用のダミー原稿が有る。  不正規NPCには自信の姿を消す能力とかログを残さない能力とか有るんだろ? アレへ の解決策はまだ提示されていない筈だ。  だったら隠し通すのはそう難しい事じゃない、これでも副長を務めてるんでね、言い方 は悪いが多少はもみ消したり誤魔化したり出来る。  まぁ、こっち側についた人間としてここに居るのはどうかとは確かに思うけどな。…… 手を取ると決めたからには、有利な立ち位置を確保しておくのが得策ってもんだ。だろ?」  安心しろ、とばかりに不敵にニヤつくアラートを彼女はまだチョッと不振そうな瞳で見 ていた。  碧衣の騎士団副長、アラート。  品行がよろしくないので古参の癖に一向に昇進が遅いままの――つーかこのまま止まり そうな、悪戯っ子である。  柴山に怒られるのは日常茶飯事、上司から減法喰らった回数は徳岡さんに次いで社内第 二位、でも部下からの信頼はあそこそこ。  気紛れに「俺に勝てたら見逃してやる」とか言って決闘を申し込んだり、上司の悪口を 掲示板に書き込んでるのがバレて謹慎喰らったりしている人間だ。  まあつまり多少のことをしてもいつものこと。  今更不振な態度を取って不振がられる事も無い、少なくとも暫くの間は。俺はそう計算 した。悪事……もとい悪戯の計算を練るのは昔っから大の得意なのだ。 「無駄よ。モルガナはもう居ないけど、……黒き手紙の主には必ず見つかるわ。知ってる でしょう、差出人不明のあの手紙の事を」  「ああ、あの黄昏以降一時期止まってたけど最近復活した謎の手紙か……。そうかぁ、そ ういやそれがあったな。  どうやって知ってるのかは知らんがアレならバレちまいそうだ、作業に手こずってると か言って誤魔化せるのは3日ってところか。  ま、3日あれば追跡中のAIの情報を隠滅するくらいはできるだろ」 「い、いいの? 3日で騎士ではなくなるのよ」 「ああ、俺優秀だから大丈夫。まだ三十路だし就職先の当てはあっから心配すんな」  あんまりにもアッサリと言ってしまったもんだから、彼女はどうやらしこたま驚いてい るようである。  なんせ、さっきまで暴れていたのが急に大人しくなった。  尚も追求しようと口を開いたが、これ以上追求したって答えは変わらないくらいは悟っ たみたいだ。ふむ、賢しいな。  ……それにしてもPCって不便だよな、感覚があれば俺の背中には素敵な双丘の感覚があ っただろうに。  ま、さっき彼女が自分で言ったように、俺は既に騎士団の方針に反している。  その時点で嘘の可能性は低いわけだから、まぁ驚くのも尤もだ。  人を信じた事も、信じられた事も一度たりとも無いような少女だ。んなことを行き成り 言われたら擽ったいを通り越して息が詰まるんだろう。  そんな事も、これから俺が教えていってやんないとな。  ところが彼女は手をブルブルと震わせたかと思うと…… 「バッカチーーーーンッッッ!!!」 「GHHO!!」  し、しこたま殴るなよ、グーで。  悲鳴がくぐもり過ぎて日本語変換されなかったじゃないか。おーいて。  俺は頬を擦りながら蹲るという高度なモーションを取った、もちろん彼女は落とさない ように気をつけながら。  ここで落としたら爆発しそうだ、ここら一帯を巻き込んで。 「貴方には騎士の誇りって物が無いのか、仕事に対する愛着って物が無いのかぁーー ー!!!」 「無いなぁ」 「有れっ!」  有れとはまた無茶な事を言ってくれる、無いもんは無いんだからしょうがないじゃない か。  がぁーっと、強引にまくし立てる彼女に対してちょいと肩をすくめる。  確かに騎士の仕事は有意義だとは思うが別に愛着があるわけでも無い、立場は変わって もThe Worldへの愛が変わるわけじゃないからな。別の形で貢献するだけだし、今まで使 いたくても使えない状況だったから多少は蓄えもある。  誇り? 誇りなんて埃だ、もちろん俺は誇りとか威厳とかからは無縁の男だ。  彼女はフーフー言いながらまるで「自分が今まで悩んでたのが馬鹿みたいじゃない」と 叫ぶかのような表情をしている、たぶん俺が一ッ欠片の迷いもなくスパスパ決め手くから 腹が立ったんだろう。  迷ってる人間によくある憤怒。もっと慎重に考えるべきでは……とか言って深みに嵌っ てくタイプだな、彼女。  と言っても、彼女は今まで出合ってきた人間が全て敵みたいな環境だったはずだ。簡単 に俺の行動を認められない心境は理解できないでもない、  彼女の心の中ではいつ俺が裏切るのか、この言葉は信用できるのか、何だ横の変態、っ て感じの感情が入り混じっていることだろう。悲しい事にも。  これを溶かすには幾ら俺でも時間が掛かるかもしれないな……。  まぁ、とりあえずこれだけは納得させないと。  こうなったら封印を解く事も辞すべきではあるまい、……禁断のF10キーを開放する!  相互理解への第一歩、それは笑顔!  俺はアラートの最強秘密兵器――歯を見せてキラリと輝きを飛ばしながら語る、を発動 させた。 ――途端。  脇腹に衝撃が走った、らしい。  それもメッチャ強烈本気な奴だ。  ………はぐぁっ。 「ま、まだ何も言ってねぇだろ」 「ウザイ、その表情。その表情だけは、止めて、今鳥肌が立ったから」  あー、今度はホントに拒絶反応のようだ。実際に鳥肌が立ってた、芸が細かいと言うか 何と言うか。  どうやら彼女はこの手の表情に弱いらしい。分かってはいたが、本当に人見知りが激し いようだ。シャイだねぇ。  それにしてもウザイと来たか。  最近のAIはいろんな言葉を知ってるもんだ。そして俺、ナイス演技。  短時間で呻きかたの切れが数段増した。 「まぁいいや、とにかく俺はもう敵じゃない。一緒にここを出ようじゃないか」  今度は普通に苦笑しながら本題に戻す俺を5秒くらいじぃっと見て、彼女は一応納得と いう結論に達したようだ。  ホンノリ、そこはかとなく、かなり細心の注意をしなければ分からない程度に、――彼 女は頷いた。  3歩くらい後ろに引いて警戒しながら様子を見る、って感じの信用だったが。取りあえ ず嘘より本当の割合が多いとでも判断したのだろう。  やれやれ、怖がりだなこの子は。  俺の感想などもちろん意に留める事もなく、彼女は照れを隠すかのように少し荒っぽく 長い髪を後ろにかき上げた。 「いいわ、ここを出たいのは共通の認識ですものね、特別に教えてあげる。……この霧は 私の涙なの」 「泣き虫―、って突っ込んだら怒るか?」 「怒るから二度と言わないでね」 「りょーかい。で、涙にしては霧ってのは変だよな」 「そう、もちろんただの涙じゃないわ。これは私が『悲しみ』というプログラムを切り離 した物なの。  ……分かるでしょう、悲しみなんて有っても悲しいだけなんだから、捨ててしまえばい いと思ったのよ。私にはそれが出来るから。  結局、無駄だったけどね。  悲しみをルーチンから切り離すと涙と言う形なった、だけどそれを捨てても結局悲しみ の感情はすぐに生まれてくるのよ。  考えてみれば簡単だったわ、人間の赤ん坊だって最初は感情なんて無くて『ただ感情を 覚えるという機能を備えている』だけだものね。経験すれば感情は勝手に備わるものだっ たのよ。  たから、私は切り捨てた後は悲しみを忘れられても、何かを悲しいと思った途端すぐに それを思い出した。それをまた悲しいと思う。……堂々巡りね。  私はいつも一人は悲しいと思って、耐えかねていたわ。そして、分かっていながら縋る ように悲しみを切り離した。  そうしたらいつの間にかエリアが霧に汚染されてしまって……、いつの間にかPCからは 霧の女王だとかなんとか呼ばれて殺害対象にされて……、聞きつけた碧衣の騎士には見た ことも無いほど悪質なバグだと言われた。  もう、悲しいのは嫌なのに!  寂しくなくなると思ったら今度はそれに脅かされた!  だから、……だから、だからだからっ! 消……」  俺は無造作に彼女の口を塞いだ。  そっから先には言わなくても分かってるからだ。もごもご言ってるが、案外抵抗は少な かった。  あ、もちろん鼻は自由にしてある。  しかしまぁ。 ――霧に触れてみる。  だからこんなに、この霧は悲しいわけだ。彼女が流した涙なら綺麗なのも頷ける。 「正当防衛は罪じゃない。PCなんて消されても死にやしないしな。  それよりも、なんか霧を払う方法とか無いのか? 俺の槍を使えば穂先の周辺の霧くら いは消せるだろうが、全部は流石に無理だし、かと言ってこのまま放置しとくのも気が引 ける」 「………」 「………おっと、いけねっ」  慌てて手を離す。  彼女はチョッとジト目で俺を睨んだがそれ以上の言及はしなかった。 「有るわ。そのままならAIを問答無用で悲しみのどん底に突き落とすだけの霧だけど、影 を生み出したりログアウトを封じたりするまで成長するにはそのままと言うわけにはいか なかった様ね。  この霧の中では悲しみの影の核、……つまり私の影が核として機能しているのよ。それ を壊せば恐らく霧は晴れるわ。  私の影だから、同じ性能しか持ち得ない私には壊せない。けど、今までは信用して委託 できる人なんて居なかった。  ……貴方は壊せる?」  彼女は、本当に恐る恐る……絶対に断られると思いながらも一縷の望みかけるかのよう に、俺に聞いてきた。  耳元にあるトルコブルーの瞳は静かにこっちを見つめている。そして少し潤んでいる。  そこには恐怖と恐怖と恐怖と不安と、ほんの僅かな希望が篭もっていた。  壊すか壊さないかの問いだけでは無いだろう、協力するかしないかの問い。  よし、大きな進歩だ。  俺は小さく満足気に笑って、頷いた。 「影の居場所を教えてくれ。もうこれでもかってくらいぶっ壊してみせる」  彼女はホッとしたように。  初めて、微笑んだ。  それは誰が見たって、誰をも幸福にするような笑顔だった。  曰く。本体の影と言うのは何処にでも居るらしい、居場所はふらふらと変わるのだそう だ。  だが、とにかく一番悲しいと思う場所に進んでいればいずれぶち当たるらしい。悲しみ の大本、源泉みたいなものなのだから簡単に辿れるのだという。  そもそもPCである俺には無理な話だが、このエリアの主人が案内するなら間違いはない のだろう。  彼女の案内は自信に満ちていた。自分の影の居場所は、常にハッキリと知っているらし い。俺はその指示に従ってこの濃い美しい霧の中を突き進むのみだ。  なぜか未だに彼女を背負いながら。  落ち着きっぷりからしてそろそろ自分で歩ける筈なんだが、楽だからなのかいつでも好 きな時に首を締められる体勢だからなのか、彼女は一向に降りようとしてくれない。  結果歩くスピードはダウン気味。この仕様だと走れないのだから、しょうがない。 「不思議ね、これだけ影に近づくと昔なら涙で前も見れなくなった筈なのに……。今は全 然だわ、馬鹿みたい」 「ハッハッハ、それが『安心』ってやつだ。覚えとくといい」 「あん……しん……? これが………」  彼女は自分の左胸に手を置き、その鼓動が澄んでいるのを確認するかのように目を閉じ る。  その瞼の裏には確かに安心が見えたことだろう。  何てったってこのアラートの背中の上だからな、うん。間違いなく大船だ。  すると。  不意に足にかかる重さが増え、危うくバランスを崩しそうになった。  背中の搭乗員の姿勢が変わったからだ。  アラートの肩に首を乗せて、静かに寝息を立てている。……彼女は初めて眠りを知った かのように、深く、体重を預けてきた。 「なーるほど、見えたら眠くなるわけか、安心って」  どこか納得する俺なのだった。  彼女―――エルフェは、俺の背中で静かに眠っていた。  長く、重かった疲れを癒すかのように。  スゥスゥと小さな寝息を立てている。