<喧嘩するほど仲がいい>  荒んだ街――――。  ――――誰も住まない町。  誰も居ない町。……即ち、廃墟の群がり。  何もなければよいものを。  あの栄華を極めた頃の面影を残す故に、寂しさが漂う。  何もなければ、何も感じない。住んでいた痕跡があるからこそ、失われたものを想像させられる。  この憐憫の情はどうしてくれよう。  ああ、何も無ければ良いものを。  神の目から一瞬でもこの哀れなる姿を隠したいかのように、砂埃が舞った。  無駄な現象である。  荒廃しきっていることは砂埃など無くても分かる、ここを造ったグラフィッカーは中々神経質な性格だったのか。それとも何処までも現実に似せたがる完璧主義だったのだろうか。  一介のプレイヤーである二人には分かろう筈も無い。  どうでもいいことだ。  少なくとも、創造主の苦労を知る人間など珍獣扱いして間違いの無いところだ。  目の前に広がるは世界。  そして自分を取り巻くのは仲間と、敵。  創造主は登場しないのだから。 「どうした……。か、かかってこいよ……っ!」  そんな街のど真ん中で、たった二人の男が熱く鍔迫り合いを繰り広げていた。  今の男は双剣を、もう片方は大剣を得物にしている。 「そ、そっちこそ攻撃してみろよ。出来るもんならな……っ!」  ガチガチ、プルプル  もう十数分もこうしているのではなかろうか。お互いに完全に力が均衡してしまって動けなくなっているのだ。  酷い有様である。三本の剣はガクガクと振るえ、双方の額には嫌な冷や汗がこれでもかと流れ落ちていた。  このゲームは何処までリアルなのか……。  そだが、そろそろ限界だろう。  ガラスを真っ二つに叩き斬ったかのような音をたて、二人はお互いにお互いをフッ飛ばし合う形で弾けとんだ。  重なる轟音。  廃墟の壁が二つ同時に激しい音を立てて崩れる、まるで大砲でも打ち込んだかのように。  ガラガラと崩れ去った大量の瓦礫は平等に二人を生き埋めにする。だがしかし二人ともそんな物は苦にせず埃でも払うかのように払いのけると、大量の瓦礫の合間からヌッと立ち上がる。  アレだけ派手やってもダメージは少ないらしい、お互いキャラのグラフィックにかすり傷程度のダメージすら描写されていない。  怪我をすればそれに応じて細かくキャラのグラフィックが変化するのだが……、二人ともHPは4桁の、それも後半なのだろう。 「ちぇ、あんだけレベル上げしたのにまーーた互角かよ」  瓦礫の山から飛び降りつつ双剣士が毒づく。  そしてそれに更に毒づくように重剣士が吐き捨てる。大剣を瓦礫から引っこ抜きつつ。 「そりゃこっちの台詞だ、毎朝5時起きで狩場取ったんだぜ? お前もう頑張るな、俺の睡眠時間かえせやっ!」 「やなこった、お前こそサボれ。この生真面目ヤロウ」  ギラリとかち合った視線がスパークする。  どうやら、いつもの事らしい。  ちょっと台詞が子供っぽいが、……残念ながら素のようだ。 「あんだよ」 「真似すんな」 「お前こそ真似すんな」 「いんやお前の方こそ真似すんな」 「いやいやいやお前が真似すんなっ!」 「「(………っ!)」」  この辺りでオウム返しに気付いた。 「「………」」 「「……今日こそ決着をつけてやる!! 覚悟しろ、このクソヤロウ!!」」  見事にハモりながら結局はそこに行き着いたようである。  ここまで来ると彼らが普段何をやっているのか簡単に想像がつく、二人とも見れば見るほど単純に世界を楽しんでいるようだ。  創造主は人知れず微笑んでいる事だろう。  一瞬二人の姿が消えた。  比喩を交えた描写ではない、この瞬間に噴いた風で巻き起こった砂煙。それを見逃さずに弾けるようにそこに突入したのだ、それが出来るだけの速さがある。  またそれをしても正確に攻撃できる勘がある。  恐らく数秒も吹いてはいない砂埃の中で少なくとも数十回は金属が弾け合う音がした。  軽いものではない、一つ一つが耳を劈くかのような轟音烈音である。  足音で居場所が分かるのだ。  人間の耳は音を16方位で知ることが出来ると言うが、忠実に16方位で強弱まで表現する世界のスペックが有ってこそ出来ることである。  だが理論上可能だからと言って本当に出来るかどうかは別である。あなたは目隠しをして数十枚のコインを思い切り頭上に投げたとしよう、それぞれが落ちた方向と距離を全て言い当てれるだろうか?  ……本当にやってしまう二人には呆れつつも恐れ入る。   「無駄無駄無駄ぁっ、バクディバイダーなんて発生前に潰せるっての!」  重剣士のスキルは発生前にコンマ数秒の僅かなタメがある、目ざとくも双剣士はその隙に派生の早い連続斬りを叩き込んだ。  当らなければ殆ど削れないが、当りさえすれば滂沱の如くHPが削れ去る。それが高レベル戦の常だ。  HPの高い重剣士であったが更にダイイングの効果が発動したのが致命的だった。  「ちぃぃぃ………っ!!」  この距離なら発動できると踏んでいたのだが、今はもう消えた砂煙のせいで距離を測り間違えたようだ。  更に連続攻撃を派生させようとする双剣士に素早く逆胴を打ち込んで距離を取る。こちらから退いてしまった。  自分の未熟さと、ダイイングを呪う重剣士。  意外にも相手の双剣士に対する怒りはあっても恨みは全く無かった。だが苛烈なまでに煮え滾る心は収まりそうも無い。  逆境だからこそ人は熱くなる、逆に優勢になれば余裕が出る。  双剣士はいつもは無いこの状況にかなり警戒はしつつも、ゆっくりと削っていこうと決めたようだった。スタリと距離を詰めるとジリジリブーツの靴底摺って重剣士ににじり寄って来る。  バクバクと波立つ心臓が今にも沸騰しそうだ。  重剣士はその供給過剰じゃないかと思えるほど心臓から送り届けられる酸素を貪り、考えを巡らせた。  妙に頭が澄んでいる、こんなにも視界は濁っているというのに。  回復アイテムなど使えば間違いなく死ぬだろう、アイテムを使用する一瞬の硬直時間に連続攻撃を叩き込まれて終わりだ。同理由で札も論外。  数々のアップデートでそう言った有利不利は調整されている。  ならば一つ大技を決めるしか無いか? いや、この距離ではさっきの二の舞になるだけだ。距離を取ろうにも双剣士の方が速い。  どうすれば、どうすれば、どうすれば。 「……やってやるか」  重剣士はたった今思い付いた事を行動に移す決心をした。  可能性はこれしか無いとばかりに大仰に喉を鳴らす。モーションではなくマイクを通して聞えてくる。  諦めていない目であった。  それを睨み返す双剣士の目もまた本気だ。 「「………」」  二度目の無言。  お互いの距離をジワジワとカタツムリのようなスピードで詰めあう、無言の時間。  先ほどの無言とは明らかに重さが違う。    重剣士は黒光りする大剣を担ぐように持ち切っ先を双剣士の顔へ向け。  双剣士は銀行眩い細長い二本の短剣を逆手と順手に持ち前後に隙無く構える。   ともすれば激震する心臓のせいで気絶しそうなほどに重い重い時間だった。  しかしそれも一瞬である事に変わりは無い。  人間は脳の処理能力を一時的に限りなく高める事で時を長く感じる事も有るが、それにも限界は有ろう。  いや、何より二人が次の瞬間を求めているのだ。  訪れない筈が無い。  間合いが、時間が、……切れた。 「……シッ!」  双剣士は身を低く屈め、地を蹴り喉を射抜く角度で素早く逆手の双剣を突き立てる。  ……読まれた。 「もらったぁぁぁ!!!」  大きく仰け反りながら伸びる短剣をかわす、そしてその腕の肘辺りを下から蹴り上げる!  重剣士の蹴りが決まり、双剣士は腕を引っ張られる格好で体勢を崩される。  そこに 「バクディバイダァァァッ!!」  先ほど決めかねた大技スキルを叩き込む。  入れれないのならば入る状況を作ればいい。  宙返りしながらの豪快な攻撃、その後の空中からの強烈な打ち下ろし。モロに入った双剣士は堪らずに地面にクレーターを刻んで叩きつけられる。  どうやらクリティカルが決まったようだ。タダでさえ少ないHPを赤ラインまで削った。  形勢、逆転。    重剣士はこの双剣士とは何度も戦っているのだ、即ち攻撃のパターンも有る程度と言わず数十通り以上覚えている。  その中から出が速く小まめに出せて隙が少ない技に搾り、尚且つ良く使う得意なものに更に搾る。  残った幾つかの攻撃法の中から一つを選び、最後には一か八かの賭けでそれのカウンターを狙う。  重剣士があの一瞬で考えたのはこんな事だ。  つくづく好敵手同志だと思わされる。  さてさて、この後どうなるのか?  それはあえて語らぬ事としよう。  一つだけ言えるのは。  また数日後、この誰も居ない町で二人はまた戦っているだろう。  ……という当ても無い予測だけである。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 時間が無かったので一時間半で短編書いてみましたが、如何でしょうか? 熱くなれるようにちょっとだけ設定を改竄してます。 いやはや、たまにこういうのを書きたくなるのですよ。 憎まれ口叩き合うライバルってちょっと憧れなのです。