<空へハゲワシ> 空を飛び、草原を見下す。 当たり前のように眼下には草原が広がっていた。 気紛れに、半回転してみる。 青く、そしてやがては赤に包まれようとしている空が見受けられる。 (やれやれ、我はこの景色は好きなんだが。人どもは『ふん、お前なぞ暗雲立つ荒野がお似合いだわ!』と意味も無く我を罵り、視界から追い出そうとする。  我の気も知らんでいい気なもんじゃ、ひとの食いもんにケチをつける人間らしい強欲さだわいのう)  我は飛ぶのに白けてしまい、ふと目に付いた聳え立つ岩の塔の天辺に降り立った。  なに、空に比べれば余りにも低い場所ではあるが、小さき人間達をあざ笑うには十分な高さだわい。  ここからならば人は蟻んこよりも小さかろう。己を大と誇示する人間どもも、こうすれば小も卑小よ。  ただ少し寄り添いが居ないのが寂しくも有るがの。ま、いまさらそれを愚痴るまいて。  我は両の羽根を広げると、白き筋の入ったそれを整える。ついでに翼で自慢の禿げでも磨いてやるか?  こうしておると我も人々に好かれて止まない鳥であると言うのに。何故人はこうも我を嫌うのか?  我は鴉のような悪戯もせんし、生きた人間も啄ばまぬのにのう。  だが、世は難儀よ。  徒党を組むハゲワシほど忌み嫌われるものは無いのだから。  だから我は殊勝にも誓った、我は“独身”に挑戦するまでよ、と。  ほ、ほう!  それでも我の嫌われ具合に変わりはないがの。なに、ちょっとした捻くれもんの意地じゃわい。  世の思い込みから外れるほど愉快な事はあるまいて。    我がいつものように一人で笑っておると、豆粒よりも小さき人。PCどもが派手好きな輪を伴って眼下に現れよった。  数は二ほど。    いつも思うがあの輪っかはええのう、光っておってこの上なく壮麗だ。我が鴉であったらすぐにでも飛びつきそうじゃわい。  それに比べて中身は何たることか。  ほれ、来た途端に喧嘩を始めよった。小僧の一人がこのエリアが気に入らないようじゃの。  グチグチ言うておるわ。器の小さき事を誇示しているかの如くのう。  この滑稽さが面白いわな。  おうおう、ここでこうして鳥瞰されておるとも知らずによくやるわい。知らぬがアウラ様とは良く言うたものじゃわい。  我は耳が遠いから聞えはせぬがの、鳥だけ有って眼は良い。この距離でも張り合っておる二人の言うてることは分かる。  ほほう、小さき剣士の方は『俺はここに来たかったんじゃない。引き返す!』と言うておるの。  だがしかし大きい剣士の方は『レベルは大体同じです。レベル上げに来たんだからここで良いでしょう!』と言うか。  そう言ってはどちらも張り合ったまま、子供じゃのう。  ま、双方言い分は分かる。が、スキルなど使って喧嘩をおっ始めてしまっては双方納まるまい。  頑固なもんじゃのう、そんなどうでも良い事ならばどちらかがへいへいと引いて折れればよかろうに。  意地を張るなら女の一人や二人背にしてから張るもんじゃわい。ああ情けない、おお見っとも無い!  ほっほっほっほ………。  ほ?  なんじゃ、もう終わっちまったのかえ、つまらんなぁ。人の喧嘩こそ我の要用の品なんじゃが。  ほうほうさては……、両方へっぴり腰だったから、両方その出ばったケツをゴブマシーンの親父さんにでもけられたかな?  ああ……、そうだ、そうに違いない。  あの見っとも無いケツについた四角い足跡、あれは間違いなく親父さんだ!  まったく、根底から有利に出来ておるPCであるならばもうチョッと根性の一つ見せても良かろうに。  それに比べて親父さんはどうじゃ。  あの歳でまったく元気なもんじゃ、3年前に引退を勧めてやったというのに鼻で笑うだけあるのう。  腐ってもモンスターか。  すっかり皺だらけになって禿げちまった我とはえらい違いじゃわい。  ほ? そう言えば我はガキの頃から禿げておったか。  我は石の塔の天辺を蹴ると、そのまま滑空して親父さんの下へと飛んだ。 「おぅい親父さん、あんたは歳食っても元気そうじゃのう! いやはや羨ましいもんじゃわい!」  鉄兜をくいと上げた親父さん、狙い違わず飛んだ我に左肩を空けては、器用にも止まった我を乗せながら不恰好なお辞儀をしよった。  慣れない事をするからこけるんじゃ。 「よせよせ。あんたが頭など下げても似合わんだけじゃ」  そうそう、それと鎧の歯軋りも溜まらなく煩いわい。相変わらず手入れもせんようじゃな。 「いいやハゲワシの爺様、頭でも下げないと儂の気が済まねぇんだ。何しろ久しぶりに会った恩師に茶の一つ出せねぇんだからさ」 「変に気を使うのは相変わらずじゃのう。モンスターが茶なぞ飲むものかい。ほ、お前さんが元気なのは良いのじゃが、アレだ。幾匹か居たせがれどもはどうした?」  親父さんが親父さんと呼ばれるのは、近所の悪餓鬼どもを集めては自分のせがれと一緒にビシバシ鍛えるからであった。  お陰でPCどもはこの辺のモンスターは厄介だと噂しておる。愉快なもんじゃわい。 「おお、あいつ等なら小一時間前に殺されやしたぜ。そろそろ復活する時間でさぁ……会って来ますかい? 近頃は大分逞しくなりやがったもので」 「いやいや、あの元気な餓鬼どもにまた禿げを触られるのは御免蒙る。寧ろ来ないうちに去らせて貰おうぞ」  あのゴツゴツしたゴブリンの手で頭を触られようものなら、いよいよ頭蓋骨がお目見えしてしまうわい。  元気印の餓鬼どもを見るのは好きだが、その元気をこっちに向けられては堪ったものではない。  それはか弱い老ハゲワシには刺激が強過ぎると言うもの。 「ハッハッハ、恩師も頭の神経質は相変わらずですな」 「ほっときなされ」  はあと溜息をついて、我はまた親父さんの肩より飛び上がる。  何となく餓鬼どもの声が聞こえたような気がしたのだ。やれやれ、歳を取ると心配性になると言うのは本当のようじゃな。 「気が向いたらまたいつでも来て下されー!」 「ほほっ、言われんでも、気が向いたなら逆らう我ではないわ」  二、三羽ばたいては空を仰ぎ、また二、三羽ばたいては空に向かう。バサリバサリと揺れては空に飛ぶるこの体、この時ばかりは老いてもせねばならぬ大仕事だ。  やれやれ、疲れを知らぬこのプログラムの体であっても、重労働とは堪えるものじゃわい。精神的にの?  ほ? 我に精神など有ったかな?  まぁ、何でも良いか、早くこの仕事が終わる事こそ願おうぞ。    やがて我の周りから空を覆い隠す邪魔物は見えなくなり、ただ変わらぬ色の空に浮かぶ雲だけが大きくなっていく。  (そろそろ滑空じゃな)  そう判断すると、我はクルリと宙を一回転し、人が何も無いと称する空を使ってそれを滑る。  やはり、老いぼれには風に任せてフラリフラリと流される方がお似合いよ。  羽虫のようにしょっちゅう羽ばたく仕事は若いのに譲ってしまおうぞ。なに、どうせ体力なら余っておろう。  羽ばたいて、羽ばたいて、やがて風に負けたときこそ風の使い方を知ると言うもの。若い者は、人であれ鳥であれ負けて学ぶものなのだ。  全てを操るのは老獪の為せる特権よ。 (やや? 今度もまた喧嘩か?)  見ればまた下で騒ぎが起きているではないか。  強力な風の柱が立ったと思えば、今度は紅い巨人が炎を撒き散らす。  その紅蓮の飛び火がここまで来そうなほどの豪快さであった。 (ほ、ほう! やるではないか、あの桃色の呪紋使いは! それに比べて、あの逃げまとってばかりいる、いや、攻撃を受け続けてばかりいる男の不甲斐無き事よ!)  どうやら、喧嘩と言うよりは戯れで有るらしい。  仲間であるらしい他の大人びた重剣士の男も計算高そうな少女も見守るばかりだ。それぞれの笑顔なのであろう顔で。  仲間が本当に大喧嘩をやらかしているのなら、あのような優しき眼はするまいて。  いやはや、滑稽なパーティだ。  だが、悪くは無いのう。 (ほ? 桃色の呪紋使いの後ろになにやら妖しい匂いを感じるの)  匂い、それはプログラムの乱れとも呼ぶ。  我はこの世界に生きるもの、それくらいを知る権利は有って当然なのだ。  そう匂いを感じ取った次の瞬間、急にその位置から妖しげな男が外に飛び出してきた。というよりは桃色の呪紋使いに駆け寄って行った言うべきか。  ほう? さっきまでの威勢は何処へやら、呪紋使い、急にスキルを中断しては怪しげな男に何か言っておるな。  こりゃいかん、早口すぎて分からんわい。  ええと、男の方は……『アポカリプス』? ほ? の、魔剣でも探しておるのかの?   アポカリプスの魔剣といえば神剣レーヴァンテインとして名高いわけではあるが……、ううむ。あの男はよく分からんのう。  ま、若いものの考えが老いぼれどもに通じぬ事は良くあることぞ。  鷲も孫娘に何度訳の分からぬ言葉を言われた事か、『キモい』? ……じゃったかの?  ほほ、そうこう考えているうちにあやつらは居なくなっておったな。  若者の気はいつも急いているものと言う事か、まったく呆れるほど早いのう。  もっと見て居たかったところではあるが、まぁ視聴者がとやかく言うことではあるまいて。  名残惜しいが。  ま、面白い事が無くなれば他に探すまでのこと。  おや? (ほ、ほう。探すまでも無かったようじゃ。また一癖も二癖も有りそうな奴らが来よったわい)  先頭にいるのは気弱そうなヒョロヒョロした重斧使い、……なんじゃ、骨と皮ばかりで食べ甲斐がなさそうじゃのう。骨でも噛んでつまみにするか。  その隣に小柄な剣士の少女、……ほほう、小ぶりじゃが上質な味がしそうじゃわい。これは味わって喰らうべきじゃな。  その後ろにやたら筋骨隆々とした浅黒い弓使い、……あいつは死しても屍肉は食うまい。老いた嘴が欠けそうじゃ。  そして最後尾に清楚な雰囲気の呪紋使い、……良いのう、油が乗っていて今が食べごろといった具合か。涎が出そうだ。    ……いかんいかん、そろそろ腹が減ってきたようだ。    鳥瞰の楽しみより食の楽しみの方が勝って来よった、腹ペコは何より勝るということじゃな。先ほど親父さんの倒した人間を無理にでも少し分けてもらって置けばよかったか。  いやいや後輩にたかるまいて。  こやつらも仲間内で戦ってでもくれれば、良いのじゃが……?  我は今度は高き木の頂上に身を滑らせ、落ち着いては翼を畳む。これ以上飛んでいては腹が減りそうでかなわん。  ああ、いかん。  漫才の突っ込みこそすれどやはり仲間割れはせんようだ。それどころかモンスターにも苦戦しておらん、真に残念じゃわい。  ま、これが普通ではあるのじゃがのう。腹が減っている時にあれだけ美味しそうな肉を見るとどうも名残惜しい。  まったく、誰かツワモノは居らんかいの?  この老いぼれハゲワシにメシを食わせてくれるツワモノは?  おうおう、親父さんもやられてしもうたわ、こりゃここのモンスターが全部集まってもいつかは負けてしまうか。  メシは当分先じゃな………。  我が重く溜息を吐いたその時であった。鶴のように細い頭をガクリと下げると、その頭の有った部分を矢が飛んで行きよった。  ほほ?  目ざといヤツも居るもんじゃ、こんな木の上に居る我に気付くとは。  人間の意識は余り上にはいかんものなんじゃが、何処の世にも捻くれもんとは居るもんじゃな。  我が言うのも難ではあるが。  ほう、『あのハゲワシを倒せばレアアイテムが手に入るらしいぜ』とな?  やれやれやれ、我が仲間の数が少ないからといって人間どもは勝手な噂を立ててくれる。迷惑な事この上ないわ。  追われる身になってくれ。  この骨と皮ばかりの老いぼれを倒した所で肉の一つが取れようか?  抵抗もせぬような老いぼれを倒した所で何の経験になろうか?  ……あいや、死ぬ間際に抵抗程度はしてやるか。  頭を突いて禿げ仲間を一人増やしてくれよう。 「自慢ではないが我のレベルは10であるぞ! アイテムも無い、この通り禿げておるわ!」  そう言って叫んでやっても人間どもの耳にはガァガァと鳴いてるようにしか聞えぬか。  まったく不便なものよ、人間とは。  そう思うとまた矢が飛んできた、だがこの位置では風の流れと重力が邪魔して中々当るものではない。我が注意しているなら尚の事である。  元々大弓とは数を射るもので命中率はさほど高い武器ではない。  ほ、もう矢は当らぬよ。ほれ、射てみよ。  こんなに高く飛んでしまっては矢もスキルもとどかなかろうに。    ん? もしやこうして人間どもを挑発してきた故に、我は狙われてるのか?  だとしたら我のこれほど殊勝な心掛けと言ったらない。  モンスターに笑われているとも知らずに、モンスターに育てられているとも知らずに、天下を取った気で居る人間達。  それに気付かせる唯一の存在が我で有るのだから。  良いか人間達、このままでは禍々しき波に浚われるのはお主らである。  自らの心根を改めよ、己が常識を見詰め直すが良い!  ほ、また矢が飛んで来よった!  少し調子に乗りすぎたか?  いやいや違うか。折角我が尊いはなしをしてやっていると言うのに、恩知らずな輩であるのう。  何? 今度は『モンスター殲滅』とな?  また無駄な事をしよるわ、人間の考える事は我には分からんのう。  さて、こうなったら。  逃げるか。  そうと決まれば準備に時間の掛かろうはずもない、ただこの両の翼を広げるだけである。  それだけは人間の好機の眼より逃れる事ができる。  人が我を『気紛れな禿鷲』と呼んで珍しがる由縁たる力である。この逃げ足の速さ。  これで逃げるから、人は我が何かを持っているんだと勘違いする。  我は物死後の物乞いではあっても決して泥棒ではない、やましい事があって逃げるわけでは無いといつになれば分かるのやら。  レアアイテムは何度も倒さないと出ない?  戯け、何度も倒されて堪るものか。 「さて、次は何処の空を飛ぼうかのう」  ふと思う。 「次は、夜空でも飛んでみるか」  陸は果てしない波の海に隔てられている、街は高き魔の外壁に区切られている。  されど空は自由だ。  空に隔たりなど無い、人間が何を浮かべようとも無駄な事よ。  ほれ、あのあの巨大な雲ですら触ればすり抜けてしまうではないか。  七つの海は有れど空は唯一つ。  一つの空の中を何処に行こうと、それは我の勝手であるのだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 捻くれ者風月、ここに極まる。 ふふふ、思いっきり捻くれてやろうと頑張って口調を変え、主旨を変え、百……四十度くらい方針を変えたらこんなのが出来上がりました。 如何でしょう? 私の記憶にある限りではこの手の小説はちょっとしたイベントでは余り出てこなかった筈ですけど……。 あ、無論この先品の思いつきの原点は『吾輩は猫である』です。 本文は呼んだ事は無いですけどね。(笑) いつもとは違う視点のお話を楽しんで頂けたら幸いです。