時は一昔前、リザードマンとソルレオンが小競り合いを繰り返し、同盟はまだその名すら知られぬ頃の話。  ロリエンに近い北西の森の麓にある小さな、それでも平和な農村。そこに獣たちと唄うのが大好きな吟遊詩人の少女が居たそうな。  その少女は近くにある森が、その中で暮らす動物が大好きでした。そしてその動物たちと森の花の歌を唄うのが大好きでした。  少女は物心ついてからずっと小鳥や動物たちと一緒に遊んでは森から離れようとせず、いつしかそれにほとほと呆れた両親が少女を森に行かないように叱りつけたほどです。  けれど少女は譲りませんでした、彼女にとって構ってくれない両親よりも一緒に遊び、励まし、時には泣いてくれる森こそが親であったのです。  遂には森に小屋を立て、少女は家出をしてしまいました。けれど、両親は連れ戻しに来ませんでした。  森で暮らす日々は少し苦しかったけれど、少女は寂しく有りませんでした。  いつしか背も伸びた少女は、グリモアに誓い吟遊詩人となりました。勿論獣達の歌を覚える為です。それと、この森を戦火から守るためです。  それからと言うもの、少女は以前に増して唄うようになりました。唄って話すのです。  動物たちはみんな気さくで明るくて、いつも楽しそうに話を聞かせてくれます。  “今年の胡桃は大きくて美味しいよ”、  “ねぇねぇ今鹿さんが出て泉は開いてるよ、泳ごう!”、  “熊さんが怪我をしたんだって、でも狼さんが舐めて治してくれたんだよ”  少女も、動物たちも、輪を作って楽しく唄いました。  厳しい冬も、この思い出が暖かく支えてくれるのです。    始まりはいつの日でしょうか。そんな少女のもとに、いつからか猟師の男の子がやって来るようになりました。  最初は遠巻きに見ているだけ、少女もどうしていいのか分からずに、やっぱり見ているだけでした。  動物たちも、やれ矢が飛んでくるのかしら? と警戒して、でも興味を隠せません。  そんなある日、初めて男の子が目の前にやって来ると。  「ここで猟をやらせてくれないだろうか」  と言い。  「いつも小鳥と戯れ、動物たちと笑顔で唄う君の歌に。いつからかボクは惹かれていた、友達になろう」  と一緒に言うのです。  それはとても勇気のいる告白だったのでしょう、真っ赤に顔を上気させては急くように早口な言葉でした。  それだけに真っ直ぐ心の篭った言葉でした。暫し人間の言葉を忘れていた少女も間を置いてその意味を理解します。  そして男の子は  「ここで猟をすれば、一生幸せに暮らせる」  と付け足しました。  多分、少女が驚いて声も出せないで居たのを不満の意味だと解釈したのでしょう。  でもそれは違いました。  少女も、森の動物たちですらも、猟は生きて行く上では仕方のないことだと知っています。戦火とは違うのだと知っているのです。  人間に狩られる動物は神様によって裁かれる罪ある動物なのだと言われていましたし、狩があるのは狼の食事のように仕方の無い事なのです。  それは皆の知っている事。  でも少女が返事をしないのは。人間の言葉が話せなくなっていたからでした。  少年は待ちました、その間に何回瞬きをして少女を見ていたことでしょう。でも、少女は答えることが出来ません。  やがて、少年は背を向けてしまいました。ボクと話すことは、何も無いのだと思って。    少年が残念そうに去っていくのを、子犬が吼えて呼び止めました。  そこに猫が上目使いに鳴いて頼み込みました。  小鳥が男の子のリス皮の小さな三角帽子を奪って止め。少女の頭に運んでは鈴の声で鳴いて励ますのです。  それに驚いた男の子は振り返り、少女を見ています。  動物達の気持ちは伝わったけれど、肝心の少女は唇を噤んでいたのですから。  男の子は、名残惜しそうに言いました。  「せめて、せめてここを去る前に。君の歌を聞かせてもらえないだろうか」  と。  動物たちは今はもう少女だけを見ています。唄おうよ、と。  少女はハッとなり、顔を上げると、ゆっくりとその唇を開きました。  それは獣達の歌です、獣達の言葉の歌。  でも。人も、言ってみれば動物に違い有りません。  『ラララ……猟をなさるなら、どうぞ、自由に。でも、食べる以上はいけません。ラララ……それと、友達に、なりましょう……ラララ』  男の子は不思議でした。  少女から発せられる声は人間の使うそれではないのに、どうしてか意味は分かってしまうのですから。  男の子は冒険者の不思議な力を知りません。でも、少女の不思議な歌を聞いて頷くことも、リズムを合わせて一緒に唄うこともできます。  「ラララ…ありがとう。動物たちにも、そう言っておくれ。ラララ……」  歌はいつまでも続きました。  いつしか、動物たちも一緒に歌っています。  元々狩人は動物たちを大切にするのが決まりになっているのです、動物達がすぐにこの男の子を気に入ってしまっていたのでした。  ららら、ららら……。  段々と意味のある歌ではなくなっていくけれど、それはそれは素晴らしい大合唱となっていきましたとさ。