<頑固オヤジと悪ガキ> 「…………良かった」  柄にも無くそう呟いた。  いつもなら良かったと思えば思いっきり大声で言い切るんだが、今回ばかりは呟くばか りだ。 「良かったですね、先輩。……減給を免れて」 「おうよ、これでカップヌードル1ヶ月をやらなくてす……。  違うわっ! 俺ぁあのエリアを封鎖するだけで済んで良かったと言ってるんだっつ の!」      ちくちょう、三島の奴いつの間にこんな高等なボケを覚えて来やがったんだ。キレが あるじゃねぇか。   ……て、もしかして俺の影響か?    「分かってますよ。でもあの時急いで閉鎖しなかったら危なかったですね」    あの時、ってのは昨日俺がミスった事件の事だ。  一般人を避難させ、犯人のチーターを追い詰め、完璧にデリートとしたと思った。  だが遅かった、デリートした時にはもう既にアイツは仕掛けた爆弾を起爆させていた… …。  アイツは“零ボム”と言うウィルスを起爆させやがった。  全てのデータの1が0に書き換えられるウィルスだ。アレのせいで危うく全てのデータ が『白紙』状態になるところだった。  つまりもう一歩遅ければΔサーバーが長期ダウンしてたかもしれないって事だ。今思い 出しても冷や汗物だな。  防げなかったのは完全に俺のミスだ。  今回は三島のナイス判断でエリアがいち早く閉鎖されてウィルスが飛び散るのを上手く 防げたものの、次が有れば……危ないだろう。 「犯人は取り逃がしたままだからな、どうせダミーデータしか残ってないだろうが一応ロ グからファンブルとか言う奴のデータを引き出して検索掛けといてくれ。俺はコーヒーで も買ってくるからよ」  自慢じゃないがこういう作業では俺より三島の方が断然上手い、こっちの能無しの碧衣 の騎士様は自ら使い走りにでも行って来るとしようかね。  でも悔しいからあいつだけ冷たーいのだな。   「今回は暖かいのを買ってきて下さいよ」  うぐっ。 「わ、分かってるわい」  成長しやがったな、三島め……。  俺は諦めて近くのコンビにまで歩くと、240円を自販機にぶち込んで暖かいのを2つ買っ たのだった。  そう言や最近は『当たりが出ればもう一個!』って自販機ねぇよなー。 ………  時刻はもうそろそろ憎たらしい中坊でも寝床に入ったって所だ。  このくらいの時間になると流石にcc社内の電気も結構消えていて暗い。でも完全に消 えたりはしないんだから皆頑張ってるもんだ。  流石に2000万人遊んでるゲームを運営するとなると、その分苦労もビックサイズな訳だ な。  特に開発部門の連中と俺たち監査部門の連中は24時間勤務に近い。まったく、俺みたい な年寄りにはちっと堪えるな。  今度の休日にはゆったりと風呂に入ってマッサージでもしてくるかね。  ま、その今度ってのがいつやってくるかは分からんが。 「おうおうやっぱり開発部門の方は明るいや」  小窓から少し覗いてみれば毛布を敷いてぶっ倒れてるのが二、三人。パソコンに突っ伏 しては叩き起こされてるのが少々……。  いつ見ても相変わらずすっげぇ気迫だな、こりゃ。 「真夜中に出てきたお化けだろうと引っ張り込んでバグ取りさせそうな感じだな。うは、 おっかねぇ」  血走った目に見つかる前にさっさと第二の我が家へ帰るかね。今頃活性化し始める夜型 人間どもとバトルするためによ。  24時間勤務万歳だ。  開発部の扉から発せられる熱気を尻目にさっさと監査部の有る方向に歩みを進めていく。 所在地は3階の大体中央にある一角だ。  階段を登っていくとすぐ突き当たりの所にあるんだが……。 「該当プレイヤーを、規約に基づき。悪質なチーターとして認定した。よってアカウント 永久停止処分とする。PCは即刻削除だ!」  ドアの前まで来た所で凛とした声が聞こえてきた。もうこれだけ聞きゃあ誰かなんてこ の部に居る人間なら誰だって分かる。もはやこの辺りでも有名な名物だ。  柴山……、碧衣の騎士団現騎士長、神威。 「おうおうやってるねぇ……、いつもながら気合入ってること。同僚の俺ですら怖ぇや」  と、勿論本人には聞えないように小声で言って今や戦場となっているシステム管理室の 中に入る。  まぁどうせ聞えるように言ったって仕事中のあいつに仕事以外の話は右から入って左か ら抜けてくだろうけどな。  それにしても、怖い事は怖いが何処か以前とは違う気がする。  何と言うかシューゴとか言うキャラを追っていた後から少しだけ切羽詰った感じが抜け たような……、あいつも成長したってことかねぇ。  前は渡会が抜けた辺りから目に見えてピリピリしてやがったが、丸くはなってないもの の三角から四角くらいにはなったな。  そんな事を考えながら三島と俺の席がある隅の方へ歩いていく、途中に俺の書いた『騎 士道!』と書かれている書初めが張ってある。ふーむ、いつ見ても!マークの出来が素晴 らしい。  やがて俺がこっそりと三島の背後に立つと、あいつは気配だけを背中で感じて振り向い てきた。コイツもほんとに成長しやがったなぁ。   「おう、調子はどうだ?」  10個集めれば沖縄旅行が当るすてきな黄色いシールの張ってある缶コーヒーを見事に シールだけ剥がしてある状態で渡し、俺はいけしゃあしゃあとそう質問した。  お、コイツもシールを集めてるらしいな。缶をひっくり返して探してら。 「………分かりましたよ、一応」  親指でプルタブを起こし、俺はコーヒーを一口流し込んだ。 「一応? そりゃどう言うこった」 「詳しい情報はまるで引き出せなかったんですけど、テキストが一文だけ、まるで見つけ てくれと言わんばかりに出てきたんですよ」  そう言うと三島はポン、とEnterキーを押す。  たいしたストレスもなしに出てきたその文章は『【Ω閉ざされし 月下の 死地】に来ら れたし』と言う短いがはっきりとした文章だった。  なるほど、一応……何がしたいか何処に居るかは分かったな。こりゃ傑作だ。 「どうします? 必ず何か用意してくるでしょうから柴山さんにご同行願いますか?」 「いんや、決闘状渡されたとあっちゃ一人で行かなきゃあなぁ。騎士の名が廃るってもん だろ。それにあんなチーターにとっての閻魔様が出てきちゃ居るもんも逃げちまうよ」 「ハハハ、確かに柴山さん他の人が見たら怖いですもんね。待ち伏せしてるのなら逃走経 路も確保してるでしょうし、余計な事をしたら逃げられる訳ですか」  FMDを被ってさっさと臨戦態勢を取ると、俺は一気にコーヒーを煽った。  次に缶コーヒーを手に取るのは仕事が終わった後だろうからな。 「うっし、いっちょやってやるか! 三島、ズルするぞ」 「了解しました。管理用PCアラートを直接【Ω閉ざされし 月下の 死地】に接続、転送 します」  管理用の高性能PCによって一瞬で立ち上がった管理画面、そこからThe Worldにログ インした俺は、胡散臭いcc社社員のオヤジ原田から髭もじゃのごついオヤジ碧衣の騎士団 副長アラートへと変化を遂げる。  だが今回はアラートとしてホームに接続される前に画面が暗転し……。  カオスゲートも無しに突然PCが黄金の輪に包まれる。  シィィィィィィィンン  気づいた時にはアラートは熱そうな炎が轟々と猛ている真っ赤なダンジョンの前に立っ ていた。ズルっこ万歳の時間短縮技だ。  柴山や特に度会なんかはこういう機能を使うのを嫌がっていたが、俺は別に気にしない 人間だ。  さて、一見何の変哲も無い砂漠のフィールドだが、何が待ってることやら。  早速管理者のみが使えるシステム管理画面を開いてPCを検索するが、フィールドには人 っ子一人いないようだ。  「つまり、中ってことか」  アラートを勧めて俺はこの熱そうなダンジョンの中に入っていった。  壁には所狭しとデッカイ炎が猛っていて、地面にも炎のオブジェクト、ついでに所構わ ず赤で炎の紋が描かれている。  そんな場所だ。暑苦しいったらありゃしない。  コツコツと荒削りの石で出来た階段を下りていくと、先ずは奥へと続く通路になってい て……。 「お、早速お出迎えか」  そんな熱そうで無骨な石のダンジョンに似合わない奴が立っていた。  透き通るような青い髪を腰近くまで伸ばし、黒いマントを羽織り銀色の鎧で身を固めた 爽やか路線の金色の目をした少年とも言える年頃の剣士だ。  うっは、中の奴若そうだなこりゃ。  今回ばっかりは油断無く三島に見つけたと伝え、相手のデータを調べ上げるよう促した。 「ねぇ、正義って何だと思う?」  恐らくボイスチェンジャーは使っていないんだろう。  このキャラにすら少し不釣合いな高い声だ。 「ん、俺」 「………」  ここまで来て冗談はあんまり通じないみたいだ。 「正義ってのは被害者の中で普遍的に繋がった訴えの事だろ、万人が同じ事を助けてと叫 んだらそれに応えて助ける事、それが正義なんじゃねぇか?」  ま、一概にはっきりと言えない事ではあるがな。1人1人の心の中で微妙に正義と言う物 は異なって存在する。  しかしまぁ、唐突に聞いてくるな。  自分が悪い事をしたって自覚でもしてるのか………、あんまりそうには見えないが。 「じゃあ、あんたは正義なの?」 「さっき言っただろ」  正義を貫き世界の平和守ると誓ってこそ騎士団、己が不正義だと思ってるようでは副長 なんて肩書きは名乗れない。ま、名乗るつもりなんて無いが。  少なくとも、ここで自信を持って正義を貫いていると言えなきゃ俺は騎士団なんざやっ てない。  それぐらいの信念が無きゃこの職場でずっと働き続けるなんて事は不可能だ。  それを知ってか知らずか、ログにジャスティとか表示されてる名前の奴は、言いやがっ た。 「正義の味方を斃すのって、大好き」  ははぁん、アニメを見てると思わず悪役を応援したくなるタイプか、しかもかなり極端 だな。  あんな事言っちまったんだ、俺は絶好の的ってことか。 『先輩、不正なデータが……』 「んな事は分かってる! どんな奴かを先に言え!」  足元から突然伸びてきた鎖を間一髪で避けると、すぐさま次の右から首に向かってきた 鎖を屈んでかわす、そしてヴォータンで2,3本払うともう一度大きくバックステップして それを避けた。  ジャスティはそんな俺を見て楽しそうに笑っている。  その笑いの中に隙を見つけ、俺はとっさの判断でヴォータンを構えて鎖の中をあいつに 向かって突進した。 『えっと………分かりました、キャラクターのデータを強制的に全て1へ変換させるプロ グアムみたいです。掴まったら溶かされちゃいますよ!』 「じゃあヤバイな、この状態は」  今一歩の所で消滅の穂先は届かなかった。  あいつは俺がこんな馬鹿な攻め方をして突っ込んでくるとは思わなかったらしく行き成 り気迫を込めて突っ込んできた事にビビッてた様だが……チクショウ、鎖に足を取られち まった。  右足に絡まった鎖、両手に絡まるのは何とかヴォータンで阻止できたが、動けない内に 左足にもジャラジャラと勝手に動いてきた鎖が巻き付いてきた。  ヴンッ  両足の方から嫌な音が聞こえてきやがった。それと嫌な感覚も、何となく感じた。  急いで鎖を断ち切った後にはもう、右足と左足はそこだけ死んでいるかのように黒ずん で動かなくなっていた。 「……バカだね、早いよ、もう終わっちゃうじゃないか」 「そう言ってる割には楽しそうじゃねーか。碧衣狩りってのは今の流行なのかい?」  随分と余裕をかまして喋ってるが、実際俺の方は内心で冷や汗をかいていた。だが絶対 に悟らせるわけにはいかない。  あいつをあれ以上喜ばせてやる義理はないし、何より顔にも声にも出さないダンディな ポーカーフェイスが俺の魅力だからだ。  奥様も夢中ってか。 「もういいよ、有難う。楽しかったよ。それじゃ、さよなら」  ウンウンと呻ってる俺に向かって淡く蒼く輝く聖剣みたいなものを構えてジャスティが 近づいてくる。  素晴らしいほど完璧な絶体絶命のピンチだ。  もうちょっと待てばここいらで正義のヒーローの味方が出てくる筈なんだが、現実はそ んなに甘くねぇんだよな。  ジャスティはこの瞬間を舌なめずりして楽しむかのようにゆっくりと剣を振り上げる、 勿論あの剣にもデータを傷つけるチートがしてあるんだろう。  いやな目だ、今にも振り下ろすぞ、死ぬんだぞって目をしてやがる。  思い切り睨み返してやった。 「さよなら、か……。センスねぇな。俺ならもうちょっと格好良く言うぜ? ジャスティ!  該当プレイヤーを、規約に基づき。悪質なチーターとして認定した。よってアカウント永 久停止処分とする。PCは即刻削除だ!」  言い終わる事に黒ずんだ両足は元の色に戻っていた。  色が戻る頃には振り上げた剣を横薙ぎで弾き飛ばし、払った勢いで身を回転させ遠心力 で肩口から切り下ろす!  確実に致命傷となる一撃を与えた、……が、勿論そのくらいじゃチーターが負けるわけ が無いわな。  管理用スキル欄を開き、ヴォータンの削除スキルを突然の逆転で何がなんだか分からな くなっているジャスティの胸へと容赦なく突き刺す。  一瞬。  白い閃光がダンジョンのこの一角を照らした。 「な……んでだよ」 「騎士だから1対1で戦おう、なんて考えるとでも思ったのか? ま、正々堂々と勝負を 挑まれりゃそうしただろうがよ、お互いズルしてたんだ、それは言いっこ無しだぜ」  ゆっくりと、やけに要領がでかいデータを削除した時のように、ジャスティはゆっくり と消えていった。  相当沢山の武装をしていたのだろう。だが、レプリカとは言えこのヴォータンの破壊力 を甘く見ていたようだな。  やれやれと一つ溜息をつき、俺はアラートをログアウトさせてFMDを外した。  汗でもかいていたのか、やけに外した時の感覚が爽快だ。 「ふぅ、お疲れさん」    いつの間にか冷えてしまった缶コーヒーを手に取り、今度は最後ま胃の中に流し込む。  さっきまであんなに暑苦しいダンジョンにいたんだ、今はこれくらいで丁度良い。 「まったくですよ。アレだけ両足のデータを溶かされといて1分で直せなんて無茶な注文 にも程がありますって」 「三島ぁ、俺はお前が碧衣の騎士団員たる意地を見せてくれるって信じてたぜ。いやー助 かった」  ウリウリと三島の肩を揉んでやりながら、俺は三島のパソコンの方を覗き込む。 「で、今度は完全に削除できてたか?」 「はい、こちらから直接向こうのPCに交渉して逃げられないようにしましたからね。アカ ウントも完全に停止しました」  こっちもよほど苦労していたのだろう、コイツの缶コーヒーは開けてすらいなかった。  まったく、本当にご苦労さんだ。 「うっし、今日は帰りにラーメンでも奢ってやるよ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 時間が無いので見直し省略! 粗が有ったら申し訳ないです。