<ホラ吹きオヤジ> 「いやー、エイプリルフールは楽しかったなー。……正に俺の独壇場、ってかぁ? 斉藤 君の驚いた顔は可愛かったなぁ、あっはっはっは」 「あっはっはっは、…じゃ無いですよ先輩。あの後柴山さんを宥めるのに何時間掛かった と思ってるんすか?」 「2時間だろ」 「知ってるなら大声で掘り返さないで下さいってば。同じ職場なんだから聞えちゃいます よ!?」  ここはCC社のとある一角、管理部門監査部所属の日本語版The Worldシステム管理室。  全サーバーの状態を絶え間なく確認でき、所員が頑張ってサーバーの負荷を見張ってい る監視塔みたいな場所だ。各データベースからあらゆる情報を引き出すことも出来る『碧 衣の騎士団』のお勤め所。  んな場所で俺達はこんな会話をしているのだった。鬼の居ぬ洗濯と言うやつだ。  確かに柴山が居れば地獄の耳の如く感ずいて此処にやってくるだろう、だが今はまだ柴 山は居ない。昨日は俺のせいで“仕事が遅れた”とか言って頑張ってたからな。まだ仮眠 室で寝てるこったろう。 「寝てるから大丈夫だって、まさか夢の中でまで聞き耳立てちゃいないだろ」  不敵ににやっとして見せる俺に溜息を付く三島、お決まりの光景って奴だ。  でまぁ。  こんなBGMが『ピリピリ……』みたいな場所であっはっはー、何て言っちゃう俺も一応 騎士団のメンバーだ。しかもこれで三十路に入っちゃってる古参、仲間からは親しみと敬 意を込めて『ホラ吹きオヤジ』なんて呼ばれたりする。  古参とは言え俺は優秀でもなんでもないからまだ下っ端に毛の生えた程度だが。  さてここまで言やぁ分かるだろ。  何で目の前の三島がこんなに慌ててるかって言うと、昨日4月バカで俺が言った嘘をあ いつが真に受けて……。  ……お、その柴山が仮眠室から仮眠室から帰ってきたな。    あ、目が合った。  すっげぇ、俺目線で額に穴が空くかもしれない。 「原田さん、昨日はご結婚おめでとう御座います」  よく通る綺麗な声にこれでもかってくらい憎しみを込めて挨拶代わりに口から皮肉がや って来た。しかも目は死刑判決を下す直前の裁判官みたいな目だ。  うわー…、まだ怒ってるなこりゃ。  確かに1人だけ結婚式の話を信じてあんな恥をかけば、そりゃ腹が立つわな…。あいつ 嘘とか大嫌いだし。 「あの祝辞の言葉嬉しかったぞー」  けど、分かってるんだけどつい言っちまうんだよな、真面目過ぎて反応が面白いから。  あ。やば…、青筋みっけ……。 「さぁてみんな、そろそろ仕事を始めるかっ! 日が出ちまえば人間は起きるもの、そろ そろアクセスが増えてくる頃だろ」  サーっと自分の机に戻っていく俺、それに呼応して他の奴もディスプレイへと顔を戻す。 本能的な行動だ、誰一人として今の柴山を直視できる奴は居ないだろうからな。 見て無くてもこんなにオーラが出てる。  あ、そう言えば1人居たか……。  ネットワックサポート部門のあの面白いイベントを考える奴、名前なんだったかな…。  あー、ダメだ、年食うとバカにならぁ。 「原田さん…」 「あぁ分かった! 分かったから背中を睨むな、穴が空いちまうだろっ」  俺はヴォータンの穂先で背中をつつかれるような気分をリアルで味わってから、FMDを 被った。カチャリと複雑に延びたコードが音をたてる。  これは社内での通信や画面の転送なんかが出来るシステム管理専用の特別製だ、昔と比 べると管理側も便利になったもんだ。  その高性能な画面に幾つものデータが浮かび、やがて消える。先ずはシステム管理画面 を開いてから、俺はそこからThe Worldへとログインしたのだった。  碧衣の騎士団副長アラートとして。 「とは言えこんな朝っぱらに不正なんてあんまし転がってないしな……、いつも通りチー トやら何やらの報告の有った場所を巡回でもするか」  幾らログインする人数が増えてくる時間帯といっても今はまだ朝だ、夕方以降のピーク と比べれば人口は半分にも満たない。  しかしそんな時間だからこそ『爆弾』を仕掛けようとする輩も居るのだ。システム的に 見落としやすい場所を狙って誰も居ないような時間に行動を起す輩が…。  去年なんかは強力な『零ボム』を仕掛けてきた奴が居て、危うくThe Worldに重大な“穴” が空けられるところだった。  碧衣の騎士団は何も放浪AIを追いかけるだけの組織ではない、柴山は何か有るようだが 俺はそう言った“バグの原因”も平等に危険視して監視している。  他の奴には遊んでるようにしか見えないらしいが……。  ま、実際何も見つからない時は遊んでるしな。  俺は愛用の矛槍を軽く一回転させて持つと、狭苦しいホームからPCのごった返すマク・ アヌの大通りへと出て行く。華やかなこの通りは朝っぱらでも深夜でも賑わっているThe Worldで最も人の多い場所だ。  友達と喋りながら楽しげに歩いていくPC、道の端に座ってしきりにトレードを呼びかけ ているPC、全体チャットでパーティを集めているPC、今初めてログインしたらしくオ ロオロしているPC、それに手を差し伸べているPC、全体チャットで『しねしねしね… …』とか言ってるPC…コイツは暫く全体チャット禁止だな。 兎に角、俺はそんな人込みに流されるようにしてカオスゲートまで移動し、報告のメモ を見つつワードを入力した。遊んでるように見えても確りと仕事中だ。  クルリクルリと回るカオスゲートに向かって俺は右手を翳す。……雰囲気って奴だ。  えーと最初のワードは…【開かれし 紅の 祭壇】…ておいおい、いかにもPKやら何や らが好みそうな感じだな。エリア属性も闇だしよ。初っ端から捻りも何も無いな。  まぁ実際そう言ったワードで事が起きやすいのも確かだ、人間ってのは単純な生き物だ な。  そんな事を考えながら、俺は黄金の輪に包まれていった。  いかにもどろどろした空模様、荒廃した大地、そこいらに転がっている骨。  悪役のイメージそのまんまって感じの場所に転送された、勿論モンスターも闇属性のデ ロデロした奴が出てくるのだろう。  朝っぱらにはあんまり着たくない感じの場所だ。まぁ仕事だからとやかく言ってもしょ うがないが。   「ん……、取り合えず2時間以内にこのエリアに来た奴は………7人、か……結構居るな。 一応調べておくか」  俺はシステム管理用のウィンドウをもう一つ開き、不正データの検索をかけてフィール ドには何も無い誰も居ない事を確認する。そして何も無い事を確かめると骨を踏み散らし つつさっさとダンジョンへと走って行った。  夫婦喧嘩の後の自分を見ているようで骨は苦手だ。  因みにフィールドやダンジョンの一階層一階層は別のデータとして区切られているので 一つ一つ移動して調べなければならない、デバッグとはプチプチとバグを探すこの地道な 作業の積み重ねが物を言うのだ。  プチプチプチプチ……、副長と言っても何か起きない限りは平と同じデバッグ要員でし かない。  ………ん?   「おっと、早速お出ましか…?」  生物の体内のようなダンジョンの曲がり角を曲がったら、行き成り変なPCが倒れていた。 真っ黒な刺々しい鎧に橙の紋、オマケに顔色が悪くて……と言うか真っ青だ。  兎に角そんなのが倒れてたんで思わずモンスターを間違えてしまった。なんだPCじゃな いか……。 「折角いいシチュレーションなんだ、中身が知れなくても美少女の方が嬉しいんだがなー …」 「馬鹿なこと言ってないで助けろ、麻痺で動けねぇんだ」  っと、どうやらHPも危ないみたいだな。ここでモンスターが出てきたら流石に後腐れ が悪い、回復しといてやるか。 「ほれ、解毒血清っと」  回復するなりそいつはガバッと勢い良く立ち上がってすぐに自分で回復を始める、何だ かこれ以上手出しするなって言う意思表示みたいだな。  口も悪いし態度も悪い、意地っ張りだが何となく良い人そうな雰囲気を雰囲気を出して る。変な奴だ、俺はそいつの行動に苦笑しながらそう思った。  ふーむ、ログを見る限りマーローと言うみたいだな…。女の子じゃないのは残念だがこ う言う奴は嫌いじゃない。 「借りは絶対返すからな」  いかにも手助けをされたのが不満そうだ。  だがその分借りを返すと言う言葉に重みがある。コイツは絶対確りと利子までつけて返 してくるだろう。  フン、とか言いながら。 「いらないって言っても返してくれそうな感じだな。……それより、此処には麻痺攻撃な んてしてくるモンスターは居なかった筈だが。どうかしたのか?」  勿論俺の言葉は“PCと喧嘩でもしたのか?”、と言う意味だったんだが。意外な答えが 返って来た。 「……後ろからチートキャラに襲われたんだよ。治らない麻痺を喰らっちまった」  治らない麻痺……、なるほど。だから止めを刺されずにほったらかしにされていたのか。  自分の不覚を悔やんでいるのか、それとも醜態を恥じているのか、マーローの声にはか なりの苛立ちが混ざっていた。  ほっとくとすぐに追いかけて行きそうだなこりゃ。 「ああー、最後にもう一個聞いとく。そいつはまだ先に居そうか?」 「ああ、まだ居るぜ。そんなに時間は経ってない」  そう言うとマーローは次の階層へと駆け下りていってしまった。いつの間に快速のタリ スマンを使ったのか物凄いスピードだ、だいぶレベルも高いのだろう。  そんな奴が不覚を取るとは……、何か匂うな。  仕方が無い、追いかけるか。  俺はウネウネした通路を走ってマーローの後を追った。    ピチャピチャと胃液のような物を弾きながら走ること数分、モンスターは全てマーロー が倒して行ってしまうので俺はただ悠々とマーローの背を追った。  向こうも気付いているようだがあえて止めたり忠告をしたりなどはしてこない、此方が この先の危険を知ってて追いかけているのを承知しているのだろう。無視ではない辺りに なんとなく面倒見の良さが伺えた。  更に走り。目的の奴、そいつに大きな通路で追いついたのだった。  真っ黒いローブを着た、オレンジの長髪の子供だ。可愛らしい顔をしているが、そいつ が振り返った時に浮かべていた笑みは胸糞が悪くなるようなものだ。  そいつは事も無げに小さく手を振ると、走り寄ってくるマーローに言ってみせた。 「やあ、また会ったね」  そして更に気持ちの悪くなるような笑みを浮かべ。早速挑発してくる。 「今度は殺されたいのかな?」  PKなどがよく使う相手を逆上させるような猫なで声だ、こう言うのもなんだが、上手い。 聞くだけで腹が立つ、単純な言葉でここまで神経を逆なでしてくるとはな…。  マーローなど頭にきて言葉さえ出てこないようだ。  コイツは間違いなく他人が嫌がるのを見て喜ぶタイプだ。何年もこの仕事をやって来た だけに感覚が間違い無いとそう告げている。   「俺の目の前で殺しなんぞさせんぞ……えーと、キャラ外見のチートに装備のチート…… それとキャラ能力のチートに……この要領のデカさだとまだ何か持ってんな? あー、こ りゃ完全にアカウント停止ものだわ」  黒い子供……名前はファンブル、か。そいつは俺の言葉を聞いてピクリと笑みを崩した。  目つきが臭い物でも見るかのように細くなり、今にも地面につばを吐きそうだ。  何度も言うが上手い、ここまでPCで嫌そうな雰囲気を出した奴は多分初めてみたぞ。 「あんた、システム管理者?」    未だに疑問系だ。  そりゃまぁ大根でも擦れそうな顎鬚のついた、怖そうな顔つきのゴツイ鎧着た筋肉質な オヤジだもんな。システム管理者だと言っても、言ってるだけで見た目が怪し過ぎて本当 かどうかかなり怪しい。  我ながら完璧なカモフラージュだ。 「さぁてね、ただパソコンに詳しいだけかもな?」 「どっちでもいいや。そういうの邪魔だから、消えて」  おやおや、殺すより大きく出たな。  こりゃウィルスでも降って来るか……? さっさと三島に連絡入れとくかね。  俺は表情を引き締めて碧衣の騎士団としての臨戦態勢に入った。 「おっさん……」  んな失礼な。  せめて名前で呼んで欲しかったんだが。……いや、訂正しても遠慮してくれそうに無い な、彼は。  俺は何か言いたそうなマーローを手で制して前に出た。彼がそうやっても引っ込むよう な人間じゃない事は何となく分かっている。  素早くシステム管理ウィンドウを表示させた。 「悪いな、君には少し強制ログアウトしてもらう」 「何っ! ちょっと待…」  言い終らない内にマーローの姿は黄金の輪によって掻き消された。  最後まで何か言いそうだったが聞けないのが残念だ。  少し強引だが…、安全を確保する為なのだから仕方が無い。また憎まれ役を買うかね。 「悪いな、デバッグを他人に見せる訳には行かないんでね」  マーローが転送されたのを確認してから、俺はそう呟く。  そう、碧衣の騎士団はあくまで裏方。目立てば何かと都合が悪くなる。デバッガーはヒ ーローではないのだ、あくまで世界を守る“騎士”。  アイテム欄を開き素早く槍を神槍ヴォータンのレプリカに変える、そしてそれをファン ブルに向けた。 「何でもかんでも削除ってのは俺の流儀じゃないんだが、お前さんはここで処理しとかな いとやばそうだな」  コイツならこの槍の性能くらい知っているだろう、だが逃げ出すどころか全く動じない。  武器すら構えないとはどう言うことだろうか。  ファンブルはまたあの嫌な笑みに戻っていた。それだけだ。  つまりいたる所が隙だらけ、まるで攻撃して下さいと言わんばかりだ。なら攻撃するま でだが。  俺は遠慮も躊躇いも無く一足飛びでファンブルを貫いた。どの道この槍ならばカウンタ ーは狙えない。 「ヤバイ? もう遅いよ」  アイツの足元の胃液が急速に白くなっていく。下のピンク色だったのがどんどんと色が 抜けていく。  いや、胃液だけでなく急速に辺りの物から色が奪い去られていった。  この現象は、まさか……!  修正をかけようとしたが、もう遅かった。 「破壊された後にヤバイなんて言ってちゃダメだよ。ノロマ」  ヴォータンの消滅の光に貫かれながらもあいつは淡々と笑っている。一段と嫌な笑顔だ、 まるで負け犬に勝ちを誇っているかのような。  やがて、ファンブルは消滅した。勿論それで色の喪失が止まる訳ではない。  だが実際俺は負け犬なのだろう、あのファンブルとか言うキャラは恐らく“種”でしか ない。発芽してしまった今ではもう遅いのだ。  ウィルスを撒き終わった後の種を消した所で、感染は止められない。 『原田さん、早くログアウトして下さい! そこは……このエリアは数分で消えます!』 「零ボムだろう……、ちくしょう」  零ボムとは、平たく言えばデータを無に返すウィルスだ。  文字通り0と1で構成されているデータの1を全て0に変えてしまう。しかも今回のよ うな高性能なボムはデータのノイズに紛れ込んでしまっていて検出する事は非常に困難、 そして時間が満ちると赤潮の如く全てを0に染め出す。  悪魔のようなウィルスだ、此方でも対策はしてあった筈だが……くそ、新種か。  俺は消えていくエリアを尻目に、何とかログアウトを果たした。 『エリア【開かれし 紅の 祭壇】封鎖します!』  まんまと犯人を取り逃がし、被害も止められなかった。  何をやってたんだ、俺は……!  三島の報告を聞き、俺は乱暴にSleepのショートカットキーを叩いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー わ、訳が分からん作品になりましたね……。 一応続き物にしようかと思ったんですが、こっからどう続くのだろう? 見当もつきません。(待て) 描写も全然ダメですし、何と言うか面白いと思わせるキレが出ません。何とかしなければ …