<あの人の背中を>  あれだ。 『絶体絶命』  今この状況にぴったりな言葉。  ダンジョンに入った初っ端に待ち構えていたのはトリプル魔法陣という常識外の存在だ った。そりゃ確かに魔法陣が多い所だとは聞いてたが……。  全部1,2体モンスターが出てくるならまだしも合計10体も出てきちゃったんだから、 リアルの俺は背中に滝のような汗が流れている。  因みに俺のレベルは50、このエリアのレベルは60。……今初めてこのエリアのレベ ルを調べてそれに気付いた。  あはっ。  思わず笑ってしまった。人間笑うしか選択肢がなくなる状況ってのはこんな時だ。 「……でぇぇぇぇっっ!?」  全世界の皆さんに宣言します!  無理です、勝てません。  ギラギラと気のせいとは思えない殺気を感じたり、心なしかモンスターが笑っているよ うにも見える。  中々攻撃してこないのはまるで俺をいたぶっているかのよう。  俺の想像力は悪い方に向かっている時だけ素晴らしく良く働くようだ。 「セーブしたのって………確か2時間前だったよな? ハハハ」  記憶が走馬灯のように流れていった……。  そう言えば母さんに逆らってまでやってたなぁ、あの時止めていれば。…セーブしてい れば!  そう後悔してみるが、今更遅かった。  時間は不可逆なり。  因みに、俺はソロだ。助けてくれる仲間など居る筈もない。  確かに戦闘は好きだ、だが絶対に勝てない戦闘なんて誰が好き好むだろうか…… ――――−‐ザンッ!  ……へ?    今攻撃したのは俺じゃあない。第一俺の場合はあんな力強い効果音なんかじゃなくて、 情けないが精々『ヒュッ』止まりだ。  一体誰が……?  そう思って振り返った時には、既にモンスターは灰色になっていた。  開始から結末までが恐ろしく速い。 「そちらは手を出そうとはしていなかったから、シーフでは無いな?」 「は、はい……。助かりました」  しまった、豪放な剣士をロールしていた筈なのに!?  気付いたら素で敬語を喋っていた。  いや、どっちかと言えば喋らされていたような気がする。それほどにこの剣士の強さに は威厳と年季が入っていた。  ってあれ?  この人はもしかして……。 「では、先に行かせてもらう」  軽く急いでいるかのように背を向けて走るその姿。気取っても居ないのに目を引いて離 さない。  その背中に俺は見た、白銀に輝く優雅な翼を。  足が速いらしくすぐに見えなくなったが。あの後姿は俺の心にはいつまでも焼き付いて いた。  まるで刻印でも押されたかのように。  たぶん、俺は今少年のように……って少年だけど、瞳を輝かせているんだろう。 「か…かか……、カッコええ〜〜!!」  何語だ、と聞きたくなるような台詞だが、その辺は気にしちゃあならない。本当にそう 思った事を口に出しただけなのだから。  俺は何度も瞬きをしてその姿を、その声を、ちっさい脳裏に叩き込んだ。  流石、ファアナの末裔『バルムンク』だった。  攻略不能のイベントをクリアしたとか、ランキングのあるイベントでは常にトップだと か、噂があまりにも凄すぎて今まで本当に居るのかどうかさえ半信半疑だったけれど。  本当に居た。  しかも噂通りだ、いやそれ以上かもしれない、今思うと疑ってごめんなさいと謝りたい ぐらい俺は感動していた。  BBSや又聞きした話では何度も、それこそ耳にタコができるくらい聞いていたけど。本 物に会ってみたのはコレが初めて。  俺の心は躍り狂っていた。  何故か?    たった今、俺は全国100万のバルムンクファンの一員になったからだ!  そう思うと俄然、やる気が出てきた。 「能力アップアイテムはケチってられないな…………良しっ。行くか!」  俺は攻撃・防御・魔防・素早さを強化すると、バルムンクの後を追うかのようにダンジ ョンを進んでいった。  ウキウキ気分と言うわけではない、何か大きなものに挑戦するような気分だった。    ある程度進んでもその先にバルムンクは居なかった、根本的に足の速さが違うらしい。  で、代わりに俺を待ち受けていたのはヒュルヒュルと回っている魔法陣……たち。ちょ っと進めば一個、もうちょっと進めばまた一個……と言う具合で大量にヒュルヒュルと回 っている。  しかもコレが長い一本道にあるもんだから流石の俺も気が遠くなってくる。  バルムンクは全部開けて一気にその先で決着をつけて行ったんだと思うけど、俺にそん な芸当はできそうもない。  となると。残るは一個ずつちまちま開ける作戦だけだった。  凡人は努力と根性でちまちまと進むしかないのだ。  抜き足差し足……。  慎重に近づくと、一つだけ魔法陣を開いて後ろに下がる。……独特の効果音と共に魔法 陣を砕いて出てきたのは『ネガガーディアン』だった。  ピンクい機械兵みたいなモンスターだ。両手が剣になっていてかなり攻撃力が高い、一 体だけとは言え気の抜けない相手だ。  そいつがまんまと俺をターゲットしてこっちやってくるのを見て、俺はレアでもなんで もない普通の50レベルの長剣を構えた。 「先ずはこいつを倒さないと、バルムンクには追いつけない!」  勝手にバルムンクの名前を出して気合を入れ、左足で床を蹴って突っ込む。  普通ならフェイントの一つも入れるかもしれない、だが俺は正面からバカ正直に突っ込 んだ。勿論反撃は食らうだろう、だがコレが一番多くダメージを与えられる。  下から屈んでねじ込むようにネガガーディアンの硬そうな胸へ切っ先を突き出す! あ ざ笑うかのように硬い音が鳴り響き、剣は切っ先がほんの僅かに食い込んだだけだった。  軸足に踏ん張りを利かせて更に差し込もうとするが、右から振り下ろされた腕を見た瞬 間それは諦めた。同時に剣を縦に構えて振り子のように薙ぎ払われた腕を受け止める。  骨が軋むような音が鳴ったかと思った。   「……っくあぁぁ!!」     一撃だ。たった一撃なのに鎧で固めた俺の体は大理石の床に叩きつけられる。  バキバキと地面にヒビが入れつつ、バターのように体が床を削ると言うありがたくない 体験をした。  だがそれでもコマンド操作は出来るので回復する、負けつつも回復の隙は逃さない。ソ ロなのだからこれくらいの根性を持って回復しなければやっていけないのだ。   「うはぁ、流石にこのレベルまで来るとエフェクトも派手だなー」  ズボリと妙な音を立てながら足を引き抜きながらも、俺は場違いに笑っていた。  今でもネガガーディアンは目の前まで迫っているが、それでも余裕を持って笑っていら れた。  勝てる自信が有る時は、俺は笑みを浮かべて戦う。  勿論俺はソロだから、誰かを鼓舞すると言ったそれらしい目的なんてものは無い。楽し いから、それだけでいつも戦いの時は笑っていた。  だって、戦うのは楽しいじゃないか?   「バルムンクと言いこいつと言い、……いや一緒にしちゃ悪いか? 兎に角強ぇって良い ねぇ!」  何処までも強く。それは誰にでもある憧れだ。  形はどうであれ、他人よりも勝っていようと思う心は人間の本能なのかもしれない。  俺はそんな本能に従って生きてみたかった。  責めてゲームの中だけでも。 「第二幕、行くぜっ!!」  聞いてか知らずか、その言葉と同時にネガガーディアンは右の大剣をお玉でも振り下ろ すかのように軽々しく振ってくる。  だがすぐには避けない、限界まで迫り来る凶器を引き付けて…………紙一重で斜め左下 に屈んで避ける!  よっし!   予想通り馬鹿でかい音を立てて奴の剣が地面に沈んだ。  この隙を逃したら明日はない!  いつものように大袈裟な気合を入れて、狙うのは鎧のような体に囲まれた薄く光る核の ような物。多分アレが弱点だ。  屈んだ状態から更に右足で踏み込み、剣を斜め下から掬い上げるかのように袈裟に切り 上げる。  俺の全力を乗せて『ヒュン』から格上げされて『ブン』と振り上げられる剣。  だが当然のように左手の大剣で弾かれた。ただ反応しただけの無造作に払われた剣に… …だ。こいつにはそれだけのパワーがあった。  だけど、反応はそれだけ。残る体は大っぴらに隙だらけだ。  ……諦めて溜まるか!  ダンッ!と左足で踏ん張り、剣が弾かれた方向に身を捻る。  ダンッ!と次は右足を踏み込む。そして一回転した事で十分な遠心力を加え勢いの乗っ た突きを、あの憎らしい金属製の胸へ叩き込む!  切っ先と外殻がかち合って火花が出るが、そんな物は気にせずに全力で踏ん張った、何 処までも貫けと差し込んだ。金属同士が擦れあうような酷い音が大音響で悲鳴のように鳴 り響く。  人間で言うならば肋骨をへし折って心臓を一突きにした、となるのだろうか。  気付くと俺はネガガーディアンの外殻を突き破って、今は消えていくだけの淡い核を貫 いていた。  淡くなった核はやがて灰色になって、消える。     ――−‐勝った。    頭の中は暫くそれだけで満たされていた。  オリンピックで金メダルを取った後ってのはこんな気持ちなんだろう。  10秒くらいレベルアップの音に気付かなかったくらいだ、自分でも久々に馬鹿な性分 が出てきたんだなと自覚する。  この性分は治らないんだろうな。きっと、俺が終わるまで。  けど、満足だった。  リアルでいい汗を拭って、やっといい笑顔が収まった時だ。  ヒュンヒュン回る物が見えた。 「………はっ!?」  そしてやっとまだこの部屋には腐るほど魔法陣が残っている事を思い出した。  そう言えばこのダンジョンは4階層あって、しかもそれぞれの部屋に魔法陣がぎっしり 詰まっていた筈だ。  一戦一戦こんな事やってたら、きっと笑い死に出来る。  笑って死ねる人生、正に一片の悔い無し!  いかん。  流石に死にたくはない。  けど……。 「ええい、やってやろうじゃないかっ!!」  俺は魔法陣に飛び込むのだった。  どう足掻いてもこの性分は治らないらしい。既にセーブしてない事なんてのは頭の中か ら抜け落ちている。  もっと笑い、この世界を楽しむため。もっと強くなり、あのバルムンクに追いつくため。  俺はまだまだ、戦い続ける。   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー えっと、取り合えず努力になってますよね?(聞くな 今回はあえてダメージの描写を出さずに戦闘を書いてみました、リアリティが出ていれば 良いのですが……。