<我が道を行く>  俺の友人  アルニカはちょっと変わった子だ。 そう、“ちょっと”だけね。    ホームを後にしつつ、ふと顔を思い浮かべた俺はそんな事を思った。  これから12分も遅刻して待合場所に会いに行くと言うのに、我ながら悠長なことだ。 ま、そんな何よりも優先して急ぐべき時に、我知らず悠長に事を進めるゴーイング マイ  ウェイ男こそがこのレイドと言うキャラなのだけど。  わざわざ“靴紐を結ぶ”、と言うアクションを起こしてまでして時間を稼ぐ辺りなど、自 分自身の徹底さに呆れることもしばしばだ。    本人は何て言うか分からないけど。  実際本当に変わっている所なんてのは少しだけなんだ。性格がちょっとばかり完ぺき主 義で変わっているだけ。AIがどうとかなんてのは、些細な問題を通り越して全く関係の無 い話。  そうだろう?  こうして会話が出来て自分で考えることが出来て自分で動くことが出来る……。“心”と 言うものが何に宿ったか違うだけで、本質的なところAIと言う存在だろうと人間と何も変 わりは無い。  育ち方が違ったから、違うように見えて違うように感じるだけなんだ。  そう、AIだなんてのは本質……心とは何も関係の無い話。なんだけど、これはアルニカ 本人が一番気にしているところでもあったりする。  そこが、曲者だ。 「あっ、今の猫PC面白いな…」  紫色の毛並みが綺麗な、一言で言えば“猫人”っぽい感じのPC。すっごくいい味出して るデザインだ。  レイドらしく軽〜く道のど真ん中を歩いていたら、そんなのがチラリとすれ違い様に俺 の高級FMD(サイズ合わなくて改造しちゃったぜ号)を介して目に入った。  こう言った刺激が有るからこそネトゲという物は止められないのだ……、とか思った俺 は病気かね。  因みに隣にいた呪文使いもなかなか良いデザインだけど、生憎男には興味無い。…を通 り越してマイナスいってるのでこの際無視だ。 「あれ限定モデルって奴かな? だとしたらお近づきなりたいなぁ……」  そんな事をシングルなパーティモ〜ド(別名:独り言)で言いながら振り返ると、期待 していた通りレアな猫人PCの後姿がぁ…………ると思ったら何だか緑くておっきいのが 邪魔で見えなかった。  妙に緑くておっきいのだ、斧みたいな危険な凶器まで持っている。(注意:誰だって持っ てる)  危険を感じた俺は振り返るのを中断して、ちょっと足早に立ち止まっていた所を再発進 したのだった。 『おお、良いところに居たな君は! この私と出会えるなんて幸せ者……』    後ろから聞こえてくる声は無視する。  そして身代わりとなったPCに軽く祈りを捧げよう。  俺は十字を切りながらスタスタと進んでいった。後ろは振り返らない。 レイドは過去 を振り返らない男である。  それとは正反対に、アルニカは過去に拘る。  何が有ったかは知らないが、彼女は自分がAIであると言うことに縛られている。何かは 分からないが、過去に何か有ったからなのだろう。  それ故に彼女は自らAIらしく振舞おうとし、元から在る筈の感情を押し殺している。そ して在る筈の感情を見つけては否定し、戸惑っている。  つまりは自分自身に踊らされているんだ。  『自分は人間ではない、だからこのデータは有り得ない』と言って。  その踊りは簡単に止めることが出来るとも知らずに、踊り続けている。  重ねて言うが、アルニアのスペックが俺が彼女から聞いた通りだとしたら、彼女は思考 において人間に劣るところは何も無い。そもそも人間なんて高度な脳を持っていても使う のは生涯で精々1%ほどなのだ、全部使いこなせる彼女が人間的思考が出来ない訳が無い と言える。  大は小を兼ねる、という奴だ。  彼女の思い込みは虚構に過ぎず、またその虚構に踊らされている彼女自身も虚構に他な らない。  そして真実は彼女が探している遥か高みには存在していない。  いとも簡単に、こんなに身近に落ちているのだ。  俺はふと直進しそうなところを立ち止まり、ちょっとバックして、そのまま右に曲がっ てダッシュした。 「おっと、いけないけない」  まーた買出し忘れるとこだった。…………、……流石に買い物してたらアルニカでも怒 るかな?  ま、戦闘で危なくなるよりはマシか。手早く済ませれば大丈夫だろう、うん。  レイドは極めて前向きに思考を巡らせた。人待たせながらでもこんなことを考えられる 優秀な思考だ。  因みに同じことした初心者はっけ〜〜ん!  うんうん、俺の行動見てアイテム屋寄ってなかったことに気付いたんだな。偉いぞ少年!  彼の様子を見ながら微笑んで腕組みながら喜んだ、勿論喜んでる場合ではない。 「おじさーん、針金4つ〜」  そう言いつつ俺は蘇生の秘薬を23個と、幸運の針金99個を補充する。  ……一々正確に言っていたらロールにも夢が無くなる気がしたので、ちょっとだけ台詞 は変更しておいた。  微笑ましいロールを態々大量購入でゲーム臭くする必要は無い。    俺はロール(演じる)するのが好き……。特に数あるキャラの中でこのレイドが最もお 気に入りだ。  この誰よりも傍若無人なゴーイング マイ ウェイ男が。  このロールはいつでも実行する。それが俺のゲームでの信念であり、楽しみ方だ。それ はアルニカの前でも崩すことは無い。  買い物を終えてマク・アヌのアーチ橋の前まで来ると、優に待ち合わせ時間より21分 遅れていた。こいつはちょっと許しを請うには厳しい経過時間である。  何とか上手い言い訳はないか……、悩みながら橋の上に差し掛かると。ざわめきを掻き 分けるように薄く歌声が聞こえてきた。  あの少し癖の在るハスキーな声は………アルニカだ。  思わず身を硬くしたのはさておき、声に待たされた刺々しさが無い事を確認すると、俺 はゆっくりと歌声のする方向に進路を変えた。  アルニカは、偶に待合場所で歌っていることが有る     歌い出すほど待たせる俺が悪いのだけど(アルニカはいつもきっちり時間十分前に来る) こうやって歌を聴いてしまえば、また遅く来たくなってしまうと言うもの。  まぁ、遅刻の理由の大半はそれだ。  ルートタウンで歌っているPCは珍しくない、マク・アヌはその最もたる例だ。ネット電 話の一面を持っているようなThe Wordにおいて、自らの声を披露しようと考えるPCは、 多くなくとも少なくもない。  だけど最近のアルニカの歌は、慣れている上級プレイヤーも一瞬立ち止まらせるような …。  涙が出るほど素晴らしい歌ではないけれど、何か一瞬感じさせるものを持っていた。  昔はそれこそ電子音を思わせるほど平坦な歌だったのに、だ。    彼女は成長している、自ら気付かない内に。 名も無き原を歩む 名も無き旅人よ 何処かに 何処かで 堅き思いを 貫き通し 遥か彼方に 長旅の疲れ もし耐え難ければ 私の肩を 持つがいい 長き旅路に 何処までも付きあおう 例え僅かでも構わない 旅を分かち合おう 呼び名が無くとも美しい この広き原と共に それが私の生き様  正直に言ってしまえば、驚いた。  歌が終わったにも関わらず、一拍固まってアルニカの顔を凝視してしまったほどに。  アルニカは『何ですか?』と言う表情をしている、しかし声には出さない。聡明な彼女 のことだ、態々出すまでも無いと判断したのだろう。  そのままアルニカの深い赤褐色の目がちょっとジト目になってきた頃、俺はやっと気を 取り直すことが出来た。   「う〜ん恐れ入るよ、だいぶ歌上手くなったなぁアルニカ!」  ニカッと笑って見せた、そして更に驚いたことにアルニカも明るい笑顔を返してきた。  驚いたことに。  勿論重ねて言うには訳が有る、アルニカは俺が知っている中で一度も笑い、特に今回の ように微笑んだ事は無かった。  つまりそのことで驚いた分と、待たせたくせに思いっきり笑っているレイドに笑い返し た分で二個。  いやはや、アルニカもホンと成長したなぁ。  これもひとえに俺のお陰だな、うん。  だが、言うまでも無くこれには理由は有った。世の中レイドの都合の良い頭でまかり通 るほど甘くない。 「以前、レイドは嬉しい時には笑うものだと言いましたね。歌の賞賛は喜んで受け取らせ て貰います」  で、続きがあった。 「私からは以上です。待ち合わせ時間に遅れた清算をどうするかは、レイド。あなた自身 で決めて下さい。私にはとても思いつきませんでしたから」  …………すっごく、怒っていらっしゃった。  さっきまで笑っていた顔は、今はいつもと全く変わりの無い表情に戻っていたが。額の 青筋はごまかせません。  そしてその目は『ここからだと道具屋を見渡すことが出来ます、時間が無かったなどと 言い訳するつもりは。よもや有りませんね?』……そう、語っている。    カオスゲート潜ったら速攻で土下座しよう。そう、心に誓ったのだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー た、多少タイムラグがありますが何とか時間内に仕上げましたー! 読み直してませんが時間無いので悪しからずですー! どああぁぁぁ、遅れるぅ!!(汗)