<自らの歴史> 刻み込み、魂に綴るのは私だけの歴史    けれど、綴る文字はいつも同じ 刻み込み、心に綴るのは私たちの歴史    だから、綴る文字はいつも違う  風が唸る。 空気が唸る。 世界が唸る。  どれも正解であり、どれも間違いだ。  もはや爆音とも呼べるその音、いや声は、百戦錬磨の戦士達があげる雄叫びの響き。そ れに混じって本物の爆音と鋼のかち合う音が聞こえる。  そして断末魔の叫びも。     絶対に陣形を崩すなっ!! ここが抜かれれば後は無いと思え!! 重歩兵隊、盾構え!!  弓兵隊……放てぇっ!!    高台の上で近衛騎士達に囲まれた初老の男が陣頭指揮を行っていた、その老体とは思え ない声で的確かつタイミングも申し分の無い指示を一番後ろに居るにも関わらず一番前ま で届く声量で張り上げている。  その声には絶対的な威厳と力強さ、そして頼もしさと言ったものが混じっている。  兵士達も条件反射で動く機械のように正確に動き、忠実に初老の男(恐らく将軍だろう) の指示に従い。相手を殺していた。  壁のようにそそり立ち、波のように槍を突き、雨のように矢を降らせる。  プログラムとは言え、嫌に生々しい。  断末魔は途絶えない。    そう、ここでは戦争が行われている。……いや、この場合は“いた”と表現した方が良 いかもしれない。  何と言っても、このThe Worldには似つかわしく無いようなこの戦争は実際には行われ ていないのだから。 「おおおぅ!! ものスッゴイ迫力だなこりゃあ!?」  証拠と言ってはお粗末かもしれないが、現実ではないのだからこのような台詞も簡単に 叩く事が出来る。  もっとも、このレイドならば実戦でも同じ台詞を言う可能性が考えられるけれど。  ここは記憶を忠実に再現した、映像の中。  記憶の映像故にキャラクターが全て半透明なのだ、俗に言う『お化け』ではなくこの場 合映像と言う意味で半透明なのだろう。触れても触る事が出来ないのだ。  だからと言って、彼のように何度も確かめようとして殴り掛かる必要は無い。  あれではまるでコントだ。    彼はこの『砦の記憶』イベントに来て、……予想通り、興奮して一人で大騒ぎをしてい た。  目の前を兵士が通り過ぎる度にモーションで『敬礼』の動作をし、爆音が鳴る度に面白 いと笑い声をあげ、当たる筈の無い矢が降る度にわざわざ避けようと試みている。  本人が言うには『感動している』そうだが、私には理解できなかった。  なので輝くような満面の笑みと共に発せられた『一緒に感動しないか?』と言う彼の言 葉は、無論、却下する事にする。  私はレイドに適当な謝罪を述べ、このままこのイベントの観察を続ける事にした。  現在はフォート・アウフの兵士達が優勢に立っている。  数も装備も戦闘場所も圧倒的に有利なのだ、わざわざ計算する必要も無い程にこの結果 は予想通りだった。  揃いの甲冑を着た兵士達が的確に動き、飛行船らしき物で強襲して来た傭兵部隊を押し 返している。  最初は勢いがあった傭兵部隊も、今や砦の一角を占拠して何とか立て篭もっているよう な状態だ。この兵力差から考えると、何か決定的な手を打たない限りは、間違いなく全滅 するだろう。  分散して攻めていた傭兵達も、その一角に追い立てられるようにして戻って来る。  だが逃げると言う選択肢は無い、飛行船で逃げた所で砲弾の嵐に沈められるだけだと言 う結果が待っているから。  傭兵部隊の兵力はおよそ1000、対する砦の兵力は4000。  ここからは絶望的な戦いが予想された。  だが、不意に傭兵部隊の先頭に立っていた巨体の重斧使いは不敵に笑った。  そして初老の男を超えるかのような凄まじい咆哮をあげる。   突撃(チャージ)っ!!!!  呼応するかのように傭兵達も凄まじい咆哮をあげ、動ける者は皆走り出していた。 「「「「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」」」」      突然、このまま立て篭もるかと思われた傭兵部隊がほぼ全軍を賭けた壮絶な突撃をかけ た。  不意を突かれ砦の兵士は少し揺れたが、初老の男の渇が飛んだ事ですぐに体制を建て直 し、反撃を始める。  崩れた隊列を組み直し、聳え立つ壁のように一列になって槍を構える。  だが、その時には既に傭兵達は逃げ出していた。  意表を突くとはこの事だと言わんばかりに素早い、まるで何の未練も無いかのような逃 げ足だ。  何故だろうか?  今更飛行船に戻った所で自殺するようなもの、有りもしないような確立の賭けをして本 当に集団自殺でもするつもりなのだろうか?  傭兵部隊は占拠した一角だけを守りながら、激流の様に一斉に大型の飛行船まで引き返 して行く。  何か有るのかと砦の兵士達は飛び道具に備えて盾を構える、だが、それは全くの無駄だ った。     傭兵達の行動の答えはすぐに分かった、『準備が出来た』のだ。  最後まで死守していた一角、そこに有ったのは砦の中でも特に大型な部類に入る1つの 大砲。今は砦の外ではなく、『砦の中心』に向かって固定されてる。  これを、叩き込むつもりなのだ。  今までの散開した分の悪い攻め方はこの大砲の改造を隠しつつ守る為のもの、先ほどの 凄まじい突撃(チャージ)は逃げる為の陽動に過ぎなかった。  成る程、これならば形勢逆転と砦の陥落を同時に果たせるかもしれない。  素直に感心して、私は自己のプログラムにその『発想』を組み込んだ。これは私の計算 ではたどり着けなかった答えだった。    傭兵部隊の先頭にいたあの男は、今度は大砲の傍らでまたも咆哮をあげる。     俺たちの勝ちだぁ!! いけっ、勝利の打ち上げ花火をぶちかましてやれっ!!! 「「「「おおおぅーーーっ!!」」」」   「ヤレヤレヤレ、ブチかませぇーーー!!」    傭兵達の雄叫びに混ざってレイドの叫びが響く中、その明るいオレンジ色の閃光は鋭く 突き出された槍の如く深々と砦の中心角を貫く。数々の爆発を伴いながら。  串刺し、とはこの事だろう。  その瞬間、目を閉じなければ視覚機能が麻痺しそうな程の白熱の光が、私の視界を覆っ た。  何もかも消えてしまいそうな程強い光。  太陽が眼前まで迫ってきたかのようだ。 ………音は、無かった。  気づいたらいつものフォート・アウフの町へ戻って来ていた。形もBGMもPCの行き来 も全て元通りだ。  これで終わり、と言う事なのだろうか?  いや、あの映像データが占めていたエリア内の要領の割合から計算すれば、もう3分の 1程の長さの続きが有る筈だった。  あの場所で出来た事から考えてみれば、恐らく続きを見る為には相応しい場所に移動す る必要が有るのだろう。  あの飛行船に自分達も乗り込んでいれば、続きを見れたかもしれない。  しかし、私達が立って居るのはイベント用に作られた灰色のカオスゲートの前。   何にせよ、『記憶石』を一つ消耗した分の映像は見終わってしまった。  また苦労してあのアイテムを探すのかと思うと、暇な生活を送っている私でも思わず辟 易したくなる。  だが、それでも辞す気にはならなかった。  この先に語られるであろう『歴史』に興味が有ったから。  私は歴史と言うものに関心が高い、全く歴史に関心が無いレイドとはまるで正反対に。  いや、あらゆる面で正反対では有るけれど……。  だがしかし関心が高い、のであって気に入っていると言う表現は適切ではない。  『人間の事が分かる気がするから』、と言う理由が殆どだから。  そう、歴史でなくても良いのだ。  その理由さえ満たされれば。  別に、AIで在る事が嫌な訳ではない。人間に成りたい訳でもなく、このまま狩られて消 えたい訳でもない。  そんな事を考えていると一つの疑問が浮かび上がってくる。   では何故だろうか?  なぜ私は『人』を求めるのだろうか?   ………。  一呼吸置き、私は『苦笑』した。      そんな事は、既に分かっていたから。    私は。人と言うものが好きなのだ。  生まれた時には既に自分の製作過程が記録の中に存在し、完全に自分のスペックも確認 出来ていた。アルニカと言う名前も、教えられる間でも無く書き込み済み。  自己がAIである事も教えられ、そしてフィードバック機能を行使できる存在だとも言わ れた。  そしてそれを使いこなせる様に作られていた。  最初は、完璧だと言われた。  それ故に、私は失敗作なのだ。  人は不完全な生き物、比して私は完全過ぎた。  ある程度情報が集まってから作られた後期形AI、故にあらゆる情報を網羅し。高い計算 処理能力持っていた。  何でも出来た。  だから、言動の方針を一つに絞り、それでいてあらゆる面でバランス良く行動を分配し、 対応も間違いなどは無く完璧に行った。    だけどそれは、人間らしくなかった。    一番の失敗作だ。いや、完璧な失敗作とでも言った方が私にはお似合いだろうか。  それ故に私は人に、何もかも不完全なレイドに惹かれたのだ……。      何処からか、楽しげな声が聞こえた気がした。 「今のスッッゲェ、面白かったな!!! もう一回行こうぜアルニカっ!」  酷く遠くから呼ばれたような感覚がして、それがレイドの声だと分かり、私は慌てて思 考を切り替える。  それでも不完全で、声が少し詰まってしまった。 「………、……ええ。…そうしましょう」 「? なんか暗いな、アルニカ? どした、頭でも痛いのか? いつもなら『そんなに騒 ぐ必要は有りませんよ、レイド。次の記憶石が見つかるまでに推定で3時間は掛かります』 とか言うのに……」  先ほどまでの熱狂しているかのような表情は消え、彼は私が顔を上げた時には心配そう な顔になっていた。  しかも口惜しい事にレイドの指摘は正鵠を射ていた、まさか私の方が行動を読まれてし まうとは。  人とは分からないものだ。  そして、心配されて喜んでしまった自分に対し、私は更に驚いた。  こんな事は初めてだった。 「い、いえ、思考ルーチンにバグデータが有ったのでデバッグしていただけです。心配に は及びません!」 「………そうか?」 「そうです!」  私は幾分早口でまくし立てるように答え、赤面した顔を隠すかのように前へと歩き出し た。  こんな気持ちも初めてだ。いや、ハッキリと気持ちと言うものを感じて自覚すること自 体初めてかもしれない。  慌てて付いてくるレイドを背に、私は落ち着いて話せるように注意しつつ、記憶石入手 の計画と『記憶』内での行動について話した。記憶石入手までの予定時間は三時間だった。  が、私の調子が戻ったのと同じくして、いつもの調子に戻った彼が最後まで聞いていた かは疑問だ。 「よぅし!! 次はあのじいちゃんの隣で見下して見るか♪」    疑問に思う間でも、そして質問して確かめる間でも無かった。  私は最も得意な感情表現である『溜息』をつく。  この失敗を生かして、次はレイドを引き摺ってでも飛行船に乗せよう。  そう心に決めた。  以前ならば、思い付きもしなかった事だとは知らずに。                                 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー オリジナル満載な設定で書いてみましたー、けど、如何でしょう? 昔からどうやってフォート・アウフが滅んだのか気になっていたので、思い切って書いて 見ました。 大量の人間を書くのは、意外と難しかったです。(苦笑)