<僕の真実> 空は夕暮れ。 真っ赤、では無くて橙色と言った具合の美妙な色をしている。  でも。  僕の隣にある窓の外は、当の昔に真っ暗だった。   「今日はけっこうレベル上がったし、まぁまぁの収穫だったな」 「まっ〜たく」  カオスゲート前に降り立って、ふとクロスが口にした。多分独り言だと思った言葉に、 高志はそれとなく相槌を打った。  クロスの言葉に多少なれど共感が持てたのが原因だと思う。  少なくとも僕にはそう見えた。 「今回はあんまり苦労しなかったから、この調子で進めればいけるね」  やけに、楽しそうだ。  今まで何度かやられた経験がその喜びを作り出しているのかもしれない。  苦しみはそれを快楽と比較する事で喜びを作り出す。  今回が今までと比べてやけにすんなりと進めることが出来たから、高志は喜んでいた。  普通は喜ぶ事だ。  僕は喜ばないけど。 「そう言う事、事前に必要量の調査・準備をして置けば探索なんて単純な仕事は成功する。 不慮の事態さえ起こらない限りはね」  そう、ここが計算されたゲームである限り。それを解く計算をすれば自然と求められた 答えが出てくる。  なので、自分のレベルと強さを把握し乱数値の振り幅を許容できる体制でダンジョン挑 めば、失敗する事なんて先ず有り得ない。  不慮の事態……、その場所にそぐわないレベルのPKでも出てこない限りは。  だから、僕は不慮の事故と言うものが嫌いだった。  完璧だと自信を持って作り出した計算式を、ことごとく狂わせ、壊してしまうから。 「はははは、頭使うのは任せるよ」   クロスは、快活に笑う。  本当に、心から滲み出てくるような笑い方。 気を許しあったからこそ出来るもの。 「そうだね、任されて置くよ」  僕はそう言った。  それで何の不満も持っていないから、自分にはそれ位しかできないから。  態々皆で知恵を絞るような事でも無いから。  クロスの言うとおり、僕は考える事で自分の存在を誇示しようと決めている。  それが一番効率が良いから……。  一人くらいが頭を使って行動していれば他のメンバーは目の前の事に集中できる、同時 に同じ事を『みんなで考えて行動しよう』等とやっていても、時間を潰すだけに過ぎない。  論議とは先ず自身の考えを発言しあい、お互いの発言を聞いた上で纏めた・思いついた・ 不要な部分を変えた、より良い意見を出して。それを決行する事に意義がある。  一人が最も良い意見を持っていれば、そんな事をする必要性は無くなる。  皆の意見を聞いて皆が納得し納得しなければならない?  それならば提案をした僕に自分の意見を言えば良い、気軽に言えない中ではない筈だ。  僕の考案した方法に何の問題も不満も無いからこそ、二人は文句を言わないし、一緒に 動いてくれている。  だから、この中で色々と考えて行動を決めるのは僕の仕事。  リーダー、と言うか。小規模な軍師みたいなものだった。 「オット、俺達はそろそろ時間だなっ」 「うん、そろそろお母さんが来ちゃうしね」  クロスと高志は兄弟だ、だから、落ちる時間も使っている部屋も同じ。  ついでに言うと、ゲームを中断させる現況も同じ存在。  2人の母親は厳しい人だ。教育ママとでも呼ばれる人種なのだろう。  最初は隠していたみたいだけど、何度も行動を共にしている内に隠す事なんてどうでも 良くなってしまったらしい。  お互いに隠す必要も無いと判断したのだから。  これは信頼の証、……と言って良いと思う。  二人とも小学生だけど、無闇にリアルをバラしてしまうほど馬鹿ではない。  あえて『子供』をやっているだけ有って、実際には僕よりも精神年齢は高いだろうとす ら思っている。  素直に『負け』を認められるのは、僕なりの信頼のつもりだ。 「じゃな〜、ロイス!」 「明日はあのエリアの事を聞かせてね」  そう言って、二人は黄金の輪を数個、体中に巻きつけた。  ぴったり同じ瞬間にログアウトしたらしく、輪の浮かび方が双方見比べてもまったく同 じ動きだ。  そしてまったく同じ早さで消えていく。 「分かった、これから調べておくよ」  僕は『じゃあね』等ではなく、常に約束で別れを告げる。  答え、で応える事が僕なりの挨拶だ。    僕は挨拶や謝罪の言葉自体に大きな意味は無いと『捉えて』いる。  それは礼儀だから、礼儀はそれ自体に深い意味を持たないから。  『有難う』と思ったならば、有難うの他に感謝を返せる言葉や行動などが必要なのだ。  だから、僕は『答え』で返す。  世の中の人は有難うで終わらせるのかも知れないけれど。  礼儀はそれ自体に気持ちを乗せる言葉だ。  僕は言葉『自体』に感謝を込められないから………。  知識と、行動で、感謝を表す。   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  僕は行動を起した。  さっきまでいたマク・アヌから<Λ名も無き 希求者の 風野>に移動した。  ここは昔.hackersのオリジナルメンバー『カイト』が放浪AIと呼ばれるプログラムに出 会った所とされている。  意外にも、他の場所と何ら変わりは無い普通のエリアだった。  ここを調べて、何かないか探すのが高志との約束だ。  けれどここに辿り着いた情報は既に噂が広まった後の情報、恐らく調べ尽くされていて 何も見つかりはしないと思う。  だけど、ここの雰囲気だけでも高志達に伝えられれば、それで何も問題は無い。  二人が望んでいるのはウィルスバグや放浪AIと言ったイレギュラー自体ではなく、かつ てここに有った伝説を、『感じる』事だ。  夢も希望も無い現実からコード一本分離れれば、其処には僕たちと同じネット仲間が創 りあげた偉大な伝説も、リアルでは絶対に出来ない冒険もある。  冒険は作り物だけれど、『ワクワク』は本物なんだ。――――――と、二人は話してくれ た事があった。  ワクワクなんて今時小学生でも使わない言葉だ。  けれど、僕はしっくりくる表現だと思った。  色々と考えてみるけれど、結局人間なんて難しい言葉なんて使わなくて良いんじゃない かと思う時がある。  人間の複雑な心境などと言う物は、こんな風に案外簡単な言葉で言い表せてしまうのだ から。  大人になって無理矢理難しい言葉を使う時が少なからず来る、それも真実。  僕の場合は好きで使っているだけだけど。 そんな事を何となく考えている間、僕は無意識にダンジョンへと進んでいた。  無意識に動けるのは散々レベル上げをした成果なのだろう。  気が付くと僕はクソアイアンの背の上に跨っている。 「さて、お土産にアイテム神像宝箱でも開けて来るかな……」  僕はダンジョンの近くまで来た。  もうすぐ入り口が見える頃だ。  ……見えた。  やはり何の変哲も無い、データ破損の跡などは全く見られないダンジョンの入り口だ。  しかし、入り口の前には何か障害物のようなシルエットが立っていた。  鎧を着込んだ騎士、右手に一般プレイヤーは使う事の出来ない槍を持っている。  何処か、神々しい。  ――碧衣の騎士、か。  そう思った時、僕は無意識にプチグソから降りていた。  これは習慣的な動作によって行われる『慣れ』ではなくて、直感に近いものだった。  僕はふわりと着地すると、何か考え事をしているらしい碧衣の騎士に近付いた。  噂には聞いた事が有るけど、実際に話すのは初めてだ。   「……何か有ったんですか?」  僕は一般プレイヤーの一人として質問した。 「いえ、もう問題は有りませんよ。引き続きThe Worldをお楽しみ下さい」  幾分事務的な口調には『もう問題は』と言う言葉が含まれていた。つまりさっきまでは その『問題』が有ったのだろう。  上手くすればその残骸だけでも見つける事が出来るかもしれない。  無理をするつもりなんて微塵も持ち合わせていないけど、そんなお土産を見つける事が 出来れば二人も喜ぶだろう。 「そうですか」  僕は碧衣の騎士の言葉になど全く興味は無い、と言った口調でその横を通り過ぎる。  ふと横切った時に見えた騎士の表情が気になった。  極めて正義感の強い人間でなければ碧衣の騎士は続けられないと聞いた事が有ったが、 この騎士の表情には少し引っ掛かる物があった。  だけど、確証が無い以上言い掛かりをつける事は出来ない。  今はここに潜る事が先決。  僕はそんな事を思って、いつもより急ぎ足でダンジョンに入っていった。  後ろから微笑を浮かべてこちらを見ている騎士の視線を感じながらも……。  騎士の視線は確かに気になった、しかし何の情報も無い現状では注意を払うくらいしか 対応を取る事は出来ない。  それよりも、ここのダンジョンを油断無く失敗しないように探索する事が目の前の課題 だ。  そう思って僕は歩みを進める。さっきよりも速く、アプドゥを使って。  すると何かが紐解かれるような音を立てて、前方の魔法陣が開いた。……出てきたのは 一体だ。  そう確認するや否や、僕はシビレィを2,3回使って相手を動けなくし、さっさと戦闘 を解除して進んで行った。  後ろには固まったモンスターが恨めしそうに、微動だにしない。  SPは自動回復する。そして経験値が目的じゃ無いから、逃げる事が最も効率が良いと判 断しての行動だ。  我ながら淡白だとは思う、しかし効率が良い以上『正しい』と判断してそちらを選んで しまうのは僕の癖の様な物。  中々離れない悪癖の様な物だった。  コレを世の中では『人間性』なんて呼んだりするのだろう。 〜〜〜〜〜〜〜  大分時間が経過し、遂に最深部にまでやって来た。  HP・SPは共に全快でアイテムにもかなりの余裕がある。事前準備を怠らなかった事と、 ここのレベルが左程高くないことが影響した結果だろう。  ソロプレイは思わない所で失敗したりする。それがレベルの低いエリアでも。  念には念を入れると言う事で他の属性の双剣も持って来たが、どうやらその出番は無い みたいだ。  そう思って、僕は目の前の魔法陣を解放する。  中から出てきたのは青色ではない普通の宝箱。  僕は最後の魔法陣から出てきた宝箱を開けて、中から『気付けソーダ』を受け取ると。  目の前に有るアイテム神像部屋に歩……。 「ねぇ」  僕は冷静に振り返り、反射的に双剣を構えた。  一応、念の為だ。  声を掛けられただけでPKが現れたと決め付けた訳ではない。けれど、そうじゃないとも 言い切れないから。  目の前にいたのは薄緑色のワンピースを着た、それ以外何も身に着けていない裸足の少 女だった。  凛としてこちらを見つめる瞳には何か強い意志が有るようで……。AIだと理解してから は、それが不思議でたまらなかった。  本当にプログラムなのだろうか、と。 「助け―――」 「見つけたぞ、イレギュラーめ」  後ろから先程であった碧衣の騎士が現れた。 成る程、尾行していた訳か。 僕をエサにしてこのAIを誘き出す為に。  つまり先程の微笑は『何も知らないで』と、不審がりながらも実際何も知らない僕をあ ざ笑っていた笑いなのだろう。  AIを見つけた碧衣の騎士の声は、厳粛でありながらも何処か嬉しそうに聞こえた。 「………」  AIの少女は、僕の後ろに隠れる。 まるで碧衣の騎士と直線で結ばれたくないかのように。  PCを盾にすれば少なくとも直接デリートスキルが当たる事は避けられる、と考えたから だろうか?  それとも僕が動く事を期待した為だろうか?  少女は依然、凛とした深緑の瞳で碧衣の騎士を睨みつけている。  が、騎士も動じた気配は無い。 「上手く行ったようだな。さあ、その不正規なNPCをこちらに引き渡しなさい」  碧衣の騎士は丁寧ながらも明らかな命令口調で僕に指図した。  拒否権は無い、とでも言いたそうだ。  実際、無いのだろうけど。  僕は後ろにいるAIの方を振り返った。  彼女はチラリと僕の方に目線を向け『助けて!』とだけ目で語って、すぐに碧衣の騎士 に目線を戻した。  どうやら余程捕まりたく無いらしい。  相当長い間逃げてきたのだろう。 「分かりました、……ほら」  僕は何の抵抗をする事も無く、さっさとAIの少女と碧衣の騎士を結ぶ道を空けた。  碧衣の騎士は目線をAIに向けたままで微笑を浮かべ『ご協力感謝します』とだけ言った。  それは使命感に満たされている様にも聞こえたし、何故か殺人欲に浸されている様にも 聞こえた。  そして少女は暫し唖然とした表情で、こちらを見ていた。  僕が助けてくれるとでも期待していたのだろう。  抵抗すればアカウント停止又はPCデリート、抵抗しなければ何も無い。  どちらにせよ彼女がデリートされると言う事実は変わらない。  ならば被害の少ない後者を選ぶ方が、僕にとっては当然だった。  初対面の相手に同情を持つ程、僕はお人好しではない。  AIだからと言って特別扱いする事も無い、彼女がPCでも僕は同じ行動を取っただろう。  僕は効率の良い行動を『正しい』と判断して、そちらを選ぶ悪癖がある。  ―――と、彼女が動いた。  この場所はロックされているので碧衣の騎士を攻撃してそれを解き、逃げるのだろうと 僕は推測を立てた。  それしかこの場所から逃げ果せる方法は有り得ないのだから。  ……違った。  彼女は『僕』に向って走り寄ってきた。  何故?  恨まれたのが原因だろうか。  だが、AIに『憎む』なんてプログラムは存在するのだろうか?  彼女は僕の胸倉を掴んだ。  これが重斧使いなど鎧を着た職業だったらどうしただろう、などとTPOに反した考えが 巡ったりする。  これも悪癖かもしれない。 「あんたねぇ! 女の子が困ってるだから助けるのが常識でしょうが!! それでも男な の!?」  行動も意外だったが、其処からでた言葉も意外だった。  彼女は状況が分かっていないのだろうか?  いや、いくらAIでもここまで人間的な感情を持っているものなのだろうか?  しかし僕の答えは常に一つしかない。 「僕は女の子だろうとむさ苦しい中年男だろうと、助けるつもりは有りませんでしたよ。 この状況から判断して助けられませんから」  僕は、計算した結果を伝えた。  何だか僕の方がAIに見えてしまう。  余程このAIの少女の方が人間味がある。皮肉な物だ。 「だぁぁ! そう言う時こそ根性据えて不可能に挑まんかいワレェ!!」  彼女の勢いは凄まじく、もう何十回も首をガクガクと揺らされている。  一人称視点だと気分が悪くなるのですぐに視点を変えたが、それを行ったが為に情けな く前後に揺すられるロイスの後ろ姿を確認するハメとなった。  碧衣の騎士ですら、彼女の剣幕が凄過ぎて呆然と立ち尽くしている。  出来れば僕も呆然と立ち尽くしていたかったが、両耳から雪崩の如く降り注いでくる罵 声を止めさせる為にも、この状況を何とか打開する必要が有った。  打開しなければ今後一生に渡って鼓膜に後遺症が残りそうなほど、彼女の声は強烈と言 う訳だ。  面倒な事にも。 「兎に角落ち着いて、今の状況を見てみて下さい」 「何よ状況って、大体あんたが…………はっ!?」  彼女はようやくロイスを揺さぶる手を止めた。  実際ダメージは受けていないが、何だか受けた時のような気分だ。 「……TheWorld日本語版プレイヤー条約に照らし、お前を不正規なNPCと認定した。只 今より、削除をとり行う」  『はっ』っとなったのは彼女だけではないようだ、思い出したかのように碧衣の騎士が お決まりの台詞らしい台詞を述べて、槍を構えている。  それは毅然とした態度だったが……。  さっきの呆然と立ち尽くしていた姿を思い出すと、何となく滑稽に見えなくも無かった。  まぁ、それを言うなら今だAIの少女にその手を離して貰えないでいる僕の方が、よほど 滑稽かもしれないが。  が、今更恥じも外聞も無きに等しい。  騎士は一歩踏み込んで僕とAIを睨み付けた。  『僕と』AIの少女を。 「君も少し彼女と仲良くなり過ぎた様だ……、不正規なNPCと『関わりを持った』とし、 アカウント停止処分とする」  成る程、この状況ならばそう言われても仕方ないかもしれない。  関わりを持ったとは良く言ったものだ。  実際はこのように放浪AIが一般PCの前にも姿を現すようになった事、ドンドン性能が 進歩している事を漏らしたくないのだろう。  だが……。  それでは困る。  明日会おうと約束したクロスと高志に会えなくなってしまうから。 「……その要求は飲めない。僕には約束がある」 「約束よりも『世界』を優先したまえ」  碧衣の騎士は、……噂通り聞く耳持たずの様だ。  否定はしない、自らの信じる物に従って疑いを持たない事も一つの正義なのだろうから。  相手の正義を否定する事は愚かな事だ、改正を提案する事は妥当な事だけれど。  さて、どうしたものだろうか。  僕はこんな時でも嫌になる程冷静で落ち着いているな頭を回転させて、考えた。  いや、こんな時だからこそ僕の頭は処理速度が上がるのだろう。  少しだけ、自分に人間らしい部分が見えた気がした。    この状況下、どう考えても僕の力では切り抜ける事は出来ない。  例え多少レベルが高かったとしても、デリートスキルの前ではレベルなど無意味な数字 に過ぎない。  ハッキングの能力でも有れば、と思うが。無いものを強請っても沸いてくる訳が無い。  有る物を使え。  僕の目の前には『AIの少女』が立っている。 「君は、何が出来る」  時間が惜しい。  僕は簡潔に述べた。  その言葉に彼女はハッとなった表情をして、すぐに応えた。 「ロックさえ外せれば、追跡される事無く逃げられるわ」 「成る程、何とかしよう」    僕にも言葉に言葉以上の気持ちを乗せる事が出来た……、と喜ぶのは3時間先に延期す る。  先ずは、……っと。 僕は目の前に有った槍を紙一重でかわす。  コレを何とかしないと。  僕は再び考えを巡らせる。  今まで獲てきた知識を総動員させ、使える情報を探し、今の状況下と照らし合わせてい く……。  色々な事を学んだ甲斐もあり、幾つか使えそうな推論が浮かんでは消える。  少し、活路が見えてきた。  碧衣の騎士団は全員同じ『槍』を持っている、と聞いた事がある。  ならばその槍を何とかすれば……。管理人権限を奪えるかもしれない。  権限さえ無ければ一般PCが碧衣の騎士に勝つことも可能な筈。 今度は足元に払われた槍を軽く跳んでかわし、着地と同時に鋭く突きを放つ。 ギン、と言う音と共に槍の持ち手で受け止められた。  だめだ、双剣士では速さで勝っても攻撃力が足りない。 2撃目、……やはり弾き返される。  何か一時的にでも良いから攻撃力を上げる事が出来れば……、だがこの状況で魔法なん て使えば隙が出来てしまう。  とすれば、彼女に頼むしかないか。  戦いに参加して無い所から見れば、彼女はそれほど先頭が得意では無いのだろう。 闘う事が出来ないのかもしれないが、何も出来ない訳ではないと思う。  恐らく思考ルーチン関係のプログラムは独自の物を物を組み込んでいるけれど、『体』の プログラムはPCデータを基盤にしている筈。  と、僕は今有る知識の中で予測を立てた。    それならば、武器は持っていなくても巻物や強化アイテムは使える筈。  アレは全てのPCが共通して使えるアイテムだ、AIでも使える可能性が高い。 僕は『プレゼント』ウィンドウを開き、渡せる限りの巻物と強化アイテムを渡した。 『プレゼント』では動きを拘束される事はない。 「頼んだよ」  僕は短くそれだけを言うと、半歩下がってから一気に騎士の間合いへ踏み込む。 「了解! ……騎士の血、シビレィ!」  彼女は立て続けに魔法を放ち、僕には力を、碧衣には麻痺を与えた。  この機会を逃す訳には行かない。  僕は左手の横薙ぎで『槍』を打ち払い、右手の突き、最後の体当たりで相手との間合い を取った。  これには槍から遠ざける目的も有る。   「くぅっ……」  画面が揺れて頭痛でもきたしたのか、騎士からは呻き声が上がった。  が、その時にはもう僕は双剣を碧衣の騎士の胸に突き刺していた。  一度ではなく、消えるまで何度も。麻痺状態になっているので、それはとても容易い事 だった。  碧衣の騎士は何も抵抗する事も出来ずに消えてゆく。  しかし僕はそれを最後まで見ないで立ち上がる。  時間の無駄だから。  彼女も碧衣の騎士が倒れた事を悟って駆け寄ってくる。  で、何故か抱き付かれた。  そんな事をして戯れている時間など無いと言うのに。   「スッゴイじゃないのぉ、あなたやるわね!」  ダメージは無いが、ギュウギュウと締め付けられるロイスが痛々しい。  と言うよりも情けない。 「何をやっているんですか、早くしないと他の碧衣の騎士がやってきますよ?」  僕はこの状況を説明して、こんな事をしている場合ではないと訴えた。  それには少なからず『締め付けるのは止めて欲しい』と言う意味も込められている。 「あ、それはヤバイわね」  そう言うと彼女はやっと僕から両手を離した。ざっと36秒くらい抱きついていただろう か?  まぁ、身長差が有るので抱きつくと言うよりは『抱える』と言った方が近いかもしれな いけれど。  僕の方が頭一つ分程背が低いのだ。  彼女は僕から離れると、2,3度目を瞑りながら深呼吸を繰り返す。  自分を落ち着かせて何かに集中する為の準備のようだ。  何かと言っても、『移動』に他ならないのだけれど。  次に見せた彼女の顔は真剣だった。  彼女はいつの間にか僕の手を握っていて、いつの間にかその手を引っ張っていた。  引っ張られたのは一瞬の出来事。しかし画面が暗転し、無理矢理天井と地面を捻じ曲げ るような感覚が、その短時間を極めて長くしている。 まだクラクラする頭を持ち上げ、目を開いてみれば、僕たちは既に別の場所に移動して いた。  お馴染みである黄金の輪を使わずに。  そこは何も無い草原のような場所だった。  ホントに何も無くて広く、障害物がまったく無い為に地平線を邪魔する物がまるで見当 たらない。  少し、広過ぎて寂しい場所だ。  一人で来れば。 「さて、ここは何処かしらね……」  彼女はぐるりと回転しながら言った。  その表情に不安は無く、何処と無く楽しそうだ。 「何処でも良いですよ、何処であろうと暫くはここに居ましょう」  そう、下手に動いてルートタウンになど帰れば、それこそ捕まりに行くようなものだ。  各タウンのカオスゲート前には碧衣の騎士が駐在して、僕たちを待っている事だろう。  かと言って、彼女が僕を素直にログアウトさせてくれるとは到底思えなかった。  何故か。  自分でも理解できないけれど、何故か分かってしまったのだ。  計算しないで答えが出たのは、これが始めてかもしれない。  後は、答えを確かめるだけ。  確信は有ったけれども、検算をするのも僕の癖の一つ。 「ログアウト、して良いですか?」 「私を置いて離れたら、ぶっ飛ばすわよ?」 「………自粛します」  まぁ、これも良いかもしれない。  何故か、そう思った。 ――――――――――――――――――――――――――― 長いです、珍しく。 修正加筆したら更に1,3倍くらい長くなってしまいました。 ひとえにロイス君が雄弁なんですね、物凄く彼の心理描写は書き易いです。 その代わり、心理描写ばっかりに偏ってしまいますが。(汗) それと、……遅れまくって申し訳有りませんでした。