<持ちつ持たれつ?> 「いたたたたたたたっっっ!!! な……何するんだよ、ルナっ!?」  第一声は悲鳴だった。 「遅刻じゃっ、バカモノ!」  その声を真芯で捉えて打ち返すように、強力な怒声が悲鳴に向かって跳ね返ってきた。  まるで遅刻がこの世で最も凶悪な犯罪とでも言いたそうな口調だ。  そんな訳で悲鳴の主は頬を抓られていたのだが。追加で新たなる攻撃、ぼでぃ、ぼでぃ、じゃぶ、あっぱーかっと、 と言った感じに華麗なる連続パンチが見舞われたのだった。遅刻に対する怒りの鉄拳と言えよう。  もちろん、冗談半分でやっているのでダメージは無い。精神的にはちょっぴりダメージが入ってるかもしれないけ れど。  つまるところじゃれ合っているのだ。……なんとも過激なふざけ合いである。  ついでに言うと最初の悲鳴も見事なロールだった。  悲鳴を上げていた双剣士も怒っていた呪紋使いも、演じる事で楽しむのが隙なのだろう。2人とも見事なまで に世界の中で暮らしていた。 「それで。ショウ、……反省の言葉は?」  双剣士の少年はガックリと肩を落として答えた。 「……明日、帰りにおごります。財政難なのでパフェで宜しいでしょうか?」   「うん、よろしい」  そう言うと呪紋使いの少女……(LUNAと書いてルナだ)……はにっこり笑みを浮かべたのだった。  これもロールなのかは、定かではない。  無邪気な笑みとも取れるその表情は小さめの外見に良く似合っていた。白い法衣を着ているのでまるでその 姿は花の様に愛らしく、聖職者のようにその笑みは暖かい。  一見すればそれは仲睦まじく微笑ましい光景、それだけに裏の圧力は激しそうである。  このやり取りを見ていれば分かるように、2人の関係はかなり分かりやすかった。誰でも一瞬で仲が良いことに 太鼓判を押すことだろう。  そう、例えるなら座布団と女王様。……そこまで言うと失礼なので、姉と弟と言ったところ。 「んぅぅぅ、来月のプレイチケット買えるかな……」  ショウと呼ばれたこの少年双剣士、リアルもやはり少年なのか金銭的に辛そうな呻き声を上げている。  しかしルナはそんな苦しげな呻き声を聞いても全く笑顔を崩そうとしない、……正に笑顔の圧力と言うやつだ。  これもロールなのかは、定かではない。  『こんな事なら目覚ましに負けなきゃ良かった…』とか何とかショウはいまだに呻いている。  時、既に遅し。    辺りは暗かった。  そしてここはサーバータウンだ。  この条件が揃う場所と言えば文明都市しかない。2人が待ち合わせていたのは『いつもの場所』、即ちカルミ ナ・ガデリカのプチグソ牧場の前だった。  商店街から離れた場所に有る為に人気が無いので待ち合わせ場所としてはうってつけ、カオスゲートからも近 い、しかも暇つぶしにベビクソと遊べると言うナイスな場所である。  因みにルナも暇つぶしにベビクソに餌をあげていたのだが、それが見事にクソキゾクになってアモ〜〜レとか叫ん でるのだからルナがどれだけ待っていたのかは想像に難くない。  あの怒りの鉄拳も、実は無理の無い事なのだ。  ショウは、かなり鈍い性格だった。 「ショウ、早く行くよ。【二つの鍵】をやるんでしょ?」  業を煮やしたのか、『た、足りない…』とか呻いているショウの右腕を意外に強い力で掴んで引き摺って行くルナ。 ズリズリズリ…。  いつまでも暇つぶしの結晶となって生まれ出でたクソキゾクと顔を合わせて居たくない、と言うのが理由の半分。 もう半分は早くイベントに行きたいと言う理由だ。 ズリズリズリ…。   ……外見的には同い年なのだが、行動と言動から見るととてもそうには見えないのだった。  ショウはかなり情けない性格でもあった。  因みに【二つの鍵】とは最近のバージョンアップで導入された小規模なイベントの事である。  鍵の掛かった扉がダンジョン内にあり、エリア内に有る二つの鍵を持ってくる事によって開かれる……と言うイベ ントだ。  もちろん、扉の中にはレアアイテムとまでは行かなくても割りと良いアイテムが入っている。  幻の泉のように特に大掛かりなイベントでもなく、ましてやさほど珍しい物でもないのだが。何故か2人ともこのイ ベントがお気に入りなのだった。  今日もまたレベル上げを兼ねてこのイベントの起こるエリアに行くところ……つまるところ平凡にThe Worldを遊 んでいるのである。 「あ゛あ゛ぅぅ〜〜。せ、背中が擦り切れっ……!?」  ……やや、平凡ではないかもしれない。   引き摺って歩くのならまだ良いだろう。しかしルナは走り出しちゃったもんだからショウの背中は凄い事になってい た。  見てるだけで痛々しいぐらいに石畳みのゴツゴツした道を ガガガガッ! っと凄まじい音をたてながら引き摺ら れていくショウ。  歩いていると引き摺って居る為に速度は普段よりも遅くなる、だから彼女は躊躇い無く走り出した。清々しい 表情で。ショウを省みず。  その光景を見守る人々の視線は、やけに暖かい。まるで優しい両親のような感じだ。  激しく恨めしいのはショウだった。なんせ誰も助けてくれないのだから。  誰か助けて!  と言いたいけれど、後が怖いショウ。そして人々も心なしか笑顔で拒んでる。  この光景は別段珍しくも無いのだから、世の中は広い。言うなればこれはこの時間帯のガデリカの名物だった。 即ち毎日のように理由を変えながらこのやり取りが行われているのでる。  ショウは心身共に頑丈だった。  2人以外の人々は微笑みながら口々に噂する、『ああなったら近づくな』、と。人々は言うだけ無駄な事と見る 分には楽しい事を良〜く理解していたのだった。  そんなこんなでいささか引き摺られるのにも慣れてきたショウ、ガクガクと揺れる視界の中でのんびりと夜空を見 上げていたのだった。  何処に何が有るのかさっぱり分からないアバウトな視界で何となくオリオン座を探していたりする。  この図太過ぎるまでの根性が彼の特徴であり、長所であり、弱点なのだ。やや弱点の気が強い。  そんな彼の目に映る夜空の隅に、1人の少しだけ年上と思われる少女の姿が映った……気がした。  何故だか分からないが凄く気になった。  ショウはハッとなってすぐにその方向を向くが、……既にその方向に少女は居なかった。  右も左も分からないような視界で個体を捕らえろと言う方が無理な話なのである。 「今の子…、どこかで………?」  思い出そうとするが3D酔いしたらしくハッキリとした姿が出てこない……。むしろ自分の名前さえ頭から飛び出 しそうだった。世界が回転扉のようにグワングワンと回ってる。  その感覚はキツイ酒を一気飲みした後の感覚に似ているのだが、もちろんショウにはそんな経験は無かった。  必死にショウがその感覚に耐えていると、いつの間にか2人はカオスゲートの前にまで到着していた。  少女の事は気になるが別に一目惚れしたわけでも心変わりしたわけではない。ので、結局ショウは思い出すこ とを諦めたのだった。  この状態でボーっと思い出す作業に浸ってようものなら、ルナの強力な微笑の爆弾が降ってくる。あれは痛いの だ。 「よい、しょ……と。【Λ煌く 星降りの 荒野】!」  ルナの手を借りて意外に確りとしたバランス感覚でショウは立ち上がった。  そして気持ち悪そうなわりには元気な声が響き、二人は転送されたのだった。……黄金の輪と共に一瞬にし てその姿が消える。  その頃には既に酔いが治ってるのだから、色んな意味ショウは強靭だ。  遠くから……ギリギリ会話が聞えてくる場所からその光景を光景を見ていた少女が居た。  先程ショウが気になっていた少女だ。ルナとは対照的に青い長髪と黒い法衣にその身を包んでいる。……その 姿は秀麗な魔女を思わせた。  暫くしてから先程の少女が仲間を連れてこのカオスゲートへとやって来るのだが、二人はそれを知るよしも無い ……。    『牢獄をそのままダンジョンにしたみたい』  ルナの感想はこんな感じだった。  味も素っ気も無い言葉だが、確かにそこは所々に鉄格子があって人工的な造りになっていた。ヒンヤリと空気 が湿っている感じまで上手く表現されている。  2人とも本物の牢獄なんてものは見たことが無かったが、兎に角そっくりだと思った。  だが、いくら上手く作られ手いるからと言ってもあまり気持ち良い場所とは言えないだろう。  モンスターとの戦闘になると行き成り上から鉄格子が降ってきて道を塞ぐうえに、その時の効果音は ガッシャァ ァン! だ。 ……ダンジョンとしてはかなり怖い部類に入る。  ただ、別段嫌そうでもないどころかそんな場所でもワクワクしちゃってるのがルナの強さだった。  彼女は性格が強いだけじゃあ無いのである。いろんな意味で強かった、かなり肝っ玉が据わっていそうだ。  かと言ってショウも怖がっているわけじゃあなく…… 「ふむぅ……、このダンジョン中々ポリゴン数使ってるね。鉄格子の錆び具合とか凄いよ、貼り付ける画像描くの にも手間かけてるなぁ……。 容量大きそう……」  何てことを言ってたりする。  図太いと言うか、彼は一般人とは違う独特の目を持っていた。  実は彼の父親はとあるゲーム会社に勤めていて、そこでグラフィッカーとして第一線で働いているのである。その 作品は写真のように精密と評判が高い。   そんな訳でショウもゲームに関しては知識も経験も技術も有ったりするのだった。有りすぎて偶に反応がずれて しまい、周りの雰囲気を崩す事もしばしばである。 「そんな事は良いから働いてよ、まったく……。さっさと鍵を探そ?」  グラフィックに見惚れているショウを引き戻す為。  そんな大義名分を掲げてルナはショウに刺激を与えた。つまりいつものように軽く肘で後頭部を小突いたのだっ た。 「んー探してるってばぁ」  明らかに探してなかった気がする。 「……でも今日は中々出ないよね。魔法陣もやけに少ないし、もしかして出し惜しみでもされてるのかな?」  確かに魔法陣も宝箱も少なめで今日は収入も少なめだ。  さらに、モンスターをチマチマと倒しながら宝箱を漁り、二人で最終階層まで来たと言うのにまだ鍵が一つしか 見つかっていない。  この事で2人にはやや不満が貯まっていた。  因みに二つの鍵穴の扉はいつもダンジョンの中間にあるので、今回は2階にある。  1時間程度の時間を割いて全ての部屋を漁りここまでやってきたのだが、探し物は中々出てこない様子。  鍵はモンスターが持っていることもあるので、そう簡単に見つかるものではないのだが……ここまでやって出てこな いとなると、二人の肩を落とさせるには十分な錘になるのだろう。  2人してガックリの姿勢を取っている。  そして今回はルナも一緒にため息。……結局の所、デコボコなのに似た者同士の2人だった。  大抵はダンジョン内をしらみつぶしに探せば鍵は見つかるのだが、実は低確率で片方の鍵がない時も有る。  2人もそれを心配していて、そうではないようにと祈るばかり。  残る宝箱はアイテム神像部屋の宝箱唯一つである。  もしかしたら、と期待を込めてアイテム神像部屋に入る2人。待ち構えていたのはいかめしいライネックの石像と、 ……宝箱だ。  この状況下だと普段よりもいっそう神像宝箱が重いものに見える。    ショウはやや緊張した手つきで宝箱を開けてみたが……。 「ルビーのブローチ……山吹色の菓子……同じく………。あぁーーやっぱりでないぃー!」  悔しそうに叫ぶショウ。どうやら期待に反して中身ははずれの様だ。  『くぅぅぅ!』とか言いながら地団太を踏んでいる辺り子供っぽいと言うか、何とものほほんとしていた。  しかしながらこのサーバーにしては結構良いアイテムが出たのだが……。ショウはそのことに気付いていないよう だ。  今は鍵のことで頭の中が一杯であり、他には皺一つ無いのだろう。彼の頭の中は至極単純な構造になってい るのである。  その点でルナは 「あ、ルビーのブローチは頂いとくね」  と抜け目が無く、確りとショウにプレゼントさせる事を忘れていない。 「おっと忘れてた、了解だよ」  条件反射のようにブローチをプレゼントするショウ。  だが彼の名誉の為に記しておこう、今回は別に主従関係があるからアイテムを渡さなければいけないと言う訳 ではない。  貴金属類は全てルナに、それ以外ならばショウに、とアイテム神像宝箱のアイテム配分は決められているのだ。 因みに通常アイテムは早い者勝ちである。  この争奪戦には何故かショウが負ける事が多かったりする。 「んぅ……仕方ないなぁ、今回はガデリカに帰って別のエリアに行こうか」  かなり鍵に執着していたしていた割りには諦めのさっぱりしているショウ。  めげないと言うか、早く次に行って鍵を探したいと思ってるような声だ。  結局彼は、目的よりも過程を楽しんでいる節がある。その点はルナも同じのようで… 「了解。頼りにしてるからね、ショウ?」  さっぱりと答えている。  やっぱり似た者同士。落胆していた割りには彼女もめげていないらしく、むしろ笑顔だ。  最初の笑顔とは微妙に違う笑顔、例えに美しい花が使えないような、人間味のある元気な笑顔だった。 「うん、こっちも了解……と」  そう言ってこっも元気な笑顔をやり返すと、ショウはオカリナを吹いた。  風が吹きぬけるような旋律が流れ、不思議な力が2人の間を流れ運んでいく。  黄金の輪を纏いダンジョンを脱出していく2人。うっすらとその姿が消えていく。   タタタタタッ!  そんな2人の残像が見えるくらいに見妙なすれ違いのタイミングで、新たに2人、かなり急いでアイテム神像部 屋へと入って来る陰が有った。  ……先程の少女ともう1人、剣士らしい背の高い男だ。  2人とも一頻り辺りを見回すが、2人が完全に居なくなった事を悟ってガックリと項垂れる。  まるでギリギリの電車にギリギリで間に合わなかったかのようだ。 「あらまぁ、……折角追ってきたのにすれ違っちゃったみたいね」  と残念そうにそう呟いた後、少女はやっと一息ついた。  随分と急いで走ってきたらしく、HPは回復されていないようだ。少し見ただけで分かるほど全身ボロボロの姿。 哀れも無く敗れた服からは肩が覗いている……仕様によってこれ以上敗れる事はない訳だが、限界までボロボ ロになっていた。  お陰で赤ラインまでいっていたHPを今頃回復させている。  後ろから付いて来たらしい男なんて明らかに幽霊状態である。  そんな少女のその手には、黄金に輝く凝った造りの鍵が握られていた。 「あの子達に追いつけないなんて、私も勘が鈍ったわねぇ」 「おぅい、独り言なんて言ってないで俺回復してくれよ……」  今だ残念そうに呟いている少女に堪りかねたのか、やっと男は突っ込みを入れた。この様子から察するに、男は 随分と長い間幽霊状態だったらしい。  『あら、忘れてたわ』と、さらりと言われる辺りを見るとかなりに不当な扱いを受けているらしい。  でも確りと回復はしてもらっているので仲が悪い訳でもないようだ。腐れ縁と言う言葉が良く似合う。   「んぅむ…、復活の時のエフェクトはいつ見ても傑作だな」 「あなたって人は、良く飽きずに同じ事が言えるわね」  どうやら男の方もめげなくて図太い性格らしい。  そして少女の方の反応も、まるで飽きるほどにその応答を見てきたかのような口調だ。と言うか見てきたのだろう。  そう、まるで夫婦のような2人だった。 「折角同じエリアに来てたんだから翔ちゃんにプレゼントしたかったけど……まぁいいわ」 「帰るか?」  男はさり気無く、そしてチョッと嬉しそうに帰還を促した。  だがアッサリとその希望は費える事となったようだ。 「帰らないわよ。鍵を持ったままログアウトしたんだから、翔ちゃんの持ってた鍵は何処かの部屋に落ちてる筈」  ここで大仰な溜息が吐かれた。勿論、発射地点は男である。 「………探すんだな」 「当然」  どうやら、この少女のプレイヤーはさっぱりした性格ではないようである。  男はもう一度溜息をつくと、『行くぞ』と短く答えてアイテム神像部屋を後にする。この反応もかなり慣れている 素早いものだった。  少女もその後姿を追って部屋を後にした。  残ったのは、神像の無い神像部屋だけだった。 ――――――――――――――――――――――――――――――― はっはっはー………後書き書いてる時間なんて無いですね。(汗 随分と無理やりお題に沿わせた感がしますが、何とか書き上げる事が出来ました。 少しでも楽しんで頂ければ幸いですね。 因みに大昔に書いた作品のキャラを使っているのですが、ショウとルナの性格はだいぶ変わっちゃってます。(笑)