『僕は見つけた、そして助けられた』  悠久の時は静かに流れる……。時間の流れが広くなり、静かに、ゆっくりと流れている ようだ……。   だけど……。   止まる事は無い。    今、僕がこうして双剣を構えている間にも。時間はきっちりと流れている。  僕のPC、『ショウ』に……、斎のPC,『Luna』に……、そして僕の目の前にいる敵、緑 色の鱗を浮かべた、『アンゴルモア』にも。絶え間なく、流れ続ける……。  この流れは、いつ、激流に変わるのだろうか?  遠くは無い。  分岐点は、僕達の未来の分岐点は、段々と近付いている。  恐らく、滝を越えた先に有る。    掲げている双剣の先が微かに揺れている……、僕の、腕が震えているのだ。しかし、恐 怖のせいではない。  さっきまでの僕ならば、恐怖で震えていたのかもしれない。でも、今は疲れと力の入れ 過ぎと言う、矛盾の反発によって起きている震えだった。  『武者震い』、……と言うのかも知れない。でも僕は、そんな物を経験した事が無いから、 本当にそうなのか判断出来なかった。  ただ、ただ、……付け入る隙を覗っているアンゴルモアに向けた切っ先が。  微かに、震えている。  それは恐怖の為じゃない、僕自身の、力の為に! 「ショウ……、頑張って。戻ったら………、ドーーンとホーム買っちゃおうよ、ね? だ から………」 「「二人一緒に、帰ろう」」  僕達の言葉は重なった……。綺麗に折られている、折り紙のように。 ただ重なる事が、こんなにまでも重要なのかと、疑う程に。 重なれば、強くなる。 1+1は少なくても1以下じゃない……、馬鹿みたいな考え方かもしれない……、けど。  心強かった。  僕は1人じゃない、誰が為に……、Lunaと僕の為に戦っている。   僕は自分だけの恐怖の為に戦うんじゃ無いんだ!   僕は、負けられない、絶対に負けない為に戦うんだ!!  いまっ!!! ここでっ!!! 「ギライドーン!」  Lunaの放った雷が天から舞い落ち、目の前にある巨体へと降り注ぐ。  精神が『こちら』に有る状態だと気合の強弱で威力が変わるのか、その威力は通常の『ギ ライドーン』を遥かに上回っていた。アンゴルモアの周囲にある床までをも削り、激しく フラッシュを繰り返すその破壊力は、殆ど『ファライドーン』クラスだ。 ダメージは全く表示されない、いや。HPバーも僕達のステータスも全然見えなくなって いた。 在るのは、……少しリアルになった、今の攻撃でよろけている巨大な緑色だけ! 「やぁぁぁぁっ!!!」 雷撃による激しい攻撃が終わったその刹那の瞬間、僕は地面を蹴り、既にアンゴルモア の目の前に跳んでいた。 気味の悪いリアルな骨が視界の中でドンドンと近く、大きくなる。さっきまでの僕なら 怖いかも知れない、だけど! 今の僕なら逃げない!! 「獄炎双竜刃っ!」 「アプバクス!」  両手に持った双剣を深く握り締め、僕は勢いに乗った体を操る。そしてそれと同時に、 自分へ大地の力が加わったのが感じられた。 落ち着け……、今は僕の体なんだ……。落ち着いて動けばコイツとだって戦えるんだ!  右手袈裟斬りの勢いの付いた一撃を加え、左手突き上げの気合を込めた二撃目、両手交 差斬り崩しの三撃目、そして四撃……………………………十、十一、十二!!!  僕はアンゴルモアが反応したのを『肌で』感じると、鋭く攻撃に区切りを付け、姿勢を 下げて2歩半後ろに引く。刹那。  ……3本の巨大剣が同時に、元僕のいる場所に突き刺さった。 後0,1秒下がるのが遅かったらとんでもない事になっていただろう。 「まだだっ! 蘭舞閃花っ!!」 「アプジュカ!」  今度は僕に樹木の力が、力強く注ぎ込まれるのが分かった。どうやらLunaは補助に徹し てくれている様だ。  二歩半の距離を一蹴りで埋め、僕は突き刺さる三本の剣の上に飛び乗る。剣は深々と地 面に刺さっているので足場は安定していた。しかし僕が飛び上がるのと同時にアンゴルモ アも残った最後の腕を振り上げている。  恐怖の死神を宿した剣は絶対に僕へと振り下ろされるだろう、だけど。僕は構わず攻撃 を始めた。  この位置で攻撃出来る機会は今しか無いっ!! 「たっ!」  一撃目の横薙ぎは虚しく鎧に弾かれる。  「おっ!」  二撃目の突きは、何も無い骨の隙間を突き刺す。 「れっ!」  三撃目の肘鉄は反動が返ってきて激しい痛みを感じたものの、何とか肋骨の一部に命中 する。  そしてその瞬間に巨大な剣が僕へと振り下ろされた、けど、今は無視するっ! 「ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」  肘鉄の時に突き出した肘を紫色の肋骨の隙間に捻じ込むと、僕は思いっきり力を込めて。 そう、全部、全部出し切ってそれを捻った!!  鍛え過ぎた鋼鉄はこんな音を立てて折れるのだろうか?  アンゴルモアの右側の肋骨は殆どがバキバキに折れて弾け飛んだ。でも、その衝撃によ って僕は剣の上から滑り落ちてしまい、無様に尻餅をつく。  折角頑張ったのに……。いたたた………。  しかし、痛いのはどうやら下に何か『物』が落ちている所に落ちたせいみたいだ。尻餅 をついた先に何か落ちてれば痛いのは当たり前か…。 そして、その何かを見てみると……、骨の欠片だった。  僕よりも先に落ちていると言う事は………、やっぱり。直ぐ近くに巨大な剣を握ってい る、紫色の、でも緑色の斑点を浮かべた骨の手が落ちていた。  信じる事は力になる。2よりも大きな力に。 「無茶しないでよ……。減点10、ね」 「ははは………、何の?」  僕は全てを出し切った後の頼りない声で答えた。それに伴って全身にも上手く力が入ら ない。  でも僕はアンゴルモアに向き直る、そして、剣を掲げる。  今度は威嚇ではなく、戦う為。  無理やり体を叱咤して体制を作ろうと、強引に気合を入れ直す。  コイツを倒す為に、左手をぶらりと下げ、右手を締めてアンゴルモアに向けた。  相変わらず緑色の斑点を浮かべたアンゴルモアは、ダメージ値ではなく直接与えられた 傷を受けながらも、直確りと半壊した部屋の中央に立っている。  そして既に剣を引き抜く事を諦めた三本の腕をぶら下げて、ゆっくりと此方に向ってく る。あたかも今の攻撃が効いていないかのような歩調だ。  ………ヤバイ、もう、疲れて動けない……。  僕は……、言ってしまえばさっきの攻撃に全身全霊を賭けてしまっていた。  多分、ステータスが表示されていればSPもHPも殆ど0に近いと思う。  ズシズシと言うアンゴルモアの足音が、あたかも未来への綱を引き千切る音のように聞 こえる。 赤く光る目が、希望に火をつけて燃やしていく。  「何でっ、動いてよショウ!?」 「ゴメン……、筋肉が言う事聞かないんだ……」  くそぉぉぉ!!  動けっ、動けよっ!! ぼくのからだぁぁ!!!!! しかし、神経が切れてしまったかのように全く筋肉が反応しない。もしかしたら『こち ら』に来てしまった事で、精神と体の間にズレが出来ているのかも知れない。 単に僕のレベルが低いからかもしれない。それとも無理をしたせいでデータに異常が出 来ているのかもしれない。 原因は簡単に余計な物と一緒に浮かび上がって来る、けれど。そんな物は必要無かった。 今は、体さえ動けば……。  絶望は考えないようにしていた。  だけど。  悔し涙がドンドンと滲んで来て、嫌でも、目を瞑っていても目の前に広がる。  不意に、激しい音が戦いの中の最も静かな時に響いた。  ……爆発音、だろうか?  違った。  目線だけで後ろを見てみると、戦闘モードによって硬く閉ざされていた筈の扉が無理や りこじ開けられていた。……と言うよりも馬鹿力で壊されていたのが見て取れる。  そして誰かが入って来たようだ……。  けれど涙のせいで姿が良く見えない………、赤、色……。と言う事だけは微かに受け取 れる光を頼りに判断出来た。だけど、その時にはもう、僕はうつ伏せに顔だけを動かしな がら倒れていた。  そしてそれと同時に、ある事を思い出す。  確か……、このダンジョンに入ってくる前にも赤いPCを見かけた筈だ。だけど、その PCは異常を起こしてデータがボロボロの状態で倒れていた筈。  とすると別のPCが来てくれたのだろうか?  何にせよ、今の状況に助っ人が来てくれた事は例えようが無く嬉しかった。これで勝て るかもしれない…………、いや、このPCが空けてくれた入り口から逃げる事が出来る。  生き残る確実な手段が出来た今、何も勝つ必要なんて無いんだ。  生き残ればいい。   ……そうだ、でも僕は。  僕はそっと顔を持ち上げる。  「ショウぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」  ……逃げられない。   「避けてぇぇ!!!」 「………動いてよ、僕の体……」   残酷な音を立て、三本の巨大な骨が振り下ろされる。剣は持っていなくとも、三本も振 り下ろされては華奢な双剣士が耐え抜ける筈も無い。  一瞬でバラバラにされてしまうだろう。   『絶望』  考えたくも無い二文字が頭から離れない。  焼き付けられて、目を閉じても赤く浮かび上がる。 「くそ…………」  腕が、恐ろしい勢いで大きくなる。  僕が近付いて大きくなるのではなく、腕の方が迫って来て大きくなる。  目前までそれが迫る。 「ここは、何処だ?」 「へっ?」  目の前が真っ赤になった。  僕は死んだのか?  いや、それは無い……、痛くも無ければ三途の川も見えない。  有るのは土の匂いがする紅の色だけ。  それと最後に聞こえた、僕でもLunaでも無い誰かの声が気になる。   考えている様で、僕の思考は止まっていた………。 「これが最後っ、ラリプス!」  体に、さっきまで感じられなかった血の脈動が戻った、命令を無視し続けていた筋肉の 反応が分かる。  何よりも、全身に力が行き届く。  体が動く!  僕は思わず飛び起きた、すると、それと同時に真っ赤だった視界が元の戻り、代わりに 何かがドサリと地面に落ちた。  全く動かないマネキンが倒れた様な音を立てて。  ………前に見た時よりも、更に傷だらけの赤いPCだった。 「あなたは…………っ!!」 「俺、は………、誰だ?」 「ボサッとするな! この『ミドリマダラ紫骨王』に止めを刺してっ!!」  勝手に名前を……、と冗談を言っている場合ではなかった。  三本の腕に赤いPCの0と1のデータを垂らしながら目の前に立っている『敵』。  もう、逃げることは頭の中から飛んでいた。  僕は初めて、他人の為に本気で怒る事を覚えた。  足元に倒れている赤いPCは、0と1の羅列を噴出しながらピクリとも動かない。……… 動けない僕を庇ったせいで。  涙は、別の物に変わっていた。  許せない………  感情はとうに抑えられる限度を超えている  ………絶対に!!  灼熱の涙は激しい力へと変わる。  慙愧の想いは鋭い技へと変わる。  「………」  僕は無言で走り出す。……抑えきれなくなった劇場はあえて声にはならない。   風が切れ、短い髪と長い鉢巻が靡く。……限界などとうに忘れた体は僕だけの物じゃな い力を生み出す。 「+@:十一^p・「7「@;3「@p!・?」  急な反応をした僕の動きに対応しきれず、『敵』は無闇に何も無い地面を殴りつける。  しかしその方が好都合と言うもの。僕はその瓦礫の影に紛れて移動し、完全に『敵』の 視界から消え去った。  度を越えた怒りは、返って目的の遂行の為に他の感情を押さえつける。一つの色に染ま った頭に直接刻まれるかのように、正確に今の状況が刻まれ。  余分な考えを出さずに的確な判断が取れた。何処に力を入れたら良いか考えずに分かる、 何処に進めば良いか考えずに分かる、……何をすれば良いか考えずに分かる。  10秒を置かずに『敵』の足元に出た。  僕は腰に力を入れて一気に止まる、そして数秒間静止する。  『敵』は僕が足元にいて、静止している事を認識したようだ。即座に三本の腕が降り掛 かってくる。  僕はギリギリまで引き付けた、……何も感じない、ただ限界まで引き付けて、紙一重の 所で『敵』の又の下に飛び込んだ。    地響きが広がり、振り下ろされた複数の骨の腕が地面を砕く。だがその時には既に地面 を蹴り、僕は『敵』の背中に飛んでいる。  完全に、後ろを取った。 「………っ!!!!」  全身に巡っている怒りを全て両の腕に持つ剣に込め、今、想いを解き放つっ! 「だ、れ………」 「いけぇぇーー!!」  両手に、裁きの雷が宿る。 「………雷舞っ!!」  ……斬った。  斬った!  斬った!  斬った!!  超えた力は、真実以上の破壊力を齎す。  一撃一撃に宿る雷はその骨を焼き崩し、その剣撃は緑の鱗を切り捨てた。  一太刀放つたびに『敵』はバラバラに崩れ、風船のように骨が弾け飛び、最後には少量 の緑片だけを残して全て消え去った。  僕の始めての怒りと共に……。  この部屋には、もう敵なんていない。  いるのは。  全力で僕を助けてくれたLunaと、全力で僕を護ってくれた赤いPC、……そして、僕だ けだった。  整然と破壊の後だけが残っているこの広間に、バトルモード解除の印である通常のBGM が流れ始める……。 「「やった………」」 「やったよ、ショウ! 100点あげちゃう!!」 「だから何が基準なの……」  僕は疲れて体が動かないのか、声だけで喜んでいるLunaに返事をしながら赤いPCに歩 み寄った。そして屈みこんでその容態を確かめる。  ……0と1の流出は止まっていた。  本当にPCだとは思えないような頑丈さであの攻撃を耐え抜き、所々欠けているもののモ ノクロになってしまうのは避けられたようだ。  僕はその何を言いたいのか良く分からない赤い髪のPCを、ゆっくりと同じく比べ物にな らないような傷だけど傷だらけの背に担ぎ上げる。……意外に重かった。 重いという事はまだ世界の中に居るのだろうか? ……今はどうでも良いから早く休み たいな、Lunaと約束した自分達のホームを買って。 僕ははやる気持ちを抑え、アイテム袋から精霊のオカリナを取り出すと、ゆっくりと拭 き始める。  一瞬にして辺りは太陽の日差しがキツイ砂漠のフィールドへ着いた、…ってああっ!?  大事な事を忘れてたっ!!! 「やっば、目の前に有ったのに神像部屋行くの忘れてたっ!?」  そう思い出した後に、僕は初めてLunaの表情が変わっていることに気がついた。  なんと言うか、こう……。突っ込みを入れる前の静けさのような顔をしている。  ……突っ込まれるんだろうなぁ。 「減点2億だっ!! このっ、ばかぁ!!!」  後頭部に呪紋使いらしからぬ破壊力を持ったハイキック(しかも二段蹴りへ繋がるコン ボ)が放たれる! 「のへぁ!?」  勿論痛い、そして同時に前方の砂漠の砂に顔からのめり込んでしまい。しかも背負って いる赤いPCの体重が僕を押しつぶす。  ああ、砂の味まではっきり分かるよ………。ついでに背中の方、無駄に重いです……。  砂漠に吹く一陣の風が僕の背中を虚しく横切っていく。  暫く倒れて動けないでいると、グイッと腕が引っ張られ。僕はその助けを借りて何とか 起き上がる事が出来た。 「まっ、今ので許してあげるけど。次ぎやったら……」 「やりませんって!!」 「宜しい、じゃあその人の右腕貸して? 1人じゃ流石に重いでしょ」 「うん……」  僕とLunaは、後ろから見て僕が左、Lunaが右となるように並んで、僕がこのPCの左 腕を左肩に、Lunaが右腕を右肩に背負うようにしてこのPCを2人で背負った。  こうすれば随分と楽になる。……僕達の身長が足りないので、どうしても彼の足は引き ずってしまう事になるが、それは我慢してもらうしかない。  僕の右手と、Lunaの左手は、まだ繋いだままだった。  ――――――――――――――――――――――――――――――ー 何だか帰還してハイスピードで書いた作品です。 私はまだまだ今年に入って皆勤ですよ!(笑) 何はともあれ、永久さん。有難う御座いました。