<夜の決戦>  聖夜、クリスマスは過ぎて行った。  念願を成就させた恋人達には素直に祝福を贈ろう、独り身の者達には励ましの言葉でも かけるべきだろうか?  まぁ、俺ならよして欲しいから励ましは止めておく。  そんな他愛もない事を考えながらカルミナ・ガデリカの夜道を歩いていた。人気の無い 裏路地だ、偶にはこういう場所から狭い夜空に浮かぶ月を見たくなる。  時間は朝、慣れなければ時差ボケを起しそうな程リアリティのある夜を楽しんでいた。 ……となると俺は常連と言う事か。  また他愛のない事を考えた。  昨日の酒がまだ頭の中にでも残っているのだろうか?  コトリ、と。俺はリアルで冷たい水を一口含む。なに、外では雪が積もっているのだ、 窓際に貯まっている雪の中にコップを置けば凍りそうなほど冷えた水など簡単に出来上が る。  鋭い冷たさが口の中から頭へと広がり、僅かだが眠気も取れた。   「クリスマスパーティか……、あれは名前を偽った飲み会だな」  感慨深く呟いた。  親父に無理やり出席させられた挙句、下戸が飲んだら死ねるほどの酒を親父が倒れるま で(つまりは常識を大きく外れるほど飲んだと言う事だ)飲まされたのだ。  クリスマスイヴの夜に。  俺以上に悲惨なクリスマスを味わった奴は、この人口2000万を越えるTha world(世 界)と言えども、そうは居まい。   溜息が心の愚痴へと変わっている事に気付き、俺は最後と決めた溜息を吐いてもう一度 水を飲んだ。今度は残った分を全部だ。  少しだが、体が冷える。  その後は何も考えずに夜道を歩く。婦女子は危険だから歩かない方がいい……、リアル なら間違いなくそう言われるであろう道だ。  散歩とは言え妙な場所に辿り着いてしまったらしい、ネットでもこういう場所にロクな 奴が居ないのは同じだ。  俺はさっさと通り抜けてしまおうと足を速めた、まるで影が動くようにして周りの建物 が通り過ぎていく。 ………ガシ。  何故か腕を捉まれた。  と同時に非常に嫌な予感が頭を過ぎった、覚悟を決めるべきか……。 「……ん?」  結局捉まれた腕の方を振り向けば、先程上げた婦女子に間違い無く数えられそうな少女 が居た。  何故こんな所に、と言うぶしつけな質問はしない。  見た目は17歳ほど、赤い目は泣き腫らした後のように見えるが元から赤いのだろう。 セミロングの茶髪をヘアピンで留めてスラリとしたコートを着ているその華麗な姿とは対 照的に、目つきと雰囲気は酔っ払って絡んできたオッサンのそれである。  そんなオッサンに絡まれた経験が一回や二回ではないのだから、俺の考察は間違っては いまい。  最後と決めた溜息だが、早くも封印は解かれる事となったようだ。  ……またか。  と、溜息が漏れた。 「お兄さん、聞いてよ! あたしってばね……」    予想通り。待ってましたとばかりに顔をグイと寄せて愚痴の嵐が降ってきた。その内洪 水でも起しそうな勢いだ。  PC越しにでも夜を泣き明かしたと分かる枯れた声、目の赤さも元からではなく泣きはら したせいに見えてくる。  掴んだ腕は離そうとしない。  厄介さはそんじょそこらの酔っ払い以上かもしれない、声からして若い女性だけに強引 に振り解けないのが難儀である。 「分かった。協力するし相談にも乗ろう」  話し自体はさっさと纏めた。 「……なんか、早いね?」 「慣れてるからな」  悲しいが、事実だ。  トラブルがS極とすれば、俺はN極なのだろう。それほどまでに俺はトラブルを引き寄 せてばかりいた、今では運命を呪う気にもなれない。  しかもこの磁力は電磁石並みに強力な筈だ、極めて厄介なトラブルばかりやって来る。  が、どうと言う事はない。  人生受け止めてしまえば、自然と対処の仕方も身に付く物である。 「此処では何かと厄介だ、話は歩きながら聞こう……」  そう言ってさっさと歩き出す。  捉まれた腕をやや引っ張るようにして、明るい大通りの方へ向かう。幾つか小さいホー ム連を挟むので話をするには十分な時間が取れるだろう。  逆に言えばそれ以上話を聞くつもりなど無い。  酔っ払いに自分のペースへ持っていかれたりしたら、それこそ手が付けられなくなる。  彼女は酔ってはいないかもしれないが、状況的に見てこれから取るべき行動は同じだ。  俺は彼女の歩調に合わせてややゆっくりと歩きながら、続きの話を聞いた。  口調もそうだが、足取りまでフラフラしている。  絶対に睡眠不足だ。  寝かせてやりたいが……。だが此処で睡眠を薦めたりしたら、返ってくるのは筋の通ら ない反論の嵐だろう。  それによる推定過失時間は12分。  何事も我慢、最善の選択には『無言』と言う物もある。無視ではない、相手はこちらを 見ているのだから。 「………成程な」  彼女の話を要約すればこうだ、『クリスマスイヴに告白しようと思ったが、直前になって 勇気が出せず、結局出来なかった』合間合間に様々な言葉が挟まっていたが、纏めれば一 言だ。  理由は色々と有るし直したい事も望む事気に入らない事も沢山あるだろう、だが悩みと 言うものは突き詰めれば一つに纏まる。  しかし俺を無理やり捕まえて酔っ払いの如く愚痴る方が、よほど勇気の要る所行だと思 うのだが?  彼女……アイラは想い人を目の前にすると極度にあがってしまうらしい。  そして、その踏ん切りのつかない性格の自分が腹立たしいそうだ。  だからと言って他人にその矛先を向けないで欲しいものである。  俺じゃなかったら、とっくに逃げられている。それを分かっていないのも問題かもしれ ない。   「ねぇレインさん……、義理の兄妹って結婚できると思いますか?」  言っている事は唐突だが。少しだけ酔いは醒めたらしい、思い出しかのように敬語を使 い出した。  アレだけタメ口を聞いた後では……。悪いが、かなり不自然だ。 「別に敬語を使わなくてもいい、今更だと悪いが変だ」  苦笑しながらアイラは頷いた。  この辺りの物分りはいい、素直だ。 「日本の法律的には義理の兄妹でも結婚できるが……、それがどうした」 「実は彼のお母さんと私のお父さん、来週結婚するの」  …………。  ……早く言え、それを。    俺はさっきまで聞いて想像していた二人の関係をもう一度根本から考え直す事となった。  流石に兄妹になってからでは毎日顔を合わせる故に告白し難い物があるだろう、そうな れば厳しい時間制限が課される事になる。  つまり、ゆっくりとあがらない程度に付き合って徐々に慣れていけば……、と言うアド バイスが出来なくなった訳だ。  難儀にも程がある、俺は専門家ではないんだぞ。  だが此処で放り出す訳にはいかないし……。状況は俺にキューピットなれ、と言ってい るのだろうか?  The word発売当日から6年間もの間PKKとして依頼をこなしPKを狩り続けた黒い鎧 の………キューピット?  運命とは、あまりにも酷だ……。 「どうしたの? 急に固まって」 「いや、俺にも義理の妹が居るだけに少し複雑な心境だっただけだ」  固まった理由は勿論別だが、これも事実である。  しかも外人でうら若き天才少女。……物は言い様だな。  性格とそれに伴った行動にかなり難があるが、本人の名誉の為にもそれは伏せておくと しよう。 「へぇー……、意外」  躊躇いもなくバッサリと言ってくれるな。  いや……キューピットとか呼ばれるよりはマシか。  こう言う話題があると、ほぼ間違いなく俺の事をキューピットと呼び始めるであろう、 あだ名好きの友人を思い出した。  まぁそんな事はどうだっていい。 「……ふぅ。 先ずは、気晴らしをする事だな」  歩みをカオスゲートの方へと変えた、此処からだとすぐ近くだ。何しろ話しながら歩い ていたらいつの間にやらプチグソ牧場に着いてしまっていた。  話し込んでいたらこんな端まで来てしまったらしい。   「狩りにでも行くの?」 「そうだ、矛先はモンスターに向けてくれ」  俺に向いていた矛先を、な。  矛先と言う言葉の真意も知らずアイラは溢れんばかりの笑顔で頷いた。と同時に、これ 以上無い程の闘志を漲らせて『ウッシャー、殲滅したるっ!』とパーティモードで叫んで いる。  ……本当に、あがってしまう程内気なのだろうか?  色々な意味で素直な性格だと言ってしまえばそれまでだが、彼氏とやらは間違いなく尻 に敷かれるな。  何となく分かった。   「【Λ紅き 絶望の 中心核】!」  言っておくが、これはアイラがランダムで選んだワードだ。  なにか篭ってるような気がしてならない。怨念か、執念か。  ……まぁ、これもいつもの事か。  俺はさほど気にする事もなく、黄金の輪にこの身を任せた。気になるのは隣で叫んでる 彼女だしな。  独自の効果音と共に体が転送されて薄くなっていく、そして一気に足元から消えた。  この瞬間、俺はもう一波乱あるな、……と確信していた。  いつものパターンだからだ。  朧月の薄く輝く夜、その俄な光りに照らされる、やはり俄に降り続ける雪。  それは夜空に星の欠片が降り注いでいるようにも見える、小さな光りの粒が降り注ぐそ の光景はあまりにも幻想的で。リアルなThe worldでは珍しい事に、酷く現実離れしてい た。  あれほど、嫌と言う程に飲んだ筈なのに。思わず片手に日本酒を注いだ杯を持ちたくな るような光景。  この漆黒の銀世界は、そんな場所だった。  淡く切ない……。  ……斬っ!  ここで少し小話でもするとしよう。  “二重人格”それは幼少の時に受けた虐待などにより、心の適応規制が働いて虐待に耐 えうる強力な人格を作り出してしまうような事を言う。  違う場合で過度のストレスを受ければまたそれに耐えうる新たな人格ができ、それぞれ の人格は名前も性格も記憶すらも違う事が多い。そして不安定な事も多い。  耐え難い事、と言うのがキーワードだ。  彼女の場合内気な性格の自分が、至極耐え難かったのだろう。  静かな銀世界に、大人でも泣き出しそうな轟音が響いた。 「ウロチョロすんな、雑魚共がぁっ!! 5体バラして食うぞくらぁ!!! あん?死 ネ!!」  内気な自分に耐え難かったから、強気な自分を構成した。……と言う事だろうか?  いや、でも変わり過ぎだろう、これは。  立ち向かってくるモンスターを鬼のような形相で切り刻んでいくアイラ。  無邪気に微笑んでは、愚痴りつつも恋人の自慢話ばかりをしていた彼女の面影は、毛ほ ども残っていない。  あるのは闘争心だけだろう。  見れば手に持つ双剣は90レベルクラス、使っているスキルもそれに見合い動きはそれ 以上の残忍過ぎる攻撃力を誇っていた。防御は動きを阻害しなければ無視し、完璧に急所 狙いの攻撃を息つく暇のもなく浴びせ続けている。  回復はモンスターを一掃してからで十分間に合っていた。荒いが、強い。  戦闘狂と言われた事もある俺だが、言ってみれば出る幕がなかった。と言うより手を出 していれば一緒に斬られんばかりの気迫だ。  いや、近くに居るだけでも斬られそうだ。   「っシャ、次だっ!! 次のクソ虫どもは何処だっ!?」  想い人とやらが見たら泣くな、これは。  何も知らない一般PCでも泣けるかもしれない、気迫で人が殺せれば楽に10人は逝ける だろう。  この人格の彼女に名前を聞く気にはなれなかったので、仮に鮮血の悪魔とでも呼ばして 貰おう。勿論俺の心の中でしか使わないが。 「……一般PCに出会ったら危ない、かもしれないな」  そう思いつつも辺りを見回す、雪のせいで視界が悪いが幸い吹雪いている訳ではないの で歩き回れば全体を見るくらい容易いだろう。  アイラとはパーティを組んでいるので離れてもはぐれる問題ない、ましてや戦闘面で心 配する事と言えばモンスターの供養くらいなものだ。  俺は不運なPCが居ない事を願いつつ、雪の中をダンジョンを中心にして大きな円を描く ように走り出した。 「……不運な奴は、10人か」  運悪くこのエリアに来ていたと言う大凶を引いた奴らは、10人も居た。  やれやれ、さっさと退散するように警告してや………ん?  近づいてみると、状況は俺が思っていたよりも少し複雑なようだった。一波乱ではなく 二波乱だったな。  揃いの血のような紅い鎧9人に囲まれて居るのは、同じ赤でも透き通るような赤い鎧を 着た金髪ショートの重剣士だ。  どうやら紅い鎧9人から逃げ回った挙句、囲まれていたぶられようとしているらしい。  ん、赤い鎧に金髪……ショートで、黒い瞳の重剣士……?  もしかして、あの囲まれている方が……。 「ラオ!?」  いつの間にかモンスターを殲滅したのか……確かに魔法陣オールオープンの文字が出て いるな……アイラが隣に戻って来ていた。  俺の記憶は正しかったらしい。  あの囲まれている重剣士が、彼女の想い人だ。18歳くらいの見た目からしてリアルに 似せているのだろう。 「行かないのか?」  俺はさっきまでの勢いをすっかりと無くしてモジモジとしているアイラに声を掛けた。  先に言っておくが鮮血の悪魔の強さなら、あの9人程度何の問題もなく倒せるだろう。 逆にいたぶるような事も出来る。  何故助けに行かないのか。 「だって、だってあたし何かが言っても彼を助ける事なんて……。それに9人も居るし… …」  いつもとは別の意味で溜息をついた。 「襲っている方、アレはPK集団『紅い牙』だ。女性型PCしか襲わないと言う変体集団と してそれなりに名を馳せている、厄介な中型組織と言えるだろう」 「え……」 「襲われている初心者に毛の生えたような奴のHPがさほど減っていない事と、赤い牙の 人数及び悪質なチート強化の戦力を比較してみれば。あいつが襲われていたPCを助けて戦 っている……などとは考えにくい。 大方赤い牙の名前を知っていて、身の程も知らず勝負を挑んだのだろう。……挑んだとき は一対一だったのだろうがな」  恐らくクリスマスにアイラと会えなかった事への腹いせだ、……と言うのは止めておい た。けしかけるにしてもそこまで言う必要はない。  一瞬アイラの表情が固まった、何か恐れている物でも見たかのように。  だが俺も大切な時に甘やかすような人間ではない。  しかしこれ以上長い言葉でいたぶるような人間でもない。 「どうする、助けるか?」  質問は簡潔に限る。  そして今にもラオは襲われそうな雰囲気だ、言うまでもなく襲われれば数分と持たずに 殺される。  今まで生きているのはラオが強いからではなく赤い牙がいたぶっているからと言う事は、 向こうの雰囲気を見れば簡単に分かる。  目と鼻の先に剣の切っ先を突きつけつつスキルで麻痺させ、……此処からでは聞えない か何事か話している。まぁ奴等のはしゃぎようからして想像は難しくないが。  それはアイラにも重々分かっている筈だ。  伏し目がちにしていても答えは出まい、アイラ。    「……動いた」  赤い牙の1人が大剣を振りかざし、避けれない事をいい事に頭上から振り下ろすように してラオを斬った。  外道が……、ワザとレベルの低い武器で瀕死そこそこになるように調整したな。  倒れ付したラオはその赤い鎧が血溜まりに見える程弱々しく倒れ、消えてはいないがピ クリとも動かない。  アレは隙を伺っているのか……、それとも抵抗する事を諦めたのか……。 「あたしは……」 「やれやれ……。この二択のどちらが正しいか、良く考えてみるんだな。結果ではなく選 択の正しさを考えろ、お前の気持ちを見つめてみろ」  キューピットでは無いと言うに……。  全く、な。 「……行きます!」  もう、迷いは無いのだろう。真っ直ぐ前を向いた視線の先には、紅い鎧が映っていた。  覚悟を決めた女は強い、そう言うものだろう?  いや違うかもしれないが、彼女の場合は間違いなく強い筈だ。三つの意味で。  一つは肉体の強さ。  二つ目は技術の強さ。  三つ目は想いの強さ、……気迫だけではない、な。  白い銃弾のように雪の平原を駆け抜けるアイラ、俺も遅れまじとその後を追う。その速 さは紅い牙たちの第二撃を許さない程だ。 「あたしの男からっ、離れなっ!!!」  神速の如き速さから放たれた跳び蹴りは舞い散る雪と共に、先頭にいた紅い鎧の頬を容 赦無く砕く。何も分からないまま宙に吹っ飛ぶその男を、爆風のように雪を激しく散らし ながらの着地と同時に背後から止めの一撃を見舞った。  台詞も行動も逆ならば格好良かったのだが……、ラオはその光景を見て信じられないと 言った表情で呆けていた。  そしてすぐに我に帰る。 「アイラ! 後ろっ!」 「えっ……」  キン……ッ!  俺の愛剣と紅い鎧の大剣とがぶつかり合う、金属同士がぶつかり合う耳障りな音が鳴り 響く。  俺にとっては至福の音に他ならないが。  どうやら間一髪で間に合ったようだ、白い息を吐く口に思わず薄い笑みが浮かぶ。 「強く想うのは良いが、あまり恋人の顔だけを見てくれるな……。こうなるから、なっ!!」  こちらの剣を素早く引く事で相手の重心をこちらに引き込む、やや前傾姿勢になったそ の右足には体重が掛かる……そこを、斬る!  俺は完全に体制を崩した相手の首に容赦なく追撃を加え、同時に後ろの足で纏めて二人 を蹴り倒す。  常に一人称視点でプレイする俺だが、戦闘中は三人称視点も同時に使いこなす。こう言 う時にな。 「何を呆けている、彼女を想うなら戦えっ!!」  既に回復はしたものの何もしていないラオに渇を入れる、『は、はい!』と返事は聞えた がそれ以降は見ていない。  状況が状況だからだ。  次は左右から同時か。  悪役らしく襲ってくる所を右のほうが重武装で鈍いと判断し、右に体当たりを放つ。体 制を低くし剣で攻撃を受けつつ放ったその体当たりは、狙い違わず紅い鎧を地面へと叩き 付け、追撃のファリウロームもクリーンヒットした。これで2人。  振り向きざま、剣を振りかぶり迫っていた愚か者の首を飛ばす、3人。  頭上に左腕をかざし生の腕で後ろから振り下ろされた大剣を受け止める、空いている右 腕の剣を逆手に持ち替え後ろを振り向かずに背後へと突き刺す。俺の勘が狂っていなけれ ばこれで4人。  ここでダメージを回復して左腕を癒し、状況を確認する。  白い雪は灰色の抜け殻で埋まっていた。  いささか趣味の悪いオブジェだが、この美しい景色を汚す前に消え去っていくだろう。  美しい景色とは雪だけではない、その上で寄り添うようにして立っている二人の男女も 含めて、だ。 「さて、役目を果たしたから俺は帰るか……」  PKKのキューピット、ねぇ…。   「「あ、あの……」」  二人同時につっかえなくても良いだろうに……。  苦笑を浮かべつつも、その光景は微笑ましく思えた。気持ちは同じと言う事だ。  今回のPKKの報酬は、この二人の気持ちと言う事にしておくか。  と、そうだ。これを言っておかないとな。 「そうだ、言い忘れていたな。『赤い牙』なんてPK集団は存在しない、さっきのは趣味の 悪い名無しの悪質PK達だ」 「え……?」  そう言えば三回目だな、この台詞を聞くのは。  アイラの癖なのだろうか? 「またな」 「も、もぅーーっ! ……でも。ありがとーう!!」  起こりながら笑って有難うとは器用な奴だな。  この時久しぶりに笑った気がする、俺でも偶には笑うんだな。……自分で感心してしま うのも悲しいが。  まぁ苦笑ではなく普通に笑みを浮かべたのは事実だ。二人の満面の笑顔が感染したのか もしれない。  あんなに手を振らなくても良い物を……。  さて、と……。  俺は折角だから手を振って歩きつつ、ガデリカへと転送した。  変体PK集団ではない、本当の『赤い牙』を倒す為に。    聖夜は過ぎた。  今日は何の祝日でもない、普通の日だ。   祝福されぬ夜。  これは何でもない普通の夜に起きた、二人にとっては聖なる夜の決断の物語だ。    何の夜でもない、夜の決戦。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 7時45分から書き始めましたが、オーバーなんて物じゃないですね。 途中から開き直ってしまったのでこの時間となっております。(汗) その分良い作品になったかと……まぁ王道に頼った物語ですけどね。(苦笑) 今年最後のイベント作品、閉めはやはりこの人です。 私なりに全力投球したこの一作、楽しんで頂けたのならば幸いです。