<見えたよ……> 「見えない、見えないよ! ……見たくないよっ!!」 「ならば目でも瞑っていろ、まあお前の場合目ではなく、無駄にThe WorldのCPUに負 担を掛ける視覚感知プログラムを閉じる、だろうがな」  跪く少年、そして崩れ去る自らのプログラム。  失われていくのは体か、心か、記憶か………その全てか。 「放せっ!! 見せるなっ!! ……止めろ!!」 「該当NPCを、規約に基づき、<The World>日本語版の仕様にない不正規なノン・プレ イヤーキャラクターと認定した」 「………削除を実行する」  止められず、放されず。  ただ少年は背けていた視界を目の前の『作業』へと向ける。  涙は無い、見せるものか。 「……それで良いの、見なさい、見るべきものを、逃げずに……。私は、そこに居るから ……」 「AIが―――人を装い、しゃべるな」  しかし彼女は語る、語らずに終わらせるにはあまりに時間は不足している。  しかし彼女は語らせない、聞きたく無いからだ。  互いに信念が交差し、力有る者が存在を制した。  心強き者が精神を制した。   「母さんっ!!」「……希望を与えます」「早く削除しろ!!」  奇しくも、重なる。  ………  ………見えない、見えないよ  彼―――レインは考えていた、この頭上から落ちて来てなお平然と背中に座っている少 年が敵なのか、否なのかを。  だがその答えは次の瞬間に、期待していた訳ではないが早くももたらされた。 「あ、……ゴメン」  どうやら敵ではないらしい。……場合によってはその方が厄介なのだが。  彼はその事を身を持って学習している。   「構わん、コレくらい月光やリースと比べればダメージを受けるリプスの様な物だ。…… …それよりも、退いてくれ」 「あ、うん、……ホントにゴメンね?」  そう言って少年、はレインの分厚い鎧で覆われている背中から滑るようにして少し楽し げに降りた。  年齢は、……外見からして13,4歳くらいだろうか?  当てには出来ない物だが、本人はそう見て欲しくてエディットしているのだろうから、 参考にはなるだろう。服はスッキリとした海色のズボンに、それを留める薄赤い帯。そし て上には空色の半そでだけと言う、極めて簡素な物だ。  恐らくエディットが面倒で色と小物だけ適当に変えたのだろう。  だがそんな事は知った事ではないし、問題ではない。……問題はこいつの行動だ。 「謝っておきながら行き成り倒れるなよ……」  レインは彼を担ぎ上げる……コマンドは『拾う』だが、兎に角見た目からして羽根の様 に軽いであろう少年を担ぎ上げて、エノコロ草が生えた草原を歩いて行く。……そして程 なくして、其の姿は黄金の輪によって運び去られる。  勿論後にはデータすらも残らないだろう。 だが、ふと沸き起こったレインの考えは残ったのかもしれない。  この少年、AIだろうな……  彼らはガデリカにいた、Λサーバー:カルミナ・ガデリカ………。  辺りは一面数あるサーバータウンの中で唯一である夜の闇につつまれ、そしてそれを諸 ともせずに輝き続ける人工光に照らされている。  其の姿は幻想的であり、また力強かった。  それ故に、誰もが認めるであろう。この町が強き人々の都市、『文明都市』と呼ばれるの を。  ここは他のサーバータウンと比べれば確かに暗い、光源が大量に有るので真っ暗と言う 訳ではないが。全サーバー中最も暗い……………筈だった。 「ねぇねぇ、リアルでは空ってどうなってるの? 18時13分42秒だと暗い? お星 様出てる? それとももう『朝』ってのになってるの?」 「……少なくとも朝ではない」  二人は、長き中央通りを歩く。  レインは至って規則的な普通の歩調で、少年は小刻みに懸命に早足で。  パーティモードで会話しているお陰で周りに声が漏れていないとしても、その光景は誰 の口元であろうと緩むような微笑ましさを持っていた。  もっとも、レインと言う人間はそう言う状況に合わない湿気たっぷりの性格なのだが。 「ね、リアルにはどんな武器が有るの? 『NOTFOUND』より強いのってある? PKの レベルって高い?」 「………答えかねる」  どうやら少年は未だ見ぬリアルと言う世界に興味が絶えないらしい。  気になる事を見つければ、間髪置かずにその事をレインに聞いているのだ。  ガデリカ→暗い→夜、と想像してリアルの空の事を聞くのに約0,86秒である。 「じゃぁさ、リアルのプチグソレー……」  「ない」 「あーー、最後まで聞いてよぉーー?」   兎に角、ここがガデリカとは思えない程に2人の周りは明るかった。  もう、レインが困り果てる程に。  この光景を天気に例えるとしたら。大きな高気圧に押されて勢力を失っていく低気圧… ……といった所だろうか?  勿論、低気圧はレインである。 「……聞かずとも分かる」  レインはめげずに『目的地』へと歩みを続けた。  速度は変わらないが、心なしか急いでいるようにも見える。  ごった返すように溢れるPCをスルリと抜けて、ドンドンと先に進んで行く。  幸いにも其のお陰でレインの足に追い付けなくなった少年は、喋るのを止めて前に進む 事に専念し始めた様だ。  そして歩みの速くなった二人は、左程の間を置かずに『目的地』へと到着する。  T字路は左に曲がった、……そう、そこに有るのは雄大とは言えないがガデリカの広場を 一つ占領しているプチグソ牧場である。  そこには珍しく他のPCが見当たらず、牧場主とプチグソだけが存在していた。 「プチグソかぁー、知ってたけど見るのは初めてだよ。可愛いなぁ……」  そう言って少年は、生まれたばかりでまだ何もエサをあげていないプチグソの頭を撫で る。  その動作は極めて自然で温かみの有る物だが、どうやってもプチグソを可愛いとは思え ないレインにとっては何とも言えない光景に見えた様だ。  珍しく苦笑している。 「【群生する 暗黒の 死神】で取って来たエサをあげて見るといい、バランス良くあげれ ばやがてクソ・ザ・ボーンに……」 「『モウダメロン』【99個】っと♪」  プチグソが光に包まれる……。 が、しかし。 どんな成獣なるかはレインでも容易に想像がついた。恐らく常に微妙な方向へハイテン ションな・あの・プチグソだろう。 『アッモ〜〜レッ!!』  レインは聞かないことにしたかった、だがそんな事が出来よう筈も無い。レインは出来 れば幼年期まで戻してやりたかった、だがそれも不可能だ。  <世界にはリセットと言うものが無い>の、だから……。  因みに言って置くと、レインはクソキゾクの性格が極めて苦手である。 「輝石、狙ったな……」                          『アッモ〜〜レ!』 「? だって僕何となくクソキゾク好きだし。ねぇ〜〜、ルィードリッヒ♪」                       『アッモ〜〜〜〜レ!!』 「……そうか」                       『アッモーレッ!?』  少しだが深い溝を感じたレインであった。  多分、この少年。輝石と趣味が合う事は無いのだろう。  だがしかし、それがこの少年の個性であり成長を続けて人間に近付きつつあるAIの証で もあるのだ。  そう考えると、このクソキゾクにも愛嬌を感じるだろう……。彼は幾分無理やり、そう 考える事に決め込んだ。  そう思い、レインは輝石の横で踏ん反り返っているクソキゾクにFMDを通して目を向け た。 『アッモ〜〜レ♪』 「……五月蝿い」  どうやらこの試みは失敗に終わったようだ。 ――――――【Δ芽吹く 彼方への 輝石】――‐―‐ 『アッモ〜〜レ!!』 「やっほぉ〜〜! 速い、はやいーーー♪」 「コイツの背に乗ることになるとは……」  神の獣であるプチグソは駆けた、一目二目では見渡す事の出来ぬであろう荒野を。  だが字の如く荒れているだけの野原ではない。一面に散在する遺跡は崩れてなお巨大で あり、点在する湖には魚の他に泉の精が潜んでいる。  その風景はガデリカとはまた違った『力強さ』を称えていた、文明の力ではなく広大な 自然の力が画面を越えて伝わってくるのだ。  その力の届く渦中に、二人は流れ込んでいる。  クソキゾクと言えどやはり移動速度は彼らの歩みよりも速い、なのでその横を様々な遺 跡の残骸が、申し訳程度の木々が、あるいは大きな泉が彼らを避けるように過ぎ去ってい く。  低空飛行で空を飛ぶ事が出来たら、こんな光景を感じる事が出来るのかもしれない。  ふと、輝石は三度目の泉(精はいない)の前に差し掛かった時にクソキゾクを止めた。  そこは何の変哲も無い『ただの泉』の端である。  そう、ただのオブジェクトだ。AIなら兎も角、PCにとってエサも無いその場所は何の 価値も無いただの置物に過ぎない。  もっとも、AIにとっても左程意味がある物でもない筈なのだが。 「ここ、覚えてる……。違う、思い出した………!!」 「……どうした?」  少年の肩は小刻みに震えている。瞳も大きく見開いたままだ。  一体この『ただの泉』に何が有ると言うのだろうか?  レインには解せなかったが、今まで『忘れていた』彼の記憶の鍵となる場所である事は、 鈍いと称されるレインでも理解できた。  ここは、輝石に取っての鍵なのだ。 「母、さん………」  暫く、時計の針が一周する程の時間を挟んだ後、輝石はやっとの思いでそれだけを呟い た。   瞳に涙は無い、だが必要ないのか瞬きも無い。  表情も、無い。  ただ彼の見つめている場所には、辛うじてPvPが出来る程の足場が在った。 『アモ〜〜レ?』 「うるさいっ!! 黙ってくれ!」  少年は、激しく吼えた。  涙を堪え、懸命に前を見ている。  涙を堪え、前だけを向いて何かを見つけたいかの様に其処だけをただ見つめている。  何も無い空間  ふと手を伸ばす、しかしそこには何も無い。……手は、空を切る。  また、少年は涙を堪える。  データには有るまじき行為だ。 何かを堪える事も、何も無いと分かった事を行うのも。 「……お前には、何か見えるのか?」 「見えないよっ! ……何も、何にも。もう見えないんだ………」  少年は、語った。  その閉じる事無き瞳で、目の前に居る白髪のPCに。  その目は何も見えないのだろうか? 「……俺には見えるがな」 「えっ……!?」  少年は震えていた肩を止めた。  息も止めた。 「お前には見えないのか……」 「何が、ねぇ何が見えるのさっ!!!! 母さんは居ないんだ、見えないんだ!!!!」  震えた双肩はレインの方向へ向けられ、震えは目に見える程となる。  閉じぬ瞳は動いた瞬間に一度だけ膜を下ろし、再び幕を上げる。  その舞台は一滴の水滴から始まるのだろうか。  否、一滴ではなかった。 「何が見えるのか……、そんな物自分で考えろ。お前の目の前に見えている物こそ、『見え るもの』だ」 「母さんは居ないんだよ、碧衣の騎士に消されたんだ、最後に僕を転送して!! もう、 僕には誰も何も…………」  遂に泣き出してしまった輝石の足元に、妙な仕草で擦り寄ってくる者が居た。  擦り寄ってきているのに、何故か偉そうである。  しかしその行為には、厚意には最大限の愛情が込められているのだろう。 『アッモーーレ!』  その声は嫌味のように聞こえるが、一応励ましているようだった。  輝石を、励ましているのだ。 「俺はここに居る……、ん? コイツも俺と同じ事を言っている様だな。 不覚だ……」  レインは少しルィードリッヒに目を向けると、小さく溜息を落とした。  そして直ぐに目線を輝石の瞳へと戻す。 「レインと、ルィードリッヒ………?」  輝石は涙を拭った、そして再び目を開いてみると。  さっきまでは見えていた筈なのに、気付く事の出来なかった一人と一匹が前に立ってい た。  何故さっきまで見えなかったのだろうか?  何故さっきはあんなに吼えてしまったのだろうか……。 「母さんではないがな……、居ない訳じゃないし、見えない訳でも無いだろう」 「アッモー…」 「くどい」  少し見慣れた光景に、輝石は少しだけ振り向いた。  ほんの少しだけだけど、心が軽くなった気がする。  過去だけを見ていた自分を、少しだけだが振り向かした。  見えたのは楽しげな光、母さんが見て欲しかったのはこの光景だったのかもしれない。 「……コイツと一緒に数えられるのは心外だが、お前の目の届く場所に居る事は俺にも出 来る」 「でも……」  まだ、後ろに在る物を捨てきる事は出来ない、少年は過去の大切な物を見ていたかった。  失われた物と知りつつも。  振り向けばそこに在る物が消えてしまいそうで、勇気を出して完全に振り向く事が出来 ない。  頭では前を向いて生きて行く事が大事だとは分かっている、でも自分が母さんを思い出 さなくなったら誰が母さんの事を考えるだろうか? 「残念だが、生きているものに代わり等は無い。それは、場所を違えているだけでずっと 存在しているのだからな……」  レインは諭すように、小声だが良く聞こえるように語り掛ける。 「だけど、……ダメだよ」  だが少年はなおも躊躇い続ける。 「消されても、忘れる事は無い、思い出してみるんだな。そして何処に存在しているか考 えると良い。……そうすれば、見える筈だ。 ………ふぅ、俺に喋らせるな」  そう言ってレインは口を閉じた。  あんなに五月蝿かったルィードリッヒも黙っている。  少年は考えた、母さんは何処に居るのだろうかと。  本来ならばAIは悩む事など無い、複雑な問題を抱えて処理が遅くなり考えているように 見えても、それは『計算』に時間が掛かっているだけなのだから。  だがしかし、彼は考えた。悩んだ、悲しんだ。 ……思い出した。 それは何故だろうか?  彼は答えを出していた。 母さんの姿がある場所……、それは……。   「データ……、僕の記憶装置の中に母さんの記録が残ってる」 「……それを、『思い出』と言うんだ」  彼はもう一度だけ、前を向いた。  目の前には、変わらずに一人と一匹が居る。  でも、母さんの姿は………。 ≪……それで良いの、見なさい、見るべきものを、逃げずに…………私は、そこに居るか ら……≫  そ こ に 、 い る か ら … … 「分かったよ、母さん。………ありがとう、ゴメンね」  少年は足元に落ちていた木の枝を二本拾った。  少年はそれを予備の帯で縛り、目の前の地面へと突き立てた。  輝石は、母を忘れない事を誓った。    そして、母の遺言を守る事も、同時に誓った。  プチグソは駆ける、神の獣は一つの広大な荒野を駆ける。  二人を乗せて。    次に見る時は何人に増えているのだろうか。  次に見る時は幾つの希望を乗せているだろうか。 見えない。見えないよ! 母親を捕らえられ、消される少年 母は最期の力で少年を導く 見えない。見えない…… 少年はレインの頭上に落ちる、そう、いつもの様に 少年は負い目を隠す、隠す 少年は明るい、明るければ底に闇がある 翔けよ 翔ぶが如くに 燕よ、そなたに命を託す 翔けよ。翔けよ………、そして護れ そう、護れ。母の意志を追い 神の獣よ。蹴るが如くに 神の獣よ。進め、進め 少年よ、見ると良い 少年よ、見える筈だ 導かれた、そう仲間に導かれた、君の明日が 時間と体力が無いのでここで提出させて頂きます……。 うーむ、我ながら分かり難い内用だ。(汗) クソキゾクは鳴き声みたいな感じを出す為にあえて『アッモーレ』としか言っておりませ ん。ご理解下さい……。 それでは、感想など頂けると嬉しいです。