<微笑むのか>  そう、私は影  後ろで、皆から半歩下がって  ただ誰も振り向かないように笑っていれば良かった  でも、それすらも、もう叶わなくなった  ほんのささやかな、私の幸せ  そう、私の影  もう、微笑む事の無い……、影  あの時の夕日は綺麗だった。  人によっては朝焼けだとも言われている、マク・アヌの優しいオレンジ色の光。  人の夢と現実とを織り交ぜたかのような、ひどく懐かしい色。  このままジッと暖かな風景や談笑して行きかう人々見ていると、無性に泣きたくなって しまうのは何故だろうか?  私の目に入る映像は、いつもと何ら変わらない、いつもと同じ分量の光だった。  でも違っていた、私の夕日を感じた心は。いつもと比べると少しだけ。  私はただ、あの人の斜め後ろ歩いて、笑っていた。でも、声は出さない。  私が笑うのはいつもの事、誰の注意を引く事も無い。  それでも私は満足で、楽しげな皆の話を聞いては。  微笑を漏らすのだった。 「今日は何処へ行こうか?」  さり気無く繰り返されるいつもの言葉。  そしてまたいつもの様に、皆もあの人の言葉に答えた。    勿論、私も。 「今日はちょっと違う所に行こうよー」  双剣士のフラウは毎日似たエリアで繰り返されるレベル上げに、ほんの少し刺激が足り ないと思っていた。  そんな無邪気な心から出た言葉も、あの人は確りと受け止めるのだった。 「違う所ねぇ……、そうだ。<Λ浅ましき 鎖し人達の 狩場>なんてどうだろうか?  そこはチーターが改造したエリアで、仕様には無い真っ赤な夕日が見られるんだってさ」  あの人、呪紋使いのアドは、その豊富な知識を皆に惜し気も無く分け与えてくれる。  毎日の様に世界に関係するサイトを廻っているから、彼の知識は思わず感心する程に広 い。 「そこ、何だかワードが怖い……」  その時もアティは微笑んでいた、本当に怖かったのに。  これでは皆が私の言葉を取り違えるのも無理は無い。なにしろ、笑いながら今の台詞を 言ったのだから……。  PCはコマンド入力しない限り『表情』を変えない。……私の『表情』はいつも『微笑み』 だった。  絶える事無く、私は笑うのだ。 「どうしたんだよアティ、前なんて<Λ絶叫する 数千万の 残留思念>とか行ったじゃ ないか? レベルもそんなに高くないし、大丈夫だよ」    落ち着いた彼の声は、穏やかで優しかった。 「うん。そう……だね」  私には『怖いから』の一言で2人の興味を奪う事が出来なかった。 私はいつも笑っているけど、他の人の笑顔を見るのはもっと好きだから……。 それから起こる事を知っていれば泣いてでも止めたのに。  でも。  やっぱり私は笑っていた、いつもの様に。 「よーし、決まりっ! 早く出発しようよー、アド? アティ?」  フラウは、本当に楽しそうに笑っていた。私と比べれば、まるで無垢な天子のように。  彼女の笑顔を一時でも失うくらいなら、私の不安など大した意味を持たないと思った。  私は、笑顔を見るのが何よりも好き……。  自ら笑うよりも。 「俺はいつでも構わないよ。アティはアイテムとか……、もう買った?」  彼は、もう私の言葉を忘れてくれたのだろうか? 「うん……」  私は、この時も笑っていたのだろうか? 「そっか、じゃあ<Λ浅ましき 鎖し人達の 狩場>へ。しゅっぱーーっ!」  皆は、気付いていたのだろうか?  この、運命に。  夕日は、確かに綺麗だった。  鮮血の様に鮮やかな赤で、私達を真っ赤に染め上げてしまう程だった。怖い程に美しい。  でもこの赤は、私達の鮮血を隠す為の赤なのだろうか?  それとも、私達を鮮血で染める為に赤なのだろうか? ―――――‐惨劇は突然に、涙は古きより深くから――‐‐  赤き鮮血の夕日を作り出したチーターは、ここでPKをやっていた。  そして初めてここにやってきた私達を、まるで蟻地獄のように待ち受けては、壊した。  彼は自分で言っていた、『専門学校を出て、一流のプログラマーとなった自分の力を試し たい』と……。   その為だけにあの人は消えたの?    その為だけに無垢な天使は壊れたの?  理解出来ない、したくない。  太刀打ち出来ない、したいのに。  ゴメンネ……  彼の表情は何をしても変わらなかった、例えPKをしようとも、絶対に。  それは自虐的な『表情』だっただろうか?  彼も笑っていた。  私の大切な二人を、デリートしながら。  私を、デリートしながら。 「何、で。……笑っているの?」  最後のボイスチャット、ボイスチェンジャーを使わないで出した、私の世界で言った最 後の言葉となった声。 それは今でも確りと覚えている。その後の彼の言葉も。 「君も、笑っているじゃないか」  私は、私は笑いたくないのに……っ!  曇った笑顔なんて、見せたく無かったのに……っ!!  泣き、たかった、のに。  後少しで世界から『居なくなる』私のアティは、もうコマンドを受け付けてくれなかっ た。  だから、笑ったままだった。  三人称視点にすると、夕日の前に半分消えたアティが立っていた。  そして、一人称では見えなかった所に。夕日の影となる場所に誰かが転送されて来た。  黄金の輪は少しだけ赤い光を反射しながらも、尚金の光を称えていた。 「お前か? ルイと言うチーターは……」  もう、画像が乱れてきていた。  その時分かったのはただ長くて白い髪の毛と、藍色のマント……。 「PKK……? もう僕はそんなに有名になっていたのか。それにしてもこれは丁度いい、 君を倒してBBSにでも出したら。面白くなりそうだ……」  分からない、分からないけど。  私は、お礼も言えずに、居なくなったのだった。    何よりも赤い夕日に染まりながら。  最後まで笑っていたアティと共に。  この世界から。 「今日の夕日………」  私は帰宅途中、いつも夕日を見る癖がある。 ――――――――――――――――――――――――――――――― 後ろ向きまっしぐら! 私の性格全開! 止める間もなく突っ走ってしまいました。(汗) 何なのだろうかこの作品は……、過去形オンリー? まぁ、いつもと違う作風から何か掴み取って頂ければ幸いです。