<オメデトウ> 「マテ〜〜〜!! れ〜〜い〜〜ん〜〜♪」 「い・や・だ! 絶対待つものかっ!」  俺は逃げている………。このフィールド、『猛き 戦士の 双丘』で。 誰から?  現在同居中の血の繋がっていない義理の妹からだ。ショートの緑色の髪に人目につく紅 い瞳、12歳の年齢にはやや不釣合いな白い大きなマントを羽織っている呪文使い、そし て頭に装備した猫耳……(これは本人の趣味らしい)。 しかもやけに足が速い(アプドゥを使っている)、なので中々振り切れない 何故か? ………アイツに聞いてくれ。 兎に角、俺はこのゴツゴツした岩だらけのフィールドを出せる限りのスピードで逃げて いる。本来なら俺の方が足が速いのだが、足場が悪いせいで身の軽いリースに追いつかれ そうだ。  もっとも、追い付かれたらそこでゲームオーバーが確定してしまうので、俺は右に左に 走って必死でリースを振り払おうとする。 「れ〜〜い〜〜ん〜〜、新しく作ったコレ(恐らくはチートアイテム)の効果を試させて よーー!」 「だから、自分で試せっ!」  俺は正論を言ったつもりなのだが。  だがしかしコイツに正論が通じた試しが無い。リースは殆ど遊び感覚で俺に毒薬(予想 では)を使おうとしているのだ。 「まだ死にたくないからヤダ」 「俺ならいいのか!?」    前回その『コレ』とやらを使われた時は、PCの色が真っ赤に染まってしまった。……一 体何処でどうやって作っているのやら。  本人が言うには影に強力な同士が居るらしい。 『ろくな奴では有るまい』 俺はその話を聞いた瞬間にそう思った。  大体なんで真っ先に俺が実験体にならねばいけないのだ……。他の奴なら良いと言う訳 ではないが、俺は二度とゴメンだ。  真っ赤になってしまったPCを直す時の苦労を思い出し、俺は悲痛にそう思った。 (ああ、何でこいつが俺の妹なんだ……)  走っている内に、段々と丈の高い草が生えた場所に入り込んでしまっていた。身長13 7cmのリースなら目が隠れて前が見えなくなるだろう、リースは常に一人称視点なので これは好都合だ。  俺は巨大な岩の陰モーションの『屈む』を使って隠れ、一先ずリースが何処かに行くの を待つ事にした。  ガサガサと言う足音が次第に遠くなり、やがてそれは細くなって遂に聞こえなくなった。 何とかやり過ごせた様だ。  俺はすぐさまゲートアウトしてガデリカのカオスゲートに戻り、そこからマクアヌにま で移動した。   「まったく………。ん、そう言えば今日は……」    騒がしいマク・アヌの通りを過ぎ、俺は自分のホームに入った時に有る事を思い出した。 どうやらレベル上げに費やそうと思っていた今日一日は、この今思い出したばかりの事情 で潰れてしまいそうだ。  俺は入ったばかりのホームを後にし、再びカオスゲートに向かおうとした。……が、扉 を開けた瞬間にそれは延期にした。 どうやらこのホームには珍しく、来客の様だ。 「ファードか……、そちらから出向くとは珍しいな」 「今日は特別だからね、……と、リースは?」 「……出かけてるよ」  まったくもって嘘はついていない。  俺はそう言い残すと、後ろで佇んでいる黒髪の剣士を尻目に急ぎ足でカオスゲートへと 向かった。これから向かう場所は自分1人で行く必要が有る、悪いがファードに知らせる 訳にはいかない。  歩いていく内に色んな下らない会話が耳に入る……。 『昨日デッカイ緑色の変な鎧を着た重斧使いに会ってさ、そいつに近付いたとたんにBGM がキモいのに変わっちまったんだよーー……。そんでもって、まだそのBGMなんだ……』 『何て言うか……、呪いか? それ?』 「……………(くだらん……)」  俺は全サーバーの中で一番人通りの多いマク・アヌの中央通りを抜けて、人ごみで溢れ 帰っているカオスゲートの前に到着した。そして間髪置かずに『迷い無き 輝きの 原生 林』とワードを打ち込んだ。  俺の漆黒の鎧で固めた体が黄金の輪によって包まれていく……。そして瞬きした後に写 った光景は、朝露に光る草木の密集した巨大な森だった。  現在は夕方なのでこのエリアの時間は合っていないのだが、そんな事はどうでもいいだ ろう。俺は藍色のマントをはためかせ、どこまで続くか分からない森の中で走り出した。   「さて……、始めるか」    俺は適当に近くに有る魔法陣を開くと、出てきたモンスターをろくに見る事無く切り捨 てる。本来俺はΩサーバーでレベル上げをしているPCなのだ、このΔサーバーのモンスタ ーなどはザコと呼ぶのもどうかと思う程相手にならない。  だが……、兎に角この暇潰しにもならない弱小モンスター達を倒さなければならない。  俺は残り30は有ろうかと思われる魔法陣を開く為、快速のタリスマンを使って限界速 度で森を駆け抜けた。そして魔法陣を開く度に出てくる弱小モンスターを倒していく……。  一体どれだけのモンスターを切捨てただろうか?  The worldがモンスターの死骸が消える仕様で無かったら、今現在この森は無残な死体の 山が出来上がっている事だろう。俺はやたら数ばかり多い魔方陣(しかも3体出てくる事 が多い)を開く事に段々と飽きて来た。  単調な同じボタンの連打。楽に勝てるからと言ってそればかり繰り返すのもつまらない 物なのだ。 (いい加減落とせばいい物を……)  俺は一旦ゲートアウトして、3度目のゲートインを果たした時にそう思ってしまった。 そしてまた魔法陣を開いて行く……。  何度も何度も出てくる似たようなモンスター達……。 ボタンを押す指も疲れが溜まり、かなりウンザリして来た。   (本当にこいつらがアレを落とすのだろうか……?)  俺は自分の記憶が心配になって来た、レアアイテムとはそれほど入手困難なのだ。そし て俺はレアアイテムは自分で手に入れてこそ価値が有ると思っている。  このデータの世界では自分が苦労して拾っても、GPで買っても代わりが無いのだが。や はり自分で拾った方が遥かに意味が有る気がするのだ。  だから俺はこうしてウンザリしながら弱々しいモンスターを切り捨てている。 「……そろそろ時間か」  俺はしょうがなく自分で拾う事は諦めて、トレードで買う事に決めた。そしてゲートア ウトする為に最後の小型モンスターを切り捨てる。  するとタイミングよく青い宝箱が出現した。  『どうぞ開いて下さい』と言っているかの様だ。   「……………」  こんな状況だと期待してしまうのだ世の常だ。  俺はアイテムウィンドウを開き、カーソルを動かして『金の針金』にそれを合わせる… ……。  カチリ……、効果音と同時にその青い宝箱は開いた。  カルミナ・ガデリカは常に夜だ、例えリアルが真昼であろうと。しかし今はPM11時、 リアルでも立派な夜中の時間帯だ。  ガデリカのケフェウス通りの10時を超えると付けられるネオンが輝き、その夜の街を 一層飾り立てている。それは一見すればリアルのネオン街よりも華々しく、より幻想的に 見える。  そんなガデリカに有る俺の3番目のホームは、巨大なマンション状の建物の99階に有 る。  そして、今俺はそのホームに帰って来た。俺は全てのサーバーにホームを持っているが、 主に使っているのはこのガデリカのホームなので何時もそこに帰って来る。   「ただいま……」  俺は既に帰って来ているであろうリースにそう言いながら、ゆっくりと玄関を開ける。 それと同時に、俺が逃げた事でリースのアレの犠牲になったPCが居ない事を祈った。  ホームの中は真紅の絨毯など暖色系の色に固めてある、茶色いソファーに薄いオレンジ のカーテン、そしてゲームだから設置出来るのであろう暖炉が俺を迎え入れた。  予想通り先に帰っていたリースは、その茶色い大きなソファーに寝転んでいる。 「おかーー……」  もう眠いのか、声に力が入っていない。  アレの実験に成功して興奮して待っていると言う最悪の事態は回避出来たので、俺はリ アルでホッと胸を撫で下ろした。………成功したアレを使われるなんてもっての外だから だ。  俺もソファーに座ろうと(リースが寝転がっているが大きいのでまだ2人分は余裕が有 る)ソファーに近付いた時だった。  コンコン、と背後からドアをノックする音が聞こえた。  こんな時間にノックする事はリアルでは有り得ないが、ここはMMORPGの世界なので 左程珍しい事ではない。  リースは眠いのかフラフラと歩きながら玄関まで歩いて行くと、面倒臭そうにロックの 掛かっているその扉を開けた。そして目の前に立っている黒髪の剣士の姿を確認する、そ して締めた。 「馬鹿、締めるな!」 「………にゃ〜〜?」  俺は寝ぼけているリースを扉から離すと、改めて外で待っているファードの為に扉を開 けた。  まったく……。 「ははは、来てはまずかったかな?」 「そんな事は無い、……上がってくれ」  俺はファードをソファーの向かいに有る椅子に案内すると、自分はソファーに腰掛ける。 暫くしてリースも俺の隣に落ち着いた、……ただしPC越しに分かる程寝ぼけている。  待て待て、キーボードに突っ伏すな! 『ひおwrnfひbfo』とか 表示されているぞ ……。 俺はリアルで、隣で自分のパソコンの前で居眠りしている妹を揺さぶり起こした。せめ て来客中くらい起きていて欲しいものだ。 「眠そうな所悪いんだけど、今日じゃないといけないからね。……はい、誕生日プレゼン ト」 「……え、こ、これ『翡翠輝石の髪飾り』!? 有難う……」  成る程……、かなり珍しいアクセサリーだな。プレゼントとしては最高級クラスだろう、 ファードも気が利くな。  それにしても。アイツ今日が自分の誕生日だと言う事を忘れていたのか?  俺は予想以上に驚いて、眠気が吹っ飛んだ表情をしているリースを見てそう思った。 「有難う……、私、誕生日プレゼントなんて貰ったのは久しぶりだから……」  成る程……、な。  リースの幼少時代は詳しく知らないが、大体今ので想像は付いた。恐らく良い物ではな いのだろう。 「俺も用意して有る。……ファードほど高級ではないがな」 「へ、レインもっ!?」  何だその言い草は?  俺がそんなに気の利かない人間だとでも………確かに気の利かない人間だな。 「悪かったな俺もで、……ほら」 「『蘭蝶染めの帯』!? めっちゃ出現率の低いレアだ………」  確かに低かった………、それは身に染みて分かっている。  リースは二つのアイテムを受け取ると、画面に表示されてはいないがそれらを抱きしめ るようにモーションを起こす。自分で自分を抱いているような格好だ。  そしてこの後が問題だった。 リースは泣いていたのだ。ネットでもリアルでも。 「ありがとう……」  今はそれしか言えないらしい。  その後も何か言っていたのかもしれないが、泣きじゃくっていて何を言っているのか分 からなかった。  この涙、これはリースの境遇のせいだろうか。 それとも……。 「おめでとう……」  俺に言えるのは、やはりこれ位だった。  手の込んだ台詞の一つも出ないとはやっぱり気の利かない人間だな、俺は……。  しかし、これ以上は何も言わなくて良かったのかもしれない。  伝えたい言葉はそれ以外に無かったからだ。 おめでとう ありがとう 二つの言葉は手を繋ぐように ―――――――――――――――――――――― ふぅぅぅ、久しぶりに制限時間内に落ち着きました。(ホント久しぶりですみません) 今回はリースとレインのお話ですね。 ついでに言うとリースの誕生日は3月22日なのですが、この際それは置いておきましょ う。(笑) やたらと描写が少ないですね、精進せねば……。 そしてレインは兎も角、リースのキャラがだいぶ変わってきたような。(滝汗) 面白いからいいですね!(ぉぃ) 猫耳呪紋使いと、土砂降り剣士に夕暮れ竜の加護が有らん事を!