<強くなる為に>  文和があんな事になってから、もう何日も。いや、何週間も過ぎてしまっていた……。  今日も病院に寄って見たけど容態は相変わらず、看護婦さんも困った顔をするばっかり で、……それがまた痛くて。  私はそんな空気に居た堪れなくなって、すぐに病院から抜け出してきた。それでも文和 に『早く起きてよね』と一言だけ言ってくる事は忘れない。  もう習慣になっていた。  あいつ、聞分けがいいから。起きろっ、て言ったらすぐに起きて来そうで……。  でも、まだ一度も起きたりはしなかった。  何も考えないで自転車を進めているうちに、見慣れた看板が過ぎて行き、また見慣れた デパートの喧騒が後ろへと流れていった。  ううん、何も考えていないんじゃない。文和の事……The Worldの事を考えてた、結局 同じ所で分からなくなっちゃうから考えてないのと同じだけど。  ぼんやりと自転車をこいでいたって安全確認は怠ったりしない、自慢じゃないけどこう いう時に私の運動神経の良さは役に立つ。  気付いたら、もう家の前まで来ていた。  お父さんの車の横に自転車を止めてハンドルに括り付けた鞄を外す、今日は金曜日だか らこれが結構重たい。  部活のバックと合わせるとそれなりの重量になる、計らずともトレーニングになってい るのかもしれない。  私は勢い良くの階段を駆け登って玄関の扉を開いた。 「ただいまー!」  いつものように元気良く家に入ると、そこには末の弟の幸太がちょこんと座っていた。  見てみると玄関のマットの上にお絵描き帳を展開している。 「……あれ、どうしたの幸太? 玄関に座っちゃって」  幼稚園児の絵を見て理解するのに数秒……。  あ、これはっ!?  5本の指全部で握ったクレヨンで描かれた人みたいなもの、それが誰だか理解した時に、 私は思わず声をあげそうになった。  面と向き合って会った事は無い、でも絶対に忘れようが無い人の姿だったから。 「ね、ね、おねぇちゃん。これカズにぃだよ? こうちゃんうまくかけたぁ?」  そう、白い服に赤い炎の紋……。  それは間違いなく『カズ』だった。  ゲームの中の文和、私があの場所に行くように誘った…。 「……あ、うん! 上手く描けたねー幸太、お兄ちゃんが見たら絶対喜ぶよー」  そう言って私は幸太の頭をクシャクシャっと撫でてやる。  そっか、幸太も心配してるんだね……。 「ねぇ、カズにぃはいつ帰ってくるの? あしたぁ?」 「あした、かもしれないね。でも明後日かもしれない……」  ちょっと言い方が難しかったか、幸太はキョトンとしている。 「はやく帰ってくるー?」 「うん。すぐだよ幸太……。絶対すぐ帰ってくるから、お姉ちゃんが、連れてくるから」  そう言って私は、こんな所でお絵描きしなーいの、っと言うが速いか素早くお絵描き帳 を片付ける。 最近素早くやらないと抵抗するのだ、幸太ってば。  私は幸太を居間まで連れて行くと、『じゃ、お姉ちゃんは着替えてくるから、じっとして てよ幸太』と言って二階へと上がって行く。  階段を登ってすぐ手前が私の部屋、その奥に有るのが文和の部屋だ。  自分の部屋の扉を開けて手探りで暗い部屋の明かりをつけると、先ず時計を見た。  ……うん、まだ夕飯まで時間が有る。  私は手早く着替えると、ハナの餌を取ってくる為に足早に階段を下りていった。  ハナのゲージが嬉しそうにガチャガチャと音をたてるのが聞えた。  ハナも待ってるんだ、幸太みたいに、文和を……。 「ゴメンね、ハナ。今日も私だよ……」  ブラックローズは強い、精神的に。そして彼女はレベル的にも強くありたい。  守られてばっかりってのは嫌だし、何よりカイトや皆の足を引っ張りたくない。ブラッ クローズは皆のお姉さんなんだから、やっぱり強くないとね。  私は今日もマク・アヌへログインした。  カイトからのメールは無かったし、今日は私から送るのも無し。あんまり長くは居られ ないし、偶には1人で何も考えずにレベル上げをする時間が欲しかった。  集中して腕を磨きたい。  時々思うこんな気持ちは、テニスの練習をする時と少し似ていた。  マク・アヌの惚れ惚れするような外観を横目に走り抜けてアイテム屋に向かう、そして 買えるだけ回復アイテムを買うと、また走ってカオスゲートまで向かった。  別に急いでないけどコントローラーを動かすと走っちゃうんだよね。微妙にスティック を動かせば歩けるらしいけど、態々そんな事をしているPCなんて殆ど居ない。  そーゆーもんなのかな?  私は一握の疑問を胸に木属性のエリアへと飛んだ。  エリアレベルは14、ブラックローズのレベルは15だった。  森のエリアだった。  背の高い木々が鬱蒼と茂って壁のようになっていて、道の途中に変な形の石像なんかが ある。それととんでもなく大きなキノコ、うわーこれはちょっと苦手だ……。  木属性のこういうタイプのエリアだけ、例外的にフィールドもダンジョンみたいなマッ プになっている。  一見広そうだけど実は結構狭くて、道があるから移動も楽だ。たまーに似たような木ば っかりで迷ったりするけど。  多分まだマップと言うのに慣れていないせいだろう。  私はそのマップを見て、ようやく覚えた変な水滴のような記号のある場所に向かった。  “幻の泉”だ。   「………魔人ダンテの双剣っと」  ブラックローズを介してアイテム欄の双剣を投げ込む、すると『鬼包丁』が戻って来た。  2レベルアップした武器だった。  晴れてる時は武器、雨の時は防具を入れるとレベルアップするって事はNOVAから聞い ていたから、前みたいにレベルダウンさせるような失敗はもうしない。  『まったねー』とか言って遥か上空に消えていく巨大水滴。  ……それにしてもムッシュって、どーゆーネーミングセンスなのよ。  私はダンジョンに行く途中に出てきた『はらへり草』をぺしぺし剣で叩きながら、この 名前の発生場所ともいえるCC社の開発チームを思い浮かべてみる。  ユーモアに溢れているであろうCC社の内部……。  ……何故か、ぴろしが出てきた。  我ながら危ない想像かもしれない。でも、みょーに合ってるかも……。  そんな馬鹿なことを考えながらダンジョンの中に入っていく。  一転して、ダンジョンは正に正統派ダンジョンって感じだった。  どんよりと薄暗くって、感じないけど見るからにジメジメした感じ。石壁にはそれっぽ い紋が禍々しく描かれていた。  でも、どうよ。 『未だ見ぬ卵!』  ……この鳴き声は? 良く分からないけど、The Worldが売れてるのってこのお茶目な 所が有るからなのかもしれない。  うーん、私にはよく分からん。  ちょっと手に入れるのが怖い気もするけど、プチグソを立派な成獣にする為にも全部の 卵を拾って行った。  やがてB2F……、B3F……へと潜っていく。  基本的に重剣士は機動力は低いけど攻撃力と体力ならば他の職業よりも高い、アイテム に頼って進めば割と危なげなくモンスターを倒す事が出来た。  ただやっぱり三匹いっぺんに出てこられると少しキツイ、そんな時は先ず逃げて壁なん かに2,3匹引っ掛けて少しずつ相手にする。  チムニに教わった小技だった、最初は上手く逃げられなくて死んじゃったりしたけど、 今では確りとマスターしている。  何だかんだ言ってるけど、私って結構飲み込みが速いのかもしれない。   B3Fに着いた時にはブラックローズのレベルは16になっていた、確か昨日カイトに会 った時は17だったっけ。もう少しで追いつく筈だ。  いや、このまま追い越すつもりで行こう。  私はそう決めて、ドンドンと奥に走って行く。妖精のオーブを使ったからここが最終階 層だって事はもう分かっていた、どうせだからモンスターを全部倒していこう。  そう思ってやけに真っ黒な壁を左に曲がる。  ……え? 真っ黒?  振り返ってその壁を見てみると、壁の一角の壁紙が大きく剥がれていた……とでも言う のだろうか。  そこに淡く数値の羅列が輝いていた。   「これって……、この前倒したウィルスバグと同じ……?  ……きゃぁ!」  私が壁に気を取られていた隙だった。  後ろから強烈な攻撃を受けてブラックローズが壁の向こうまで吹っ飛ばされた。一発で 半分くらいHPが持ってかれる。 「ちょ…何なのよ一体っ!」  さっきまで居なかったのに……、完全な不意打ちだ。  私は慌ててブラックローズを立ち上がらせてそいつの方向に向ける。 「え……」  二度目の、驚きだった。  そいつは黄緑色の鱗みたいなのを体中にビッシリと着けていて、その周りに奇妙な数字 の羅列を浮かべていて、それで、壊れてた。  動きが妙にカクカクしてて変だ、でも速い。  そいつの名前は……『ヘ*ィ@メタ&』、多分、上で出てきたへヴィーメタルが壊れたの だ。  全身にウィルスを巻きつけた化け物、ウィルスバグ……。  そいつが禍々しい動きでブラックローズにズシズシと迫ってくる、まるでその巨体で踏 み潰そうかとしているように。  居ても立っても居られなかった。 「うあぁぁぁ!!」  射程距離内に入るとすぐにブラックローズの使える一番強いスキルを乱発する、絶対に 倒してやる、そんな気持ちばかりが私の中でグルグルと渦を巻いていた。  私1人じゃ倒せないってことは良く分かってる筈なのに。何で逃げない、私……。  ダメージは当たってるのに『3#“』とか表示されて全然HPが減ってない。  でも……、でも!   文和をあんな風にした奴を野放しに放ってなんて置けない。  癒しの水と気魂を使って私はバカみたいに攻撃し続けた、でも数回攻撃するごとにすぐ に回復しなきぇならない。  ダメージが大き過ぎる、ぜんぜん回復が間に合っていなかった。ここままじゃすぐにア イテムがなくなってしまう。  “PROTECT BREAK!”そんな表示が出てきたけど。腕輪が……、カイトが居なければ 何の意味も無い。  今、私は1人だ。 ………ガン!  痛い、また大振りの一発でHPを殆ど持ってかれた。  治癒の水は……もう、無い。  どうしよう、完全に切羽詰った。  ここまで来てやっと冷静になったのか、私の頭の中は状況とは反対に凄く冴えていた。  もしも私が文和みたいになってしまったら……、と言う気持ちが湧き出てくる。  文和に続いて私まで居なくなったら、お母さんのストレスは限界に達してしまう。普段 からあんなに無理してるんだから。  そしてそのしわ寄せは、きっと幸太に行く。私と言う恐怖に耐える支えを失ったら、絶 対に幸太は耐えられない。  そんなところ。  幸太やお母さんが泣く所なんて、もう絶対に見たくない。 「ブラックローズ、離れて!」  考えるより先に動いた、私の得意技だ。  その声が誰なのか確かめるより前に、私はブラックローズを大きく後ろにバックステッ プさせていた。  一瞬で画面が真っ白になる。  前置きは耳鳴りがするような激しいノイズ、そして目が慣れるとその真っ白の中のデー タの本流が蠢く様が見えてくる。  何度も見た。  これは………。 「データ・ドレイン!!」  竜巻のように吹き荒れる真っ白なデータの本流、その中に幾筋もの無数の槍が突き抜け る。  正に常識破りの必殺技。  パキィィィン……!!  そんな音を立ててウィルスバグの黄緑色の鎧が砕け散った、かと思うとその砕け散った 破片がカイトの“腕輪”の中に吸収されていく。  また軽くノイズが走る。  いつの間にか、もとの薄暗いダンジョンの世界に戻っていた。  一瞬だけ違う世界に飛び込んで、また押し戻されてきたような感じ。  目の前に立っているのは赤い……カイト、その向こうに、鱗の取れたヘヴィーメタル。  私はカイトに目線だけを向けた。 「今は何も言わないで、とにかくコイツを倒すわよ」 「うん……!」    言いたい事も聞きたい事も有ったけど、先ずはコイツをどうにかしなきゃいけない。  回復したといっても重剣士のSPは極端に少ない。  私はブラックローズをカイトの隣まで走らせ、彼と殆ど同時に最後のスキルを打ち込ん だ。  勝負は、殆ど一瞬だった。 「邪舞!」 「反隼!」   私の攻撃じゃなかった。  カイトの闇属性らしい双剣のスキルが一気にヘヴィーメタルのHPを削っていた。  まるで激しいダンスでも踊っているかのような激しく流れる動き、それと一緒にバンバ ンと入るダメージは私の1,5倍くらいだ。  昨日とは段違いの攻撃力、いつの間にかカイトはここまでレベルが上がっている。  成程、考える事は同じだったってことか。  でも意地で最後の一撃は私が決めた。  ゆっくりと、バグだったモンスターは完全に姿を消していく。  その痕跡を消し去るかのように。 「まったく…、あんたレベル高すぎ。どうやったらそんなに早く上がるのよ」  私は大剣を背中に戻して、小さく苦笑した。 「さっきまでレベル上げしてたから……。あ、今の敵が水氷剣士の兜を落としたみたいだ。 ボクは装備できないからブラックローズにあげるよ」  そう言って会話を取り繕うかのようにすぐにプレゼントを贈ってくれるカイト、別に攻 めてるつもりは無かったんだけど…。  まったくもう、律儀なんだから。  思わずリアルでも苦笑が漏れた。  カイトのプレゼント、それと私の苦笑、そのどれもが一つ一つ暖かい輝きを持っている みたいだった。  一つだけ新しく自分の一面を見つけた。  それは、私が自分で自分の首を絞めてたってこと。  私が心から笑えなくちゃ、幸太も心配になっちゃうもんね……。  大げさな動作で目を瞑って。  そしてブラックローズの視線をカイトの方に向けた。 「あ、神像宝箱はブラックローズが開けていいから。心配しないで」 「そーゆー意味じゃないっちゅーの!」  私はまた暖かく苦笑した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー <感想> あー、やっぱり既存キャラ物は疲れます……。 AB片手に間違った表現をしてないか必死でしたよ、いやはや。(苦笑 まぁこれも修行の一環ですね、速水晶良の語りっぽく聞えれば幸いです。