<お互い、嘘はつきっこ無しね?>  リョースは自分たちの指示に従って動けって言ってたけど……、レベル上げくらいはや っておかないとね。そのくらいは自由だろうし。  私たちが相手にしているのは、……とんでもなく強くて厄介な相手の筈だから。  悔しいけど、今のままじゃあのバルムンクって奴にすら勝てない。それじゃああの樹木 の根みたいな怪物の相手なんて、出来るはずがない。  今の内に、せめて平均以上くらいには強くならないと。  私はメーラーを起動して、アドレス帳の一番上に居る相手にメールを送った。  今はまだThe worldにログインしてるみたいだから、少し待てば返事はすぐに返ってく るはずだ。  FMDを外して席を立つ、今の内にハナの水を替えてやる。  ……ハナは、相変わらず元気が無い。ご主人さまが居なくなってからもう1ヶ月以上経 っていた。  ハナのゲージを閉めたときに、聞きなれたメールの着信音が聞こえた。――予想よりも 早い。  ルートタウンで買い物でもしていたんだろうか。  とにかく私はすぐにそのメールを開くと……、二度目を読み返さずにログインした。  ふと思い出してFMDを被る――――‐‐  ドゥナ・ロリヤックに到着してみると、何だかいつもよりPCが少ない印象を受けた。  そんなに雰囲気を知ってるわけじゃないけど、心なしか雰囲気が暗い。……当たり前か、 つい最近あんなサーバーダウンがあった後なんだから。  私は辺りを見回すのを止めると、カオスゲートへと繋がっている橋の方に走る。  ここの雲の上にある橋、いつもはここを通るのってなんか怖いんだけど、今日は気にな らなかった。  他に気になる事があったから。  私はブラックローズを演じ(ロール)して橋の向こう側、少しと遠くからカオスゲート の隣に立っている紅い双剣士、……カイトに声を掛けた。 「どーしたのよ、あの返事。OKだかNOだか分かんないじゃない」  当然のように最初に文句を並べる、言いたいことはハッキリと言うのが私だ。 「あ……ごめん……」  カイトの反応は気のせいかも知れないけど、いつもより遅かった。  PCでも何だか落ち込んでるみたいに見える。そう言えば文和も元気無いときは喋りたが らなかったっけ……。 「で、どっち?」 「やっ…―――」 「――って、ここに来てるんだから、OKよね」  『やっ…』と聞こえたような気がした。けど、私の方が先に喋って出掛かっていた言葉 を飲み込ませる。  やっぱりやめるとは言わせない。   「うん……」   何とも否定的な“うん”だった。  いつも何かを決めるときはビシッと決めてしまう彼にしては、こう言う反応は珍しい。  ほんと、何か有ったのかな……。  だけどPCから表情を読み取る事はできない。読み取ろうとしても、私たちは既に転送さ れていた。  いつも思うけど、この転送の音って不思議だ。  不思議と、転送されたー、って感じが伝わってくる。音には感情を伝える力があるのか もしれない、だとしたらさっきの彼の声は……。  不安がペンキみたいに塗り重ねられていくようだった。 「魔方陣、やけに多いね…」 「レベル上げ、うってつけでしょ?」  地平線が永遠と続くような……ってループしてるからホントに永遠なんだけど、そんな 途轍もなく広そうな砂漠のエリアに、見渡せるだけでも十数個は魔方陣が在る。  少しだけさっきの落ち込み具合を忘れて驚くカイトに私も少しだけ満足して、道具欄か ら妖精のオーブを使う。  すると短い待ち時間を経て、見事に右下のミニマップが黄色い点で埋まった。流石に苦 労して探しただけあって中々質のいいエリアだ。  いつ見ても気合が入…… 「カイト?」 「………。 え? ……えっと、何?」  顔を覗き込んで、ついでに手を目の前で振った所でやっとこっちに気がついた。  これは絶対ボーっとしてると思った私の勘は正しかったみたいだ。 「てんてんてん、じゃないっちゅ〜の! どうしたのよ、さっきからさ。お姉さんに言っ てみなさい?」 「うーん、……何でもないよ」  やっぱり、心ここに在らずって感じだ。  一応何が有ったのか考えてみるけど、当然の事ながら心当たりがある訳がない。  ――だとしたらリアルの事、か。    一瞬、最悪の想像が私の頭の中を過ぎった。  そしてすぐに慌ててそれを追い出す。ある筈がない、起きないけど文和はちゃんと今も 生きてるんだから……。  何も言わずに黙々と魔方陣を開き出てきたモンスターを端から倒していく。このレベル のエリアなら、アイテムで強化していけば二人でも楽に勝てる。  何も聞けなかった。  彼の気持ちを考えると、それと“文和がそうなるかもしれない事”かもしれないと思う と……。  ただ黙々とモンスターを倒して、青い宝箱を幸運の針金で開いていく。  いつものように大ダメージを与えてくれたモンスターに悪態をつくことも無く、私たち はフィールドの魔方陣を一掃すると、そのままダンジョンに向かう。  とてもじゃないけどプチグソのBGMを聞きたくなるような気分じゃない。  私たちは歩いてダンジョンに入っていった。  苔生した広い洞窟のような、なんか火属性の癖に湿度の高そうなダンジョン。  私はやっぱり妖精のオーブを使うと『魔方陣、全部開けるからね』とだけ言って、闘士 の血が切れていないことを確認して先に進む。  画面を切り替えたときにふと気付いた。  ――そう言えば私が先頭に出るのって、久しぶりだ。  それだけカイトを頼りにしていた事に今更ながら気付いた、そして今日のカイトが妙に 元気がない事が改めて分かった。  けど、今は聞けない。  このまま立ち止まったら、立ち止まったままになりそうだから。    4階層目………少し長い、けど次はもう無いみたいだ。  となると、向こうの部屋の魔方陣を開けばコンプリートと言う事になる。魔方陣が少な めなダンジョンと比べると倍近い時間が掛かっていた。  自然、そうなると呪紋使いが居ないから回復アイテムのストックも少なくなってくる。 ミストラルも誘っておけば良かった、確か彼女もログインしていたはずだ。  だけど今更呼ぶわけにいかない。   「ライドライブ!」  さっきまで相手にしていたモンスターがモノクロになって消える、それと同時に<Lvel Up>の文字が効果音と一緒に頭上へと表示された。  これでこのエリアに来てから合計で3レベルも上がっていることになる。  収穫としてはアイテムも含めて上々、……だけど。  多分彼は、私もだけど、喜べていなかった。  隠し事というのはする方も、される方だって凄く辛い。  言って欲しかった、でも、聞けない。……そんな事が私の頭の中をぐるぐる回っていて。  気付いたら最後の魔方陣を開いていた。  独特の効果音と一緒に大型のモンスターが出現して……く……る? 「ウィルスバグっ!?」  もう、暗いとか何とか言ってる場合じゃない。  それくらいあの緑色の怪物は危険で、そして、憎かった。  申し合わせたかのように私が正面に、カイトが回り込むように右へと走る。私はすぐに 『ライドライブ』を連発し注意を引き付けてから、通常攻撃に変えた。  全力でかからないと。私たちが、……やられる! グ*@ゴ& ……グランゴン、だと思う、元は。  その癖に攻撃力も体力も全然違う。あいつが炎みたいなのを吹く度にこっちは残り少な い回復アイテムを湯水のように使うしかない。  何だか凄く腹が立つ、けど、冷静さを欠いたらあっと言う間に負けてしまうだろう。負 けたら、私たちも……。  辛いけど、今は耐えなくちゃ、いけない。 ――弱音を吐かないって決めたんだから、絶対に……  減らないメーターなんて最初から見ない。  ウィルスバグの上に表示されていくダメージだけに意識を集中させて、あと少し、あと 少し、と自分を鼓舞する。  本当にあと少しなのかは分からない。  だけど、あと少しと言ったら、少しだ。  そう信じるしかない。  長い……。  ……どのくらい、時間がたっただろうか。   ― PROTECT BREAK ―  普通にゲームをやっていたら多分有り得ないエフェクトが起こり、有り得ない文字が浮 かび上がる。   これが合図。 「………でたよっ!! カイト!」   私の声に頷くと、彼は一瞬右手に目を向けた。  彼が言うには“侵食度を確認している”らしい。私には良く分からないけど、兎に角腕 輪は使えるみたいだ。  ――バチバチという音と一緒に展開される黄緑色の“腕輪”――  彼はそれをウィルスバグへ向け、突きつけるようにかざす。 「データドレイン!」  その腕輪の力が解き放たれ、何本ものデータの槍みたいな物がウィルスバグを、貫いた。  瞬間、  ウィルスバグの緑色の鱗が粉々に砕ける。  何本ものデータの槍はデータのうねりのみたいになって、腕輪の中に吸い込まれていく。  残ったのは、ただの『グランゴン』。  HPの表示も元に戻っている。これで倒せるようになったみたいだ。  決着は5分も掛からなかった。  確実に、私たちは強くなっている。まだ、……足りないけど。        何も言わずに次の部屋に入ると。  お約束みたいにその次の部屋はアイテム神像部屋だった。  黄色い輪がウルカヌスの周りをグルグルと回っている、その前に“どうぞ取って下さい” みたいな感じで宝箱が置いてある。  アイテム心臓宝箱だ、これを開けるといつもよりいいアイテムが手に入って。ここでの 冒険が終わる。  いつもならカイトを促して宝箱を開けさせる所だけど…… 「待った」  彼の前に手をかざして、待ったを掛けた。  私の声に彼は振り返る、別に宝箱が欲しい訳じゃないってのは分かってるみたいだった。 「………」 「………」  “てんてんてん”が重なって表示される、今回ばかりは突っ込まない。私だって偶には 使いたくなるから。  暫く間があった。  凄く、長かったような気がする。  ウィルスバグと戦うときよりも、何倍も我慢が必要だった。言いたい事は、たくさんあ るんだから。  私は自分でも褒めたくなるくらい辛抱強く、待った。 「母さんに、叱られたんだ」 「何て?」  私は色々と聞きたい事を押さえ、短く聞き返す。     「最近成績が下がってるじゃないか、って。 別に、強く言われた訳じゃないんだけど… …」 「妙に優しかったんでしょ?」  私がそう言うと、彼は驚いたようにこっちを向いた。そう言えば今日向き合って話すの はこれが初めて。  何で分かるの? と言いたいみたいだった。  表情が無くたって分かるときは分かる。  私は出来るだけ明るく聞こえるように話した、けど、声に力が入ったかどうかは分から ない。 「あたしも、スケィスと戦う前にやったテストがボロボロだったんだ。だけど“仕方ない” とか言われた。  何も分かってなくても心配してくれるんだよね、親って」 「ブラックローズ……」 「分かった?」  あえて、言葉はここで切った。  ジッと固まったように動かないカイト。たぶんリアルで色々と考えているんだと思う。  長い間……、だけど今度のはそれほど長くなかった。  多分、今度の答えがどう返ってくるか。分かっていたからだと思う。  カイトが口を開く。動き出した彼の表情は少しだけさっきと違う気がする。  いつもの表情に……、違った。 「うん……、心配しなくても良くなるように。頑張ろう!」  少しだけ、成長したように見えた。  やっぱりカイトは器が大きいのだと改めて思う。  切欠さえあれば立ち向かっていける、その希望、切欠を決して見失ったりはしない。    私は言葉じゃなくて、笑みを返した。最近覚えたばかりのアクション。   彼も屈託の無い笑みを返す。 「僕たち馬鹿にになっちゃうかもねw」 「ならんわっ、……えっと、多分」  ――自信を持って否定できないのが悲しい。悲し過ぎる  語尾が段々と小さくなっていく。  我ながら情けない、今の私の“笑み”は多分カイトには苦笑に見えている筈だ。 「(笑)」  彼の最後の笑みは、何となく悪戯な表情だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 既存キャラ物は疲れます……。ホントに。 調べ物が恐ろしく多くなってしまい、かなり時間が掛かりましたが、何とか完成しました。 あまり確認している暇は無かったですけど、ブラックローズの一人称だと分かって頂けれ ば幸いです。 あ、ちなみに嘘はカイトの態度。ハッカーはカイトです。 ………次は絶対オリキャラを使う!