*あらすじ* <血肉を削って中古のパソコンを購入し。いつもプレイチケットをギリギリでかってプレイしている激・貧乏人、浅野猛(たける)。 彼が繰り広げる日常と言う名のサバイバルバトルを描いているのがこのシリーズだ! 碧衣の騎士団に立ち向かうのではなく、放浪AIと不思議な出会いをするのでもなく、給料アップのために店長と戦い、それとなく出合った仲間達に笑いながらドツかれる。 そんな微笑ましい日常の物語。 そしてそんな微笑ましい日常を打ち壊す勢いで居候中の従姉妹が、彼にはいた。 猛の従姉妹である加奈である。 小さな大悪魔と称するに相応しいこの少女のとんでもない素行によって猛は今日も大ピンチだ。 いや、違う。 ピンチ=危機 危機の次のレベルまで言ってしまうのが彼の常である。 ギリギリで助かる、なんてことの方が稀なのだ! さてさて今日の猛君にはどんな困難が待ち受けているのだろう……> 世界にはラブい風が吹いていた。 世界にはラブい雪が降っていた。 世界はラブい空気で満ち満ちていた。 「クリスマスですな。バカやろう」  目の前のカップルにそう言ってやりたくて仕方なかった。  人前で接吻? 見せつけかオラ?  寂しい寂しいクリスマス・イヴのバイト帰りの出来事であった。  俺は、彼女居ない暦17年7ヶ月と3日の人間にとって『悪夢』と呼ばれるその単語を、心の内側で呟いていた。  クリスマスとか正月のバイトは割が良いのが転がっているけれど、儲ければ儲けるほど心はどんどん寒くなるのは何故だろう。  世界の中心でアンチ・クリスマスと叫びたい。    さて、面白いネタを一つ暴露しよう。    今思い出した。  俺は去年の12月24日。  ……似たような言葉を呟いていたのさ。(ふははは、ログが有るなら調べてみるがいい!)  ……………ヒュルリ………  冷たい風が一陣、真っ黒な道路を吹き抜けて、その上の落ち葉を撒き散らしていった。  ふ、心に沁みる寒さだぜ。    ふと、空を見上げたら真っ白だった。  もう一時間もしたら真っ黒になるような時間帯だというのに、灰色ではなく白い雲が雪を降らせていた。  光の加減か何かだろうか、上を見る限り世界は真っ白だ。    そんなわけで、目の前の光景(公園インザ、バカップル)を見たくないので俺は極力上を見ながら家路に着いたのだった。  颯爽とサドルに跨りグイとハンドルを握り締める。気分的にエンジン全開。  うなる2輪の轟音。  迸る風切り音。  行くぜ我らがママチャリ2号機、クレイジーホエール号!!  時速55kmに挑戦だっ!!  ―――――雪で凍りついた地面、そこで一人の阿呆が滑ったらしい。 <続・輝け! オレのクリスマス! The year of 2005>  ――ガラガラピッシャーーン! 「ただいまぁ!」  こんなフレーズで家に帰ってくる高校生は今時分何人いるだろうか?  そんな感じに俺は廃屋………もとい、我が家に帰って来た。  お土産はでっかいタンコブだ。  『帰ってきたら洗い物済ませといてぇ』と、母親とは思えないようなお帰りの言葉が飛んできたような気がするが、今はとりあえず消毒して絆創膏でも張っておかなければならない。  そそくさと居間に移動して救急箱を取り出す。  古臭いのはいつものことで貧乏だって生まれてからずっとだけど、そんな我が家にだって救急箱くらい置いてあるのだ。 「………もらい物だけど」  赤い箱、ってやつである。  昔とある友人に我が家には救急箱も置いてないことを話したら、恵んでもらえたという逸話付き。  思うに親切心の塊だと言って過言じゃない、いつ見ても光り輝いて見えるぜ。  日本人の助け合い精神って美しい。  貧乏人をやっていると本当にそういった面を見ることが出来るし知ることが出来るというメリットが有るのだ。  その友人との写真は今でも、感謝の気持ちを込めて神棚に飾ってあったりする。    俺は一通りの治療を終えると、パンパンと手を合わせていつものように感謝の祈りを捧げたのだった。  いざと言うときに助けてくれない神様仏様なんかより、近くの友人の方が我が家は大事にするのである。  ほんと、これが正しい姿だと俺は疑っていない。  その友人は遊びに来るたび、神棚を見るたびに微妙な笑顔を見せてくれる。 「さぁて、洗い物か……。働けよ母さん」  冬場の洗い物は冷たいから嫌なのだろう。  理由が見え透いてるし隠そうともしないあたり最早末期症状である。  見てみれば、こき使うために息子を生んだと言わんばかりに昭和58年製のテレビを見ながら煎餅をかじっていた。 「はぁ……」  いつものことだが思わず溜息を漏らして、俺は流しに付くのだった。  因みにマイエプロンは古着を切ったり縫い合わせたりして作った手縫い(ミシンなんて有ると思ったか)の自家製である。  使いやすいように帯は上下で合計4本、首からかけるための紐も付いている。端っこには焦がした跡を隠すためにスヌ○ピーのワッペンなんかが引っ付いている。  かれこれ12年も使っているこだわりの一品。  6歳くらいから家事全般をやるようになってたんだなぁ、俺。  キュキュ、っと蛇口を捻って水を出す。  もちろん水道代を節約するために桶に水を溜めてそれで洗い物をする。  狭いけど、狭いゆえに働きやすいのがこの台所。  俺はその辺においてある洗い物をかき集めると一気に洗うべく腕まくりをする。  洗剤はミカンの皮が半分、薄めたジョイが半分。 「ふふ、メリークリスマス」  皮肉を込めて呟くと、洗い物は幕は切って落とされたのだった。 …………冬場の冷たい水と45分間の死闘が繰り広げられる…………  真っ赤になった手を20年近く代えていない変色した畳みの上にホッポリ出す。 「終わった〜〜」  んーーーーーーーー………っと、伸びをして、グッタリと横になる。そして力を抜いて目を瞑る。  今日の仕事はこれでやっと終わった、と言う意味だ。  冬休みに入ってから朝から暗くなるまでバイトの日々、晩飯はバイトで早めに食べれる(残飯処理とも呼ぶ)ので後は家に帰ってその片付けをすれば大体の仕事は終わった事になる。  休日は洗濯やら掃除やらあるのだけど、平日は流石に母さんも働いてくれるのだ。  まぁ、やらない時もあるけどその時は弟の卓がやってくれるし。  冬休みの方が体力的にはヤレヤレだったりするのが悲しいところ。 「うちの学校は宿題が少ないって事だけありがたいよなぁ……」  それもうちのクラスだけ特に少ないのだ。  先生はいつも登校時にグッタリしている俺の姿を見て、毎年大量の宿題を出すのを躊躇うらしい。  それに暖房器具の取り付けとか、ガス管の修理とか、職員室の床の皹の修復とか、果ては校長のリムジンの凹みまで直す便利屋を学校でやってる恩も有るかもしれない。  その成果やいかに。  今回も英語の書き取りが5ページだけ。  情に脆い鹿毛(かげ)先生が担任のせいか、こんな時だけ俺はクラスのヒーローだったりするのだ。貧乏人もある意味損ばかりしているわけではないのである。  働く人間は、努力する人間は必ず報われる。  そう、信じて生きていたいといつも思うのですよ。 「アーニーキー♪」  やっぱり、我が家は不幸だと思います。  この声だけは不覚にも可愛い声を聞いた瞬間。俺は一時の極楽から、いつもの地獄に叩き落された気がした。  1時間でもいいから平和な時間が欲しいと、本当毎度そう思う。  擦り切れた畳に血の涙が流れたかもしれない。  声を聞いてから一瞬の内にこれだけの思いが脳裏を迸ったのだった。    ……覚悟を決めて閉じていた目を見開く。  するといつの間に忍び寄ったのか、俺の枕元には短めの跳ねた髪をした女の子が『やけに笑顔』で立っていた。  そしてスススー…っと、顔を近づけてくる。  知らない者は癒されるであろう笑顔、知る者は破滅を予感するであろう笑顔。  俺は後者だった。  逆光になって暗い顔面がまるで魔王のように見える。  もしや精神的重圧でも狙ってるのだろうか?  いや違う。    精神的、なんて生易しい考えだった。  そいつはドーンと頭突きをかましてきたのだ。朝会のときに思いっきり礼をして前の人とぶつかるくらいの勢いをもってして。  ズガン、と。  ……まぁ、単に距離を測り間違えただけだろう。  数秒間お互いに頭を抑えるのだった。  ともかく、と気を取り直す。  やっぱり加奈は枕元に立っていた。  立ち位置としては美味しいが生憎ジーパンである。もちろん。コイツは制服以外スカートは持ち合わせていない。  何でって?  それはもちろん貧乏だから。  とにかく、先手を打たなければ。 「俺は今現在疲れてます、肩でも揉んでくれると嬉しいなー?」  できる限りソフトに返す。  何かを言われるより、されるより先に当たり障りの無いことを切り返せ。それがこの従姉妹に対する時の鉄則その1。   「二度とマウンドに上がれなくなってもいいなら、揉んでやってもいいけど」 「お前の辞書に『手加減』と言う単語は無いのか?」  目の前の少女、加奈は笑顔を崩さずに。 「削除した」  と、仰った。    有ったけど消したのかよ。  何処の鬼だ貴様。  因みにコイツは空手と剣道の有段者である、本気で肩を揉んだら言ったとおりのことは実践できるだろう。  何たって握力は毎日働いて鍛えている俺に追いすがるレベルにある。    俺は66kg。  加奈は57kg。  ………5歳は年下の少女が握力57kgってどうよ、明らかに体重以上の握力ですよ?  因みに平均は十代だとか。  仲間内では間違いなく化け物だとか呼ばれてるだろう、もしかしなくても体育教師より強いし。  結論で言えば貧乏人は生きるために体は丈夫である、と言うことかもしれない。  ならばそれを利用するしかない。 「じゃあ、そこのギブス両手につけて揉んでくれ。それなら丁度いいだろ?」  名を、『愛と勇気の貧乏脱出力養成ギブス』と言う。  粗大ゴミ捨て場やゴミ収集所で拾い集めてきた部品で作られたとんでもアイテムである。  なんだかもう、俺はゴミから何でも作れるかもしれないと、作ったとき思ってしまったような傑作だ。  これを全身に装着すれば、なんと普段の3倍の筋力を出さなければ動く事ができなくなるのだ!  学園最強を目指す加奈にリクエストされて何処かで見たアニメを思い出しながら作った品である。  まぁ、あまりにも体に悪いので週に2日くらいしか使えないものなのだけど、それを装着すればいくら加奈のバカ力でもマウンドに立てなくなることは無いだろう。 「よろしい、愚か者のアニキに肩揉みは力だけでないことを教えてしんぜよう」  ガチリ……バキンッ、とギブスを両腕に着けながら不敵に笑う加奈。  シンシンと雪の降り注ぐ窓をバックになんだか黒さ全開MAXだった。  どうやっても逃れられない運命がそこに有るかのように。  そんな従姉妹に俺は微笑みながらこう答えた。 「なぜ、お前は兄を労わらん」  もちろん加奈はこう答える。 「なぜって、そりゃ決まってるじゃん」  優しーく俺の双肩に年齢の割りに長い指の五指を乗せ、腕立て伏せをするように腕を曲げる加奈。  その目は優しーく細められていた。  あたかも毎日バイトをしている俺を労わるかのように。 「楽しいから」  両肩で、何かイケナイモノが大爆発を起こした。  電流イライラ棒をクロスチョップの勢いで首の両サイドに叩き込んだかのような衝撃と、痺れ。  脈動する血液が鼓動に呼応して痛みと激痛と苦痛を運んでくる。  まるで筋肉が全部神経になってそれを中からダイナマイトで爆破したかのようなディープインパクト! 「ごうぅぉぉぁああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっっっ!!!!!」  目が点になって魂が出たかもしれない。  だけど苦しみからは解放されないくらいの絶妙な手加減!   なんだ、手加減できるじゃないかと突っ込みたいが今は声も出ない、即ち助けも呼べない、逃げられもしない。  俺は居間の畳の上で悶絶した。  ひょろりとした体がアースレッドの直撃を受けたGの如くジタバタと、悪あがきをする。  何だろう、このウルテクは?  加奈は北斗神拳だけに伝わる秘孔でも知ってるのかもしれない。   奴は、実に性格に、筋肉の固まっている部分の中心核を握り潰していた。  こう……親指と人差し指で摘んでゴリッ!とする感じに。  とも思ったら。  ――――第二派っ!! 「アンぎゃぁぁぁぁぁぁぁおおぉぉぉああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっっ!!!!!」  そう言えば。  お隣さんは本日留守だったような。    ………狙ったな、加奈………。 「いいねーーっ、いつ聞いてもアニキの悶絶する叫びは最高だ! よ、一流芸人並のリアクション王! ひゃぁーーっはっはっは!」  ――――ゴキリッ!  じょ、上腕二等筋の億部に指が、ゆびがぁぁっ!? 「お、覚えてろぉぉぉぉぉぉぉ………!! ゼェ、ヒィ……っかぁぁなぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」  巷ではカップルが愛を謳歌したり、良い子の子供たちにはサンタさんがやって来る夜。  The worldにもログインできずに俺は臨死体験を経験していたのだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー えっと、書き始めが10時なので時間的にはギリギリセーフのはず! 最後の締めくくりくらいはキッチリと終わらせませんとね。 いや、まぁ、私のキッチリ終わらせるとは、即ちこんなお話だったりするのです。(ぉ やっぱり最後はこのシリーズで締めたかったのですよ。 最後まで読んで頂きありがとう御座いました。 また来年の作品をお楽しみに!