<血肉を削って中古のパソコンを購入し。いつもプレイチケットをギリギリでかってプレ イしている激・貧乏人、浅野猛(たける)。 彼が繰り広げる日常と言う名のサバイバルバトルを描いているのがこのシリーズだ! 碧衣の騎士団に立ち向かうのではなく、放浪AIと不思議な出会いをするのでもなく、給 料アップのために店長と戦い、それとなく出合った仲間達に笑いながらドツかれる。 そんな微笑ましい日常の物語。 前回初登場してきた脅威の新キャラ、従姉妹の加奈。 この凶悪無比な少女と同居する(させられる)事となった浅野猛君、一気に死亡率が上が ったのは言うまでも無い。 そんな彼女の前でThe Worldを立ち上げたらいったいどうなるだろうか? さてさて今日の猛君にはどんな困難が待ち受けているのだろう……>              <敗北>  何がヤバイって?  そんな物は決まっている。  この、体勢だっ! 「でぇぇぇいいい一人用のイスに無理やり座ってくんなぁぁぁぁっ!!」  ソファーならまだしも、ただのイスとしか言いようも無い普通のイスに二人で座ろうと 思うと物凄い事になる。  幾ら双方細身とは言え、そんな事したら半身がはみ出すしかない。  いや、それよりも密着状態が問題か。夏場にするもんじゃない。  例え冬でも願い下げだが。 「悔しかったらもう一つイスを用意しろ、貧乏人」 「お前に言われたくはないわ、ド貧乏人。余分にイスなんか持ってるわけ無いだろ」  いや、普段ならこの部屋には弟の卓の分のイスが空いているのだが、こーゆー日に限っ て部活が早めに終わって帰ってきたりする。そして本当に珍しい事に宿題をやっていたり する。  何でも先生が怪我をしたので中止になったとか何とか。   「はっはっは、ゴメンね兄ちゃん。今日に限って沢山宿題があってさ☆」  確信犯ではなかろうか?  いや絶対確信犯だ、あの『☆』からして絶っ対に確信犯だ! 部活を引き上げてまで俺 を困らせたかったのかコイツはっ!?  ……まぁ、流石にそこまでは無いか。  でも宿題をこの時間帯にするのは間違いなく嫌がらせだろう、俺への。  粗大ゴミ置き場からえっちらほっちらかついで持ってきた歴史あるマイチェアーが“ギ シリ”と嫌な音をたてた。 「ウチに立たせる気?」 「俺にこそ立たせる気か貴様」  俺が立ってパソコンを使う中、座ってノンビリと眺める加奈。……想像しただけで惨め だ。 「じゃあ、半分こってことで一件落着。それよりもさ、早くThe Worldってのやって見せ てよ」 「はいはい……」  息が掛るほど近くで女の子が座っている、と言うかくっ付いている。肌が触れ合うほど に。  ……と表現するとなんだか恋愛小説みたいだ。  だが実際は違う。  言い得て違う。  同じにしたら全国の恋する少年少女に失礼だ。   故に、こう表現するとしよう。  イス取りゲームの最終戦を思い出してみれば良い、俺たちは平静を装いつつもちょっと でも多く自分の陣地を取ろうと押し合っていた。  仁義無き戦いである。  女の子の匂いがする? 肌が柔らかい?  HAHAHA、夢を見ちゃいけない。  スパッと言ってしまえば加奈は俺よりも貧乏な家に生まれたのだ。……家があったのか は謎だけど。  そんなわけで清潔な服を着ているわけでもなく、更に言えば毎日のように鍛え上げた肉 体は下手をすれば俺をも凌駕する。ついでに剣道柔道で足せば7段までいけるツワモノな のだ。  俺は朝青龍を髣髴とさせるその強烈な押しに耐えながらパソコンを起動させると、長大 な待ち時間にふと思った疑問を口にした。 「ん? そう言えば加奈って今の口ぶりだとThe Worldを見たこと無いのか? いくらお 前でも友達の家とかで見たこと有るだろ」 「パッケージはね。けどThe Worldって基本的に一人プレイだろ? だから遊びに行って もみんな切って違うのをやる、だから動いてるのを見るのは初めてだな。ぶんどってやる ほど興味をそそられたわけでも無いし」  最後の一言は聞き捨てなら無かったが、一応こうやって覗き込むぐらいには興味は有っ たようだ。  因みに言って置くがこの家に来る前の加奈の家には、CMが流れるであろうテレビは愚か ラジオすら無かったはずだ。だからこういったゲームとは主に友人宅で目にする程度だっ たらしい。  っと、そうこうしているうちにやっと俺のオンボロ中古パソコンは起動した。別段大量 にソフトを入れているわけでもないのにこれほど遅いのは有る意味犯罪的だと思う。  まぁ、粗大ゴミ置き場から拾ってきて根性で修理したわけだからしょうがないけど。  でも本当、粗大ゴミ置き場は宝の山だ。毎週回収前に覗いて行く価値は大有りである、 ……けれども、家族総出で行くのはどうかと思う今日この頃。  多少の猶予を持ってThe Worldの立ち上げ画面が表示される、我が家のパソコンのスペ ックではしょうがないが『100%』までロードされるまでがまた長い。  けれど、意外にも気の短い加奈はジッと座りながらその画面を覗いているのだった。  よほどパソコンの画面が新鮮なのだろう。  と言うかコイツはテレビでも興味津々に新鮮そうに見る、まるで発展途上国から来た外 人みたいだ。いや、どこぞの少数民族レベルかもしれない。   「あ、剣が出て来た! へぇー」  こうして素直に反応してくれると可愛いのだけど。 「ねぇねぇ、あれ使って悪魔とかの首をかき切るの? あ、それとも多人数参加なんだか ら血生臭い戦争でもあるんかな、うんそれっぽい!」  女の子なんだからもっとこうお淑やかに……いや、もう遅いか。 「お前の表現が血生臭いわ。全年齢対象なんだからそんな表現は出ないっての、全く……。 えっと『午後6時に【Σ逃げ惑う 鮮血の 悪魔】に集合』か」 「いいね、その名前」 「………」  いや、まぁ、そんな名前のエリアなんだから仕方ないんだけどさ。  コイツはどうも血を見るのが好きらしい、恐ろしい事に。  取り合えず横から口を挟まれてばかりなのも難なので、加奈にはThe Worldの取扱説明 書を渡してログインする俺なのだった。  FMDを被ると加奈が見えなくなって今一不安だが、それも仕方あるまい。  俺は細身の重斧使いとなって先住民族の遺産【フォート・アウフ】に降り立った。 『そいつが兄貴のキャラ? ……ってうわ、何の捻りも泣く兄貴そのまんまじゃん。鎧に 合わないなぁ』 「ええぃいいだろ別に、説明書読んでろよ」  FMDを被ってもディスプレイの電源は入れて有るのでそっちにも画像は表示されるのだ が、情け容赦なく感想をぶちまけられた。  確かに似てるし俺本人を知っているなら鎧も似合わないだろう、でも鎧を着ていない重 斧使いなんて女性キャラぐらいのものなのだからしょうがない。  これでも軽装のグラフィックの鎧を着ているのだ。 『でもまぁ、カッコ悪くは無いか』  う……、そう言われるとちょっと照れるじゃないか。  変換こそされないが、加奈の声はバッチリマイクを通して向こうに聞えていたので、今 度こそ黙って欲しいものだ。  と言う訳で人目を気にしながら走ってカオスゲートに行く俺なのだった。  だって、ねぇ。  家庭の事情を暴露しながらのうのうとゆったり歩くわけにも行かないし。  クルクルリンと回る水色のカオスゲートは今日も相変わらず回っている。偶には反時計 回りに回ったっていい物を、この真面目な輪っかめ。 「【Σ逃げ惑う 鮮血の 悪魔】っと」  そんな不思議な魔法の輪っかを前にしていつもとはちょっと違う転送をする俺なのだっ た。  外見上はいつもの通り黄金の輪を潜るように転送する。  でも心の中はいつもの数十倍重かった。  ここまで来れば感嘆に想像できる。このイスを侵食してきた小さな侵略者は、絶対に俺 の仲間を見て黙っては居まい。  無礼な感想を述べるか、売り言葉に買い言葉で喧嘩をおっぱじめるか……。  今から物凄く心配で心が重い限りだ。  そんな俺の気も知らず、ふとFMDを上げて見て見ると加奈は上機嫌に説明書へと目を通 していた。  どうやら興味をそそられたみたいだ。  まぁ、その辺りはThe Worldのプレイヤーとして純粋に嬉しいのだけど。  そんな期待に満ちたような加奈の顔を見ていると、直ぐに画面が切り替わった。こんな オンボロパソコンでもThe Worldの回線はそれなりに早いのだ。  得てして精密な3DのMMORPGなんてものはこういった画面の切り替わりで超が三回くら い付くほど重いもの、……だったそうだ。The Worldのすごい所は常識を『だったそうだ』 に変えてしまったことだろう。  パソコンに疎い俺ですらこの早さには驚かされる。何でもサーバーに日本が開発した世 界最速のIC技術を使っているのがミソらしい、超電導体を使った「単一磁束量子回路」に よって数百ギガヘルツの情報伝達速度を誇っているそうだ。そしてその容量もまたペタバ イトまで言っているのだからすごい。  そこは真っ赤な荒野だった。  元は何も無い寂しい荒野なのだろうが夕日だけが凄く綺麗で、まるでそれだけが存在を 許されているかのように鮮やかな赤が空と大地を染め上げている。  このエリアでは夕日が沈む事は無い。  即ちこのエリアは夕日以外の存在は無意味に思えてしまうような、そんな荒涼とした存 在感の中に単一にして絶対的な美しい一色が存在する場所だ。  寂しさの中に夕日だけがある。  ただ、現実問題として多少のオブジェクトや魔法陣は有ったけれど。それもあの大きな 夕日に比べれば極めてちっぽけなものだ、俺自身も。  ここに来るのは初めてじゃない。  けれど、いつものように俺はポーッとしながら夕日に見惚れて歩いてしまうのだった。  そんな一瞬空っぽになってしまった脳ミソに現実を植えつけてくれる声が届いた。 「ウィールさーん! 遅刻ですよー!」  ちょっと遠くから、ちょっと声を大きくして走ってくる小さな影。  ウィールと言うのはもちろん俺のPCの名前だ。 「まったくもう、みんな揃ってますよ」  そう口を尖らせながらも目では笑っている人格者は俺の仲間の一人、剣士のアーサだ。  うん、これが正しい女の子だ。  加奈によって無残にも崩れ去っていたイメージが再び復活したのだった。  しかも優しい。  何かと回りに厳しい人やら厳しい世界やらしか広がっていない俺にとって彼女こそ癒し であった。特に今はもう、凄く。   『おお、彼女か〜? ん、コノヤロ』  加奈のジジくさい台詞は綺麗に無視する事にした。  肯定しても否定しても絡まれそうだ。  因みに今回の台詞は予測済みだったので素早くマイクのスイッチをOFFにして事なきを 得た、手元でONN/OFFはお手軽に変えられるのだ。  俺はそのままアーサに引っ張られるように皆の待つ集合場所に歩いていった。  で、そこには黒マントの背の高い体格もごつい弓使い(最近のバージョンアップで追加 されたのだ)と、長い砂金を流したかのような金髪の綺麗な呪紋使いが待っていた。  男の方がアーザス、女の方がセレアさんである。 「おーしこれで全員揃ったな、それじゃ早速『紅さそり』狩りを始めっか!」  アーザスが俺を見て開口一番に待ってましたと吐き出したのがこの言葉だ、アーザスは かなり気の短い方だがこの様子だとそれでも随分と待ったようである。  加奈が来てごたごたしていたとは言え少し悪い事をしてしまったかもしれない。……と 思って時計を見たが、その時計は遅刻は5分である、と告げていた。  ……やっぱ気が短いな。   『紅さそりって何?』  マイクを外して答える。 『この辺に居るモンスター、魔法陣ってのはもう読んだよな? こいつはちょっと特殊な 奴で魔法陣から出てこないんだ、そんなのを野良モンスターって言うんだけど、コイツの 場合野良専門ってこと。しかもプレイヤーに出合ったら逃げ出す。だからお約束で経験値 が高いんだ、下手すると逃げられてばっかで時間が掛かるからあんまり人気の有るモンス ターじゃないけどな』 『ああ、メタル○ライム』  その反応は凄く正しい。  けれど何故か名前をすっぱりと言ってしまうのは良くない事の様な気がした。 「今日は狩場を取られて無いよね?」 「ああ、今日は大丈夫だぜ。さっきあんまりにも暇なんでぐるっと見てきたけど俺たちの 他には誰も居なかった」  本当に気の短い奴だな。加奈といい勝負かもしれない。  因みに狩場、とはモンスターの出現ポイントの事だ。The Worldの仕様では毎回多少出 現ポイントはずれるけど大雑把なモンスターの出現ポイントは同じなのだ、故に弱くて経 験値の高いモンスターなどはそこに陣取って出現次第倒す。  だから狩場と呼ばれる、MMORPGの基本用語である。  因みに先日は他のパーティに陣取られていてレベル上げが出来なかった。ポピュラーで はないとは言え要領さえ掴めればこのレベル上げ方法も効率は悪くないのだ。  紅さそり狩り。  それは赤い夕日の支配する赤い世界の中で、赤く染まった砂に塗れて逃げる紅色のさそ りを追いかけるというものである。  ちょこまかと逃げる紅さそりは非常にターゲットし難い上に小さくて見つけ難い、それ を乗り越えて見事狩ると高い経験値が手に入る。  基本的には全員が有る程度間隔を開けながら一緒に行動し、見つけ次第前衛がそいつを 気付かれるギリギリのラインの後ろから近づく。そして右後ろ左後ろ同時に襲い掛かり、 前方に逃げさせる。そこを遠距離攻撃の出切る後衛二人が豪雨の如くスキルを乱射して倒 すのである。  前衛の攻撃は近くでターゲットしてもすぐに逃げられるので追い込み役にしかならない。  そんな訳で、俺たちはセオリー通りに少し間隔を空けて歩き出したのだった。  「あ、見つけたわ」  早っ。  だがセレアさんの指差す方向には隠れているはずの紅さそりが確かに居たのだった。  紅さそりは常に隠れるか逃げる貸しているので狩場でも見つけ難いのだけど……、セレ アさんはこの微妙なグラフィックの違いを見分けるのが得意なのだ。  早速合図を送ってモンスターの感知範囲である12歩の距離より近づかないようにして 回り込む俺とアーサ。  ここで『せーの』っと声を合わせて同時に感知範囲内に入るのがミソだ。そうでないと 紅さそりは曲がって逃げてしまう、このタイミングが難しいのだ。  だがそんな問題は俺たちの前には無いも同然、いつものように掛け声を掛けようとした その時……。 「せーー……」 『あ、モウダメロンだって! うわぁ、変な食い物があるんだな』 「……のっ、あうぁっ!? ミスった!!」  緊張の一瞬がズッコケた。  アーザスの遠距離射撃も空しく方向転換、紅い砂煙を小さく立てて一瞬で遙か遠くまで 行ってしまう紅さそり。  見送るしかない俺たち。  ニヤリと笑った後に面白い物を見つけたかのように笑っているであろう加奈。 「あぁ………、行っちゃいましたね……」  レベルアップでも近いのか凄く残念そうなアーサ。  う、うう、心が痛むっ。 「す、スマンみんなっ!!」  ……ああ、面と向かって非難はされないけど視線が痛い!  当然だ、俺たちはあの作業をミスった事は最近ではゼロだったのだから。もう絶対ミス らないなんて啖呵を切ったことも有ったっけ。   『か〜〜なぁぁ!!』 『さーて、何の事かなぁ? あ、そろそろ晩御飯の時間だぁ。兄貴も早く降りてこないお かずは残って無いかもよ〜♪』  悪戯っぽく笑っては半分こしていたイスから飛び降りて(俺のイスは高いのだ)ピュー っと部屋を出て行く加奈。  心なしか固め瞑って舌出してなかったか?  ともかく言える事は唯一つ。  あんのやろう〜〜〜!!  この場合野朗とは相応しく無いが、加奈の場合野朗で十分だ。  しかし、これは初めてではない。  加奈は何故か俺が親しくしている人間には男だろうが女だろうが敵愾心を燃やすのだ。 女のこの場合は激しくぶつかり、男の場合はやんわりと良い子ぶって近づきスッパリと絶 つ。  どうやら俺の存在を『自分の物』と思い込んでいるらしく、他の人間に取られるのが嫌 なようなのだ。  お前のものは、自分の物。自分のものも自分の物。  見事なまでのジャイアニズムだ。 『タケーー、折角加奈ちゃんが来てるんだから夕飯ぐらい一緒に食べなさいっ!』  これが止めだった。  そうだった、加奈の居る時はこんな強制拘束力が働くんだった。忘れていた……。  タケとは猛こと俺の事、呼んだのは母さんだ。  で、母さんは普段夕飯なんて作らない人なのだ。作るのは普段俺の仕事である。でも加 奈が来た最初の3日間くらいは見栄を張ってるのか自分でご飯を作る。  で、折角作ったご飯は絶対に食べさせるしお残しも許さない絶対的な拘束力を振りかざ してくれる。  普段作らないだけに食べてくれないと不満なのだ。あの人はホントに、普段は俺が必死 に料理してる時はごろ寝してTV見てるくせに……。 『クラァさっさとこんかいっこのクソ息子!!』 「や、やばい、人格が変わった! 急がないと本気で餓死するまで飯が抜かれるっ!」  言った通りそのままの意味だ。 「ハ? ウィールさんどうかしましたか……?」 「ゴメンっ、本当にゴメンっ!! 俺の命が掛ってるんだ、悪いけど飯落ちする! じゃ ぁ!」 「あ、おいっ!」  くっそう、加奈が母さんを急かして夕飯の時間を早くしていたのか……!  そう言えば良く思い出すとそんな事をしていた気がする。  負けたぁ……。  俺は惜しみながらも一旦The Worldから抜けると、年に何回出せるかというスピードで 一階の居間へと降りていくのであった。  少しでも遅れたら飯は無いだろう。  ただでさえ少ないのに食客が一人増えたのだから。  ああ、これから毎日こんな生活が続くと思うと非常に先が思いやられる。  全速力で走りながらも器用に溜息をこぼす俺なのだった。