さぁて物語の始まり始まり………の、前に! 読み始める前にちょっくら前回までのあらすじを説明しよう。 あ、でも。 この俺、浅野猛を知っている人なら読み飛ばしても構わないよ。 <血肉を削って中古のパソコンを購入し。いつもプレイチケットをギリギリでかってプレ イしている激・貧乏人、浅野猛(たける)。 彼が繰り広げる日常と言う名のサバイバルバトルを描いているのがこのシリーズだ! 碧衣の騎士団に立ち向かうのではなく、放浪AIと不思議な出会いをするのでもなく、給 料アップのために店長と戦い、それとなく出合った仲間達に笑いながらドツかれる。 イッツァ グレ〜〜ト デイリィ! 因みに、この物語はリアルとThe Worldが双方絡み合って進行する、けど、全然まったく これっぽっちも“世界”の不思議に関係しない。 そんな物語。 さてさて今日の猛君にはどんな困難が待ち受けているのだろうか……>           <ヤツが来た!>  夏。  珍しく湿度が低くカラッとした暑さに包まれた日だった。  毎日バイトをしている今どき珍しいほど勤勉な俺だけど、今日のバイトは深夜から、と ノンビリお茶を飲んで久々の休息を貪っている。  勿論、生まれてこの方家には扇風機すらないから暑かろうと団扇だけが友達だ。  俺は半分睡眠しながら自分で自分に団扇を扇ぐという母性愛ならぬ自己愛(?)の秘儀 を使って昼寝していた。  32時間連続労働の後の安らかな眠りのはずだった。筈だったのに。 バッタァァァァァンッ!!  っと見事なまでに邪魔されるのだった。  ああ、俺の32時間の苦労に対するささやかな労いが……。  まるで本日の運勢を示唆しているかのようなタイミングとはこのこと。  激しい勢いでドアが開かれた。  で、出てきたのは俺より背が高いのに俺よりも更にガリガリの如何にも貧乏そうなオー ラを発しちゃってる中年男。  眼鏡&30%白髪&禿げ、から推定するに40代後半っぽいが実は39歳。  親父だった、普段なら両手を添えてドアを開けるくらい気の弱い親父なのだからこの行 動はかなりの非常事態である。  睡眠は惜しいけれど非常事態なら仕方がない。 「……なに? 隕石でも降ってきたの?」  冗談を転がしつつ背筋をピンと伸ばして俺は覚悟決める、同時に吼えるような声が俺の 耳に投げつけられる。  どんとこいだ。 「猛、すぐ部屋を片付けろ! 今日だ……5時までに、あ、あいつが来るぞ!」 「ブゥゥッ!?」  俺は、そう、例えるならヴィラ・デ・エステ。世界一美しいと言われる噴水の如く薄め た渋い緑茶を噴出したのだった。  綺麗な弧を描いて宙を舞う緑茶。  もれなく俺の今後の予定に床掃除が追加された。  あっさり粉砕された俺の覚悟。  それだけ俺にとって『あいつ』と言う言葉は痛い。 「やれやれ、予想どうりの反応をする息子だな……」  しかしこの反応を半ば予測していた親父。  俺のお茶攻撃をお盆を盾代わりにしてガードしていたらしい、さすが我が親。分かって いる。  親父は何食わぬ顔でゆっくりちゃぶ台に置き、後で拭いておけよと言ってから話を続け る。 「実はだ、夏休みの間中こっちに滞在するらしい。下手すればもっととも言っていたな」 「……地獄だぁぁぁ」    お茶を拭きつつ話を聞いていると、聞けば聞くほどに青ざめていく俺。自分で言うのも なんだが記憶の底から蘇る恐怖で顔も見れたもんじゃない。  『あいつ』、と言う単語から連想される記憶の末尾には、必ず恐怖という外れくじが付い ているのだ。  それほどまでに俺は『あいつ』を恐れていた。  あんぐりと開けたままの口で残ったお茶を味わいもせずに流し込む。そして咽た。  動揺しているらしい。  神経の太さには自信が有るのに。  信じられない。いや、そんなことを考えるだけ無駄か。  親父の口から発せられたのは信じたくない事実なのだ。親父は俺が生まれてから一度も 嘘を付いた事がない正直な人間なのだ。  おかげで踏み台にされまくって全然出世できない。  はぁ……。  それを思うとまた一つ心がヘビーになる。  そんな俺の心境を知ってか知らずか、親父はそのまま言葉を続ける。 「さっき電話が有った、ヒッチハイクで捕まえた霊柩車がもうすぐ名古屋に着くそうだ」 「そ、そんな……。幾らなんでも急すぎる、こっちにも準備っていうもんがあるのに!」 「十円玉を拾うのに時間が掛かったんだそうだ」 「……貧乏に拍車が掛ってるな、ホント」  身内ながら悲しくなった。  いや、うちも貧乏なんだけどね。  なんでわざわざ霊柩車なんて捕まえるんだよ。と言う突っ込みはこの際置いておこう。  兎に角俺はその真実に対して最後の抵抗を試みるかのように、苦しい言葉を吐いた。 「金がないくせに何でいつもわざわざ遠くから遊びにくるんだよ、叔父さんたちは……!」  この言葉に十分に『迷惑してるぜ!』って意味を混ぜ込んでおいた。  つまり来るのはそーゆー人たちなのだ。  遊びに来るたびに、文字通り遊ばれるというか何と言うか。  ああ、思い出すと頭が痛い。 「今回は、遊びに来るわけじゃないそうだぞ?」 「なっ……」  親父の十分に苦しい意味を含んだ言葉は俺に容赦なく最悪の想像をさた。  遊びに来るわけじゃない?  それはつまり……。 「こっちに転勤する事に、なったんだそうだ。だがあいつに家を借りる金は無い」 「あぁーー……つまり。うちに、住み込むってことか」  半ば予想してはいた。……いや、いつかこうなるんじゃないかと言う予感はしていた。  だけど、それがまさか現実になってしまうなんて……。  ノストラダムスの大予言が今更になって的中した気分だ。嘆く気力すら沸かない。 「左遷先で左遷されるなんてな……、流石はうちの血族だ。はっはっは」 「笑い事じゃない笑い事じゃないって!! そんな血筋真っ向から否定する!! ……は ぁ、唯一叔父さん、名前に抗い過ぎだよ」  地方から名古屋に来た場合左遷ではなく栄転に聞えるだろう。だが親父の話では叔父さ んは名古屋ではなく、中部国際空港に向かう途中で名古屋に寄るらしい。  何でも沖縄の更に端っこに方に有る島の工場まで飛ばされるそうだ。  ……いったい何したらそんな事になるんだろうか?  兎に角、そんな理由で我が家に一人、唯一叔父さんの娘が滞在する事になったらしい。  つまり置いて行かれる事になったのだ。  理由は至極簡単。飛行機代がギリギリ一人分しか無いから。  ……寂しすぎるぜその理由。   本人がそう希望したのと、叔父さんが一人娘をろくに電気すら通っているか怪しい離れ 小島までつれて行く事を流石に可哀想だと言って頼み込んできたのが理由と言っているら しいけど。  あくまで金が無いからだろうと俺も親父もちゃんと分かっている。  叔父さん親バカだから意地でも娘を連れて行きたいはずなのだ、でも出来ないんだから しょうがない。じゃあせめて格好でも付けないと。  そんな叔父さんの思考パターンが手に取るように分かる。うちの家系ってほんと正直者 ばかり。  因みに断るという選択肢は存在しない。  とっくの昔に叔母さんには愛想を尽かされている叔父さんが余りにも不憫で、結局親父 は断れなかったのである。  我が家も偶に【食べない日】なんて物が有るって現状なのに食客を増やすのはある意味 自殺行為なんだけどなぁ。  お人好しここに極まれリ。  ふと時計を見るともう短針が4に到達していた。  おおっと、そんな事より早く部屋を片付けないと。  あいつに見つかったら大変な事になる。  「俺、自分の部屋を掃除してくるよ」 「制限時間は30分だと思え、塵一つ残しちゃいかんぞ」  魔界、と呼ばれる我が家の危険な階段に一歩足を掛け。 「分かってる」  とだけ答えて俺は駆け上がって行った。  手摺が無く、加えてギィギィと軋むこの階段を駆け上がるには凡そ三年の修行がいるだ ろう。  で、部屋に着く。  16歳の青少年に相応しい物はあんまり目に入ってこない部屋、置いて有るのは中古の 二段ベットに中古のテーブル……を改造した勉強机と脚立の上に置かれたCRTモニター &その下のパソコン。  それだけだ。  漫画やコンポやTVやエアコン、それは愚かラジオも扇風機すらない。  二人で使っても悲しいぐらい広い部屋だった。  散らかしたくても散らかす物がないという状況、戦後みたいだ。  利点は掃除するのが楽なくらいだろうか。  悲しいが、今はそれが有り難い。  弟の卓はまだ部活に行っている、ならばここを掃除する人間は自分しかいないと言うこ とだ。  俺は気合を入れて掃除を始めたのだった。 「………加奈、確か中一に上がったんだよな」  気合を入れた矢先に溜息が出た。 <40分後>  我が家は辛うじて木造二階建てで住宅面積32坪と聞こえだけはギリギリ平均ラインを クリアしている。  が、見た目は思い切り平均ラインを下回っていた。    幼稚園ぐらいの男の子が『ボロイお化け屋敷!』と震える声で叫んで両手で目隠しして 我が家の前を走っていった出来事は未だに記憶に新しい。  それでも税金は平等に取られるんだから、世の中はちょっと不公平だ。  大きさじゃなくて住宅の価値に合わせて税金を取るようにしてくれたらきっと大分安く なる。  そんなギリギリ人が住める程度の家の前に一台の霊柩車が走ってきて、やがて止まった。  ヒッチハイクに応じた酔狂な霊柩車の割には見た目は普通だ。  妙に我が家とマッチするのが腹立たしいやら悲しいやら。  霊柩車の似合う家って……。  俺はそんな感想を抱きつつも押し殺し、玄関で霊柩車から二人の人物が出てくるのを待 った。  するとそんなに待たずに中から声が聞こえてくる。   「どうも。ここまで有難う御座いました」 「いえいえ、お役に立てて何よりです。機会があればまたお乗せしますよ」  和やかな大人が二人。そんないい感じの会話。 「分かった、ウチのオヤジがくたばったらアンちゃん呼んだるよ。世話になったもん」 「ハハハ、それはどうも」  そこに横入りするブラックジョーク。  この声の主が『あいつ』だ。  和やかな冗談と共に笑顔で霊柩車を見送り……。  ん? なんか唯一叔父さんの顔引きつってるな? 霊柩車呼ばれるあてでも有るのだろ うか。  しかしその表情も『フ…。いつもの事か』って顔をした後に、普段のものに戻る。  無精ひげのみっとも無い上に頼り気のない顔だ。  こっちの中年も明らかに出世コースから外れてるのが見て取れる。ほんとうちの家系の 男って何なのだろう。  だが冴えない中年でも娘への愛は本物だ。  叔父さんは慣れた手つきでこちらにロケットダッシュを決めていた娘を引っ張り戻すと、 彼女を左手で伴ってこっちにゆっくりと歩いてきた。  大人の貫禄。  その姿は例えるなら単三電池と単四電池が並列に並んで歩いて来ていると言った感じだ、 ちょうどいい具合に体格差が有る。  でも電力は単四電池の方が強いのだろう、あいつは単三電池の腕の中でもジタバタして いた。 俺と親父は打ち合わせ通りにこやかな笑顔でその二本、もとい二人を迎える。 「久しぶりだな唯一。元気……じゃないみたいだな、そのやつれ方は。 それといらっし ゃい、加奈ちゃん。うん、こっちは元気そうだ! はははっ」  親父は首を振る叔父さんの方にポンと手を置くと、加奈に笑い掛けた。  お金はないけど爽やかなのが取り柄だ。  さり気無く目線を唯一叔父さんから外すのがポイント。  そして加奈と呼ばれた叔父さんの娘、つまり俺の従姉妹に当る小さな娘っ子の返事はこ うだった。 「オッス、久しぶりだなハゲちょびん。どうだ、もう係長くらいにはなれたか?」  笑みがピシッと固まった。  急所に会心の一撃が決まって効果はバツグンだ。  流石加奈、挨拶代わりにかわいい笑顔を浮かべて大砲をぶっ放してきた。  加奈は黙って笑顔でも浮かべていれば間違いなくかわいい部類に入る、と言うかこうい う展開でブスなんて出ないもの、兎に角かわいいのだ。  しかも制服、……別に狙ってるとかそう言う事じゃなくて他にまともな服が無いのだろ う。10円玉を苦労して探すような親子の片割れなんだから。  そう、かわいいだけに傍目でもこれは痛い。  少女に泣かされる中年オヤジ。うあ。  しかも無邪気に言ったのではなく。邪気たっぷりなんだから、もう。  今度は叔父さんが親父の方を叩く番となった。 「……すまないね、兄さん。先が思いやられるだろうけど、この子を頼むよ」 「あ、ああ。分かっている」  爽やかな笑顔は物凄く重たそうな苦笑に変化していた。 「で、どうなの? まさか本当に昇進まだだったのかい?」  また固まった、固まって石となり崩れ去る我が親父。  叔父さん……、やっぱり血筋と言う事だろうか。  無邪気に酷い事言うもんだ。  ハゲちょびんはあえなく母さんの陰で『の』の字を書く体制に入ったのだった。  背中に巨大な影も背負ってる。おまけに湿度も5%くらいは上げただろう。 「あーあ……」 「オッス、兄貴!」  かわいい笑顔から一転してニヤリと悪役的笑みを浮かべる加奈。  俺にやーな予感をさせるにはこれで十分だ。  きっと狙ってる。 「さ、先に言っとくけどヒョロヒョロとか木偶の棒とか貧乏臭いとかセンス無い服とか言 うなよっ!」  俺は精一杯の無い知恵を振り絞って防御の体制を作った!   「相変わらず冴えない顔してんなー、ちゃんとメシ食って寝ろよ? そんなんじゃ一生彼 女は出来ないぞ。ん?」  ぐはっ!  アッサリと防御を崩され貫かれるナイーヴなマイハート。  喰らった、モロ喰らった。最初に抵抗した分こんなにアッサリやられると痛い。  と言うか最初に自分で言った分も結構痛い。何やってんだ俺……。  い、いかんいかん!  これから共同生活が始まるんだ、これくらいで屈したら生きて行けない!  親父には無い根性で俺は立ち上がった。 「でーーい余計なお世話だぁぁ!!」  さり気無く彼女いない事を肯定しているのに今気付いた。 「さ、冴えない顔は元からだってのっ!! お前こそ、そう言うからには彼氏の一人や二 人と涙の別れをしてきたんだろーな? どうなんだ? ハ、その言葉遣いが治ってないか らには聞くだけ無駄だったか」  負けない、俺は負けないぞー!!  中一に熱くなる高二の俺なのであった。  今度は叔父さんが固まってたがその辺は無視だ、大事なのは我が身。  浅野家の男なら復活だけは早いはずだし。 「アッハッハッハ♪ 心配には及ばないぞ兄貴」  余談だがこの次点で叔父さんは砕け散った。  余裕を持ってカンラカンラと笑う加奈。  「そこに、居るから」 「……は?」  水色のミサンガの揺れるその手、その小さいながらもタコの出来ている指の指す先には、 ………俺がいた。  ちょっと移動して避けてみるが間違いなくその指先は俺を追ってくる。  こ、これはもしや。   「な、もしかして俺の守護霊の涼君かっ! いつの間にそんなに仲良くなってたんだ!?」 「違うわボケッ!」  一瞬にして高まる目前の殺気。なぜ?  分からないがとにかく攻撃がくる。  俺は加奈の感情の高ぶりから攻撃が来ると先に予測を立て……  ――蹴り上げっ!  ……それをギリギリの所で飛び退いてかわした。   「うをっ!! 風圧で頬が切れたっ!?」  マヂで頬に一筋の赤い線が……。  思わず流れる冷や汗。  危なかった、また一段と速くなってる。なんでうちの血筋が通ってる細足でここまで速 く蹴れるんだか。  というか、すぐ足が出る性格は全然変わって無いご様子で。 「チッ……」  本当に残念そうに仰ってる。  久しぶりに会った身内を初日に消すつもりだったのかコイツは?   「……ったく、兄貴霊が見えるのかよ」 「バカにするなよ? 物心ついたときから振り向くと後ろにいてね、嫌な事が有った後に はすぐに現れて慰めてくれるだ!」 「そりゃタチの悪い背後霊だ! 兄貴……、疲れてるだけじゃなくて憑かれてたんだな」  そ、そうだったのか……!  やたらと姿の見せる守護霊だと思ってたけど、まさか悪霊だったなんて!  あ、だから俺こんなに運が悪いのか。  おみくじで大凶5割、賽銭入れてしめ縄を揺すったら鈴が落ちてくる、占いで女難水難 火難横難羅難危難同時宣言、行く先々で黒猫を見かける、つうかこの家に生まれた事…… などの理由がこれなんだな!  正に何年も解けなかった知恵の輪が解けたような感覚、驚きと言うより納得だった。  ……悲しい。 「……話が逸れたけど、ウチの彼氏はお前だ! 兄貴っ」 「ちょっと待て、こっちは承諾してないぞ」  冗談じゃない。  確かに彼女は居ないが気になる人はいるんだ、勝手に決められて溜まるか!  つうか身内に恋慕するほど飢えてないぞ俺は!  う、しかしこれはもしや告白?  案外恥かしがりやの加奈が恥かしさを隠すためにこんな言い草を?  そうか! ならば男としてキッチリと返事を……。  ふと見てみれば加奈の表情は告白なんてもんじゃなかった。  告白は自分の思いを打ち明ける事。  この場合自分の思いを隠しつつ強要っぽい。  不敵な笑顔&豪快に指を鳴らしていらっしゃる。 「承諾しない? 問題ナッシーング。すぐに命乞いしながら承諾する事になるから」  この次点で俺は家にダッシュしていた。  戦う気は0、負けるから。  いつもより3割り増しのスピードで自分でも驚くぐらい気合が入った逃げ方をして引き 戸を開けるとぴしゃりと閉める。  ―――加奈なら縛り上げて拷問くらい平気でやりかねない。  その事実が俺を突き動かしていた。  まだ外にいる中年男二名も入れないような気もしたけれど今は緊急事態だから諦めた。 躊躇いは無し。  だが、犠牲を払ったにも関わらずお構い無しに反対側の引き戸が容赦なく開いて加奈は 侵入して来たのだった。  そー言えば引き戸って片っぽを抑えてももう片方は普通に開くのである。 「アホだな、兄貴」  ちょっと呆れられた。  ……言い返せないのが辛い。 「さ、意気揚々と新婚生活でも始めようじゃないか♪」  ってもう新婚かい。  いつの間に結婚式をした、披露宴をやった!叔父さんに頭下げた!!苦難の道を歩んだ っ!!!  何がしたいんだ従姉妹よ。  どうにも理解できないうえに、もはやこの暴走は止められそうも無い。  つまり流されるしか無いって事。  右手を拘束された俺は、辛うじて靴は脱げたもののガツンゴツンと壁にぶつかりつつ引 き摺られて行くのだった。  少女とは思えない足腰のパワーである。  さすが空手&剣道で有段者なだけはある、肉体的には逆らえそうも無い。  く、くそ、こういうキャラは最後には主人公に負けるもんだろっ? ガコンバコンベキッメキャッ、ズズズズ……   ……無理です、勝てません。 「この乱暴者ぉーー……っ!!」  だから責めて言葉だけでも反抗する俺なのであった。  ハゲちょびんに左遷オヤジ。  砕け散った中年男二人は五分後に戻って来た。  舞台は居間にチェンジ。  粗茶ですが、と言って本当に安っぽい粗茶を出す俺。  因みに加奈の拷問からは唯一叔父さんが救ってくれた、首根っこ掴んで引き離す辺りさ すが13年も父親をやっているだけはある。  俺は初めてこの人を尊敬したのだった。  できればずっと滞在して欲しいくらいだ、加奈対策として。しかしすぐにまた次のヒッ チハイクをして出てしまうと言う。  前途多難。 「猛君はだ、その……いつから加奈と?」 「本気にしないで下さいよ」 「オジサンとしてはだ、身内と言うのは世間の風が冷たくてお勧めできないのだが……」 「聞け左遷オヤジ」  そろそろ精神的に余裕がなくなってきた俺なのだった。  もういいや行ってしまえい。 「そうだよパパ、HOTなLOVEに壁なんて無いも同然」 「何だその気持ち悪い声ぅぐはぁっ!!!」  み、鳩尾、鳩尾にクリーンに肘が、肘がぁぁ!  吐く、吐く、後1センチ深かったらリバースしてたぞっ!  17年住んできた家の床の味を初めて知る事となった俺。ああ、せめて仰向けに倒れれ ばよかった。 「な……、そうだったのか加奈。だからあんなにここへ来たがっていたんだな。……確か に猛君は真面目で良い子だ。だがな、身内なんだぞっ? 父さんは認めん! 認めんぞぉ ぉ!!」  ああ、何か話が妙な展開に。  って言うか俺の否定の言葉と素振りから察してよ叔父さん……。  くぅぅ、突っ込めないこの体が憎い。    そう思ってた一瞬の間に加奈はこっちに向けて小さく親指おっ立てやがった。計算済み ってか。  そしてすぐにちょっと上目遣いの潤んだ瞳に。  役者め。 「パパぁ、でもだって、パパが遠くに行っちゃうなんて私寂しいんだよぅ! 一人はいや なの、だから、だから……。私、パパが許さなくても一緒になる!」 ……(衝撃を受けてちょっとの間が開く)…… 「確かに。父さんは遠くに行くんだ、それは変わらないな……」  悲しそうに目を伏せる唯一叔父さん。  何故引っ掛る!?  俺のことを兄貴! っとか呼び奴が行き成りパパとか私になってるんだぞっ!   気付けこの親バカ!  この芝居には裏が有るんだぁぁぁ!!  そう、心の中で叫ぶ敗者の俺。ああ、まだ立てない……。 「パパ、心配しないで。パパが向こうに行っている間に私たち色々進めておくから」 「い、色々って……」 「あーんなことやこーんなことかなぁ?」  ああ、叔父さんの目に炎が。  ああ、加奈の口もとに勝利に笑みが。 「絶対早く帰ってくる!! それまで猛君! うちの娘に手を出すんじゃないぞぉぉぉ ぉ!!」  流石に人が良い唯一叔父さんだ、俺自身を締めると言う選択肢は考えなかったらしい。  そして飛行機に乗らないと言う決断を踏む勇気も無かったらしい。  物凄い勢いで叫ぶとそのままトランク一個背負って走っていってしまった。  なんちゅー単純な。   「ふ、扱いやすいオヤジだこと。これでちっとは早くこの豚小屋からも出れるようになっ かな」  コイツ絶対地獄に落ちる。  そして絶対閻魔様と一戦やらかすな。  俺は小悪魔を超えて大悪魔並の邪悪な笑顔を浮かべている加奈を見てそう確信した。  オヤジ心を弄ぶ乙女。  普通は逆だろうに……。いやそうでも無いか?  取り敢えず豚小屋を否定できなかった俺なのだった。 「唯一も相変わらず思い込みが激しいのが治らんなぁ、はっはっは」  困った風に笑ってるくせに全然止める気配の無かった親父。  もしかして楽しんでるのかも。 「いいの? ほっといて」 「この場合その方が良いだろう。それに、もう向こうから連絡してこない限りこっちから は連絡できんしな」  向こうでは通話料金が払えないから電話も置いてないのだそうだ。詳しい住所は知らな いから手紙も出せない。  人間の暮らす場所なのだろうか、ホントに。  まぁ、そんな場所ならなおのこと頑張って前線復帰を果たしてくれるのかもしれない。  取り敢えずそうなる事を願っておいた。 「そう言えば加奈、さっきの」 「ああ、全部演技」  認めるの早っ。  まぁ実はホントだったの、とか言われるよりよっぽどかサッパリしていて良いか。  とは言え、ホント前途多難だ……。 「それより兄貴! 久しぶりに組み手やろうぜ、組み手!」 「俺を殺す気か」 「うん」  即答ですか。 「肯定すんな、手加減するとか言えぇぇぇぇ!!」 「ウチ、嘘とかつけないし」  嫌な感じの笑顔浮かべるなよあどけない年頃の少女。 「でも演技は出来るんだな?」 「ふ、演技と嘘は別よ、ベ・ツ」  演技のほうが罪が重くないか? 深く人を騙す分。  そう思ったがあえて口には出さなかった。  出したら状況の悪化しか招かない。  俺は軽く溜息を捨て置いて席を立つ。 「それに、もうすぐ約束の時間だからダメだ」 「ブツでも取引するの?」  ゴクゴク自然に聞くんだから、このおマセさんは。  もうちょっと冗談めかせて発言してくれると兄貴は嬉しいよ。 「お前の頭ん中には危険物しか詰まって無いのか? The Worldで集合メールが 届いたんだよ」 「なーんだ、じゃウチもお邪魔しよっと♪」  音符。  彼女の口からこのマークが飛び出た時は、その前の言葉は必ず実行されるのである。  例え俺がどんなに抵抗しても無駄なのだ。    ああ、The Worldの仲間達にも危機が迫る!?                                 続く ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 勢いで書いてたらメチャメチャ長くなった上に続き物に。 一話完結ならず。AH HAHAHA! リアルばっかりで申し訳ございません。(汗 次回はThe World編です。乞うご期待!