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11月24日(木) 朝

 拓海は自分が嫌いだった。

 拓海は、友を殺した自分が嫌いだった。
 友を殺させた父が嫌いだった。
 その父を殺した母が嫌いだった。
 そんな父と母から生まれた自分が嫌いだった。

 まぁ、母はともかく、父は別の男だと察してから、すでに諦めているのだが。
 七海はどーにも、尻が軽くて股が緩い。
 よりにもよって、父が一生かけても追いつけなかった伯父の子を産んでは、そりゃ父が拓海を見限るのは当然だった。念のためにと、弟をさっさと捨ててしまったのも理解はできる。
 母を疑えない自分の出自と、呆れるくらい伯父に似てしまった自分の性格。
 先日、父は超えたと本人が云っていたが、身長くらいしか超えた気がしていない。

 右手に触れるのは、殺した友でも、そのとき握った銃でもなかった。
「んー……」
 少し火照った頬のまま、担任が拓海を見るので、妹たちとおそろいの茶髪をなでる。ご機嫌そうに目元を緩めた先生は、拓海に寄り添い目を伏せた。
 竜退治を成し遂げた勇者に姫君を娶せるのは古来からの倣い。
 年上の処女に抵抗があるのは本心としても、12月末生まれの拓海にしてみれば、単純計算、クラスの3分の2は年上だ。いまさら、だろう。
「痛く、ありませんでしたかね」
「優しかったです……」
 痛かったと、微妙に云われた。
 36人の恋人たちはともかく、先生の処女まで……と慧や涼華はいい顔をしなかったが、このヒトで終わりと思えば引き下がってくれている。
 身贔屓抜きでも、ドロシーとか鈴とかエリカとか、まだまだ増えそうな気もするンだよなぁ。
 妹たちとおそろいの栗毛をなでているうちに、女教師の呼吸と鼓動が穏やかになってくる。逆サイドと先生の向こうで、理美と渚も寝息を立てていた。
「……長生きは、できないよなぁ」
 あと63年。
 拓海は、自分がいつ、どう死ぬのかを知っている。
 だが、死因も死に様もどうでもいい。拓海は死ぬまでに、恋人たちへの責任を果たせるのか。それだけが不安だった。

 11月22日に行われた機神ふれあい試乗会は、控えめに云っても大成功だった。
 150機以上の機神を動員しての軍事イベントなど、新潟県内では過去に例がない。まして、一般人をその機神に乗せるのがメインのイベントなど日本国内でも類を見なかった。
 機神とは軍事力であると、拓海自身が常々繰り返していたように、火力演習ならやるだろうが民間人に銃を持たせ戦車に乗せるイベントなど、日本ではありえない。
 だが、アホの子とアホの子の師匠はそれをやってのけた。
 有望な若手ジョローチの発掘と確保はどこの自治体でも課題となっているが、実際に乗せて戦闘やらせて、腕を試すのだから、力量の確認にこれ以上の方法はない。
 さらに、どのくらいまでの機神に乗れるのか目分量で把握できる、拓海の特性が問題だった。乗せて動かしてもらえばだいたいは、だが正確に把握できる。
 実際に乗せて乗れるのと乗れないのを確認しては、誰もが拓海の見識を認めないワケにはいかなかった。
 新潟市と周辺市町村、その範囲とはいえ軍事業界におけるキャスティングボードを一手に握った、若き槍。
「拓海クン、すごいよね〜」
「惚れ惚れするでありますねー」
 子供教員たちが口々に云うので、雄訳先生少しご機嫌。
 協賛した都合で新津学園からは生徒だけでなく教職員も現地入りして、普段は1B、とせいぜい1Dくらいしか乗れない機神たちを堪能してきた。まったく、信士はいい息子に恵まれたものだ。
「でも、怖くない?」
 柏先生の声に、何人かが真顔になった。
 拓海本人が再三繰り返しているように機神は軍事力、人を殺せる。150機の機神があればどれだけの人数を殺せるのか想像もつかなかった。
 柏先生が新津中央に内通していることは、赴任当初からすでに判明していたので、校長はもっとも信頼する教員にその身柄を委ねておいた。
 先月のヘマもあって公式に1Bからは外してあるが、まだ拓海を排除するような言動があるなら、雄訳先生の判断で処理していいと言質は取ってある(当然、文書化などできるはずがないとしても)。
 実習科主任が口頭で注意しようとしたタイミングで、校長室からショタくみが出てきた。
「おはよーござ……」
「ショタくみクンだー!」
「ちっちゃい天牢さんであります〜♪」
 正穀センセととーりきセンセが嬉しそうな声を上げるので、拓海の分身体は露骨にお困りな形相になった。
 闘力先生は育っていないだけだが、アメリカ出身で飛び級している正穀先生は実年齢で17歳。
 実寸そんなに差がない子供教員2人、ちっちゃい拓海に寄った。
「ねーねー拓海クン、あたしもお出かけしたい〜。温泉連れてって〜」
「お母様たちの母乳が染み込んでるおっぱい温泉に入りたいであります〜」
「1Bの子たちのサイズの秘密!?」
「お嬢ちゃんたち、その話詳しく!」
「落ちつきなさい! ただし、私にだけは教えなさい!」
 声を荒げる女教員たちを私欲マル出しの雄訳先生が怒鳴りつけた。ショタくみ、地魁先生のうしろに隠れている。
「……ちょっと怖い」
「いぢめられたら云ってくださいね」
 朝チュンしたのを顔に出さないよう努力して、失敗している担任だ。少し頬が赤い、しあわせそうな顔でちっちゃい拓海を気遣うので、賢機先生とか幽谷先生のような、年長の女教師たちが察して苦笑する。
 同床地三、地魁三姉妹をベッドに並べることは、新潟の音楽業界に関わる男どもなら誰もが求めてやまない。
 それを成し遂げたアホの子は、年上の女教師を見上げた。
「ボクはさておき、先生、音楽科の教員免許ってお持ちです?」
「いえ? 修めていませんが」
「あい、判りました。父ちゃん、ないってさー」
 校長室に顔だけ戻したショタくみがそう云うと、いつもよりえびす顔の校長が「ないそうです」と電話に云う。
 朝イチで、県教委からいつもどーり嫌がらせの電話が来た。ただし、今回は割と切実な内容。
 周知の事情で、新津中央から羽虫被告がいなくなっている。
 一般的に、教務主任にはいくらでも替えがいるが、音楽教員は一校に一人しかいない。
 そこで、新津学園への嫌がらせで、拓海の属する1B担任の地魁先生が新津中央に異動するよう、正式な要請が来た。
 正式な要請ならば拒否権があるが、今回はそもそも、それ以前の問題だった。
 地魁先生の亡き両親は高名な音楽家だったし、本人も学生時代は国際コンクール級の演奏もしていたが、しかし、音楽の教員免許は持っていない。
 校長から「地魁先生、その資格もってませんよ」と云われた県副教育長の桑畑さん、本人に再確認するよう求めたので、拓海が口頭で確認したらやっぱり持っていなかった。
『地魁先生ですよ!?』
「ええ。うちで把握している教員免許も現国のものだけですし、本人に確認も取りました」
 拓海と信士への嫌がらせと人質として、1B担任を引き抜こうとしたら、そもそも対象外だった。
 悪意は判るが、人質とまで思い詰めているとは気づいていないアホの子のアホ親、気の毒になって続ける。
「うちの音楽科教員を新津中央に異動させる分には、まぁ本人の意思を確認してからならかまいませんがね」
『そ、れ、はぁ……あー、じゃぁそちらで。その場合、新津学園の音楽が授業できなくなりますよね?』
「そうなったら、地魁先生に教員免許とってもらえば済む話ですから」
『先に地魁先生に取ってもらって、異動してもらうワケには』
「4年かかりますよ? 新潟音大には貸しがあるので、代わりの教員はすぐに手配できますが、手続きってありますから。地魁先生を音楽教員として異動させるのは、4年くらい待っていただかないとシステム上無理です」
 どうして先に調べなかったんだろう。桑畑さん、かなりお困りの様子で、
『……じゃぁ、また連絡します』
「はいはい」
 朝イチで大変だなぁ、とむしろ同情しつつ信士は受話器を置いた。事情だけは説明しておかなければならないだろう。
「拓海、今度は江藤先生呼んでくれ。あとはいいぞ」
「あーい。だそうですので、江藤先生、中へー」
 戸口を譲りつつ声をかければ、音楽担当の女教員が校長室に入る。その間に、地魁先生と手をつないだままコワモテの実習科主任のところにたどりついた。
「トシおば……もとい、雄訳先生、今朝の分です」
「はいはい。それにしても、ねェ」
 仕込んだ篭原忍軍での業とは異なり、拓海の分身体は本人の属性から外れる。
 慧の魔力で作る肉人形は人体を保てるが、他の魔力で作ると本体とは外見が違って生じることになり、モモの魔力だとドワーフの外見になっていた。
 もともと細マッチョな拓海なので、そのままドワーフにすると、4年前にイタリアへ帰った頃の本人と大差ない外見になる。
「当時を思い出しますねー」
「ほっといてください……」
 雄訳先生らしからぬ表情で、子供教員に絡まれているショタくみを見下ろしていた。
「一度、解剖……もとい、身体測定したいです」
「ですの」
 養護教諭の霊泉先生と家庭科の蔵本先生が素でのたまうのが、聞こえたショタくみは地魁先生にしがみついている。
 他の女教員たちからも目線が怖いので、教務主任がほどほどになさいと促した。
「ところで、何でちっちゃくなってるんだい?」
「誰か最初にソレ聞いてくれる人はいなかったんですかねェ」
 まぶたを押さえていたショタくみ、困るより呆れる。
「昨日までの疲労が抜けていないもので。授業はちゃんと受けるから、休み時間中はこっちでいさせろって父ちゃ……校長に、許可取ったんですよ」
「瑞希の弟子だったのを忘れておりましたよ……」
 現代日本最高の魔法使い、魔女っ娘みーちゃんこと大鷹瑞希の父親が呆れ顔でぼやいた。
 最近、大鷹教頭は拓海より苦労しているように思えてきたが、本人としては何も云えない。拓海には云う資格がない。
「あたしの授業はそのカッコのままでいいよ♪ 手ェつないで授業しようねー♪」
「授業にならねえかと思うのですが」
「自分もショタくみクンさんといちゃいちゃしたいであります〜」
「クンまでが商品名とか思われてる!?」
 ツッコミが激しいのは父譲り(この場合は実父)。
 校内でDJS絡みの活動をする場合は事前と事後に報告書を出せと、以前雄訳先生が説教したら、アホの子は写真付きの壁新聞を用意するようになった。
 叱るどころか殴りつけたが、アホの子の側にも都合がある。
 正式な報告書なら本国の許可が必要になる。毎日わざわざ本国の許可取ってから提出しなきゃならんのか、と抗弁されては、雄訳先生でも不承々々引き下がっていた。
 区内どころか新潟県全体でも例を見ない大イベントだったため、今朝の壁新聞は3倍量。普段なら一枚モノが、3枚で出されたので、雄訳先生いい顔しつつ、それぞれに目を通して捨て印していく。
「私の写真では、生徒は喜ばないと思いますが」
「そこは校長の推薦でしてー」
 午後のトゥルネイで雄訳先生チームは、シェリルのチームに敗れている。
 新津学園関係者同士の対戦を載せるなら、校長の娘やスキンヘッドの尼さんを出すより実習科主任の写真がいいだろうと校長から指示された。
 このアホ親子はまったく、と呆れ顔した校長のもと同級生、3枚まとめてショタくみに返してやる。
「では、目立つところに貼ってきなさい」
「あいっ」
 良い子のお返事をした校長の息子に、ではなく、その斜め上に雄訳先生は目をやった。
「あと地魁、保護者面もほどほどになさい」
「あ、はいっ!」
 自分が拓海に近すぎているのに、いまさら気づいた担任だった。拓海よりは妹たちに申し訳ない。
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