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History Members 三国志編 第28回
「輝け三国志盃争奪ざっつノンダクレグランプリ西晋代表(国内1位)」

 とりあえず保護したモスコビッツじいさんを、迎えに来るようカミさんに連絡を取って、来るまで保安官事務所で休ませることにしたところ、じいさんは昔語りを始めた。
「ワシは若い頃からノンダクレておりましてな。仕事もしないで酒ばかり呑んでおったので、ある日、ついにキレたカミさんは『何か仕事を探してこなかったら離婚だよ!』と、ワシを家から叩き出したのですじゃ」
「自業自得だろ、ホントに……。それで、じいさんは何を探してきたンだい?」
 じいさん、にっこり答えたね。
「今のカミさんですじゃ」

Y「…………………………」
ヤスの妻「真顔で悩まない!」
Y「あ、ああ……何でもないぞ、うん。何でもないとも。この世は全て絵空事だ」
F「それ、オレの台詞な。えーっと、モニタの前の皆さんには伝わらンだろうけど、僕の声は潰れています。かなり辛いンだが2週連続で休むのも悪いので、何とか28回を決行することに。投票結果を踏まえて、三国志盃争奪ノンダクレ列伝の西晋代表で」
三妹「風邪引くと長いのよね、この雪男」
A「鼻声になってるけど、録音をテキストに起こすの大丈夫か?」
F「自分で云ったことならある程度判るけど、お前らの台詞はどーだろうなぁ……ぐしゅんっ! むぐ。というわけで、今回は『竹林七賢』から劉伶(リュウレイ)について一席」
A「詩人だね」
F「確認するまでもないと思うがしておこう。三国時代は曹操曹丕曹植三曹らによる漢詩の隆盛期でもあった。曹操の下に集った『建安七子』や、魏から晋への過渡期を生きた『竹林七賢』は名高い」
A「『建安』と『竹林』って、世代としてはどれくらい違うンだ?」
F「『建安』の次の世代が『竹林』になる。『建安』のひとり阮瑀(ゲンウ)の死を悼んだ曹丕が、未亡人に『遺された子を抱いていると溜め息が出る』との詩を送っているが、その『遺された子』が『竹林』筆頭格の阮籍(ゲンセキ)なんだよ」
Y「字義通りの息子世代か」
F「『建安』については回を改めて講釈するが、『竹林』の七人は戦乱の俗世を離れて清談にふけっていた。策謀に満ちた中央政界や形式と化した儒教への反発から、竹林に集って酒と詩を交わし、一世を隔そうとしたワケだ」
A「云ってしまえば郭泰(カクタイ)の亜流か」
Y「もっと云えばニートの魁だな」
F「ニートはともかく、郭泰の行いは無関係でないな。そもそも清談は、党錮の禁で多くの儒者が死んだモンだから『あんな奴らの二の舞は御免だぜー』と老荘思想にかぶれたもの。端的に云えば『儒教を捨てて世捨て人になろう運動』で、郭泰の、俗世から隠遁して後進を育てるものとベクトルは違っても根っこは同じだ」
ヤスの妻「『こんな時代はもうイヤだ』って厭世的な根っこだね」
A「絵空事だなぁ……」
F「まぁ、世を憂う気持ちの向く先が未来か自分の中か、という違いだね。そんな『竹林七賢』の中でも劉伶は一種異様な存在感を誇っていてな。唐代の李賀(リガ)という詩人が『将進酒(しょうしんしゅ)』という詩を詠んでいる。詩仙李白にも同じタイトルのものがあるが、李賀はこの中で劉伶について触れているンだ」

李賀 将進酒
琉璃鍾琥珀濃    ――グラスには琥珀色がよく似あう
小槽酒滴眞珠紅   ――注ぐ酒は赤い真珠
烹龍炮鳳玉脂泣   ――肉汁のしたたる肴がまた旨い
羅屏繍幕囲香風   ――香り立つ風に屏風が揺れる
吹龍笛撃鼉鼓    ――笛や太鼓を鳴らすなら
皓歯歌細腰舞    ――おねぃちゃんも忘れちゃいけねェな
況是青春日將暮   ――春だ、日はもう暮れる
桃花乱落如紅雨   ――紅い雨のように桃の花は散っていく
勧君終日酩酊酔   ――野郎ども、思う存分ノンダクレようじゃねえか
酒不到劉伶墳上土  ――あの劉伶でも、墓の中に酒は持ち込めなかったンだからな

Y「なんか、孫権を彷彿とさせる詩だな」
A「……云われてみれば、なんか孫権の人生を詠んだ詩だと云われてもしっくりくるなぁ」
ヤスの妻「ラスト一段の人名を除けば、確かに。えーっと『況是青春日將暮 桃花乱落如紅雨』は『少年老い易く学成り難し』でいいのかな?」
F「でしょうね。だから『さぁ、みんなで酔っ払おうー』と勧めているワケです」
A「とりあえず、その李賀って詩人が鄭泉(テイセン)を知らないってコトは伝わった」
F「だが、唐代の詩で『地獄まで酒を持っていけなかった』つまり『地獄まで酒を持って行きかねないと思われていた』と詠まれている辺り、すでにノンダクレグランプリ向けの人物だというのが判るだろう。ここらでテンプレ行きたいところなんだが、生没年は不詳だ。豫州沛国の出自になる」
A「曹操と同郷なんだ」
Y「出身は人格に影響せんぞ」
F「ごもっとも。この男は、曹操とは似つかない真似をしでかしていたことで知られている。財産のあるなしは念頭になく、とにかくいつも酒びたり。酒がめを乗せた粗末な車で、スコップ担いだ従者ひとりを伴って外出し『ワシが死んだらその場に埋めろ』と云いきかせていた」
A「むしろ、外出するな」
F「家にいるときもノンダクレなんだよ。二日酔いで非道くのどが渇いたから、とカミさんに酒を所望するンだから」
A2「(こくっ)……二日酔いには迎え酒がいちばん」
Y「よう云うた、あー子。お前は正しい」
F「呑ませる奴がいるから呑むンだよな、ヨッパライって……。だが、このカミさんはちょっとズレている。酒がめに満ち満ちていた酒をブチまけて持ち上げられるくらいまで減らすと、地面に叩きつけて破壊した。ンで『あなたの呑み方は非道すぎます! これじゃ身体にいいわけありません!』と泣き叫ぶ」
A2「(くすっ)……判っちゃいるけどやめられない」
ヤスの妻「少しは控えた方がいいと思うな」
F「素直な話、アンタ黙らせるには呑ませるのがいちばん手っ取り早いンですがね。酒をやめろと迫られた劉伶は『まったくもって、おっしゃる通りでございます、ハイ』ととぼけた顔して、徐邈(ジョバク)を凌ぐ名文句をのたまった。あえて書き下して引用する」

「判った、判った。だがな、ワシひとりでは酒をやめられそうもない。ここはひとつ、鬼神に祈って誓いを立てよう。さぁ、すぐにお神酒とお供えを用意しておくれ」

A「あー、うん……あの聖人じゃかなわんね、こりゃ」
Y「格が違うな。悪い意味で」
F「カミさんもとぼけたもので、何を血迷ったのか実際にお神酒とお供えを用意して、祭壇までこしらえてしまう。さぁ誓いを、と迫られた劉伶は、鄭泉にも引けを取らぬ祝詞を唱えた。あえて書き下して引用する」

「天は地上にワシを生み、酒をもって名をなさしめた。一斛の酒などひと干し、五斗では酔い覚ましにもならん。女房など何するものか!」

F「ンで、酒を呑んで肴を食べだした」
A「鄭泉よりタチが悪いよ、このヨッパライ! 鄭泉はそれでも節度ってモンを……」
Y「あったか?」
A「……ないね。呉の宮廷ではアレでふつうかもしらんけど」
F「普通じゃないカミさんが、このあとどうしたという記述はないな。もっとも『世説新語』に『竹林七賢にはそれぞれ優秀な子がいたが、劉伶の子だけは世に知られなかった』とあるから、子供もちゃんといたらしい」
A「ロクな子供じゃないのは、親見ても判るよ……」
F「そういう考え方はしないようにな。ちなみに沛という地はひともあろうか高祖劉邦の出身地なんだが、まぁその辺の事情はさておこう。さらに、なぜか晋書劉伶伝で『身長143センチくらい、外見はとにかく醜い』と酷評されている」
A「あのチビエロと同郷というのは、人格には影響がなくても、体格には影響が出ているようだな」
Y「誰のことだオラ。……つーか、コイツいったい何がしたかったンだ?」
F「僕が聞きたいよ」
Y「お前が講釈してるンだよ!」
F「冗談はさておき……ぐしゅん! むぐ、ところで。最初に触れた阮籍は、碁を打っていたときに母親が死んだと聞いたンだが、かまわずに碁を打ち続けながら三升も酒を呑んで、血を数升吐いている」
A「お父さんは小さい頃に死んだのに、母親はそれくらいのトシで死んだのか」
Y「そういう話題じゃねェンだろ?」
F「最初に云った通り『竹林七賢』がノンダクレていた時代というのは、魏から晋への過渡期だ。曹氏勢力は何かと迫害されて、曹操のひ孫を娶っていた『竹林』のひとり嵆康(ケイコウ)が『ニートだから!』と処刑されたのは、以前触れてあるな」
A「えう? ……ちょっと待て、それって」
F「司馬一族が曹氏に取って代わろうとしていた当時、なんだよ。宮廷では謀略が渦巻き、外地では戦火が治まらず、儒教だの礼だのは衰退の一途をたどった。それだけに、迂闊なまねをして司馬一族やそれに近い者に目をつけられてはかなわない。実際に、同朋の嵆康が死んでいるならなおさらだ」
A「だから、ノンダクレのふりをして世間の目から逃れようとした?」
F「阮籍はともかく劉伶のノンダクレは素みたいだけど、そういうことだ。特に、曹氏どころか司馬一族にも取って代わろうとしていた鍾会は、嵆康を殺し阮籍をも殺そうとしている。薄氷を踏みながら阮籍がからくも生き残ったように、劉伶もまた酒をもって身を守った、と」
Y「世俗のことなんて知りませんよと、酒を呑んで意思表示していた……と?」
F「自分の命や屍まで軽んじているノンダクレだ。放っておいてもいいだろう……と、党錮の禁における郭泰のような扱いを受けたワケだ。保身を図ったと云えばそれまでだが、他にもやりようがあったような気がする」
Y「確かに……」
A「……まぁ、頭は切れるってことは判った」
F「そんな劉伶が詠んだ詩は、わずかにしてひとつしか伝わっていない。『酒徳頌(しゅとくしょう)』という、ちょっと長いものだ」

劉伶 酒徳頌
有大人先生    ――大人先生あり(劉伶本人を指す)
以天地爲一朝   ――天地開闢も一日のこととみなし、
萬期爲須臾日月  ――万年も瞬時のこと、日月は戸口と窓、
爲扃牖八荒爲   ――世界の果てであろうとも、我が庭とばかりに見なしていた
庭衢行無轍    ――どこへ行くにも決まった道をもたず、
迹居無室廬    ――どこにも定住せず、
幕天席地縱    ――大空を屋根、大地を床として
意所如止則    ――行きたいところへ出かけていた
操巵執觚動則   ――家では大盃やぐい呑みを手にし、
挈榼提壺     ――出かけるとき酒がめや徳利を持ち歩き、
唯酒是務焉知   ――酒にしか興味を持たず、他のことは気にかけなかった
其餘有貴介公子  ――ある貴公子と浪士が、
縉紳處士聞吾   ――吾(劉伶)の(ノンダクレという)評判は正しいかと論じていた
風聲議其所以乃奮 ――それを聞くと勇んで出向き、
袂攘襟怒目切齒  ――目を怒らせ歯がみして、
陳説禮法是非鋒起 ――礼法について述べ立て、鋭く論難した
先生於是方捧   ――ところがその場で、酒がめをかかえて
甖承槽銜杯漱   ――杯には濁酒を満たして呑み、
醪奮髯踑      ――ひげをいじりながら両足を投げ出して、
踞枕麴藉糟    ――寝転がって酒まみれになっている姿は
無思無慮其樂   ――まぁ、なんとも楽しげだった
陶陶兀然而醉豁  ――酔っ払っていたかと思えば
爾而醒靜聽    ――突然目を覚ますが、
不聞雷霆之聲   ――耳をすましているようでも、雷の音さえ耳に入らず、
熟視不覩泰山之形 ――目を凝らしているようでも、泰山さえ目に入らないようで、
不覺寒暑之切   ――肌を刺す寒さも、
肌利欲之感情俯  ――心揺らぐ利益も気づいていなかった
觀萬物擾擾焉   ――万物が乱れ騒ごうとも、
如江漢之載浮萍  ――まるで長江が浮き草を浮かべたようなもの
二豪侍側焉如   ――ふたりは傍に侍っていたが、
蜾蠃之與螟蛉   ――ノンダクレが伝染ってしまった

F「コレを読めば劉伶が、酒びたりという自分の評判を利用して身の安全を図ったというのが一目瞭然でな」
A「世間のことなんて知りません、酒にしか興味ありません、と?」
Y「世間がどうなろうと酒さえ呑めれば幸せです、か」
ヤスの妻「ノンダクレが伝染るから気をつけなよ、だね。で、ふたりって『竹林』のお仲間?」
F「だろうと思うけど、誰かは絞れないところです。たぶん、阮籍と山濤(サントウ)だろうと思うンですが。それはそうと、文中に『幕天席地』、えーっと『天地を住まいとする』という一節がありますが、これに関連したエピソードもひとつ。劉伶は俗に云う裸族で、家の中で酔っ払うと裸になっていることがありました」
A「どこまでのノンダクレだ、コイツは」
F「カミさんではなく、訪ねてきた誰か(明記がない)がそれをとがめると、劉伶は平然と云い返している」

「天地こそがワシの家で、その中にあるこの家は、ワシのフンドシみたいなモンじゃ。お主らは何が楽しゅうて、ワシのフンドシに入ってくる!?」

F「フンドシの中なんだから『裸になって何が悪い』と開き直っていたワケだ」
M「その台詞、やめない?」
F「続きは次回の講釈で」


"酒聖"劉伶(りゅうれい) 字は伯倫(はくりん)
生没年不明(呑みすぎ)
武勇1智略3運営2魅力1
豫州沛国が世に生み出したヨッパライ。「竹林七賢」のひとり。
「建威参軍となった」という記述を除くと、歴史に残るエピソードには全て酒が絡んでいるという恐ろしいまでのノンダクレ。

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