「いじめ事件 学校が守るもの」


大津市で市立中二年の少年が、自宅マンションから飛び降り自殺をしました。

学校でのいじめが、原因ではないかと報道されています。

いじめを行なっていたのは、学校関係の有力者の子弟が
中心に成った数名とのことです。

いじめの内容は、暴力行為、恐喝行為等々大変に卑劣なものです。

いじめられていた少年は、毎日を、悔しさや、恥ずかしさや、
それこそやりきれない
苦痛の中で過ごしていた事と思われます。

報道によりますと、学校や教育委員会は、これだけのいじめが
有ったにもかかわらず、最初はいじめがあったこと自体認めていず、後に
「いじめだけが自殺の原因とは特定はできない」
と言う様な発言をし、「いじめられていた少年や家庭にも問題が
あったのではないのか」という発言をしていますが。
この様な論調は、加害者側がよく使う論理のすり替えであって、
苦痛の中にいる犯罪の被害者である家族に向かって
絶対に言うべきことではないでしょう。

学校では、見かねた他の生徒からもいじめであるからやめさせてほしい。との
訴えがあったにもかかわらず、喧嘩であるとして
そのまま放置するなど、学校や担任のとった対応は疑問を抱くものばかりです。

ある女子生徒は、新聞社の取材に対し学校の窓辺でいじめを行なっていた三人から、
被害者が実際に自殺の練習をさせられていたのを見たと証言しています。
子供である生徒たちがいじめであると認識していたにもかかわらず、
大人であるはずの教師や学校が、よく調べもせず喧嘩で済ましてしまうとは
大人の対応とは、正直ではなく不正義を行なう事なのでしょうか。


このような学校や教育委員会の対応を観ていますと。
この事件自体が、学校や教育委員会の不適切な対応によって
起こったと事件といっても過言ではと思えます。

この様な姿勢である、学校や教育委員会は
全く信用することができません。



今回のいじめ自殺事件は、訴訟に成っていますが。
いじめていた少年たちは、いじめであると認識していながら、嘘を言い、
いじめていたのではなく、「ふざけていただけ」といじめを認めず
争う姿勢だそうですが、それこそふざけた事です。


いじめをした少年たちには、
事をうやむやにせず、暴力行為、恐喝行為などに対してそれなりの
処罰を与えることが絶対に必要だと思います。

なぜ必要かというと、子供のやった事だからと、うやむやにすることにより
暴力行為、恐喝行為などたいしたことではなく単なる遊びの一環だという
間違えた考えを広く与えてしまうからです。


この様なことでは、弱い者は泣き寝入りし、強いもののやり得のような
事になってしまいますので、弱者を守るためにも、そのようなことのないように
しなければなりません。

いじめをしていた少年たちには、いじめをされていた少年と同じことを
そっくりそのまましてやれば一番いい薬だと思いますが・・・・。

まあ、そお言うわけにもいきませんでしょうから・・・・。


学校や教育委員会は、いじめを認めていなかったり
「いじめだけが自殺の原因とは特定はできない」
と言っていますが、
一体何を守ろうとしているのでしょうか。

いじめを行なっていた学校関係の有力者の子弟である少年たちでしょうか。

私には、学校や教育委員会が守ろうとしているのは自分たちの
身分や地位や名誉だけにしか見えないのですが、
本当にそのような事で良いのでしょうか。

学校や教育委員会が本当に守らなければいけなかったのは、

いじめられていた少年ではないでしょう。

学校という団体生活の中で行なわれていた、度を過ぎた犯罪行為を

見逃していた責任は学校にも当然あるものと思われます。

これも報道で聞いたことですが、他の学校の中には、

いじめを防げた学校も有ると言うことです。

いじめを行なっている少年たちは、弱い者には強く、

強いものには弱いものです。
ですから、先生や担任がその気に成り

いじめを行なっていた生徒たちを真剣に窘めて居たならば
この様な
事件は防げていたのではないでしょうか・・・・。

報道から考えてみるに、少年の自殺は、いじめが大きな
原因であるとしか考えられません。

きっと自殺した少年は、優しくて、気が弱くていじめをやめてくれともいえず、
また、いったところで聞くような相手でもなく、誰も助けてくれず、
世の中に絶望してしまうのも当然のことでしょう。

そのような優しい心を持った少年は、きっと誰かの助けになるような人になった
事だろうと考えると残念でたまりません・・・・。


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